61話 虚無の果て
ナナミのクソデカ扇風機による逆風にブレスを煽られたヤマタノオロチは、逆に毒を喰らったせいか、ゲホゲホと苦しげに咳き込んでいる。
自分から毒ブレス吐くのに、その自分の毒は効くのかよ……
まぁいい、自然の毒キノコなら食べても平気でも、毒キノコを加工した物の毒なら有効って魔物も存在していたくらいだしな。
「氷が効くのは知ってるわよ――氷樹!」
再びピオンから氷の矢が放たれ、ヤマタノオロチの真っ赤な腹に突き刺さり、凍結させる。
「氷属性が有効なら、――『ヘイルブリザード』!」
続けてリザが唱えたのは、氷属性の上級魔法。
魔法陣から吐き出される吹雪が、ヤマタノオロチに降り注ぎ、その表面の龍鱗を凍らせていく。
鉄球に動きを封じられていた龍頭も起き上がってきたが、いい具合に弱ってきたな。
「もう一度行く!」
「応っ!」
エリンはエクスカリバーを構え直して再突撃、それに応じてクインズも逆サイドから続く。
毒で弱った上から、ピオンとリザの氷属性攻撃により、ヤマタノオロチの龍頭も動きを鈍らせており、クインズはともかく、エリンのスピードには全く追い付けていない。
最近のVRMMO系の異世界転生は、痛いのは嫌だから防御力に極振りするのが主流らしいが、俺から言わせてもらえばそれはスキルポイントの無駄遣いに過ぎない。防御貫通とか、固定ダメージ系の攻撃が来たら一発アウトだぞ?
いやまぁそりゃ、全ての攻撃が0〜1ぐらいしか受けないなら、相手の攻撃を無視して受けて反撃すると言うのも戦い方のひとつだが。
けれど反撃すると言っても、攻撃力が低いと何回攻撃しても相手を倒せないし、素早さが低いとそもそも反撃すら当てられない。
戦いにおいて、『先制』が確実に出来るのは大きなアドバンテージだ。
当たらなければどうと言うことはない?
そもそも攻撃すらさせなければ済むからな。
相手が身構える前に先制攻撃一発で倒してしまえば、防御力など無用の長物だ。
だから俺はVRMMO系の異世界に転生する時は、まず素早さを重点して上げる。世界観によっては、素早さの高さが会心率に比例するケースもあるから、結果的に攻撃力の上昇に繋がるのだ。
まぁ、どうしても防げない、躱せないって時もあるので、防御力も少しくらいは上げるけど。ようは即死しない程度のHPと防御力さえあればいいんだよ。
そしてそれを証明するかのように、エリンは動きの鈍った龍頭に肉迫、跳躍しながらエクスカリバーを袈裟懸けに叩き込み、
「たあぁッ!」
斬り抜けるように一閃、龍頭を横に真っ二つに断ち斬ってみせる。
三頭目、撃破。
クインズもまた、鈍い迎撃行動に出ている龍頭のひとつに躍り掛ると、龍頭の鼻っ面にトゥーハンドソードを勢いよく深々と突き込み、
「でぇやあぁッ!」
そのまま内側から抉り抜いた。
四頭目、撃破。
八頭ある龍頭の内の四つは倒した、あと半分。
では俺からも……
「――アブソリュートゼロ」
ヤマタノオロチに向けて氷属性上級魔法を放ち――奴の胴体に雹が集まり――丸ごと氷漬けにする。
胴体を凍らされてもがく龍頭達。
「さぁ、そろそろ大丈夫よ、レジーナ」
「ありがとうございます、姉上」
先程のバリアで消耗していた二人だが、クロナは自分の回復よりもレジーナを優先させ、回復完了したレジーナは、リザとピオンに襲い掛かろうと牙を剥く二頭の龍頭の前に躍り出ると、
「そこです」
二振りの鎖鎌を抜き放ち様に投げ付け、鎖鎌のチェーンが二頭の龍頭の首に絡みつくと、
「――コローデス!」
腐食――防御力低下の呪術を流し込み、龍頭の皮下組織を破壊すると、
「お覚悟!」
鎖鎌のチェーンを思い切り引っ張り上げ――そのまま龍頭の首を捩じ斬ってしまった。こっわ。
これであと二頭。
「レジーナさん、えげつないことするわね……――疾風!」
レジーナの仕留め方に身震いしながらも、ピオンは風属性の矢を放ち、先程から自分が狙っていた龍頭の片目を貫く。
片目を抉られて悲鳴を上げる龍頭に、
「これで、どう!」
間髪無くさらにもう一矢放ち、その龍頭の眉間を貫いてみせた。
残るはあと一頭だ。
破れかぶれのつもりか、火炎ブレスを吐き出そうとしている――が、させんよ。
無影脚で距離を詰めて、
「『ダイヤモンドフィスト』」
高濃度の氷属性を纏わせて、アヤトパーンチ。
奴の牙を粉砕し、喉の奥に吹雪の拳をぶち込むと、吐き出そうとしていた火炎ブレスすらも凍らせていく。
