表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

ch.5 仲間

「修理代は持たねぇけど、この場の酒代は俺が持つ!  皆でたらふく飲んでくれ!」

 

 エールが並々と注がれたコップを掲げてアルスがそう言うと、冒険者達からの大喝采で酒場が激しく揺れた。

 万雷の様な称賛を浴びて気持ち良くなった後、アルスが喝采の中を突っ切ってラウラの元へ戻ると──ラウラは口を開けて放心していた。

 

「おーい。姐さーん」

 

 アルスは暫し顔の前で手を振り、意識が戻ってくるのを待った。直ぐにハッと現実に帰ってきたラウラが口をまごつかせて言う。

 

「あ、あの……アルス、さん」

「さ、さん?  良いよさっきまでと同じで……俺の方が年下なんだから」

「でも、恐れ多いと言いますか……」

「ふむ──それ以上言うなら私も遜りますよ」

「やめてください!? 違和感が凄いので! 変ですよ!?」

 

 ラウラがあまりに必死に言うのでアルスは少し傷ついた。そんなに言うことないだろう。丁寧な言葉を使う時だってあるのに。そう不満気に唇を尖らせる。

 気不味そうにしたラウラが鎧を付け直しながら言った。

 

「だ、だって仕方ないじゃないですか!? 驚きますよ、A級だなんて! 何で教えてくれなかったんですか!?」

「聞かれなかったから──あと、自分で見せびらかすのは小物っぽくてちょっと……な?」

「ノリノリで見せてた人が何を……」

 

 言葉の途中で、ラウラの視線が酒場の外へ向けられた事をアルスは見逃さなかった。

 

「……少し気になる事があるので、ヒューズの所に行ってきます」

 

 予想通りのラウラの言葉にアルスは間髪入れずに言葉を返す。

 

「勝ったのに負けた男を取るんだ……女の子っていつもそう……結局顔……」とアルスがいじけた様に言う。

「誤解を招く言い方やめてください!?  ……そもそも、今のボクに好かれたって大半の人は迷惑でしょう?」

 

 ラウラがニヒルに笑う。今の彼女は万人受けする体型とは決して言えない。しかし、アルスラウラの肩を掴んで口角泡を飛ばす勢いで捲し立てた。

 

「迷惑じゃないが!?  ひんぬーが希少価値である様にぽっちゃりも付加価値だが!? それが分からん奴は男の風上にもおけんゴミ屑か、ポッチャリでも大丈夫と嘯きながら標準体重かそれ以下の美ボディしか許容できん器もあそこも小さいカスだ!」

「パ、パッション凄ッ……というか酒くさっ!?  アルスくんどれだけ飲んだんですか!?」

「飲ましたのラウラ姐さんやないかーい!」

「……?」

「あ、本気で分からないって顔してる──都合よく記憶飛ばすねぇ!」

 

 酒は飲んでも飲まれるな。アルスは教訓を得た。

 

「と、とにかくちょっと行ってきますから! すぐ戻って来るので待っててください」

「んにゃ……俺もついていくよ。ボディガードだ。必要だろ?」

 

 アルスもラウラに着いて酒場の外へ出ることにした。

 しかし、一先ず先にマジックチェストから魔素結晶が詰まった頭陀袋を取り出し、酒場の店主へ渡しておく。

 

「釣りはいらねぇぜ!」

 

 その際、格好つける事も忘れない。

 見栄は大事だ──特にこうして暴れた後は羽振りの良いフリだけでもしておかないと、必要以上に恐れられたりする。アルスは自信満々の顔で店主の言葉を待った。

 

「……多分出ねぇよ。最近、物価高だからな」

 

 店主は気不味そうに言って、アルスから魔素結晶が詰まった袋を受け取った。

 

「……そっスか」

 

 ──きまりが悪い。

 

 アルスは追加料金をその場に置き、逃げる様にラウラを追いかけて酒場を出た。

 そして探すまでもなく、ラウラ達は直ぐに見つかった。

 酒場横の路地でゼノヴィアが額に玉の様な汗を浮かべ、ヒューズに治癒魔術を施していたのだ。ヒューズが咽せると血塊が石畳にぶち撒けられ、赤い扇を描く。とても治癒魔術が効いている様には見えない。

 ラウラが振り返って、声を震わせながらアルスに尋ねた。

 

「ど、どれだけ強く殴ったんですか……?」

「スケルトン壊した時と同じくらい」

 

