白牜勿言吾
俺は永吉。大学で一度県外に出たがUターンして地元の企業に就職した。社会人2年目。友人からは永吉のAと呼ばれている。
友人Bの名前は西日威。高校3年で同じクラスになり仲良くなる。高3の頃は西日からとってニシビと呼んでいたのだが、卒業してから4年経ち再びつるむようにようになると短縮してBと呼ぶようになった。
友人Cの名前は椎名。そのままである。こちらは俺の中学の頃の友人。高校も大学も違うのだがたまたま友人Bこと西日威と同じスイミングスクールに通っていたということで共通の友人であったと分かり、社会人になってからは専らつるむようになった。
3人ともが社会人2年目。仕事も憶えて、時代のためか過度な残業や飲みに無理やり誘われることも無い。時間の空いたアフター5は3人で集まって外食や飲みに出掛けることが多かった。やり取りを通して3人にはホラーの番組が好きという共通点を見つけた。
「最近、ホラーの番組って減ったよなー。」
「だな。昔って毎年5,6回は心霊特番とか心霊写真を取り上げる番組があったのに明らかに減ってるよな。」
「まぁコンプラだかがうるさいからだろうな。心霊なんてやらせの延長みたいなとこあっからな。」
「確かにスマホの登場で撮影された写真は数万倍になってるだろうけど、心霊写真は減ってる感じだもんな。」
「あと、怖いから苦情の電話…とかもあるらしいよな。」
「昔にもそういう電話あったみたいだけど、それマジで言ってんのかな?チャンネル変えろよ。」
「ホラー好きからすると怖ければ怖い方が良いんだから変な番組作りしないで欲しいよな。」
3人は集まる度にホラーに関する話題を入れる内に、それぞれが怖い話を持ち寄って語るようになった。話のネタはどこ産でも良い。動画投稿サイトで見つけたものでも、小説投稿サイトのものでも、また自作の話であっても構わない。週に2~3回会う時には3人で怪談話コーナーを設けてそれぞれ発表した。
「俺とBが行ってたスイミングスクールに行ってた頃の実話だ。俺が使ってたビート板に噛み跡が沢山ついていたんだよ。スイミングスクールのビート板なんて噛むやつがいるんだなぁって思ってたんだ。そこでこっそりその噛み跡のところにたまたま学校帰りに持ってきてたツツジの蜜を塗ったくっておいたんだ。噛んだ時に蜜が甘かったらビックリするだろうなって。終わり。」
「何だよC。どこがホラーなんだ?Bは分かった?」
「うーん。まぁ分かったよ。」
「だよな。Aが察しが悪すぎるんだよ。ビート板噛むってところがホラーだろ?」
「そこか!!お前がツツジをスイミングスクールに持ち込んでるとこかと思ったわ。Bは良く分かったな。」
某動画サイトや某小説サイトから持ってきた話は割としっかりと怖いホラー話であったが、実話の質はまぁ緩い話が多かった。他にもシャワーの時に後ろに人がいた気がするだとか、夢の中で変な男に追いかけられただとか、、、
「夢の話なんだけど…」
「「いや!夢の話かい!」」
世間の学生が夏休みの期間。Cが海外に出張する事になり1カ月半程を日本から離れることに。では、、という事で、Cが8月下旬に帰って来るまでにホラーをたくさん集めておき、8月29日の夜に百物語を3人で行なうことにした。俺が2人に持ちかけて、BとCは嫌がるだろうかと思っていたが、そういう事は無くむしろノリノリで賛同してくれた。一人33話。全てを憶えられる訳が無いのでプリントアウトして語る。タイトルがかぶった場合だけ物語を照らし合わせ別の物語かどうかを確かめる。被っていた場合にはプリントアウトした日時が早い方が勝ち。
C「俺、出張で海外にいてやる事も多いからちょっと不利じゃね?」
まぁ夕方、夜は日本にいるより暇である可能性もあるので有利不利は無い(と思う)。俺とBも百物語に向けて8月29日の夜に向けて準備を進める。記念にどこにアップするではないが、3人が百物語をしている様子を録画する事にした。HDビデオは俺が、蝋燭はBが用意し、会場はCの部屋を使って良いとの事だ。