カチカチコチコチと首の内側から奴の胴体が凍り付いていき、やがて窒息し――龍頭は力無く斃れた。
八頭の首が全て斃れたことで、奴の胴体が消滅していった。
ヤマタノオロチ、撃破だ。
「これで先に進めるね」
ふぅ、と一息つきながら、エリンはエクスカリバーを鞘に納める。
「だが、少し休憩した方が良さそうだな」
クインズもトゥーハンドソードを背中の鞘に納めながら、休憩を提案する。
特に、クロナは自身も消耗していたにも関わらず、レジーナの回復を優先していたのだ。
周囲に他の魔物の気配は感じないが、念には念を入れてと言うことで、みんな一箇所に固まって、俺が結界を展開して、休憩開始。
「クロナさん、大丈夫?」
ピオンは、この中で最も疲労の色が濃いクロナを案ずる。
「ふー……ご心配には及びません。少し休憩してから私も法術で回復しますから。それより皆さんは、お怪我はありませんか?」
皆さん、とは言ったが、実際に怪我の危険があったのは、前衛のエリンとクインズくらいのもので、その二人も怪我らしい怪我は無い。
「あ、クロナさんは私が回復するね」
エリンはクロナの近くに座ると、薄緑色の魔法陣を展開して、
「――ヒーリング」
優しい光が魔法陣から放たれ、クロナの身体を包み込む。
「あら、ありがとうございます♪」
「えへへ、たまには私が回復してもいいですよね」
お上品な笑顔のクロナと、はにかみ笑顔のエリン。どっちもかわいい。
……そう言えば、エリンも一応魔法が使えるんだったな。専ら矢面に立っているから、たまに忘れそうになるけど。
「エリンちゃん、魔法も使えるんだ?」
ナナミが目を丸くしている。
そっか、エリンが魔法使ってるところを見たこと無いのって、ナナミだけだったか。
「一応くらいはね。リザちゃんやクロナさんくらい強い魔法は使えないけど……」
たはは、と苦笑するエリン。
「使えるだけでも大きなアドバンテージだと思うぞ。私にそう言った力は全く無いからな」
エリンの隣に座るクインズは、忌憚の無い言葉で頷く。
「でも、クインズさんは魔法無しでも十分強いですよね」
前にディスクローズで鑑定した時もそうだったが、クインズの魔力は『F−』、これは全く無いに等しいを示す値だ。
恐らくだが、クインズがいた世界にも魔法はあったのだろうが、誰でも魔力を持っている、というわけでは無いのかもしれない。
その代わりと言うか、彼女は身体能力そのものが高く、加えて剣術に対する造詣が深い。
敏捷性もエリンやピオンには一歩譲るとは言え、それを補って余るほどの力を持っているのだ。
特に、トゥーハンドソードを軸にした三次元的な攻撃や立ち回りは、彼女の身体能力と技量無しでは成し得ないと言ってもいい。
「ただの無いものねだりのようなものだ、気にしなくていいさ」
そう言ってのけるクインズの顔は、羨望や妬みのようなものは見られない。表情には見えないだけかもしれないが。
もう少しだけ休憩してから、結界を解除、ヤマタノオロチが塞いでいた先の階段を降りていく。
………………
…………
……
さらに下層へ降りていくと、遺跡のような石畳の床や壁から、徐々にどぎついピンク色をした――まるで人の体内のような、生物的なダンジョンが、文字通り俺達を呑み込もうと待ち構えていた。
「控えめに言って、趣味の悪いダンジョンですね……」
リザは生理的嫌悪感丸出しの顔で毒を吐いた。
この辺りも土竜人族が住んでいたのかもしれないが、このブヨブヨしたような壁や天井は、彼らの趣味ではないだろう。しかもなんか所々に粘菌が生えてたり、なんかビクンドクンと脈打ってる部分もあるし……これが本当に昔の土竜人族の趣味だったらちょっと引くわ。
「魔王か、冥王か、どちらかの影響によるものでしょうか」
どちらにせよ度し難ければ理解もし難いですが、とレジーナも苦虫を生きたまま丸呑みしたような顔をしている。気持ちは分かるけどな。
ふと、道なりに進んでいたその先に、禍々しい邪気を感じる闇が口を開けて待っていた。
恐らく、この先だ。
「みんな、少し気を付けた方がいい。いよいよラスボスとのご対面だ」
ラスボスかどうかは知らんけど、気を付けるに越したことは無いとして、一応注意を呼び掛けると、みんなの表情が引き締まる。
それじゃぁ行くぜ、ひぁーうぃごー。
………………
…………
……
「ん?」
あれ?どこだここ。
真っ暗……いや、暗いかどうかも分からない、"虚無"。
エリン達はどこいった?
