6話 報われぬ誇り
エリンが飲食店のアルバイト(?)を終えて、宿の部屋に戻って来たら、俺が集めた情報を一部掻い摘んで話す。
「明日のお昼に?」
「あぁ、色々と"相談"したら、融通を利かせてくれるそうだ」
あのガルチラのことだ、約束を違えるようなことはしないだろう。
もし裏切るようなら、クルーを皆殺しにして船をいただくだけだ。
「海賊なのに、親切なんだね?」
「海賊だからこそだろうな。彼らには彼らなりの仁義がある。利が一致するなら味方にもなるし、害を為すなら敵にもなる」
特に、あぁいった個人のカリスマによって率いられた集団は、そういった志向が強い。
「そうなると……明日は午前の内に買い物を済ませて、その後で酒場に行くって感じかな」
「そうしようか。まずは必需品を買い込んで、その後で武具だな」
そうして、明日の午前中の予定を立てていく。
明日はエリンとお買い物デート(俺視点)、楽しみだ。
夜も更けて日付が変わる頃合いになって、俺はむくりとベッドから起き上がる。
さて、そろそろエリンも夢の中でアップルパイを食べている頃合いだ。
ロングソードを担いで、俺は窓を開けて、窓枠に足を掛ける。
海沿いに、東へ向かった先にある岬の裏側、月明かりに照らされる、海へ突き出た陸地……大体、あの辺りかな?
よし、行くか。
足の裏に魔力を集中させて――ドンッと跳び立つ。
飛行ではない、魔力で脚力を高め、一点に集中させた長距離ジャンプ。
夜中だから誰も見ていないだろうし、見たとしても一瞬しか目視出来ないから、気のせいとしか思えないだろう。
岬……岬……ここだな。
ゆっくりと高度を落とし、着地。
岬の裏側って言ってたな。
回り込むように降りていくと、ちょうど岬の裏側がぽっかりと空洞になっていた。
ここが船の墓場か。なるほど、これは一般人には知られないわけだ。
ライトアップで周囲を照らしつつ、中へと入っていく。
船の墓場とはよく言ったもので、壊されたのだろう船体の破材や人の遺物や遺骨がそこかしこに浮かび、時には大破した船が座礁している。
ピチョン……ピチョン……と水の一滴が跳ねる音が壁に反響する。
うーん、なかなか不気味なところだな。エリンを連れてこなくて正解だった。いや、こういったホラーにはあまり怖がらないかもしれないが。
大破した船から宝箱が転がっていたので、中身である宝石や金貨をいただいていく。
鍵?力尽くで開けましたが何か。
墓荒らしとか言われて呪われても文句は言えんなぁ……呪いくらいで俺を殺せるならいくらでも呪ってくれていいけど、それで殺せないからって腹いせにエリンに手を出しやがったら、逆に呪い返す。
現存している呪術系マンガ・アニメの二次創作も粗方履修済みだからな。
すると、カチャガチャ、カチャガチャと何かが擦れる音が聞こえてくる。
こういう場所だし、アンデッド系の魔物かな。
ライトアップの光に寄ってきたか、案の定、武装した骸骨――『スケルトン』がワラワラと群れを成してやって来た。
ケタケタ、ケタケタと嗤うように歯を鳴らしている。
龍神の瞳なる宝玉を求めて、愚かな冒険者がまた一人やって来た、とでも思っているんだろうな。
でもごめんな、ちょっと相手が悪過ぎたかもしれん。
「――『フレイムランス』」
朱色の魔法陣を顕現、いくつもの火柱を生み出して一斉射出。
火属性の中級魔法だ。
いくら死後に動き出したと言ってもしょせんは骨だ、火に当てたら燃える。
炎の槍にぶち抜かれては灰になっていくスケルトン達。
それでも仕留め損なった奴らが斬り掛かってくる。
生前ではどうだったか知らないが、死者が生者を殺せると思うなよ。
生者を殺せるのは生者だけだ。
無影脚でスケルトン達の隙間を潜り抜け、その擦れ違い様に斬り捨てていく。
バラバラと崩れて、頭蓋骨だけになっても噛み付こうとしてくるその執念だけは認めてやらんでもないが、ハッキリ言おう。
「邪魔だ」
飛び掛かってきた頭蓋骨に空手チョップをアチョーッと一撃、真っ二つに粉砕だ。
明日はエリンとお買い物デート(俺視点)に行くからな、あまり俺の体力を使わせるなよ?
