56話 エレオノーラ降臨
俺がこの金髪金眼の女の子を「女神様」と言ったことで、周囲のみんなが驚愕するが、
「あ、女神様なの?こんにちはー」
エリンだけが普通に挨拶している。ちょ、いくらなんでも慣れ過ぎ。
「はい、エリンさんこんにちは」
女神様は女神様でエリンのドラゴニュウム合金並みの強度と硬度と柔軟性を持つ心胆を気にすることなく、普通に挨拶を返している。
「えーーーーーっと、女神様?今までは天のお告げみたいな感じのサウンドオンリーだったのに、何故今回は人の姿になっているんです?」
今の女神様?の姿は、金髪金眼をした女の子にしか見えないが……
「これまでのような神性を用いたお告げでは、このことがどこかに漏洩する恐れがあるので、今回は直接伝えるために、生身の人間として天界から降りてきたのです」
なるほど、メールじゃなくて手紙を送るようなものだな。
周囲を然りげ無く警戒する女神様。
俺からでも邪悪な気配は感じられないし、他の利用客は酒を飲んだり食事をしたりで、俺達 (と言うかクロナやレジーナだろう)を遠巻きに見てはいるだろうが、話の内容までは聞こえないだろう。
それらを確認してから、女神様は続ける。
「アヤトくん、以前にあなたが報告してくれた、"魔王"ヴィラムのことです」
やはりヴィラム絡みか、なんとなく予想はしていたが。
「彼奴はあなたの言う通り、"切り札"を秘匿していたようです」
切り札ねぇ、とは言え女神様にあっさりその存在を知られているから、そこまで大したことは無いかもしれんな。
「その"切り札"と言うのは?」
「"冥王"『ノーヴェンネア』。今から19599819年前、クリエイトコード:NO941NEの世界で創作され、その世界で封印されたままエタられた存在です」
つまり、その世界の勇者か冒険者かその辺りに討伐され、そのまま物語が完結しないままになっていると言うことか。
「め、冥王って、魔王との違いがよく分かんないけど、それってすごくヤバい奴なんじゃないの?」
そんな奴と戦うことになるのかと、ナナミは慄いている。
「ナナミさん、話は最後まで聞きなさい」
ぴしゃりと女神様がナナミを遮るのを見て、俺は続きを促す。
「封印された、と言うことは、ヴィラムがその冥王を復活させようとしていると?」
「おそらくそうだろう、と言うのが私達神々の見解です」
そして、冥王ノーヴェンネアが具体的にどのくらい危険性を持っているのかと言えば。
「ノーヴェンネアは、他者の命の源――生気を糧としており、自身の眷属らに生気を集めさせ、それらを喰らうことで力を得た存在です。その世界の勇者によって討伐されましたが、何者か――恐らくヴィラムがノーヴェンネアの残滓に生気を与えることで、復活を目論んでいるのでしょう」
合点が入った。
ヴィラムが他者の生気を集めていて、それを捧げる先がノーヴェンネアだったわけか。
で、そのノーヴェンネアに協力して神々に牙を剥くと、そう言うことやな。
「……ところで女神様。そこまで事態を仔細に掴んでいるなら、神々が自ら鉄槌を下すとか、そう言うことにはならないんですか?」
そこに、リザがそっと挙手する。
「ノーヴェンネアが神域を侵そうとするのであれば、それも必要なことですが、まだその段階では無いので、この世に現存している間は、その世界の勇者や冒険者が力尽くさねばならないのです。これは私達神々の、時空を超越した共通認識であり、犯すべからざる不文律でもあります」
女神などが信仰されるハイファンタジー世界でも、魔王が世界征服を目論んでいても、基本は勇者が魔王を倒さなければならない、そう言うルールが、神々の間で取り決められている。
それは、勇者が魔王に敗北し、魔王がこの世を支配しても神々にとってはそれも世界の可能性の一つとして認めなければならぬとか。
が、魔王がこの世のみならず天上界の支配も目論む――つまり、魔王が"ルール違反"をするようになってから、ようやく神々が動き出すわけだ。
その割には俺にちょっかいかけてきたりとか、頻繁にあるんだがなぁ、その辺微妙にグレーなんだよな。
しかし……女神様がこうして肉体を持ってまで俺にこのことを伝えに来たと言うことは……
「と言うわけで、アヤトくん」
ズズイ、と女神様が俺に顔を近付ける。
「俺、休暇中なんですけど……仕方無いか」
……いつになったら、俺はまともな休暇を送れるようになるんだ?
