「エコーオニオンとお騒がせ爺さん」の巻
昼下がりの「しんじつ亭」。
厨房から、トントン……ぴぃっ、トン……ぴぃっ、と変な音が聞こえてくる。
「オヤジさん、このタマネギ、なんか音が出てるよ?」
カウンターの内側から顔を出したのは、看板娘のルル・ミント。
彼女がまな板の上で切っていたのは、エコーオニオン。切るたびに小鳥の鳴き声のような音が鳴る、不思議な食材だ。
「……気にすんな。ただの“元気なタマネギ”だ」
そう言って無骨に返すオヤジさんの手元には、湯気を立てる鍋。中にはハニーゴートのチーズと牛乳、香草が溶け込んだ、優しい香りのスープ。
本日の献立
ハニーゴートのチーズシチュー
エコーオニオンのバターソテー
野菜とハーブのライスパン
ハニーゴートのミルクとストロベリージャムのデザート
「おぉ~~い!このくっだらねぇ香りは、どこの店だァ!!」
――バァン!
盛大に扉が開いて現れたのは、町でも有名な魔道具屋の偏屈ジジイ、**グリード・バルムント**。
「この時間に来るの珍しいね。お昼?」
「昼なんざどうでもいい!腹が鳴っただけだ!!」
そう叫びながらグリードは、カウンターにどっかり腰を下ろす。
「んで、今日は何だ、あのクサいチーズは魔導燃料か?」
「……黙って食え。ミルクもつけるか?」
「つける」
返事だけは素直で早い。
ルルはくすっと笑って、ミルクを注ぎながら聞いた。
「グリードさん、この間の機械、どうだった?」
「爆発したわ!」
「えぇ〜!? やっぱ玉ねぎ入れたせいじゃ?」
「うるさいぞガキ!」
だが、その顔にはどこか緩んだ皺が浮かんでいた。
店内にゆっくりと流れる、静かな時間。
「ねえオヤジさん。あたし、思ったんだけど……このチーズの香りって、お客さんの気持ちも柔らかくするね」
「……ああ。甘いもんってのは、腹だけじゃなく、心に効く」
「じゃあさ、うちの料理、魔法みたいだよね」
ルルが嬉しそうに笑うと、オヤジさんは少しだけ肩を揺らした。
「……魔法なんかより、よっぽど効くときもあるさ」
やがて店内に入ってきたのは、買い物帰りのベルダさんや、ちょっと疲れた顔の若い兵士たち。
彼らはチーズの香りに誘われ、自然とカウンターに腰を下ろしていく。
人の声が、笑顔が、ふわっと店に広がる。
その中心で、オヤジさんとルルは言葉少なに、でも息の合った手つきで、次の皿を準備していた。