 軟弱者め──と口から出かけた言葉を飲み込んで、アルスはマジックチェストから緑の液体が入ったフラスコを取り出し、栓を引き抜いてヒューズの口へ垂らした。

 その直後から、目に見えてゼノヴィアの魔術が効果を見せ始める。

 

「《ハイ・ポーション》だ。感謝しろよオメェ」

 

 それは魔術の一系統である錬金術によって醸造された薬品の一種だ。非常に高価な物であり、一瓶で五万ゼニーはくだらない。アルスが迷宮都市ランドルフまでに掛けた費用の相場が十五万である事を考えると、三本で旅費が賄える。

 アルスが高価な薬品を使って治療に手を貸したのは、ラウラの顔が可哀想なくらい蒼白だったからだ。こんな顔が見たくてヒューズに喧嘩をふっかけた訳ではない。

 

「……ありがとうございます、アルスくん」

「礼ならそこのボケ共から貰いたいもんだね──で、ラウラ姐さんはコイツらに何の用があったんだ?」

 

 神妙な面持ちのラウラが一歩、二人へ近付く。

 ヒューズを庇う様に抱きかかえたゼノヴィアがラウラを睨んで言った。

 

「何の用!?  化物引き連れて私たちを見下しに来たの!?  さぞ気分が良いんでしょうね!」

 

 アルスが自分の耳を疑う様な言葉が飛び出てきた。

 そして、思わず声を荒げそうになった所をラウラに手で制されてしまう。

 

「……ごめん、姐さん。出過ぎた真似だったな」

「謝らないでください。アルスくんがボクの為に怒ってくれてるのは分かってますから」

 

 そう言われれば尚更、引き下がるしかない。

 

(俺の出る幕じゃないってのは、分かるんだけど……いやまあ今更感もあるが……)

 

 ラウラが見せた悲しげな笑みに、アルスは胸の内に言いようのない感情が渦を巻いていくのを感じた。自分で思っている以上にラウラの事を気に入っていたのだ。

 一方、ラウラはそんなアルスの胸中など知る由もない。ただ気になった事をゼノヴィアへ投げかける。

 

「一つだけ教えてください……テレサは、どうしたんですか?」

「テレサ?」とアルス。

「私たちは四人パーティーだったんです。あの子の姿が見えなかったので、気になって」

 

 ラウラがヒューズ達に話しかけたのは仲間の所在についてだった。

 

「仲良かったんだ?」

 

 わざわざ聞きに来たくらいだ。仲は良かったのだろう。アルスはそう思ったのだが、ラウラの様子はハッキリしない物だった。

 

「どう、でしょうか。結局あの子も──」

 

 最後まで口にはしなかったが、続く言葉はアルスでも容易に想像出来た。同時に、ラウラにとってパーティーの仲間がどれだけ大切だったのかも分かってしまう。

 

(また変なこと言い出したら……ヒューズの髪でも毟るか)

 

 アルスが決意を固めているとゼノヴィアが口を窄めて言った。

 

「……今どこにいるかまでは知らないわ」

「知ら、ない?」

「アンタと一緒じゃないの?  ラウラが居ないパーティーにいる意味ないって言って、出て行ったわよ」

「おお!  良かったなラウラ姐さん!  んだよちゃんと仲間居んじゃん!」

 

 アルスがラウラの肩を叩く──しかし。

 

「でも、あの子が……今のラウラを迷宮には連れて行けないって」

 

「……?  そりゃ呪われてるし、連れては行けなくない?」

 

 アルスの言葉にラウラは暫し閉口し、肉に覆われた柔らかい顎肉を撫で付け──呆然と呟いた。

 

「もしかして、勘違い?」

「あぁ……何というか。心中察するぜ」


 アルスに肩を叩かれたラウラは膝から崩れ落ちた。

 

「は、恥ずかしい……!  穴があったら入りたい!」

「でも二人はちゃんとカスだったから……」

 

 カス呼ばわりされたゼノヴィアが笑って言った。

 

「ま、今頃もう死んでるかもね」

「……どういうことだよ」とアルスが尋ねる。

「二日前だったかしらね。テレサが一人で迷宮に向かって行くのを見たのよ。てっきりどっかでアンタと落ち合ってると思ってたけど──違うみたいだし」

「はぁ? 別にラウラ以外と組んでる可能性もあるだろ。何言ってんだお前」

「部外者は知らないだろうけどテレサはね……人付き合いの下手さが致命的なレベルなのよ」

「だからと言って、特別な事情がない限り一人では潜らんだろ」

 

 しかし、同時にある可能性へと思い至った。

 

(もし、テレサ何某があのアイテムのことを知っていたら?)

