57話 ナナミの告白
鍛錬開始から、休憩を挟みつつ三時間が経った頃。
「よし、今日はここまでだな」
ソハヤノツルギをカキンと鞘に納めて、終了を告げる。
俺の目の前には、エリン達七人が死屍累々と倒れ込んでいる様。いや、死んでいるわけじゃないが、死にかけてはいる。
これだけ死にかけて、死にそうな目に遭わされていれば、そうそう"本当に"死ぬことはあるまい。
「し……七人がかりで、休まず攻撃してるのに……なんでアヤトくんに、一撃も当たらないの……?」
ナナミはぶっ倒れながらぼやく。
「ま、前の時もそうだったけど……あれだけ動き回って魔力だって使ってるのに、息ひとつ切らしてないって、どういうことよ……?」
ピオンの言う前は、スプリングスの里で鍛練した時で、あの時も五人がかり (リザの快復後は六人がかり)だったっけな。
「そこはほら、頑張ったから」
確かに487222760年分の経験やらなんやらはあるとはいえ、体力そのものは17歳の青少年だ。
だがそんなもんは身体の使い方、鍛え方次第でいくらでも鍛えられる。
具体的にはどうって?よく食べ (当社比)、よく遊び
(当社比)、よく寝る (当社比)ことだよ!(邪気の無い純粋な瞳をキラキラさせながら)
魔力量も、せいぜいエリンやナナミよりちょっと多いくらいだろう、魔法使いとして優れた血筋を持つリザや、海巫女の一族であるクロナやレジーナには及ばない。
これも魔力の使い方次第だな。最小限の魔力で最大限の効果を発揮出来るようにな。
「み、皆さん……回復は……もう少し、待ってください、ね……?」
クロナはどうにか上体を起こしてニコニコしようとしているが、その笑顔はかなり無理して引き攣らせているせいで、むしろちょっとこわい。
「姉上、無理に気丈に、振る舞わないでください……」
レジーナも体を横たわらせて動かない。
「逆に訊くが、どうすれば君に一撃当てられるのだ……?」
クインズはトゥーハンドソードを鞘に納める余裕も無いのか、無造作に光の地面に転がしている。
「んー?一撃与えるだけなら手段はいくらでもあるぞ?」
例えば……
「攻撃魔法を予め放って俺の回避先に"置く"とか。まぁこれは相手にその意図を気付かれた時点で通用しなくなるから、忘れた頃にしれっと仕掛けるのがベストだな」
「回避先に、"置く"って……どうやってやるんですか、そんなの……?」
この中で一番それが可能そうなリザですら、この有り様だ。
「ファイアボールなら、二発以上生み出して、最初の一発目を適当な方向に投射、二発目以降を相手の軸から若干ズラして撃つんだ。もちろん、最初に撃ったファイアボールの射線と、ズラした軸との間に敵を挟むようにな。こうすることで、相手は当たらない最初のファイアボールよりも、後発のファイアボールに意識を向ける。それも、自身の軸から若干ズレた位置にぶつかるから、相手はそのズレた軸のファイアボールから遠ざかるように立ち回りたがる。そのファイアボールから遠ざかった結果、最初に撃ったファイアボールが『回避先に回り込んでいる』と言う形になるわけだ」
「?????」
リザが「こいつ何言ってるんだ?」って顔してる。
「よろしい、リザにはあとで特別授業だ」
「と、特別授業!?」
そこで何故かナナミが反応した。
「そ、それって、リザちゃんを誰もいない部屋に連れ込んで、保健体育の実践授業を……」
「あ、それは無いと思います。アヤトさんとその、す、する時は、アヤトさんかわたしのベッドでするって決めてますから」
ナナミが何を勘違いしたのかは知らないふりをしておこう。
あれだな、乙女ゲーの冷徹鬼畜眼鏡キャラによくあるパターンだな、「全く、反省が足りないようだね。後で○○室へ来るように」って眼鏡をくいっと上げて見せ、世のお姉さん達を狂喜乱舞させるわけだ。
「特別授業の内容は保健体育じゃなくて、さっきの"置きビーム"……もとい、"置き魔法"について詳しいことを説明だ。いいな、リザ?」
「分かりました。……ほ、ほんとに保健体育の授業にしても、いいんですよ?」
恥ずかしそうに上目遣いでそんなことを言い出すリザ、普通の童貞なら一発で陥落だな。かわいい。
「保健体育の授業か。なら、今日は筋肉の"超回復"について……」
「ごめんなさい嘘です冗談です普通の特別授業だけでいいですぅっ!」
……そんなに嫌だったのか、すまんな。
「それとクロナ、回復はしなくていいぞ。――オールリジェネレイション」
久々発動、オールリジェネレイション!