一人33話とは言うものの、実話や取材をして話を集める訳ではないので大して時間がかかる訳ではない。つまらない話をするとセンスやら何かと疑われるので一通り面白そうな話を選別する必要があるだけだ。事実10日程、7月の中旬には語る33話を決めてプリントアウトしてあった。俺は並行してもう一つの計画を練る。
Bはお金持ちである。ただその友人はその恩恵にあずかれることは無い。Bはケチなのだ。家訓であるらしく、最もお金を持つくせに支払いは割り勘であってもゴネ出し、最も支払いを少なくしたり、その支払いですらポイントを自身のカードに付与して得をしようとしてくる。俺は会社の同僚と共謀して実家暮らしをしているBの自宅に空き巣に入り、その資産を強奪する計画を立てていた。8月29日にBの自宅に誰もいなくなることはBから話に聞いている。自宅の鍵を閉め、Cの家で百物語。夜の間中、自宅は空になるのだ。会社の同僚に頼み、こっそり俺が複製しておいたBの家の鍵を渡しておき、家を物色してもらう。これまでの余分にBのために支払った金銭を熨斗をつけて返してもらおう。
そして8月29日の朝に、Cが出張から帰ってきたと連絡があった。3人ともが33話をすでに準備しており、お金の強奪もそれはそれとして、俺は単純にホラー好きとして百物語を楽しみにしていた。夕方までに会社の同僚にBの家の位置や間取り、注意点、不測の事態が起こった時の連絡の合図、空き巣が完了した後の動きなどを取り決め、その隙間時間に怪談話の読みや、話す順番を整理していた。
そして8月29日の22時。3人はCのマンションに集まる。Cは部屋が散らかっていて済まないと紅茶を出してくれる。それを飲みつつBが持ってきた蝋燭、俺の持ってきたHDビデオをセットし、開始の日付が変わる0:00を待つ。会社の同僚が空き巣に踏み込む時間でもある。3人は異様な緊張でプリントアウトした紙を整理しつつ開始の時刻を思い思いに待つ。
0:00 1/100
俺から百物語の1話目を語り出す。
2:00 45/100
3人の話は進みかなり疲れてきたがまだまだ前半。BやCの話の中には俺がボツにした話が入っており、知っている話も割とあったのだが、他人の語り口調で聞くと全然雰囲気が異なり、楽しめる話や考えさせられる話も多かった。スマホの方に同僚からLIENに通知が来たものの確認はしない。おそらくBの家の空き巣が完了した合図だろう。
4:20 98/100
そろそろ百物語も終わりに近づき、Bの最後の話を語るために席に移動する。
「俺がスイミングスクールに通ってた頃の実話な。
俺には5つ下の妹がいてな。
スイミングスクールの最中に死んでんだよ。
俺の妹は水中に顔を浸けっぱなしにしてしまう癖があったから
コーチがビート板を噛むようにアドバイスをしたんだ。
それで妹はちょっと上手くなったって喜んでな。
でもある日、妹はビート板を持ちながら顔をプールに浸けたまま
死んでたんだよ。
何でか分かるか?おい!!!C!!!てめぇ!!!」
突然Bが激高する。そのエピソードには聞きおぼえがあった。Cがビート板にツツジの蜜を塗ったという話であった。
「コラ!!C!!お前の塗ったツツジはレンゲツツジって言ってなぁ!毒なんだよ!お前があの話をした時に俺はようやく犯人が分かったんだよ!今日はお前の命日だ!」
Bが突然胸ポケットからナイフを取り出す。俺はビックリして体が動かない。Cはというと、何故か驚いている様子も、怖がっている様子も無い。ただの無である。何も言わない。
「おい!C!!何か言えよ!お前のせいで妹は死んだんだよ!」
少し時間を置いてCは笑う。
「…………、、ふ、、…ふっふ。。あっはっは。そうか。Bの妹だったのか。そりゃ誰かを殺すつもりでやったんだから当然だろう?
それ以外にもシケモクを集めてニコチンジュースを飲ませたり、トリカブトをカプセルに入れてビタミン剤と偽って飲ませたり、昨日までの海外出張でもたくさん、たくさん、たくさん、殺したなぁ。」
Cも豹変する。
「僕は別にサイコパスって訳じゃないよ。一般的な感覚は持ってるつもりだよ。君達との友情を育む過程も楽しかったよ。それを今ここで打ち明けるという事の意味は分かるよね?」
俺とBは感情が揺さぶられたためか、体に変調をきたす。Cの部屋に入った時に出された紅茶に何かの毒物が混入していたのか!!??
