金魚に罪はない
「ハイ、乾杯しましょう。素敵な別荘に招いてくれた記念に」
赤ワインが注がれたグラスを受け取った俺は、レースカーテンのかかった出窓に歩み寄った。
景色を眺めると見せかけて、ついとグラスを傾けた。出窓に置かれていた水槽に、流し入れたワインが赤く染み広がった。
ぷかりと金魚が浮き上がってきた。思ったとおりだ。
「毒だな」
振り返ったとたん、愛梨がギャーと絶叫した。
「なっ、なにしてんのよ! 金魚さん、死んじゃダメっ。待って、すぐ助けてあげるから」
慌ててすくい上げようとする愛梨の腕をばっと取った。
「もう死んでるよ。お前がワインに混ぜた毒でな。俺を毒殺するつもりだったんだろ、お生憎さま」
「は!? 意味分かんないんだけど!」
あくまでもしらを切るようだ。逆上してごまかす気か。
「確かにワインに青酸カリを入れたけど! でもそれを確かめるために、金魚を殺すって意味分かんない。頭おかしいんじゃないの? 私があんたを殺したいのは、理由があってのことなの。あんたがミーちゃんをひき逃げしたからよ。この金魚さんが何かした!? してないわよねえ!? ただ水槽の中を気持ちよく泳いでただけよねえ?」
すごい剣幕でまくしたてられて唖然とした。
ひき逃げ? なんのことだか分からない。なにか勘違いしているようだ。
「毒入りじゃなくたって、ワインなんか入れたら金魚死ぬかもって、普通思うわよねえ? 生き物虐待よ。ほんっと信じられないわ。鬼畜の所業よ。毒物を確かめるなら、指でペロッとしなさいよ。アガサ・クリスティ読んで出直して来いっての、このへなちょこ探偵気取りが。その前に警察へ突き出してやるけどね!」
別人のように豹変した恋人は、慌ててスマホを手にした。
「もしもしっ、警察ですか。今すぐ来てください。毒殺です、現行犯です!」
もうじき駆けつけてくるであろう警察の到着を、俺は大人しく待った。金魚の冥福を祈りながら。