クロナと言う回復役が加わってからはあんまり使うことは無かったけど、たまには俺が回復してもいいよね。
優しい新緑色の波動がみんなを包み込むと、
「あ、あぁっ、これ、久しぶりっ……んっ、気持ちいいっ……!」
「んんっ、か、身体の奥から、い、癒やされ、ますぅっ……!」
「あんっ、もう、アヤト様ったら、お上手っ、やぁんっ……!」
「こ、これはっ、ぁっ、いけませんっ、アヤト様ぁっ……!」
「ふおぉっ、なんだこのっ、コレはっ、くっ、くあぁっ……!」
「ちょっ、やばっ、だっ、ダメよ、そんなとこぉっ……!」
「あっ、気持ちいい気持ちいいっ、い、いっちゃいそうっ……!」
みんながみんな、いやんいやんと顔を赤くして身体をくねらせる。
なんだろうな、この、"夜の時間"に俺が全員相手してるようなコレは……いや、オールリジェネレイションは"そう言う"神聖術じゃないからな?
いかん、神聖術の"聖"が『性』の字にしか見えない……矯声を上げるな!(どこのとは言わないが)茎が苛立つ!
「今日の鍛錬はここまでですね?では」
すると、エレオノーラは再びパチンとフィンガースナップを打ち鳴らし、サンクチュアリフィールドを解除すると、光の泡沫が消えて元の修練場に戻った。
オールリジェネレイションの快感から落ち着いた頃には、もう夕方だ。
そう言えばと、家に帰って来てから気付いたことがある。
「エレオノーラ、もしかしてしばらくここで厄介になる感じでしょうか?」
「そのつもりですよ。空きの部屋ならあるでしょう?」
さも当たり前かのように言ってのけるエレオノーラ。
いや、空きの部屋ならあるけどさぁ……あんた女神様でしょう?
「いやまぁそうですけど、女神に相応しい (失笑)ゴージャスな部屋なんて用意できませんよ?」
「今、"女神に相応しい"の語尾に余計な一言が入りませんでしたか?」
「気のせいでしょう。空きの部屋に、簡易ベッドに客人用のシーツと枕、タオルケットと毛布は用意できますけど、特注品じゃない市販のものですから、上質なものじゃないってことだけは、了承していてほしいのですが」
「そもそも今の私は女神ではなく、光の巫女の末裔 (自称)、エレオノーラですよ。女神に相応しいゴージャスな部屋など不必要です」
「それならまぁ、それでいいんですが」
っていうか……
「女神様って、そもそも食べたり寝る必要があるんですか?」
「ありませんよ。と言うか、24時間内に何千、何万人の異世界転生希望者が来ると思っているんですか、呑気に食っちゃ寝している時間なんて無いです」
「……だったら、なんでさっき俺の飯勝手に食ってたんですか」
「せっかく人間の肉体を持っているんですよ?だったら普段出来ないような人間らしいことをしたいに決まってるでしょう!ご飯食べたりおやつ食べたり、夜食食べたり、お風呂入ったり、パジャマでガールズトークしたり、色々と!」
色々と(意味深)。
つーか最初の三つは同じことじゃねーか。
「ガー、ル……?エレオノーラって、"ガール"なんですか?」
「ガールチョップ!」
ぺこん、とアニメみたいな可愛らしい音と共にエレオノーラのガールチョップ(笑)が俺の頭に打ち込まれる。
「普通に痛ぇ!?」
だけどその威力、厚さ30cmのダイヤモンドを0.5秒で切断可能な斬れ味と破壊力だ。俺じゃなきゃ物理的に真っ二つだね……!
