63話 ま だ 終 わ ら な い
クインズを"王子様のキス"で正気に戻してから。
「みんな!無事か!」
ノーヴェンネアと交戦しているみんなの元へ、俺到着!
「っ、遅いわよ、アヤト!」
必死に矢を射ていたピオンが、口を尖らせながらも安堵している。ツンデレだなぁ。
「アヤトさん、クインズさんは?」
駆け寄って来たリザは、クインズの安否を訊いてくる。
「大丈夫だ。今はちょっと休んでもらっている」
前を見やれば、エリン、レジーナ、ナナミの三人がノーヴェンネアと戦っているが……俺が手を出すまでも無さそうか?
「アヤト様、お怪我はありせんか?」
クロナも駆け寄って来る。回復は、いらないな。
「怪我はない。クロナ、パワーエクステンドを俺にかけてくれ」
「かしこまりました。――パワーエクステンド!」
理由を聞くまでもなく、即座にクロナは筋力強化の補助魔法を俺に纏わせてくれる。ありがてぇありがてぇ。
「エリン!レジーナ!ナナミ!」
前衛三人に呼びかけると、バッと反応してくれた。
「アヤト!」
「アヤト様!」
「アヤトくん!」
「よく耐えてくれた。後は俺に任せろ」
三人を下がらせて、一人でノーヴェンネアと立ち会う。
「ぶっひょひょひょひょひょっ……勇者でもない貴様がァ、一人で何が出来るゥ……?」
「回復した端から斬られまくって死に体なのに、よくそんな大口が叩けるな」
「舐めるなァ!!」
俺を踏み潰そうと迫りくるノーヴェンネア。
「安心しろ、一撃で終わらせてやる」
ソハヤノツルギは抜かず、両手で聖印を結び、それを拳に纏わせ、腰溜めに構えれば、眩い黄金色の輝きを纏う。
「なァッ、なんだァ、この光はァ……!?」
「異世界刻空流・第一奥義――」
数多の異世界転生に伴い、多くの流派の拳を修め極めた"俺"が、独自に編み出した流派――その第一の奥義(なお、手加減はしてる)、
「――『臨音天聖拳』!!」
放たれるは、太陽と見まごうばかりの輝きを放つ、球状の超高エネルギー体。
自身が持つ魔力と気功を融合、同調させ、その力を"二乗化"させることで可能になる奥義だが、複数世界の魔法・魔術と、さらに複数世界の気丹術を同時に極める――流派の銘の通り、数多の異世界を制覇してきた存在で無ければ、その二つを同時に極めるなんてことは、『人間の器が足りない』
まぁそれはそれとして。
臨音天聖拳は真っ直ぐにノーヴェンネアの土手っ腹へ放たれ――
「ぐゥッ!?ぐゥわアァァァァァァァァァァ!!」
輝く聖拳はノーヴェンネアへ突き刺さり、眩い光をその内側から放出し――
「――チェックメイトだZE☆」
フィンガースナップを、パッチン。
「お、お、覚えていろォ、勇者どもめェェェェェ……!!」
瞬間、大爆発!!
決まった!第七章、完ッ!!
臨音天聖拳の炸裂は、奴が眠っていた繭ごと吹き飛ばし、完全に浄化してみせた。
冥王ノーヴェンネア、討伐完了。
なんかこう、ニチアサの敵役みたいな捨て台詞を残していったけど、この後すぐに巨大化するとかは……無さそうだな?
……一応、『巨大化する相手への対応策』も、無くはないが。
「お疲れ様でした、アヤトくん」
戦いが終わったのを見て、エレオノーラがみんなを連れて来た。
その中には、両角が折れてズタボロになったヴィラムの姿もある。
「やはり冥王など、汝の敵では無かったか……」
「はっはっはっ、この俺を舐めちゃいけないぞぅ?」
両手を腰に置いて、偉そうに踏ん反り返ってみせる。
それもすぐにやめて、
「ヴィラム。もう魔王でいる必要も無くなったんだし、これからどうするつもりだ?」
元々、エタられた者達のために立ち上がり、魔王を僭称していたのだ。
魔王ではない、ただのヴィラムとなった今は。
「我は、悪人や犯罪者ばかりとは言え、些か人を殺しすぎた。故にまずは、公正なる裁きを受けねばならぬ」
反社組織やそれに与していた人間を狩っていた、なんて社会的にはむしろ喜ばれるところだろうが……殺人を犯していたことに変わりはない。
「自首したところで、そんな証拠はどこにも無いから、証拠不十分からの即日釈放で済むと思うけどなぁ。まぁ、お前がそうしたいって言うなら、止める理由も無いか」
別に俺の休暇の邪魔にならないなら、どこで何しようが勝手にしていいんだが。
ヴィラムは次にエレオノーラを向き直り、頭を下げた。
「女神よ、我の過ちを正してくれたことを感謝する。それと、貴様の手を煩わせてしまったこと、すまなかった」
「あなたの過ちを正したのはアヤトくんです。そして、その非を認め、自分に出来る贖罪を為すと言うのなら、私から言うことはありません」
エレオノーラとしても、今回のことは水に流すつもりのようだ。
「……うむ」
彼女の返答を聞き入れたと頷くヴィラム。
「これで、今度こそ終わりかな」
エリンはエクスカリバーを鞘へ納めた。
冥王は消滅し、魔王は負けを認めた。
ならば、今回の旅はこれで終着だろう。
戦いは終わった、とみんなの間の空気が緩む。
「皆……すまなかった」
すると、クインズが真っ先に謝ってきた。
「冥王の洗脳を受けていたとは言え、裏切るようなことをし、皆を危険に晒してしまった。本当にすまない……!」
「わわっ、お姉ちゃ……クインズさん、私もみんなも大丈夫でしたから!」
深く頭を下げるクインズに、エリンが慌てて頭を上げさせる。
……今、エリンがクインズのことを「お姉ちゃん」って言いかけたのは、深くは訊かないでおこう。
実際、みんな怪我らしい怪我もなく済んで良かった――
の、だが。
『ふ
ざ
け
る
な』
不意に、どこからか声が――ヴィラム?