『現れたか、アヤトよ』
虚無の中から現れたのは、魔王ヴィラム。
「ハローこんにちはヴィラム、言いたいことはアホほどあるが、これは一体何のつもりだ?」
早いところお前をフルボッコして、その後でエレオノーラに冥王を再封印してもらいたいんだけど。
『汝なら分かるだろう?"ここ"がどんな場所か』
「いや、知らんがな」
さも「分かってるよな?」みたいなムーブかまされても、知らんものは知らん。
『"ここ"は、『虚無の果て』だ』
「は?」
虚無の果てぇ?
こんな"目に見えるような世界"が?
『作品をエタられ、削除され、作者からも読者からも、その作品が投稿されていたことすらも忘れられた者達が、行き着く先』
「へー」
そうなんか。どうでもいいけど。
『見てみよアヤト。彼らを――誰からも顧みられなくなった者達を』
ヴィラムは、自分の背後にいる存在達を俺に見せるように立ち位置をズラした。
そこにいたのは、普通の人達だった。
人間だけではない、亜人族や動物、虫、魚、そうでない魔物、精霊や聖獣、有機物無機物を問わず、"意志"を持った存在が無数に存在している。
ただ唯一、何がおかしいのかと言えば、
顔が無い。
比喩ではなく、本当に顔が無いのだ。
目鼻のあるだろう部分が真っ黒い影に染まっている。
そんな彼らは何をしているのかと言えば、何もしていない、ただそこにいるだけ。
まるで、透明な棺に入れられたままにされているように。
『そして聴いてみよ、彼らの嘆きを』
ヴィラムがそう言うと、
負の感情と言う負の感情が声になって、俺の脳を殴り付ける。
大勢の人間から耳元で大声で叫ばれているような感覚だ。
聞かされている言葉の内容は聞いていない、と言うか声同士が反響して混ざり合って不協和音になるせいで、何を喋っているのか聴き取れない。
やかましい、今世の俺は聖徳太子じゃねぇんだよ、言いたいことがあるなら一人ずつにしろ。
『聴こえるだろう。世界をエタられ、生命を忘れられ、ただこうして虚無の中に居続けることしか出来ぬ、苦しみと悲しみが』
聴こえるけど分からん、ただただ五月蝿いだけだ。
「俺にこんなものを見せて、聴かせて、どうするつもりだ?」
『彼らを救いたいとは思わぬか?そして、このような存在を二度と生み出させぬとは思わぬか?』
「いや、思わんけど」
『なっ……!?』
正直に答えたら、心外そうな顔されたんだけど、俺何か変なことでも言ったかね?
『何故だ!?彼らは救済を求めているのだぞ!苦しむ弱者に手を差し伸べられる力を持ちながら、見殺しにすると言うのか!?』
「救済?見殺し?バカかよ、お前は」
だってさぁ……
「そんな奴らは最初からいないだろうが」
いくら俺のオールリジェネレイションが最強でも、"存在しない者"を蘇らせることは出来ないぞ?
『最初からいないだと!?当たり前だ!誰がそうさせたと思っているのだ!』
なに急に逆ギレしてんだ、こえーよ。
「だから、『せっかく自分が創った作品を無責任にエタらせる、身勝手な作者達』だろ。俺にこれを見せてどうするんだ」
こいつが俺にこれを見聞きさせて何をしたいのか、ちょっとマジで分からん。
「俺じゃなくて、"そいつら"に見せて、聞かせてやれよ。まぁ普通の人間なら、脳が拒絶反応起こして発狂死するのがオチだろうけどな」
マジレス正論で返してやると、ヴィラムは項垂れた。
なんだよ、別に論破したわけでもないのになに勝手に論破されてんだよ。
『何故だ……何故分からぬ。汝には、生命の重みが理解出来ぬと言うのか?』
「道徳の時間か?それなら小学校でやってくれ」
それに……
「そろそろ茶番は終わりにしていいか?こんな何も見えなくて寒いところにいたら、風邪ひいちまうよ」
"虚無"を踏み付けると、パキリィィィンッ!!と甲高い音を立てながら、"虚無"がヒビ割れ砕け散った。
……
…………
………………
ふと気が付けば、視界が戻った。
「アヤト、大丈夫?」
エリンが心配そうに、俺の顔を見上げている。
「んー?あー、すまん。寝不足だったから、歩きながら寝てた」
もちろん嘘だが。
「そうなの?変なアヤト。元からだけど」
「はっはっはっ、エリンも言うようになったなぁ」
「えへへ」