「失礼な!どこからどう見ても、合法ロリ系ヒロインでしょう!それともなんですか、瞳を碧眼にして髪をツインテールにして一人称を『ボク』にすれば完璧だとでも!?」
「そこに俺のことを「お兄ちゃん」と呼べば完璧ですね」
「勝手に妹同然の幼馴染みにしないでください!」
いやまぁ、俺にとっての女神様は家族……では無いし、そもそも俺のこの身体に流れている血は"俺"のものであると同時に"俺"のものでもない、女神様に作られた17歳の青年の肉体だし。
どちらにせよ、
「……うん、こんな偉そうな義妹は、お兄ちゃんとしては嫌ですね」
「なんだとこらぁぁぁぁぁ!!」
プンスカプンスカとほっぺを膨らませて怒るエレオノーラを見て、横からエリンが「ほんとに兄妹みたい」と笑っていた。
そんな感じで、ロスタルギアへの遠征の日が来るまでみんなをポイポイ投げてやっている内に。
オルコットマスターの伝手や権限を駆使してもらった結果、特注の大型馬車や、長旅の物資のほとんどを提供していただけることになった上に、ロスタルギアに到着するまでに経由するだろう、各町にも伝書を飛ばしてくれた。
特注の大型馬車と言っても、本来なら大型の魔物を捕獲した際に運搬されるものをベースに居住性の確保や物資の固定設備などを取り付けたものだ。
馬車馬も一頭だけでなく二頭、それも特別体躯の大きな大型馬で牽引しなければならないほどであり、ロスタルギアへの遠征のためによその牧場から買い取ってきたのだとか。
ほんと、頭が上がらんな。
そしてロスタルギアへの遠征前日。
今日は鍛錬はせずに、遠征準備をしっかりと完了させ、明日は朝早いから今夜は早く寝ましょうと言うことで、俺も早いところ寝ようと思っていたのだが、
ふと、コンコン、とノックする音が聞こえた。
「んぉ?どなた?」
「あ、えーっと、私、ナナミ」
「ナナミ?どうした?」
「えーっと……とりあえず入っていい?」
「んー?どうぞ?」
カチャリと小さな音を立てて、そ〜っとナナミが部屋に入ってくる。
「こ、こんばんわ……」
「はい、こんばんわ」
ドアを閉めると、ナナミは緊張した面持ちで近付いて来るので、とりあえず座れよとベッドに腰掛けさせる。
「それで、どうした?」
「その、ね……なんか緊張して眠れなくて……」
「遠足前の子どもみたいだな」
「いや、楽しみってわけじゃないよ?不安とか、あと……ちょっと怖いかなって……」
「怖い?」
ナナミは何に怖がっているのかと言えば。
「明日からの、冥王再封印の旅。私はその、ヴィラム?って魔王のこと知らないけど、すっごい強いんでしょ?」
「まぁ、並の冒険者くらいじゃ相手にならないくらい強いだろうな」
闇ギルドの連中の根城に一人で踏み入って、一方的に虐殺するくらいだ。
今はどのくらい強くなってるかは知らんが、それでも今のエリンより強いってことは無いだろう。多分。
「そ、そっか……」
とりあえずどのくらい強いかを簡潔に答えると、ナナミの顔が強張る。
「確かに強いだろうが……別にナナミが一人で戦うと決まったわけじゃないだろう?」
「それは、そうだけど……いくらみんなやアヤトくんがいるって言っても、やっぱりちょっと怖いし」
ナナミの気持ちは分かる。
冥王だの魔王だのと戦えと言われれば、どうしても自分が死ぬことを考えてしまうからな。
「心配するな。最悪死んでも、俺のオールリジェネレイションなら、一日に一度は生き返らせられるからな」
「いや、出来れば一度も死にたくないんだけど……?」
一度も死にたくないって、二回以上死ぬことを前提にされても困るぞ。
「とにかくだ、そんなに気負わなくていいんだよ。慌てずに、落ち着いて、自分に出来ることを、自信を持って確実にこなせばいい。相手がインチキでも使ってこない限り、それで勝てる」
「もし相手がインチキを使って来たら?」
「その時は俺が全力のインチキで仕返しする。本当のインチキってのはどういうことか、心と魂と精神が壊れるまで教えてやるだけだ」
人のやること為すこと考えることが、どれだけ醜く悍ましいか知ってるか?
俺には魔王の世界征服よりも、人の悪意の方がよっぽど恐ろしいね……
人は一度自分が正しいと"誤解"したら、『自分へのイエスマンにならない他人はゴミよりも価値が無いもの』と見なすからな。
その"誤解"に自分で気付くならまだいいが、"誤解"に気づいたら自分の非を隠滅して逃げ、何事も無かったかのように振る舞うような奴もいる。
「なんか魔王よりアヤトくんの方がよっぽど恐ろしく思えてきた……」
「そりゃそうだ、なんたって俺は大魔王だからな、はっはっはっ」
大魔王より強い魔王なんていない……いないよね?
「そっかぁ、アヤトくんの方がよっぽど恐ろしいんだ」
なんか納得、とナナミは苦笑した。
「少しは落ち着いたか?」
「気は楽になったけど……、……うーん」
苦笑したと思ったら何やら難しい顔をするナナミ。なんだ?何が理由でそんなに思い詰める?