スケルトンの皆さんは無事に焼き払ったし、先に進むとしよう。
骨だけになった魚の魔物『ボーンフィッシュ』はサクッと二枚卸しにして、生きた死体の『リビングデッド』や『ヘルハウンド』は雷属性の中級魔術の『ヴォルトアロー』で塵へと還して、
って見事にアンデッド系ばっかりだな、いくらライトアップで照らしてるとはいえ、こうもネガティブな魔物ばっか相手にしてると気が滅入るんだが。
結構奥に進んだと思うんだが、まだ最奥部には到達しない。
ただ、人工物が見られなくなってきたので、恐らくここまで踏み込んで来た人間はいないかもしれない。
なんて気を抜いていたら最奥部で白骨死体だらけだったらどうしよう、心臓に悪い。
だからと言っても特に身構えることもないんだが……
ふと、開けたところへ出た。
部屋の隅には金塊や宝石と言った財宝が無造作に並べられている。
宝物庫だろうか?
その宝物庫の中心には、黒い頭蓋骨がポツンと転がっている。
でかいな、形状からして竜のそれだろうか。
『――人間か?こんなところまでよく来たものだ』
アィエェェェェェ!?ナンデ!?ガイコツシャベッタナンデ!?
白骨死体じゃないけど、頭蓋骨がいきなり動いて人の言葉で喋ってくるとか心臓に悪いわ。
「……グッドイブニングこんばんは。ちょっとお訊ねしたいことがあってね、ここに龍神の瞳って宝玉があるらしいから、それを取ってきてっておつかいを頼まれてるんだ。どこにあるのかご存知ないだろうか?」
『……龍神の瞳だと?』
っと、頭蓋骨の気配が変わった。なんか疑ってるな。
『人間よ、龍神の瞳を手にして、どうするつもりだ』
そんなもの、か。
こいつにとって龍神の瞳は、それほど価値があるものでは無いのか?
「俺はおつかいを頼まれただけだから、俺がそれをどうこうするつもりは無いんだよな。逆に訊くんだが、龍神の瞳を手に入れたらどうなるんだ?」
『……アレは、人間の欲望そのものだ。手にした者に富と権勢と、破滅を与える、魔性の宝玉』
「欲張り過ぎは元の子も無くす……そういうものだと?」
『分かっているのなら、ここから立ち去れ。そこにある財宝が欲しいなら好きなだけ持って行け』
うーん、どうしよう。
龍神の瞳なんて物は無かったけど、財宝ならたくさん持って帰れたよって言い訳出来るかな。
でも、ガルチラは確かに「龍神の瞳を持って来い」って言ってたしな……ただ単にそれが欲しいんじゃなくて、俺を試すための試金石のようなもの。
「悪いけどその忠告は聞けないな。富にも権勢にも執着するつもりはないけど、俺には龍神の瞳が必要なんだ」
『そうか。……なら、死を覚悟してもらう』
気配が警戒から殺意のそれに変わった。
財宝の山の中から無数の黒い骨が飛び出し、それが頭蓋骨に繋がって、巨体を作り上げる。
右手にバトルアックス、左手に大盾、きらびやかな鎧に、頭蓋骨には羽根飾りをあしらった兜。
なるほど、こいつ『スカルリザード』だったのか。
俺もロングソードを抜いて、小山のような巨躯の前に対峙する。
『リザードマン一族の名にかけて!』
バトルアックスをぶぅんと一振りし、低く構えるスカルリザード。
「俺はアヤト。リザードマン一族の力、見せてもらおう」
いざ、
「『参る!!」』
瞬間、無影脚で瞬時に距離を詰め――向こうも一気に接近してきたか。
ガギィンッ!!