いや、今の声色はヴィラムと言うよりむしろ……
『私の代わりに奴を、しげねこを殺すと言ったんじゃないのか』
なんだなんだとみんなも辺りを見回しているが、
『やっぱり他人任せなんてアテにならない……その肉体、私によこせ!!』
「うっ、ごぼっ、があぁぁぁっ……!?」
途端、ヴィラムがもがき苦しむと、
口からドス黒いものが溢れ始めた。
「ヴィラム!?」
おいおいおいおいなんだなんだなんだなんだ、まさか第二形態は"こっち"だったのか?
ドス黒いものがやがてヴィラムの全身を覆い尽くし、少しだけその姿が小さくなると、ドス黒いものが剥がれ落ち――
「全く、こいつはダメだな。本当に使えない」
ズタボロではあるが、黒髪に黒ウサ耳のゴスロリ少女――
「げえっアリス!!」
うわっ、出たなこのマジキチヤンツンメンヘラトレパクネットストーカー女!!
「何が冥王の復活だか。しげねこを殺せない時点で役立たずじゃないか」
呆れたように嘆息をつくアリス。
「……ハローこんにちは"アリスさん"。で?今度は誰を貶めようとして失敗したんだ?」
「まぁ、人の生気を糧にして力を得るって言う発想くらいは、認めてやってもいいか……」
すると俺の挨拶を無視して、アリスは冥王の繭があったところまで移動すると、
時空を切り開いてその中へ消えていった。
なんだ……?
「……アヤトくん」
ふとエレオノーラが、アリスの消えたその場所に目を向けながら、俺の名前を呼んだ。
「"アレ"が何かご存知なのですか?」
そうか、俺がアリスを削除したのは、クインズがいた世界の時だったから、ピオンとナナミ、エレオノーラは知らないんだったな。
と言うか、エリン、リザ、クロナ、レジーナ、クインズにもちゃんと話してなかったかも。
この際だから、ちゃんと話しておこうか。
「あれは……確か、一億と二千年前くらい……だったかな。『付き合ってた彼女が他の男にNTRられてフラレたその帰りに学園のお天使様を助けたら、お天使様が押しかけ嫁になった。〜今更俺と寄りを戻そうったってもう遅い、他の男にNTRれた女なんざ要るかよ、ざまぁ〜』の世界の、投稿小説サイト『文豪家になろう』にいた、『アリス』ってハンドルネームのユーザーです。俺の作品が"なろう大賞"に選ばれたのがよほど気に食わなかったらしく、語彙の限りを尽くして俺に誹謗中傷のメッセージを送ってきたので、運営に通報して、SNSにも「こんな酔っぱらいもいるからみんなも気を付けるんだぞ」って発信したら、その半日後にはアリスさんのことがあっちこっちで大炎上して、なんやかんやあってアリスさんが自殺して、それで異世界転生に託つけて『しげねこ』と言う俺に復讐するために追いかけて来たらしくて。あっちこっちに呪いをばら撒いたり、魔王やインキュバスをけしかけてきたり、面倒な、ほんっとに面倒なマジキチヤンツンメンヘラトレパクネットストーカー女でした。以前に俺が存在そのものを跡形無く消滅させたはずですが……どうやら、ヴィラムの魂の中に怨念となって寄生していたようですね」
ヴィラムは、アリスの怨念を取り込んだと言っていたな。
アリスの怨念によって力を得たのはいいが、「しげねこを殺す」と言う本懐が果たせなかったのを理由にヴィラムの肉体を乗っ取った……と言ったところか。
イチから説明するのに400文字詰め原稿用紙一枚丸々使っても足りないとか、殺しても消しても削除しても怨念体になって他人の肉体を乗っ取るとか、ほんとに、本当になんなんだあのマジキチヤンツンメンヘラトレパクネットストーカー女。
「え、えーっと……よく分かんないけど、アヤトくんを貶めようとしたら、思わぬ反撃喰らって、それを理由に逆恨みしてるってこと?」
「そんなところだな」
ナナミはとりあえずの要点だけを纏めてくれた。うん、実に分かりやすく纏まってるな。
「いえ、そんなことはいいのです」
ぴしゃりと遮ったのはエレオノーラ。俺がせっかく懇切丁寧に説明したのに"そんなこと"って……ひどい。