 

 アルスには《聖ヨークの白い涙》という超高額アイテムを独占する目的がある。一人で潜るに足りる十分な理由だ。

 テレサがラウラの呪いを解くため、そのアイテムを求めて迷宮へ潜る可能性は決してゼロではない。

 そして、もしそうなら──競合相手が顔見知りの友人という事になる。

 

(やりにくい)

 

 アルスは深いため息を吐いた。

 ゼノヴィアが言う。

 

「そもそも、アイツがパーティーを抜けるときに言ってたのよ。迷宮の中にしか生えない薬草を取りに行くってね」

 

 それはアルスにとって朗報だった。

 

「満腹感を与えるだけの金にならない薬を作るんですって。呪いに効くかもわからないのに……そんなのに命賭けてらんないわよ」

 

 ゼノヴィアが溜息と共に言葉を締め括る。

 

「姐さんマジでパーティー運なかったな……」

 

 アルスはそう言ってラウラの方を向いた。

 人に命を賭けさせる癖に自分の命は賭けないなんて、とてもではないが仲間と言えない。だから、こんな屑とは別れて正解だったのだと──アルスがそう慰めようと思っていたら。

 

「い、行かないと……!」

 

 ふらふらとした足取りのラウラが、迷宮へ続く街道のある方角に向かって駆け出していた。

 一瞬、目の前で何が起きているのかアルスには分からなかった。

 たっぷり五秒かけて事態を理解してから、急いでラウラを追いかけた。

 

「待て待て、今度は本当に死ぬぞ!?」

 

 本当に一人で行ったかも分からない。ゼノヴィアの見間違いだって考えられる。

 少なくともアルコールが残った状態で行っても二次被害を生むだけだ。アルスがラウラの肩を掴んで無理やり止める。

 

「分かってます、頭では分かってるんです! でもッ!」

 

 ラウラの必死な顔を見て、アルスの脳裏に過去の出来事がフラッシュバックした。


 

 ──それはまだ、アルスが冒険者になって間もない頃。親友マグナと山間での魔獣退治依頼を終えた後の話だ。

 村長から報酬金を受け取りいざ帰ろうとしたところで、十代半ば程の少女が息を切らして駆け寄ってきた。

 

「弟が! 弟が帰ってこないんです!」

 

 そうですか。大変ですね。

 

 そんな感想しかアルスには思い浮かばなかったが、マグナは違った。

 真摯に少女の話を聞き、捜索協力を願い出たのだ。

 アルスには理解できなかった。

 

「……帰って報告しないと、またサブマスターにどやされるぞ」

 

 こういった事は一度や二度では無かった。三回に一回は追加の依頼、否、依頼とさえ呼べない雑用を行っていた。

 その度にクランを仕切るマスターの副官を務める男に詰られた。

 

 ──自分の労働力を安売りするな。

 

 それが回りまわって仲間の、ひいては冒険者全体の価値を下げてしまうなら見捨てる事も大事だ。

 人間は自分が困っているときは他人にすり寄るが、自分が満たされていたら飢えた者を視界から外す。

 

 アルスが「決まった手続きを踏んでくれ」と少女に言おうとすると、マグナはそれを手で遮って快諾した。

 お決まりの流れではあった。しかし、失せ人の捜索・救助は隣町にお使いへ行くのとは訳が違う。時間もかかるし、何より正規の依頼ではないから責任も持てない。

 メリットなんて何一つない。

 

 だけど──

 

「悪いアルス……オレは行くよ」

 

 

「ボクはそれでも行かなくちゃ! だってあの子はッ、まだボクのことを仲間だと思ってくれてるんだから!」

 

 状況は何もかもが違う──それでも、自分の目を真っすぐ見て言い切った親友の目と、ラウラの琥珀色の目が重なった。

 どこかで薄々感じていた物をアルスはハッキリと理解した。

 

(この目だ)

 

 死地・苦境に立ちながら、他者を優先する精神を持つ稀有な人間。時代によっては英雄と呼ばれるだろう存在。

 アルスはこの目が大嫌いだった。

 放っておくと、死んでしまう様な気がするから。

 

「……考えは、変わらないんだな?」

 

 関わる必要はない。そんな余裕も、時間も自分にはない。異性であるラウラとの接触は呪いを発動させるリスクを伴う──放っておくべきなのはアルスも分かっている。

 

