塵(ちり)と化した騎士
闇の奥から、金属が擦れる重い音が近づいてきた。 現れたのは、雨に濡れて鈍く光るフルプレートを纏った男だ。エイドリアン。この街の『守護者』と呼ばれる男だ。
「……野良犬が、随分と吠えてくれたようだな」 騎士の声は、兜の奥で低く反響した。奴は抜刀した。洗練された長剣の銀光が、泥だらけの採石場には不釣り合いなほど美しい。
「ボブ、下がってろ」 俺は大剣『ヴェサリオの残酷』を低く構えた。背中の青い蓮が、肌を焼くように熱を帯びる。
騎士が踏み込んできた。 速い。だが、重すぎる。 一撃目が俺の剣を叩いた。火花が雨を裂く。 奴は正義を説くように、流麗な剣筋で俺の喉元を狙う。だが、その剣筋には血の匂いが混じっていた。戦場で流した誇り高き血ではなく、弱者を踏みにじった時に浴びた、腐った血の匂いだ。
「貴様らのような異族の汚物が、この街の理を乱すことは許されん」 騎士が吼える。
俺は剣の柄を強く握り締めた。 心臓の鼓動が止まり、代わりに血管を凍り付くような冷気が駆け巡る。ヴェサリオの刃が、雨粒さえも凍らせるほどの極寒を帯びた。
「理だと? 貴様が語るそれは、泥水に顔を押し付けられたガキの前でも言えるのか」 俺はわざと一歩引き、奴を深く踏み込ませた。
泥濘が奴の足を僅かに奪った。 その一瞬だ。
俺は剣の腹で騎士の剣を受け流し、そのまま奴の懐へ潜り込んだ。 洗練された剣技などいらない。俺が老兵から教わったのは、確実に息の根を止めるための殺し方だ。
俺は左拳を奴の兜のバイザーへ叩きつけた。 金属がひしゃげる鈍い音。視界を奪われた騎士がたじろぐ。 すかさず、俺は剣を逆手に持ち替え、鎧の隙間——脇の下の継ぎ目へ向けて、全身の重みを乗せて突き立てた。
「が……はっ……」 甲冑の内側で、肉が裂け、肺が潰れる音が聞こえた。
俺はさらに力を込める。 騎士の誇りも、聖王への誓いも、この一撃の前ではただの鉄屑だ。
「地獄へ行け。そこなら、お前好みの理が支配しているだろうよ」
ヴェサリオから迸る冷たい死の息吹が、傷口から騎士の身体へと侵入する。彼の体から、生命のエッセンスが吸い込まれていく。その生気は急速に奪われ、顔から血の気が失せ、やがて彼は声すら発せなくなった。
「……が……あ……」
ひしゃげたバイザーの奥で、騎士の絶叫が凍り付く。 その刃を深く突き刺す。そして、ゆっくりと剣を引き抜いた。 その瞬間、鎧に包まれた騎士の肉体が、内部から破裂したかのように炸裂した。金属の破片と、血の混じった肉片が、雨と泥の中に散り散りになる。エイドリアンは、跡形もなく、ただの塵と化した。
俺は息を整え、雨空を見上げた。 街の汚れはまだ消えない。だが、少なくともこの場所の泥は、少しだけ清々しくなった。