「女神様、この世界の勇者は既に誕生して、10歳を迎えていますか?」
勇者の素質を持った子どもが、神々から神託を受けて勇者になるにあたって必要な年齢は、最低でも10歳だ。
冥王の復活が起こり得るだろう今、既にこの世界で勇者の素質を持った子どもが生まれており、あるいはもう神託を受けて冥王討伐の旅に出ているかもしれない。
「あら、勇者ならここにいるでしょう?」
と言って女神様は――エリンに視線を向けた。
「私……ですか?」
きょとんとした顔をするエリン。かわいい。
「本来ならこの世界の勇者では無いのですが、"勇者"と言う存在は同じ世界に二人以上存在してはならないため、この世界の今世の勇者はあなたですよ、エリンさん」
「あの……私、もう勇者は辞めたんですけど」
「"勇者"の因子は、まだあなたの中にあるでしょう?」
そこに、ピオンが「ちょっと待って」と口を挟む。
「女神様とか魔王とか冥王とか勇者とかって……いくらなんでも話のスケールが大き過ぎる。さすがに、ちょっと信じられないわ」
……そうか、ピオンは女神様との関わりがないんだったか。
子どもの御伽噺の誇大妄想かもしれないとも思っているかもしれないが。
「誇大妄想や狂言の類ではありませんよ、これから起こり得る、現実です」
女神様が断言する。
「冥王が完全に力を取り戻してしまっては、普通の人間がどうこう出来るような存在ではありませんが……だからこそ、復活する前の今が好機なのです」
「復活し、力を取り戻される前に先に叩き、封印し直すと。そう言うものだな?」
クインズが腕組みしながら頷く。
「その通りですクインズさん。私がこの世の肉体を持っている今、直接冥王ノーヴェンネアを再封印します」
なるほど、そう言うこともあって、女神様が直々に肉体を持ってこの世に降りてきたわけだ。
「ですが……神性を肉体に降ろすのは簡単なことではなく、私の"器"となるこの肉体も、ここまで作るのが限界でした」
本当ならもっと女神に相応しいものにしたかったのですが、と女神様はブーたれながら……クロナを睨んでいる。正確にはそのけしからん過ぎるお胸様だろうけど。
「あはは……」
そのクロナも、何故女神様に睨まれているのかを察したか、苦笑する。
「つまり……その冥王の元までの護衛を頼みたい、と言うことでしょうか?」
レジーナが必要点をまとめる。
今の女神様では、道中の魔物や、恐らく敵対することになるだろうヴィラムの相手……荒事は出来ないというわけだ。女神様は女神様で、冥王の再封印のためにも余計な力を使いたくはないだろうし。
と言うか……ヴィラムからすれば、目の上の瘤が地上に下りてきている――つまり、女神様を殺すには絶好のチャンスというわけだ。
あるいは、それも目的のひとつか。
女神様が敢えて的になることで、事の元凶であるヴィラムを挑発し、ノコノコ出てきたところを殺ってやれと。
「そう言うことです。では……」
「待ってください、女神様」
女神様が何か言おうとしたが、その前に止める。
「他のみんなを巻き込むことは無いでしょう。道中の護衛も、魔王ヴィラムの相手も、万が一冥王ノーヴェンネアが復活した時の再封印も、俺一人いれば十分なはずです」
ノーヴェンネアの強さがどれほどのものかは知らんが、いざとなれば力尽くでなんとかなるだろう。
しかし相手の力が未知数なことに変わりはない。
前に熊おじさんを捕獲しに行った時、ヴィラムはより強い波長を持っていた。
次に会うことになれば、また何段階か強くなっているだろう。
エリン達にそんな奴と戦わせるわけにはいかない、と俺は単独での護衛を買って出たのだが、
「私、やるよ」
毅然としてそう言ったのはエリンだった。
「エリン?だが、これは……」
「危険だって言いたいんでしょ?そんなの知ってる」
でもね、とエリンは俺の言葉を遮りながら、自分の想いを口にしていく。
「マオークの時と同じだよ、誰かがやらなくちゃいけないなら、私がやる。それが、勇者として神託を受けた、私の役目だと思うから」
それに、とエリンの言葉を聞き入っているみんなに一度振り向く。
「アヤトが心配するほど、私達は弱くないよ。ね?」