エリンだけでない、リザ、クロナ、レジーナ、クインズ、ピオン、ナナミ、エレオノーラもいる。
やれやれ、おかしな白昼夢だったぜ。
………………さて、と。
「バカな……"虚無の世界"から抜け出しただと!?」
目の前にいるのは、魔王ヴィラム。
俺におかしな白昼夢を見せていたのは、やはりこいつだったか。
そして、ヴィラムの背後にあるのは――どぎついピンク色の菌糸に覆われ包まれた、巨大な"繭"。
アレが、封印された冥王ノーヴェンネアのようだな。
「魔王ヴィラム。無駄な抵抗はやめ、降伏なさい」
声に神性を帯びさせて、エレオノーラはヴィラムに降伏を呼び掛ける。
「女神め……貴様ら神々が、転生者どもを無作為に転生させるから、オリキャラ達はエタられるのだと、何故分からぬッ!」
初めて、ヴィラムが怒りと憎しみを露わにした。ほんとに異世界転生を司る神々が嫌いなんだな。
「生と死。魂の輪廻転生は平等です。我々神々はその"刻"を守る神官に過ぎず、オリキャラ達をエタらせると言う選択を選んだのは、作者達です。罪の是非を問うのなら神々にではなく、作者達にすべきでしょう」
言葉は違えど、エレオノーラも俺の意見と同じだ。
「ならば今すぐ、我にそれだけの力を与えよ!作品をエタらせる作者どもを一人残らず粛清してくれん!」
「愚かなことを。神々の御力はおよそ人に知れるほどのものではありません。それほどの力を"個"に与えれば、"器"が壊れてしまうだけです」
身を案じるでも、嘲笑するでもない、エレオノーラの言葉は全て事実だ。
が、既に本末が転倒しており、その自覚もないヴィラムに何を言っても無駄だろう。
「エレオノーラ、下がってください。みんなもな」
俺はソハヤノツルギを抜いて、みんなを制止しながら前に出る。
「魔王ヴィラムは、俺が引導を渡します。エレオノーラはみんなと一緒に、冥王の再封印を」
「ふむ。任せましたよ、アヤトくん」
エレオノーラが頷くのを同じくして、ヴィラムもどこから出したのか、魔剣っぽい禍々しい剣を抜いた。
「アヤト……やはり神々の側にいる汝が、我と分かり合うなどどだい不可能なことだったか」
「何を今更。俺は最初からお前の話なんてまともに聞いてなかったよ」
「あと少し、あと少しでエタられた者達は救われるのだ……邪魔などさせん!」
魔剣を構えたその瞬間、ヴィラムは俺の死角に回り込んでいた。
が、その程度は予測済みだ。振り向きざまにソハヤノツルギを振るって魔剣を弾き返す。
「目では追えなくても、殺気がそこにあるならな!」
「舐めるな!」
立て続けに振るわれる魔剣の乱撃。
対する俺は後出しで全て受け流していく。
「無責任な作者達を皆殺しにすれば、エタられたオリキャラが救われるってな、それ本気で言ってるつもりか?」
「当然だ!オリキャラ達と作者は切っても切り離せぬ関係!ならばその切り離せぬ関係そのものを断ち斬ってしまえばよい!さすれば、オリキャラは自由だ!」
「寝言いってんじゃねーよバーカ!」
魔剣を絡め取り、空振りさせたところをヤクザキックで腹を蹴っ飛ばす。
「ぐぶッ!?」
ヤクザキックで蹴っ飛ばし、無影脚、からのライダーキックで鼻っ面を踏み付け、ホワチャチャチャチャチャーと浴びせ蹴り。
「がっ、ぐっ、ぐぁっ、ぶっ、がはっ」
「どぉしたどうしたどうしたどうしたどうしたァッ!!」
普段はパンチでぶん殴ってる俺だけど、蹴り技も出来るんだよ?知ってた?
蹴りつけるだけ蹴りつけたら、
「――『白銀の美脚』!」
左足に白銀色の闘気を纏わせて回し蹴りを振るえば、無数の高エネルギー弾が蹴り出され、ヴィラム目掛けて突っ込んでいく。
「ッッッ……!!」
魔剣を盾にして高エネルギー弾を防いでいるヴィラムだが、
「足を止めると危ないぞぅ?」
「っ、そこか!」
ヴィラムは魔剣を振り抜いて――背後に回り込んた俺を斬りつけ
られた、と見せかけて一周回って正面に踏み込む。
「なにっ!?」
あっ、それ俺の分身です。
無防備な背中を晒しているので、後ろから組み付いて、ハイジャンプしたらぐるんと頭を地表へ向けて、
「地獄に墜ちろ(直喩)、スクリューパイルドライバー」
「や、やめ」
ズドガァンッ!!とクレーターを穿つレベルのパワーで叩きつけてやった。