「あの者の邪気……まるで憎しみの塊です。一体何がどこまで拗れれば、あそこまで顔の見えない個人を恨み憎むことが出来るのか……」
「人間、自己承認欲求が強ければ強いほど、『自分が全て正しくて、相手が全て悪い』と言う思考になるものですから」
いつ、どこの、どんな世界でも、しょせん人間は良くも悪くも人間に過ぎないと言うわけだ。
「けど、しげねこ……アヤトに復讐すると言う割には、何もしなかったみたいだけど?」
ピオンは、さっきの何もせずに消えたアリスと、俺の言う"アリスさん"との人物像の違いに眉を顰めている。
あのアリスが俺の言う通りの人物なら、目が合った瞬間殺しに来てもおかしくないだろうしな。
「言っちゃぁなんだが、あのアリスが本気で殺しに来ても、俺の全力の七割程度で簡単に返り討ちに出来る程度だからな。あの場で俺に襲い掛かっても無駄だと分かっていたんだろうさ」
それよりも、と続けて。
「エレオノーラ。冥王ノーヴェンネアは完全に消滅しましたが、魔王ヴィラム……いや、あのアリスをどう見ますか?」
冥王復活の阻止と言う目的は達成した。
だが代わりに、また別の謎が増えてしまったが。
「……………むぅ」
顎に指を添えて考え込むエレオノーラ。
「自力で時空を切り開いて異動可能な時点で、彼女は既に神々の制御から離れた、この次元の"特異点"と見てもいいでしょう」
特異点ねぇ……俺ですら、自力で時空を切り開くことは出来ても、その制御は完全にしきれない。この間なんかがソレだ、誤って"削除済み"の世界に迷い込んじゃったからな。クインズと出逢えたのは不幸中の幸いとでも言うべきか。
そう言った点だけでなら、俺よりもアリスの方が優れてはいるようだが。
「今、アリスの存在因子がどこへ転異したかを追跡してみましたが、どのクリエイトコードにも該当する因子が発見されていません。となると、『私の管轄外の異世界』に異動したようですね」
「えっと……ど、どういうことですか……?」
頑張って理解しようと思っているのか、リザが目をぐるぐる回しながらエレオノーラに質問している。
「つまりだな、エレオノーラと同じような、異世界転生の女神様と言う存在は複数人いて、エレオノーラはその内の一人に過ぎない。で、エレオノーラが管轄している異世界だけでも何十億世界もあるんだが、アリスはそのエレオノーラが管轄していない異世界に転異したのかもしれない、と言うことだ」
リザだけではない、みんな揃って「?」な顔をしている中、ナナミだけは。
「つまり、同じケータイでも、メーカーが違うみたいなもの?」
「厳密にはもっとややこしくて、量子論が絡んでくるから、有識者の方々と年単位で談義しなくちゃならんくらいめんどくさい話なんだが……20〜80%くらいはその認識で正しい」
「ア、アバウト過ぎ……」
「人生、アバウト過ぎるくらいでちょうどいい時もあるのさ」
実際に何十万回も"人間として"転生した俺の言である。
「アヤト様、エレオノーラ様。横合いから失礼致しますが……ここは一度ロスタルギアへ帰還しませんか?」
そこに、クロナが提案を持ち込んできた。
「私にはあのアリスさん?がどう言う存在なのかは、皆目検討もつきませんが……冥王の再封印、もしくは討滅と言う当初の目的は果たせのですから、場所を変えて、落ち着いてから考えましょう。ね?」
「そうですね。クロナさんの言う通り、状況は終了したのですし、ロスタルギアへ帰還しましょうか。アヤトくんも、よろしいですね?」
「はいはい、仰せのままに」
クロナの提案にエレオノーラが聞き入れ、俺も同意したところで、ロスタルギアへの帰路を辿ることにした。
大穴が思いの外深かったせいか、途中で昼食休憩を挟んでも、ロスタルギアに帰還してきた頃にはもう夕暮れ前だ。
カークス里長の自宅にお邪魔させてもらい、冥王討伐は完了したものの、魔王が別の存在に変異し、取り逃がしてしまったことと、その変異した魔王が別の次元の存在であることをを伝えると。
「……………なるほど」
何か得心したように、カークス里長は頷いた。
「別次元……つまりは、異世界からの招かれざる客、と言ったところでしょうか」
