新人騎士、優しさの味に泣きかける。の巻
王都リュミエール、午後の曇り空。
その日、「しんじつ亭」の扉は、恐る恐る開かれた。
「し、失礼しますっ……!」
やたら元気な声と共に、ひょっこり顔を出したのは、見た目も声も“学生か?”という感じの少年騎士。
黒髪、童顔、制服はやや着崩れ、剣は真っ直ぐ──だけど、どこか不器用。
「ここって、その……お食事処、ですよね?」
カウンター越しに、いつもの無精ひげが目線を向ける。
オヤジさんは、ほんのり眉間にシワを寄せながらも、静かに答えた。
「……ああ。定食屋だ。空いてる席、どうぞ」
「は、はいっ! あのっ、えっと、その……すごくいい匂いで、つい……!」
そのまま挙動不審気味にぺこぺこしながら椅子に座る彼の名は──**ミロ・エステール**。
騎士団入りしてまだ数ヶ月の**新人見習い**だ。
本人いわく「体力だけはある」らしいが、どう見ても痩せている。
いや、これは──
「……無理してんだな、お前」
「え!? えっ、な、なんでわかるんですか!? 僕、顔に出てました!?」
「顔というか、腹だ。鳴ってるぞ」
ぐぅぅ〜〜〜……
その音は、店内に切ないBGMのように響いた。
ミロは顔を真っ赤にして、頭を抱えた。
「す、すみませんっっ! 騎士団の訓練、初めての当番だったんですけど、緊張して何も食べてなくて……でも水汲みミスって叱られて……あの団長に目で“喝”されて……それで道に迷って気づいたらここでっ」
「……とりあえず、黙って座ってろ。まずは腹だ」
「うう……ありがとうございます……」
オヤジさんは厨房へ戻り、静かに作業を始める。
大きな鍋の蓋を開けて、中に入っていたのは――
ノーマルグロウダイコン。
ほんのり光る、丸みを帯びた大根。
回復ポーションの素材になるが、加熱すると甘みが出て、体の芯からほっとする。
それに合わせるのは、鶏肉のつくね、そしてとろとろに煮込んだ根菜。
優しく煮込んだ“心ほどき定食”が、今ここに仕上がる。
【本日の定食】
* グロウダイコンとつくねのやわ煮(だしの香りたっぷり)
* 森の五穀ごはん(香ばしく蒸し上げ)
* 温たまのせサラダ
* 薄味の味噌汁(ネギ・森キノコ入り)
ミロの前に、お盆が静かに置かれる。
ふわっと立ち昇る湯気。だしの香りが、胃だけじゃなくて心にも染みる。
「いただきます!」
一口目、大根。
じゅわっと出汁があふれ出すやわ煮は、芯まで熱が通り、ほんのり甘い。
二口目、つくね。
しっとりやわらかく、鶏肉の旨味がしっかり詰まっている。
三口目、ご飯。
「……う、うまっ……なにこれ……うますぎる……っ!」
お箸を止める間もなく、ミロはもくもくと食べ続けた。
そして──
「……あれ?」
気づいた時には、涙がポロリ。
「……あれっ!? えっ、な、なんで……? えっ、泣くとこじゃないのに……っ!」
「無理してるやつが、まともな飯を食うと、だいたい泣く。よくある」
「ううっ……でも、なんか、すごいホッとして……食べていいって、認めてもらった気がして……」
「そう思うなら、それでいい。……飯は、許すためにある」
オヤジさんのその一言に、ミロはまたちょっとだけ泣いた。
最後まで綺麗に食べて、ぺこりと頭を下げる。
「ごちそうさまでした……オヤジさん……! また来てもいいですか……!?」
「ああ。空腹で、倒れる前にな」
「は、はいっ!」
少年騎士は元気に飛び出していった。
その背中に、まだ少しよろけたところはあったけど──
彼の歩き方は、ほんの少しだけ、自信に満ちていた。
――今日の「しんじつ亭」は、ひとつのがんばりすぎを、ゆっくりとほどいた。