いたずらっぽく微笑みかけると。
「そうです。アヤトさんはわたし達のことを心配し過ぎです」とリザ。
「アヤト様をお支えするのが、このクロナの終生のお役目ですよ♪」とクロナ。
「我ら姉妹、共にアヤト様に身も心も捧げると誓いましたので」とレジーナ。
「君には恩がある。身体を張るならちょうどいい、私に少しでも恩返しさせてくれ」とクインズ。
「今更水臭いわよ。あたし達はみんな家族、一心同体よ」とピオン。
「みんなやる気満々だぁ……なら、私もいっちょやりますか!」とナナミ。
みんなの気持ちを確かめてから、エリンは俺に向き直って。
「って言うことだから、みんなで一緒に行こう」
「………………ハーーーーー……」
クソデカ溜息、ひとつ。
こりゃダメだ、ここまで言われて「ダメだ」なんて言えるかよ。
「分かった。だけどみんな、一つだけ約束だ」
みんなに向き直って。
「自分の命が最優先だ。他の誰かを守るために、我が身を捨てるような真似は俺が許さない。いいな?」
エリン、リザ、クロナ、レジーナ、クインズ、ピオン、ナナミの七人全員が頷くのを確認する。
「と言うわけで女神様、全員出席です」
「ありがとうございます。それと、私からもひとつ」
こほん、と女神様は咳払いし、
「これより先、私のことは"女神様"ではなく、『エレオノーラ』と呼びなさい。人前で「女神様」と呼ぶのは、周囲に誤解を与えてしまいかねないので」
確かに、他人と話している時に「女神様」と呼べば、女神様がイタい人に見られてしまうかもしれないしな。
「分かりました、エレオノーラ」
「よろしい」
エレオノーラ が 仲間になった!
女神様――基、エレオノーラが同行することになり、俺達の次の目的は、『冥王ノーヴェンネアの再封印、もしくは討伐』となった。
ノーヴェンネアの現在地は、エレオノーラによると、フローリアンの町から遥か北西部――"最果ての地"、"世捨て人の里"と呼ばれる、『ロスタルギア』、その近隣にある大穴……大昔にかつて土竜人族が住んでいたと言う、その奥深く――深淵だそうだ。
ロスタルギアは、ハイエルフや竜人族など、特に長寿種の者達が世間に嫌気が差し、自分達だけの理想郷のために作り上げた集落らしい。一応、外との交易が無いわけではないらしいが、ほとんど何も無い場所と見てもいいだろう。
フローリアンの町から馬車を乗り継いで、町やダンジョンをいくつも経由して、早くても片道一週間くらい、現地での戦闘も考慮すれば、帰って来るまで三週間弱ってところか。
これまた長い旅、アトランティカ以上の遠征になるな。
せっかくピオンをウチに迎え入れて、すぐにこれとはな……
まぁいい、冥王ノーヴェンネアをさくっと再封印するなり滅亡させるなりなんなりして、とっとと終わらせよう。
新築祝いとピオンの引っ越し祝いを兼ねた歓迎会もそこそこに切り上げ、俺達は早速ロスタルギアへの遠征準備を整えていく。
これにはピオンに申し訳ないと、彼女には謝ったが、
「別に構わないわ。それがアヤトの役目なら、あたしはアヤトを支えるだけよ」
と、清々しい笑顔で応えてくれた。ありがとうな。
それともうひとつ、フローリアンの町を長期間空けることになるため、オルコットマスターにロスタルギアへの遠征のことも話しておかなければならない。
俺、クロナ、レジーナ、エレオノーラの四名が、ギルドの執務室でオルコットマスターと向かいあって。
「……というわけでして、俺達は冥王ノーヴェンネアの再封印、もしくは討伐のために、ロスタルギアへ遠征に向かいます」
これを聞いたオルコットマスターもさすがに眉に唾を塗ったようだが、エレオノーラが「自分は神聖術によって神々の意志を受け、それを伝える役目を持つ、"光の巫女"の末裔の者です」と、とんでもない嘘っぱちをでっち上げていた。
ちなみに、この世界の遥か昔の話になるが、光の巫女の一族は確かに実在していたし、その神々を信仰する宗教も存在していたとか。
クロナやレジーナの海巫女の一族との関係性が気になるが、まぁそれは置いておこう。
「ふむ……そちらのエレオノーラ殿の言うことが確かなら。アヤト殿、そなたに頼むほかに手はない」