「変わりません。自分の状態も、分かってます。命をふいにする事も……だけど」

 

 ラウラがアルスの目をじっと見る。

 ここで何か言っても止められない。アルスにはそれが分かった。分かってしまった。

 

「条件がある」

 

 そんな言葉がアルスの口を衝いて出た。

 

「今日はちゃんと寝て、朝に買い出しをすること。出発は昼前だ」

「そ、それじゃ遅すぎます!」

「遅くない。今から行こうが、明日の朝一から行こうが……ラウラだけなら一層で死ぬ。そしたら助かるもんも助からないぞ」

 

 アルスの剣幕にラウラは黙り込んだ。

 ミイラ取りがミイラになるというのは、遭難者の捜索と救助を行う冒険者に多い死因だ。

 特に自分の身内を助けに行こうとするときは冷静でいられず、判断を誤って命を落とすケースが多い。

 

「条件を守れるなら──俺が着いていく。どうだ、悪くないだろ?」

 

 アルスはラウラを見捨てられなかった。

 三年前、ルサルカと対峙したアルスを命を賭して逃したのは、他ならぬマグナである。彼と同じ目をした人間がむざむざと死にに行くのを黙って見過ごせなかった。

 そして何より──このまま死なれるのは、アルスの流儀に反していた。

 

「どうして、そこまで」

 

 目を丸くしたラウラが絞り出すように発した質問に、アルスは答えた。

 

「迷宮内で命を助けてもらった“運”を返してないから、かな?」

「運……?」

 

 アルスの独特な言い回しにラウラは首を傾げたが、すぐに「答えになっていません」と返した。

 それに構わず、アルスは持論を話し出した。

 

「人間、上手く行ってる時ってさ……その全部を実力で切り開いている訳じゃないって思うんだよな」


 その言葉を聞いて心当たりが無いと言えば、誰だって嘘になるだろう。

 試験で実力以上の物を発揮できた。

 仕事の成果が想定よりも上振れた。

 難題だと思って取り組んだ事が、拍子抜けするくらい簡単に終わってしまった──そんな経験は多かれ少なかれ誰にでもある。


「簡単に言っちまうと、それって運が殆どじゃんか。でもさ……俺、“運が良い”には絶対何か理由があると思うんだよね」

 

 身に起きた良い出来事を「運が良かった」の一言で済ませてしまう事は簡単だ。だが──それを続けていると、失敗した時に何も考えず「運が悪かった」と言い訳してしまう。

 それでは次の成功を掴む事はできない。


「この世には原因と結果しか存在しない──これ、俺の先生の名言ね?」


 アルスがニッと口角を上げて白い歯を見せて笑う。


「だからさ──誰かに助けて貰える人は、同じくらい誰かを助けてるか……助けて貰った分だけ、誰かを助けないといけないって思うんだよな」

 

 そういう意味では、アルスの人生は幸運が重なって生まれた様な物だった。


「……俺、戦争孤児でさ。まあ碌な人生送らずに死ぬと思ってたんだよ」

 

 アルスの生まれはここより遥か北方、極寒の大地にあるニザヴェリルという貧しい国だった。当時のニザヴェリルは中東にあるジグラーヴァとの間に起こった戦争により酷く荒れていて、アルスも物心がつく頃には両親を戦争で失っており、死体漁りをして食い繋いでいた。

 運命を変えたのは、アルスが誰とも知らずに漁った死体の胸元にあったブローチだった。


「死体漁って見つけた物がさ、凄い魔術師の弟子の魔導器で……弟子を探しに来てたその人に拾われた」


 その凄い魔術師というのがイルシーナだ。

 たまたま弟子の安否を調べにニザヴェリルを訪れていたイルシーナに魔術師としての才能を見出され、アルスはただの死体漁りから宮廷魔導師の弟子になった。


 かつての事を思い起こしながらアルスが噛み締めるように言う。


「運が良かった……本当に」


 イルシーナとの出会いはアルスの人生を一変させた。

 魔術を覚えて力を得て、それを使って冒険者になった。クランに所属し、親友と呼べる者に出会い──もう無力な幼少の自分とは別の存在になれたと、錯覚した。

 自分一人で何かを成した訳でもないのに。


 そして、全てを運が良かったで済ませていた三年前──アルスは無二の親友マグナを失った。


 それから復讐の為に動きだしたは良いものの、何をやっても上手くいかない日が続いた。

 それはアルスにとって死体漁りをしていた頃と同じ、人生のドン底だった。

 