ロングソードとバトルアックスが正面衝突し、甲高い金属音が反響する。
バトルアックスと言っても、俺のロングソードの五倍はありそうな巨大な斧だ、さすがに一撃が重い。
少し強引に弾いて飛び下がり、
『ぬぅんッ!』
スカルリザードは即座に踏み込んでバトルアックスを振り下ろして来る。
飛び下がりの着地と同時に横っ飛び、すぐ傍にバトルアックスが叩き込まれて石畳が砕ける。
「遅い」
横っ飛びからの着地、と同時に踏み込んで跳躍、スカルリザードの頭蓋骨を叩き斬らんとする。
咄嗟にスカルリザードは大盾を構えたが、構わずに縦一文字に振り降ろし、大盾を真っ二つに斬り捨てる。
『ぐっ!?』
大盾を一撃で破壊されたか、スカルリザードが一瞬たじろぐ。
着地、軸足を入れ替えての薙ぎ払い、しかしこれはバトルアックスに弾かれる。
瞬間、スカルリザードはバトルアックスを振り抜いて薙ぎ払ってくるが、受け流す。
縮地で距離を詰めて懐へ飛び込もうとするが、それよりも先にスカルリザードのバトルアックスが引き戻され、素早く突いてくる。
これは受けながらも小さく跳躍し、敢えて吹き飛ばされ――た勢いを逆利用してロングソードを石畳に突き立てて、ポールダンスのように跳び上がって、追撃に薙ぎ払われた一撃を回避する。
『なんとっ!?』
「遅いと言った」
そのまま壁際まで飛び下がると、壁キックを用いた三角跳びで、壁、天井と跳び、一気にスカルリザードの懐に飛び込む。
一閃、スカルリザードの右上腕骨を斬り飛ばす。
『ぐおぉっ!?』
右腕が宙を舞い、スカルリザードはそれを視線で追うが、それは致命的な隙だ。
「遅いと言っただろう」
瞬時、居合い斬りで右膝骨を斬り抜き、片膝をついて姿勢が低くなったところを、斬り上げて左腕を吹き飛ばし、唐竹割りで左膝も斬り落とす。
『バ、バカな、こんな』
瞬く間に達磨になったスカルリザードは、仰向けに倒れ込んだ。
倒れ込んだところに乗っかり、奴の頸骨にロングソードの切っ先を突き付けてやる。
「勝負あったな」
『貴様……本当に人間か?我がこうも容易く討ち破られるとは思わなんだ……』
その頭蓋骨に表情は無いけど、動揺が感じ取れる。
「失礼な。人間がリザードマンに勝てない道理がどこにある。あまり人間を侮るなよ」
『フッ、それはすまない。……結構!我の負けだ』
勝負あり。
負けを認めたスカルリザードに、俺はロングソードを引き、巨体から降りる。
全身の黒い骨は消失し、スカルリザードは再び頭蓋骨だけの姿になる。
『この身が朽ちた骨でさえなければ……いいや、とやかくは言うまい。敗者は勝者に従うが定め』
潔い男……いや、リザード"マン"だから雄か。まさに武人の鑑だ。
『最後にひとつだけ聞かせてくれ。人間よ、その強さの理由はなんだ?』
「強さの理由?」
四億年の重み、とは言いにくいか。
そうだな、いつかの異世界転生で、さも正論を述べているかのように悪意をばら撒いて、他人の努力を踏み躙っておきながら、見苦しい言い訳をほざいてた、"偽善者ヅラしたクズ"を物理的に始末する前に言ってやった言葉があるな。
「『逃げることから逃げない』、『事実と現実を履き違えない』、『認めるべくを認める』、『礼儀と礼節を重んじる』、ってところか」
人として当たり前のことなんだけど、それが出来る人間は驚くほど少ない。……この俺を含めてね。
『……なるほど、良い答えをいただいた。龍神の瞳は、この部屋の奥にある。好きにするがいい』
スカルリザードが指した先に、小さな部屋がある。
「ありがとう。それじゃぁ、いただいていくよ」
『さらばだ人間よ。貴様と戦えたこと、誇りに思う』
「あなたも確かに強かった。あなたが俺を誇りに思うなら、俺もこの戦いを胸に刻もう」
『かたじけない』
すると、スカルリザードの頭蓋骨は静かに黒ずんで消失していった。
最後に正々堂々と戦うことが出来て、満足したんだろうな。
静かに一礼してから、奥の小部屋へ向かう。
龍が描かれた台座の上に、幻想的な琥珀色の玉が鎮座している。
これが、龍神の瞳か。
恐れること無く、それを手に取った。
龍神の瞳 を 手に入れた!
さて、目的の品も手に入れたので長居は無用だ、さっさと帰って寝直そう。
……しかし、富と権勢までは分かるとして、ついでに破滅も一緒に呼び込むのか。傍迷惑極まりないな、とんだ呪いのアイテムだ。
俺はこんなもの要らないし、ガルチラも要らないって言ったらここに返しに来てもいいかもしれないな。
「……ん?」
ふと違和感を覚えたので、ちょっと足を止める。
この気配は……時空の歪み?
俺とは別の何かがこの世界に干渉している?
気配の方向は……後ろ?
振り返ってみると、龍神の瞳のあった小部屋に、小柄な少女がいた。
黒髪ロングに、白と水色のゴスロリ風ドレスに……黒いウサ耳のカチューシャ?
さっき俺が入った時にはいなかったと思うんだが……いや、それよりも、
時空の歪みの気配は、彼女から発されている。
……転生者、か?
「わたしは、アリス」
不意に、少女は「アリス」と名乗ってきた。
「あなたも、アリス」
は?
なんだこの娘……不思議ちゃん系か?今時不思議ちゃん系ってなかなか珍しいと思うんだが。
落ち着け俺、こういう相手は自分にしか理解出来ない世界の中にいるんだ。
この場合、相手に合わせつつもペースに呑まれないのがベストだ。
「やぁこんばんは、アリス。俺はアヤトだよ」
「アリスなのに、アリスじゃない?」
おいおいおい、本当に何なんだ?