「そう捉えていただいて結構です」
招かれざる客、と言う言い回しを認めるエレオノーラ。
「ふむ……」
するとカークス里長は何かを思い出すように、口遊む。
「『人々の魂が欲望に満ち溢れし時、宇宙より邪悪なる『闇の化身』が現れる。『闇の化身』は人々の魂を喰らい、やがては神をも呑み込む。されど、闇あるところに光もまたあり。『神聖なる勇者』、『天賦の才の大魔法使い』、『蒼麗たる海巫女の姉妹』、『誇り高き王国騎士』、『森に愛された狩人』、『異界を駆ける転生者』、『光の巫女の末裔』、そして『刻を喰らう鬼神』。闇を廻りて光へ還れ、還る光は心を照らす』……この巡り合わせは偶然か、必然か……」
ん?これは何の詩だろう。
幾度転生転移を繰り返しても、魂は"俺"のままなので、風流と言うものは今ひとつ解せないが、何かの御伽噺と言うのは読み取れた。
「横から失礼……里長、その詩は?」
分からないことは分からないと正直に言う。
これ、社会で生きる人間の初歩の初歩なり。
「今より遥か昔、この地に王国があった時から伝わる詩です。闇の化身が神々を呑み込まんとした時、このような九人が現れ、闇の化身を討ち滅ぼしたと言われているのです。その九人の『生まれ変わり』とも言うべき貴方が、この地へ訪れた。……まるで、この事を予見していたかのように」
神聖なる勇者……これはエリンのことか?
天賦の才の大魔法使い……ならこれはリザか。
蒼麗たる海巫女の姉妹……これはどう見てもクロナとレジーナだ。
誇り高き王国騎士……ちょっと範囲が広いが、きっとクインズだ。
森に愛された狩人……流れから見てもこれはピオンのことだ。
異界を駆ける転生者……うん、ナナミ以外誰もいないな。
光の巫女の末裔……文字通り、エレオノーラのことだな。
刻を喰らう鬼神……で、これが誰なんだろう?
「勇者、大魔法使い、海巫女の姉妹、王国騎士、狩人、転生者、光の巫女の末裔、この八人は分かるとして……その、刻を喰らう鬼神と言うのは?」
「「「「「「「「いやどう見てもアヤト(さん)(くん)(様)のことでしょ(でしょう)(だろう)」」」」」」」」
八人全員同時にツッコまれてしまった。
「えっ、マジ?嘘やん」
なんだよその、『刻を喰らう鬼神』って、厨学二年生過ぎるやろ。俺ちょっと恥ずかしい。
「……まぁ、刻を喰らう鬼神がアヤトくんのことなのかはさておき」
エレオノーラが話の腰を強引に戻した。
「私達は明日にここを発ち、フローリアンの町へ帰還します。カークス里長、烏滸がましい限りですが、もう一晩厄介になっても?」
「いえ、烏滸がましいなど。どうぞ、ごゆるりと」
カークス里長のご厚意によってもう一晩ここで休ませてくれるのはありがたい。
が……やはりどうもあのアリスのことが引っ掛かるな。
俺に『ざまぁ・もう遅い』をしたくてたまらないあのマジキチヤンツンメンヘラトレパクネットストーカー女が、俺に興味を失うとは考えにくい。
とは言えあそこで俺に襲い掛かっても返り討ちに遭うのは火を見るより明らかだし、それは奴が一番理解しているだろう、既に一度身を以て体感したのだから。
ダメだ、分からん。
だが、アリスの存在は未だ健在で、いつ襲って来るか分からん以上……今日からしばらくはぐっすり眠れない夜が続きそうだ。
あんにゃろう、今度会ったら時空が崩壊しない程度に全力でギッタギタにしたらぁ、命洗って覚悟しとけや、ふぁっきゅー。
「……どうしたのアヤト?お腹でも痛いの?私が擦ってあげよっか?」
憂いが顔に出ていたのか、エリンに心配されてしまった。すまんな。
「別に腹が痛いわけじゃないが、エリンに擦ってもらえるなら嬉しいな」
「じゃぁ擦ってあげるね。よしよーし」
俺のお腹をなでなでし始めるエリン。かわいい。
この後、エリンだけでなく、みんなからもお腹をなでなでされてしまったのは、語ることもあるまい。
これにて第七章が終了し、次回から最終章が始まりますので一時のお休み期間に入ります。
次回の更新は、8月5日の予定です。