 そこからアルスを掬い上げたのは──アルスがマグナと一緒に助けた人々だった。彼らは声を掛け合い、不死の女王や吸血鬼に関する噂や書物を集め、アルスが所属するクランにまで届けてくれたのだ。

 彼らの助け無くして真祖殺しは成し得なかったと、アルスは強く思っている。

 

「だから俺は……自分の運が良かったと思った時、俺の事を助けてくれた奴を助ける事にした。俺ばっか運良くしてもらうのは不公平だから」

 

 貰った物を返しただけ。言ってしまえばアルスが至った考えはそれだけだ。

 しかし、それはアルスにとって呪いを解く事よりも優先すべき信念だった。

 

「……そういう理屈なら、アルスくんが迷宮内でのことに恩を抱く必要ないじゃないですか。ボクも助けてもらったんだから」

 

 しかし、貸し借りなんて最初からないだろうとラウラは言う。

 

 ──アルスはそう思わない。


 迷宮の中で孤軍奮闘。黙っていれば生き残れるかもしれないという状況で、自らの命を顧みずに声を張り上げられる人間がどれほどいるだろうか。


「ラウラ姐さんは黙っていても生き残れたかもしれない。でも、俺は姐さんが叫んでくれなかったら死んでた」

 

 死地にあって尚、他人を想う心が──アルスの命を繋いだのだ。

 アルスはラウラの手を掴んで言った。


「俺は姐さんが困ってるなら助けるよ。いつだって、何度でもな」


 それは、ラウラがヒューズやゼノヴィア達から貰いたかった言葉だった。

 呪われて、何も上手くいかなくて。誰かに助けて欲しくて手を伸ばして……結局誰も掴んではくれなかった。そう思っていた。

 だけど一人、ラウラの為に危険を承知で迷宮に向かった仲間が居た。そして今、目の前にも──


「アルス・ライザックはラウラ・エアハルトの仲間だ! つまり! ラウラ・エアハルトの仲間であるテレサ何某も仲間だ! ……仲間が仲間の為に命張るのは当然だろ?」


 アルスの言葉にラウラは何度か目を瞬かせた。そして、一粒の雫がそれと一緒に弾き出されたのを機に、感情が堰を切って両眼から溢れ出した。

 ラウラは嗚咽と共に手をアルスの手に添え、声を震わせた。

 

「ありがとう、本当にっ……ありがとう!」

 

 頭を下げるラウラにアルスは満面の笑みで答える。

 

「良いってことよ! じゃあ今日は解散! 俺は今から宿を……探すのは無理そうだから適当に野宿すっけど、置いてくなんて無しだからな!」


 そしてアルスが優しくラウラの手を解いて格好良く去ろうとした所で──


「待って!」と目元を赤くしたラウラが叫んだ。

 

「アルスくんが良かったらなんだけど……ボクが借りてる宿、来る?」

「行きます」


 続く言葉にアルスはキメ顔で即答した。




 明くる日の昼過ぎ。全ての支度を済ませたアルスとラウラは迷宮カダスの入口に立っていた。

 アルスは二人の冒険の門出を祝福するかのように澄み渡った青空へ向かって、叫んだ。

 

「何も……っ! 無か゛ったっ!」

 

 年若い男と女が一つ屋根の下……何も起きない筈がない。本来なら何かムフフなイベントの一つでもあったのだろう。

 しかし、呪いが火を噴いたのか宿に入ってからの記憶はなく、気が付けば白い朝日の中にいた。息子も心なしか元気が無い。

 

 それから市場で迷宮探索に必要な消耗品を買い足した後、ラウラの破損した籠手と盾の修理依と予備の武器・防具の点検を済ませ──今に至る。

 

(まぁ、この状況だ。呪い関係なく何もなかったろうけど……多分)

 

 確証は無かった。

 

「行きましょう、アルスくん!」

 

 鼻を鳴らすラウラの言葉にアルスは頷き、切り替えた。

 そして一つ確認する。

 

「カダスの一層はスケルトンみたいな魔物ばかりしかいない……あってるよな?」

 

 血染めの聖骸布は魔力隠蔽に特化したアーティファクトだ。その方面以外の効果はない。それでも身を隠し切れたという事はつまり──

 

「はい。でなければ……ボクらはもうこの世にいないでしょう」

 

 知覚能力を魔力に頼った魔物しかいないという事だ。

 アルスが腕を組んで言う。

 