俺は(今世では)アヤトであって、アリスではないし、有栖川愛里寿さんでも無いし、不思議の国の住人でもないんだが。ついでに言うと、東の方にある幻想の郷にいる人形使いでもないぞ。
「なるほど、君がそう言うのなら、俺はアリスなんだろう」
アリスちゃん(仮)の言う"アリス"が何を指しているのかは分からない。
『不思議の国のアリス』における主人公・アリスは、ウサギさんを追い掛けて異世界に迷い込んでしまうという辺りを拡大解釈すれば、『アリス=転生者』とこじつけられるが……
「わたしは、アリス。あなたも、アリス」
それだけ言い残すと、アリスちゃんは突然、ワープするように"パッ"と消えた。
「俺はアリスじゃなくて、アヤトだよ」
アリスちゃんへの言葉ではなく、自分への言い聞かせだ。
……道中のアンデッド系の魔物より、あの娘の方がよっぽどホラーなんだけど。
さ、今度こそ帰ろう。
途中で(鍵のかかった宝箱を力尽くでこじ開けて)金銀財宝を拾って来たから、腰のポーチはパンパンである。
金貨はそのまま現金として持ち、宝石類は宝石商に押し付けて金塊にでも替えてもらうか。出来るだけ小さくて価値の高い金塊にしてもらわないとね、場所取るから。
岬の裏側から出てきたら、ルナックスの方向へ向けて脚力強化――跳躍――長距離ジャンプ。
スカルリザードとの決闘はいい汗をかいたな、夜風が気持ちいい。
――到着。
宿屋の開けっ放しの窓から入り直す。
さすがに浴場も閉じてるよなぁ、起きたら朝風呂と洒落込むとしよう。
それじゃぁ二度寝しよう、おやすみー。
翌朝。
朝風呂をひとっ風呂浴びて、エリンと朝食をいただいて、宿を引き払ったら、お買い物デートの時間だ。
「買い物の前に、宝石商に用があるんだよな」
「宝石商?」
エリンは意外そうな顔をする。
まぁそうだよな、昨日の海底洞窟では、宝石類なんて拾ってないんだから。
昨日の散策で宝石商の店の場所は分かっているので、まずはそこへ向かう。
ドアを開けると、小太りにちょび髭の、いかにもセコそうな商人っぽいおじさん。
「これはこれは、朝早くからいらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」
うん、胡散臭そうな笑顔に揉み手だな、実に怪しいぞ!
「朝早くから失礼、宝石の買い取りをお願いしたいのだが」
胡散臭そうな笑顔には、こちらも胡散臭そうな微笑で対抗だ。
ゴコンと、宝石の詰まった麻袋をカウンターに転がす。
それを見て、エリンが顔を引き攣らせた。
「ア、アヤト?そんなにたくさんの宝石、どうしたの……?」
「拾った。でも、こんなにたくさんあっても重いだけなんだよな」
盗んではないよ?だって所有者いないし。
そんな状態で放置してるとか、世界にもよるけど、少なくとも包装してリボン巻いてプレゼントするって言ってるようなものだぞ。
「……アヤトって、時々理解できないんだけど」
すまんな、あとで欲しいものたくさん買ってあげるから。
「おやおや、これはまた……、…………!?」
エリンに続いて、おじさんの顔も引き攣った。
宝石商が宝石にビビられても困るんだけど。
「これは……これも……え、えぇ……?」
ゴロゴロゴロゴロと、カウンターにキラキラの宝石類が並べ立てられていく。目が痛いな。
「お、お客様……申し訳ありませんが、これらを全て買い取らせていただくには、当店では現金が足りなくてですね……」
うん、さすがにこれだけの量の宝石類を買い取ろうと思ったら、数千万ゴールドは必要だろうな。
「現金じゃなくて、金塊に換金してほしいんだ。ちゃんと相場通りのフェアトレードをしてもらえると助かる」
「き、金塊!?」
「あぁ、どうしてもって言うなら、少しくらい"ちょろまかして"も、気付かないフリしてやるぞ?どうせ持ってても邪魔なだけだからな」
「め、滅相もない!し、しばし、お待ちを……っ」
冷や汗を流しながら、慌てて店の奥に引っ込んでいく。
ややあって。
「そ、その……どうか、こちらでご勘弁していただけないでしょうか……」
ゴトゴトン、と金塊の詰まった麻袋を差し出すおじさん。
うーん、量は減ったけどこれでも嵩張るなぁ……まぁいいか、あんまり強請っても店に悪いし。
「ありがとう、助かったよ」
「い、いえ、とんでもないです、はい……」
完全に腰が引けてらっしゃる。わがまま聞いてもらってすまんな。
金塊の詰まった麻袋をザックに押し込んで、さぁ買い物デートだ。
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