雨に濡れた真実
一度は背を向けたはずだった。 だが、昨日あの兄妹が残した言葉が、錆びた釘のように脳裏に刺さって抜けない。俺はルルを宿に残し、雨の降る夜に出た。
「二日戻らなければ、コーシーのところへ行け。あいつに『閔は死んだ』と伝えろ」
それを聞いた彼女は、俺を失うのを恐れたかのように、俺の腕を強く掴んだ。その沈黙が、今の俺には心地よかった。
街の端にある採石場。ラグが言っていた場所だ。 雨音に混じって、下卑た笑い声と罵声が聞こえてくる。
「下賤な獣人が。レグニッツはお前らのような田舎者が来るところじゃないんだよ」 「見ろよ、こいつ犬の面してるくせに、今じゃ本物の犬みたいに這いつくばってやがる。ハハハ!」
泥まみれの地面に、一人のフーリが倒れていた。男たちがその頭を踏みつけ、泥水を飲ませている。 「俺の靴を汚しやがって。この靴一足で、お前の家族全員の命が買えるんだぞ。分かってんのか?」
フーリは一言も発さなかった。だが、金の話が出た瞬間、彼は顔を上げ、男たちをじっと見つめた。その目には、絶望の奥に沈んだ、消えかけの火のような意志があった。
「なんだ、反抗するか? おい、兄弟、こいつを教育してやれ!」
一人が棍棒を振り上げた瞬間、俺は霧の中から踏み出した。漆黒の刃が一閃し、先頭にいた男の首が地面に落ちた。切り口から噴き出した血が、男の自慢の靴を真っ赤に染める。
笑い声が止まった。 俺は止まらなかった。流れるように刃を振るい、そこにいた『人間』どもを肉の塊に変えていく。まるで蟻を潰すような手応えだった。背中の蓮の刺青が、雨夜に深い青色の光を放つ。
俺はあいつに、誰が自分をいじめ、金を盗んだのかを一人ずつ指摘させた。そして、その順番通りに殺した。 最後に残ったのは、あの緑色の怪物——強欲なゴブリンの職長だけだった。
「初めまして、ゴブリンさん」 俺はボブの方を向いて尋ねた。 「何をされた? ……そういえば、名前は?」
「ボブ……ボブ・ファングトゥースです」
「ああ、ボブ。何があったのか教えてくれ」
「……あいつは、仕事の後に俺たちに賭け事をさせたんだ。でも、亜人である俺たちには勝ち金の持ち出しは許されなかった。ドワーフもだ。人間だけが、勝ち金の一割を貰えた。俺は……母さんの病気を治す金が必要だった。だから、賭け事には参加しなかったんだ」
「それが、いじめの理由か。本当に理解できないな。どうしてみんなで協力して、その太った緑の肌の豚を殺さなかったんだ?」
「殺さないで! 殺さないでくれ!」 緑の豚が叫んだ。 「全部話す! 私はただの職長なんだ! 金は……金は全部、守護騎士エイドリアンの手の中にあるんだよ!」
あぁ、分かった。 俺はこの街の伯爵を殺し、子爵を殺した。源流を断てば、苦難は消えると思っていた。 だが、俺は間違っていた。
俺が次に向き合うべきは、一人の騎士だ。 教皇の前で民を守ると誓い、その証である叙勲を受けたはずの男。その男がやっているのは、異族をいたぶり、弱者の骨を叩き割る仕事だ。
権力者がいなくなっても、底辺に溜まった悪意は消えない。むしろ、より濃く、より醜く、残された者たちを蝕んでいく。
俺は血濡れの大剣を向けた。 騎士の鎧に刻まれた紋章が、月光に照らされて虚しく輝いている。
「騎士……だと?」
俺は剣先を突きつけた。 「その誓いと一緒に、地獄へ持っていけ」
俺は踏み込んだ。 雨は激しさを増し、泥濘はすべてを飲み込んでいく。この街の汚れを洗い流すには、まだ、血が足りなかった。