「……よし、俺に良い考えがある。上手くいけば姐さんは殆ど消耗せず、無傷で一層を抜けられる筈だ」

「そ、そんな方法が!?」

 

 アルスは凛々しい顔つきのままラウラの前で四つん這いになり、告げる。

 

「──乗れ」

 

 いい声だった。

 思わずラウラがときめいてしまうような。

 けれど状況がこれっぽちも理解できない。

 

「……あの」

「乗れッ」

「いや説明してくださいよ!? 勢いで誤魔化そうとしないでください!」

 

 ラウラがアルスの頭を叩き、快音を響かせる。

 アルスは一度聴いたら作戦の内容まで全て分かるように言った。

 

「名付けて、《アルスとドキドキ迷宮お馬さんごっこ~アーティファクトでステルスチート!? お仲間救出ドライブスルー大作戦~》だ!」

 

 確かに分かりやすかった──頭の悪さに目を瞑れば。

 ラウラは絶句した。ああ、コイツ馬鹿なんだ。そんなので迷宮を抜けられる訳がないと。

 

「俺に跨ったラウラ姐さんがマントを被り、二人揃って恩恵を受けるって寸法だ」

 

 有効な手段の様に聞こえてくるタチの悪さに、ラウラは頬をひくつかせる。

 自分が足を引っ張っている自覚はある。戦闘を避けるのは道を急ぐだけではない。しかし、歳下の男──それもA級冒険者を馬にしていたなんて他の冒険者に知られたら、何を言われるか分かったものではない。

 

 ラウラは自分の風評と仲間(テレサ)の命を天秤にかけることを強いられた。

 刹那の二択──ラウラが選んだのは。

 

「……おんぶでも良いんじゃないですか?」

 

 どちらでもなく、妥協だった。

 ラウラが絞り出した返事にアルスは答えた。

 

「それもそうだな。おんぶにするか」

 

 ラウラはホッと胸を撫で下ろし、四つん這いから屈んだ体勢に移ったアルスの背へしがみ付く。

 

「準備はいいな?」

「いつでも行けます!」

「よし──アルス・ライザック、出るッ!」

「はいッ! 待っててね、テレサ!」


 アルスとラウラの戦いが今──始まった。




 迷宮カダス第二層《猫の抜け道》

 

 炎の洞窟よりも更に細く、狭い道を一人の魔術師が石材で出来た狼の背に乗って進んでいた。

 襟首の辺りで切り揃えられた青みがかった薄紫の髪と、柘榴の様な赤い目が特徴的の美しい少女である。


「へっくち、へっくち……むぅ、風邪? この私が?」

 

 少女が眉間へ皺を寄せて呟く。だが、これしきの事で立ち止まっている暇はなかった。

 単独での迷宮探索には危険が伴う。入念な準備を経て挑んではいたが、少女の想定を迷宮は上回ってきた。

 何より──少女には急がなくてはならない理由があった。

 

「早く帰ってラウラに薬を飲んでもらわないと。あのままではそう遠くない未来、風船の様に破裂してしまう」

 

 少女──テレサは右手に付けた腕輪型のマジックチェストを撫でた。その中には二層で採取した薬草が仕舞い込まれていた。

 

「二ヶ月で太ったから二ヶ月で痩せてもらうとして、ある程度戻ったら上層から探索再開……中層以降は人手が欲しい。仲間を集めて……ん。やること多い」

 

 ぶつくさと独り言を漏らしながら、テレサは炎の洞窟を目指す。

 

「早くまたラウラと冒険したい……あ、スケルトン」

 

 石材の狼の腹を蹴ると、狭苦しい通路に風が吹く。

 狼がスケルトンを轢き潰して黒い靄へと変えた。

 

「普段はコストが掛かるから使わなかったけど、ゴーレムはやっぱり良い」

 

 ゴーレムとは、魔素結晶と魔力が込められた素材を組み合わせて作られる、動く人形の総称である。テレサは土の魔術で生み出した石と土塊、それから市場で購入した狼系の魔物から採れた魔素結晶を組み合わせることで、ゴーレムを作り上げていた。

 スピードはそこそこ。しかし、圧倒的な質量が生み出す突進の破壊力には目を見張る物がある。こうして魔物を轢き潰して仕留めるのは十回目だった。

 

「やはり、私は天才」

 

 満足気に頷いたテレサは意気揚々と帰路を進む。




 ゼノヴィアの見立てが杜撰であり、ラウラの心配は杞憂だった事が分かるまで──そう遠くなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