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死して八年、俺は孤魂野鬼(ここんやき)として蘇る――この食い荒らされた世を切り裂く   作者: Tiny Abomination in a Jar


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12/22

レグ二ッツのバー


「よお、聖都の英雄。一杯奢らせてくれ」


唄い声混じりの粗雑な声が、酒場の騒ぎの中から飛び込んでくる。俺は麦酒のジョッキを口元に近づけたまま、眉をひそめた。


まったく!どこから情報が漏れたのか。流刑の身であるこの俺が、この荒れ果てた辺境の街レグニッツで、そんな二つ名を冠されるとは。心底にほんのりとしたうれしさが湧いてくる——聖都アレクサンドリアでの血戦、王との対立、最期の敗北と流刑……俺はあれらをすべて、聖都の高い壁の中に置き去りにしたつもりだった。だが、この呼び名が証明しているように、その日の真実は、王の手で隠そうとしても、どこかに確かに残っているのだ。民たちは盲目ではない!


俺は力なく首を振ったが、唇の端は意図せず上がっている。最初こそ、その呼び名に刺すような皮肉と不快感を覚えたものだが、今は違う。むしろ、この呼び名が耳に入るたび、心底にほっこりとした感触が広がる。ただの呼び名などではないから。



「……ありがたく頂くよ」


低く応じ、俺は相手の手からジョッキを受け取った。金属製のジョッキは冷たく、手のひらに涙のような水滴をつけている。この時代の麦酒エールは、前世の記憶にある、澄んだ金色の液体とはまるで違う。全麦の代物は上の連中が暖炉のそばで嗜むもので、俺たち辺境の流民の手元に届くのは、小麦にライ麦、あるいはトウモロコシが雑然と混ざった、濁った黄褐色の液体だ。発酵は一度きりで、熟成の時間も惜しまれている。口当たりは荒く、喉をかすめるような刺激感に加え、時には泥臭いような、大地のにおいまで漂ってくる。


だが、水よりはるかにマシだし、何よりこれは——甘い。 アルコール度数はせいぜい4、5度といったところだが、案外馬鹿にはできない。ドワーフの野郎どもだって、三、四杯も重ねれば顔を真っ赤に染め、鼻歌を歌い始める。俺は小口で麦酒を啜ると、喉の渇きと共に、体内に殘る緊張感が少しずつ緩むのを感じた。


俺は、この生活を嫌いじゃない。この麦酒と同じだ。粗野で、格好悪く、決して華やかではない。それでいてひどく現実的だ。聖都のように、錦繍の裏に腐敗と欺瞞が潜むわけではない。ここはただ、生きるために働き、働けば食える、単純な世界だ。


ここはレグニッツ。街の最も外れ、廃墟に近い場所にある「錆びた鉄杯さびたてっぱい亭」。酒場の看板は風雨に晒され、「鉄杯」の文字の一部が剥げ落ちており、遠目からは何の看板か分からないほどだ。


窓から外を眺めると、残雪が隅々まで溶け始めている。凍り付いた地面は湿っぽく軟らかくなり、靴を踏み込むと黒い泥が指間からにじみ出る。凍土の下では、誰にも気づかれず、一年の新緑がひっそりと芽吹き始めていただろう。聖都を追われてから、もう二ヶ月が過ぎる。時は流れ、世界は変わる——ただ俺だけが、過去から逃れられないような気がしてならない。


外城まで引きずり出された際、俺を護送してきた役人が、馬上から腰を下ろして自己紹介を始めた。……名前は何といったか。コル? それともバールだったか。当時は聖王からの「恩恵」にうんざりしていたし、酔いのせいで記憶が朧げだ。彼は腰をかがめ、恭しい態度で俺に言った。


『お噂はかねがね、閣下。……陛下は仰せでした。貴方を二度と聖都へ入れることはできないが、多少の得物は残してやれと。それこそが陛下流の「賞罰分明」だそうです』


その時、彼が馬の荷台から取り出して差し出されたのは、一本の重厚な大剣だった。柄は深い緑色の龍の皮で巻かれ、手をかけると滑りにくく、握り心地は意外とよかった。刀身は深い闇を溶かしたように、無数の星が輝く黒光りを放っている。その表面には、光の角度によって微妙に輝きを変える美しい積層紋が刻まれている——この世界の鍛造技術は、既に「鋼の折り畳み(堆疊)」の域に達しているらしい。ドワーフの名工が一つ一つ叩き上げた、命を込めた作品だ。


