オヤジさん、肉!肉が食いたい!」の巻
王都リュミエール、裏通り。
昼前の路地を、でっかい影がズンズン歩いてくる。
ガタイは岩山、声は雷、態度は雑。
熊系獣人のオッサン──その名も**グラン・ザンバット**、冒険ギルドの武具係だ。
「お〜〜い、オヤジさーん! 腹減ったぁぁああ!!」
ドカァン!
遠慮ゼロの勢いで扉が開く。
中で包丁を持ってた無精ひげの男が、眉間に皺寄せて振り返った。
「……ドア壊す気か。常連だって自覚はあるのか」
「昼メシ前の挨拶だっての。今日の定食、肉ある? 肉がいい。肉以外は考えられん」
「ある。ラビットだ。あとキャベツ」
「最高ッ!!」
店の名前は**しんじつ亭**。
異世界の裏通りでひっそり営まれる、小さな定食屋。
そして厨房に立つこの無骨な店主は、どこからどう見ても“ただの料理人”──
……だが、その正体はかつて情報屋だった異世界転移者。
今ではみんなから「**オヤジさん**」と呼ばれて親しまれている。
「ラビットって、ウィンド・ラビットか?」
「風のやつだ。冒険者がくれた。干したら、味が出た」
「干すの正解だな。さすが、オヤジさん」
オヤジさん(本名:辰見)は黙って頷き、鉄板に油を引く。
ジュッと肉が焼ける音、立ち昇る香ばしい匂い。
ラビットの肉は淡白だが、干すことで旨味が凝縮されている。
そして、キャベツ。
ただのキャベツじゃない。
「……ドラゴンリーフ。葉が固い分、焼くと甘辛い。戦うヤツ向けだ」
「火耐性も上がるしな! メシで強くなれるとか、最高じゃねえか!」
肉を刻み、焼いた葉でくるりと包む。
さらに厚手の葉で巻き直し、鉄板の上でじっくりと焼く。
外はパリッと、中はジューシーな**包み焼き定食**の完成だ。
「ほい、できた。包み焼き定食、味噌汁と漬け物付き」
「うおおお……オヤジさん……愛してる!!」
「……しゃべってねぇで早く食え」
グランはフォークを持つやいなや、でっかい口でバクっと一口。
次の瞬間──
「……ッッ、ウマッ……!! うわ、キャベツから旨味の爆発してんじゃん!」
「静かに食え。味が逃げる」
「いや逃げてもいい。追いかけて全部食う」
その間に味噌汁もズズッ。
ヒレダマと野菜の出汁が染みて、胃に優しく届く。
……うまい飯ってのは、腹だけじゃなくて、気持ちもほぐすんだ。
「は〜〜……生き返った。やっぱしオヤジさんのメシじゃなきゃな」
「……ギルド、忙しいんだろ」
「まあな。最近、新人の武器の文句が多くてさ。軽いとか重いとか。俺は鍛冶屋か、って気分だ」
「……鍛冶屋じゃねぇのか?」
「ちがう。武具係。違うんだけど似てる。でもちがう(重要)」
「……そうか」
オヤジさんは味噌汁をかき混ぜながら、ぼそっと言う。
「文句言えるうちはマシだ。戦場に出りゃ、剣の重さなんて気にしてられねぇ」
「……お。今の、名言だったな?」
「言ってねぇ」
「言ってた! “剣の重さ気にしてられねぇ”──いただきました〜!」
口は軽く、箸は止まらず。
気づけば皿はきれいに空っぽ。キャベツの焦げ目まで全部なくなっていた。
グランはご機嫌で立ち上がり、カウンターに銀貨3枚を置く。
「また明日来る。明日は……魚で! 気分的に、サカナな!」
「注文すんな。メニューは俺が決める」
「知ってる! でも言っとくのが常連の義務!」
熊獣人はゴキゲンな鼻歌を鳴らしながら出ていった。
そして店には、少し静かな午後の光が差し込む。
オヤジさんは厨房の皿を片付けながら、小さく呟いた。
「……次は、魚か。仕入れの手配しておくか」
――今日もまた、胃袋が真実に届いた一日だった。