「本当は百物語が終わってから立ち上がった頃に症状が出るべく仕込んだんだけどね。ちょっと早かったけど、まぁ君達の体は僕がちゃんと弔って飾ってあげるからね。」
俺とBの体は酷い頭痛と倦怠感で動けなくなっていた。ずきんずきんと全身が脈打つような痛みが走る。視界が緑色に変わるが意識ははっきりしており、Cの動向を見続けた。するとCが台所に向かい、冷蔵庫から怪しい色の液体の入ったペットボトルを手にし、百物語を語るための席。回されたビデオの前に座る。
4:28 99/100
「じゃ99話目は僕が。僕は小さい頃から死と毒に取りつかれているんだよ。山は良いよね。生き物が、毒が、たくさんあって。小学校の時なんて山に一歩足を踏み入れてからずーーーーーーっと一日中、虫を殺していた事を憶えてるよ。楽しかったなぁ。中学に上がると無理じゃない?社会的にやっぱり休日に山に行くなんて頻繁にはいけないじゃん。俺って普通の感覚を持ってる訳だし。でもある時に家で飼ってる犬を毒殺してみたんだよ。その時の快感が忘れられなくてね。やっぱり愛が無いと、愛は返ってこないのかと気付いたんだ。
…もうここまで話せば十分だよな。出張で海外に行った時にも5人を殺したけど、今日の事を思いながらの前菜だったんだよ。僕は君達の死と愛を一生憶えておくと誓うよ!ありがとう!百物語!ありがとう!」
Cはどこか台詞臭い言い回しでそう言い、99本目と100本目の蝋燭を同時に消して、部屋の明かりをつけた。ビデオの電源はつけたままであるので俺とBの殺害の様子は残しておきたいのであろう。
怪しい色の液体の入ったペットボトルのキャップを回し開けながら恍惚とした表情でBに近寄る。
「…っ!…あ……!う…。」
Bは声が出ないようで這いずりながらCから距離をとろうとしている。Bがとった距離をCは一足で詰め、液体を上からBに向かってかける。
じゃばじゃば
「ぅぁぁぁぁ!!!!!!」
Bが声にならない悲鳴を上げる。液体からしゅわしゅわと刺激臭がする。強酸だか強アルカリだか、化学反応が起こっているのだろう。Cはその様子を飛び跳ねながら興奮して叫び眺めている。
「うっひょぉぉぉ!!かけてみたかったんだ!生きている人間にさぁ!!!」
何をかけているのか分からないがBは30秒程で動かなくなった。
「ふぅ。やっぱり思ってた通り即効性があるね。じゃ、次はAね。大丈夫。次のやつはゆっくりだから」
Cはそう言い再び冷蔵庫の方に向かい先ほどとは別の怪しげな色のペットボトルを手にこちらにやってくる。俺は紅茶に入っていた毒、Bから発生した煙、Cのつり上がった口を見て意識を失った。
「あ、目が覚めました!」
「ここは?」
俺は病院の一室で目が覚めた。何も考えられずボーっとしていると医者、警察が俺のところにやってきた。
「脳波に異常は見られません。今日は安静にしていて下さい。」
そういうとお医者さんだけが出ていった。
思い出した。
「Cは…!?俺は…?何が…」
「落ち着いてください。あなた達が百物語を行なっていたことは分かっています。最初はあなたが西さんと椎名さんを殺害したのかと思っていましたが、、、まぁ動画を見てもらえれば一部始終が確認できますので…」
動画を確認する。99話目を終え、Cが豹変し俺とBを殺害しようとする。Cが冷蔵庫から変な色の液体をとり、俺に向かって来る。俺はここで気絶してしまっていた。間もなくCは俺に近づいてくると
「あーぁ。気絶しちゃったか。まぁそのままでも…ん?え? ゥ…」
Cは体が1m程浮かぶ。誰が支えている訳でもない。そして空中で雑巾に絞られるように体が不自然な方向にねじ切られる。
ボトッ
胴体部分で2つに別れたCは床に落ちた。その後死んだはずのBの口だけが動く。
「百物語を愚弄しおって。99話で話を止め、あまつさえ100本の蝋燭を消すなんてな。西という生贄で顕現でき天誅を下したが、ゆめゆめこのような事を起こすなよ…人間…」
地の底から響くような声を最後にビデオの録画は終わっていた。