当時、遠くの岩を試しに斬ってみた。大剣の重さに驚くほど、手応えすらなかった。ただ一振りで、腕を組む男が数人分もある巨岩は、音もなく真っ二つに分かたれた。断面は滑らかで、まるで紙を切るような爽快感があった。


『ヴェサリオの残酷ヴェサリオのざんこく、です。閣下』役人はそう言い、頭を下げた。


俺は頷き、低く呟いた。 「……いい剣だ」


聖王は言ったという。「伯爵以下の命ならば、殺生問わず」と。 全くだ。あの野郎、俺のことをとことん「使い勝手のいい包丁」だと思ってやがる。便利な道具として捨て置き、必要になれば使い、不要になれば遠くに追いやる——それが聖王の「賞罰分明」だ。


「……行くぞ」 俺は大剣を背中に負い、紐でしっかりと固定した。大剣の重さが背中にかかり、地面に向かって引っ張られるような感覚がある。その場を後にすると、背後で何とかという役人が深く一礼するのが見えた。俺は振り返らずに手を振った。その手振りは、感謝でも別れの挨拶でもない。ただ、「もういい、離れてくれ」という合図だった。


それからの二ヶ月、俺は幽霊のようにこの大陸を彷徨っている。山奥で魔獣を狩り、その皮と牙を売って食いつなぐ。街角で人身売買の団体を見かければ、夜陰に潜んで子供たちを奪い返す。もちろん、聖王の目から隠れて、辺境で悪事を働く貴族たちも何人か殺された。以前の記憶を取り戻してからというもの、俺は事あるごとに感じてしまう。この世道、人として生きる以上、こうあるべきではない、と。その感情が、俺を無意識に行動させているのかもしれない。


レグニッツは、あの山上の聖都アレクサンドリアとは違う。聖都の基盤となる山は東南に連なる走向を描き、都市はこの山体に沿って依山而建,並非上中下三層の構造。ドワーフたちは山体を深く刳り貫き、精霊たちが布く防御法阵で全域を守っている。そして山体の内部には、軍事防衛のため建造された。西は海に近い。交易を目的とした円形の貿易港が開けており、その港は聖都の下城区に位置している。血と屍の上に栄華を築いた聖都とは対照的に、ここは自給自足で自立した都市だ。食料が欲しいなら働かなければならない。荷降ろしや畑作り、建築の手伝いなどの肉体労働をする者でさえ、一日三食は保証される。オートミールの粥、黒っぽい粗悪なパン、ジャガイモと塩だけの煮込み——豪華ではないが、空腹を満たすには十分だ。ほら、ここの底辺の者でさえ、ゴブリンの鉱山で炭を掘る働きをしている。少なくとも、人食い貴族のために命を狙われるよりましだ。


酒場の汚れた木製の梁からは、焼き肉の油が滴り落ち、床に黒い斑点を作っている。牛頭人ミノタウロスの力工が肌のついた上半身に汗をかき、ドワーフの石工と腕を組んで泥臭く飲み耽っている。彼らは言葉を交わすよりも、ジョッキを碰き合わせる音と笑い声で意思を通じ合っている。地精の店主は足元に踏み台を置き、その上に立って真っ黒な雑巾で、決して落ちることのない油汚れを機械的に拭き続けている。その額には、永遠に拭いきれない汗と油が混ざり合っている。


この騒がしく、臭く、そして生き生きとした空気に浸っていると、聖都での重苦しさが少しずつ遠のいてくる。俺はまた一口麦酒を啜り、肩を緩めた。


ふと視線を落とし、靴の紐を直そうと腰をかがめたとき、背後に稚拙な、ひそひそとした視線を感じた。その視線は、敵対心よりも、飢えと焦りから生まれる執着に近い。俺はゆっくりと体を回した。


そこには、毛並みの荒れた獣人の少年が立っていた。背丈は俺の腰くらいの高さか、それ以下だ。灰っぽい毛は乱れており、一部は泥で固まっている。着ている粗布のシャツは破れており、腕から脚にかけては、浅い傷跡が数本残っている。彼は飢えた野良犬のように、腰をかがめて俺の腰にある、たいして膨らんでもいない革製の財布を死に物狂いで見つめている。瞳は茶色で、怯えながらも、その中には「これを取れば食える」という執念が輝いている。


俺は何も言わず、ただ彼を見つめていた。少年は俺の視線に気づき、体がガクリと震えた。すぐに逃げ出そうと足を動かしたが、恐ろしさと飢えが両方で体を引っ張っているのか、足がつっかえてバランスを崩しそうになった。


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