「あの、さ……すっごく、今更なこと訊くんだけど」
「ん?」
「私は、アヤトくんに身分を保証してもらってる身だよね?」
「そうだな。それが、どうかしたか?」
「その時に、アヤトくんは「俺の婚約者になる必要は無い」って言ってたけど……その、他のみんなは婚約者なのに、私だけ仲間外れみたいなのは、嫌だなーって思いまして……」
……ナナミが何を言わんとしているかは、なんとなくの想像は出来ている。
だが、俺の口からは言わない。
ナナミが本当にそれを望んでいるなら、俺はそれに応えるし、責任だってちゃんと受け持つ。
義務感であると同時に、俺自身の望むことで、俺なりの愛情表現だ。
「自分だけ仲間外れは嫌だから……なんだ?」
「や、だから、その……こ、こう言う時、男の子は察してくれるものじゃないの?」
「ナナミ。俺は乙女ゲーのヒーローほど優しくは無いし、ヒロインに対して一途でも無い、何なら既に六股かけてる身、日本人的な考えで見れば、とんでもなく軽薄でちゃらんぽらん、イセコイ的にはざまぁされる側の婚約破棄者と見られてもおかしくないし、むしろそう見える方が普通だ」
「自分で全部言っちゃってるし……」
「そういう自覚があるから言ってるんだよ」
それに、と続ける。
「自分で言うのもなんだが、俺の愛は重い。仲間外れは嫌だとか、そんな中途半端な理由なら、俺は拒む。ナナミがこの先、何があっても俺と生涯を共にしたいって言うなら、俺はその想いを受け入れ、必ず応える」
「た、確かに重いけど……すごくハッキリしてるね」
「他人に指摘されて初めて気付いたよ。俺は自分で思っていた以上に孤独が嫌いで、それ以上に寂しがり屋だってな」
自覚してるよ、面倒くさい男だってことくらい。
「うん……分かった」
ふと、ナナミが優しく微笑む。その微笑みが美しくて、思わず見惚れてしまったほどに。
「今のが、アヤトくんの正直な気持ちなんだね」
「あぁ、そうだ。逃げも隠れもするし嘘なんてついて当たり前、場合によっては手段も問わない卑怯な男の本音だ」
「あはっ、カッコいいこと言ってそうで、よくよく聞いたら人として最低だぁ」
でもさ、とナナミは笑う。
「逃げも隠れもしないし、誠実で正々堂々とした男の子でもある……でしょ?」
「そりゃ、逃げも隠れも嘘もつかなくていい時ならな」
「二律背反ってやつだね」
二律背反とはちょっと違うと思うんだが……
「まぁ、結論から言うと……」
ナナミは意を決したように息を吸い込み、
「好きだよ、アヤトくん」
まっすぐな好意を、まっすぐに叩き込んで来た。
「ハーレム無双の主人公だからとか、そんな設定とかじゃない、この世界で生きてる、一人の男の子として、好き」
その目に、その言葉に、嘘偽りは無いだろう。
ならば俺の答えはひとつだ。
「あぁ。俺も、ナナミのことが好きだよ」
「……私が「好き」って言ったからって、無理に合わせようとしてない?」
そんなわけあるかよ。
「俺はナナミの恋愛観がどう言うものなのかは分からないが、ナナミとこれからも一緒にいたくて、身分保証人とその庇護者の関係だけじゃなくて、俺の家族になってほしい。それが、俺の言う「好き」であり、『愛』だ」
それこそが、永年の異世界転生で俺の心に刻み込まれ続けた、『愛』と言うセックスだ。
心や言葉だけではない、生身の肉体の繋がりも欲しいと想う、ピオンが言うところの「人肌恋しさ」だ。
「俺の「好き」と、ナナミの「好き」は、同じものか?」
これは、頭で考えて出る答えじゃない。
恋も愛も、心でするものだから。
「うん……きっと、おんなじだよ」
ナナミは"きっと"と言う不確定系を使った。
俺とナナミは、違う人間だ。100%と心が同じではないし、むしろ本当に100%同じ心を持っていたら、それは"同族嫌悪"になるだろう。
でも、概ね同じなら、それでいいんだ。
違う部分もあるからこそ、人と人は惹かれ合うし、繋がり合えるのだから。
「なら……今夜は寝かさないぞ?」
「やだ、実際にそれ聞いたら、キュンってきちゃった……」
ナナミがときめいている隙に頬を捕まえて、唇を奪う。
「ん……む、んん……っ、ちゅっ、ぷふ、はぁっ……」
唇と唇を離したあとは、そのまま押し倒して、パジャマのボタンを外して、
「……好きだよ、アヤトくん……」
………………
…………
……
ナナミと愛しい夜を過ごした、翌朝。
昨夜はナナミと"お楽しみ"でしたねとみんなからどやされながらも、日が昇る前から荷物やらなんやらを馬車に積み込み、夜明けと共に出発だ。
目指すは遥か北西だ。