事の重大さを察しとってくれてか、オルコットマスターもいつもの、のほほんとした雰囲気ではない、老練かつ老獪なギルドマスターとして頷く。
エレオノーラのことも、光の巫女の末裔云々の前に、ただの偉そうなメスガキでは無いことを見抜いていただろう。
「ギルドマスター、このクロナとレジーナも、フローリアンの英雄をお支えするため、此度の遠征に同行致します」
「同じく。元より、我ら海巫女の一族は、光の巫女を海よりお守りするための存在」
クロナとレジーナが、ロスタルギアへの遠征には自分達も向かう旨を伝える。
話から察するに、海巫女の一族は元来、光の巫女に支える立場にあったんだな。
ごめんな、俺みたいなのを支えてもらって。
「うむ。そなたらの力、自分が信じるもののために使うが良い。こちらからも、可能な限り援助させてもらおう」
しばらくはフローリアン支部をご無沙汰するわけだが、オルコットマスターも難色を示すことなく、むしろ出来るだけの援助もしてくれると言う、ありがてぇありがてぇ。
「「ありがとうございます」」
シンクロナイズドありがとうございますを見せるクロレジ姉妹。声も所作も完全に同一化しているのは、やっぱりちょっと怖い。
「話は纏まったようですね。ではギルドマスター、後のことはよろしくお願い致します」
エレオノーラが最後に一礼して、俺達四人は集会所を後にした。
ロスタルギア行きの旅は、今日から五日後となった。
オルコットマスターの方も、各ギルドへの通達や支給物資の調達、準備もあるだろう。
そして、それは俺達の準備も含まれる。
具体的に何をするのかと言えば。
「よし、全員揃っているな」
修練場に集まるエリン七人と向かい合う俺。
「それではこれより鍛錬を始めます。ルールは簡単、ありとあらゆる手段を使って俺に一撃与えてみせろ。以上!」
これまでと同じ『俺に一撃与えてみせろ鍛錬』……つまり、限りなく不可能に近いムリゲーをやれということだ。
「あ、そうそう。私が展開する、『サンクチュアリフィールド』の中で戦うので、周囲への被害などは考慮しなくて結構です」
エレオノーラがパチン、とフィンガースナップを効かせた小気味良い音が鳴らされると、瞬きの内に俺達は光の泡のような世界に包まれる。
このフィールドの中なら、どれだけ威力の高い魔法を使っても、外界への被害は一切ない。
だが、七対一である。
なので、『いつもよりももう一段階ギアを上げようか』。
「さぁ、行くぞ。怪我しない程度にしてやるから、死ぬ気でかかってこい」
と、言い終えたと同時に
「――ブーストドライブ!」
クロナの速度上昇の補助魔法が発動、それを受けたエリンは泡沫の床を蹴り、
一瞬で距離を詰めてきた。はっや。
「おっと」
ソハヤノツルギを抜き放ち様に、エリンの突き出したエクスカリバーを受け流し、その受け流した勢いのままエリンをぽいっと投げ飛ばす。
と、同時にピオンの放った矢が飛んできたので、これはサッと紙一重で躱し(もちろん掠めもしない)、
「でぇいッ!」
間髪なく駆け寄ってきたクインズのトゥーハンドソードが下から斬り上げられるが、ソハヤノツルギの刀身をそっと当てて受け流し、フィンガースナップを効かせたデコピンを彼女の額にパキィッ!!と打ち込む。
「いっ、ぎっ!?」
やはり派手な音を立てるフィンガースナップに怯むクインズをスッ転がして。
「――ヘルファイア!」
即座にリザのヘルファイアの火炎放射を防御光波帯で弾き返し、
「――スロウリィ!」
さらにリザとは逆方向からレジーナが遠隔呪術をけしかけてきたので、これは縮地で呪術の効果範囲から抜け出し、
「ミサイル発射!」
ん?ミサイル?
ナナミからそんな声が発されたと思ったら、なんかこう、キャップを赤く塗ったペットボトルのような円柱状の物体が放物線を描いてすっ飛んで来る。
ミサイルってことは、爆発付きか!
無影脚でミサイルの爆風予測範囲から飛び退き、そのままナナミへ迫る。一拍置いて俺の背後でミサイルが着弾、爆発する。
結構強い爆発だな、このハイファンタジーで弾道攻撃を可能とするナナミ……おえかきのスキル、またランクが上がったようだな。
「ちょっ、はや……!?」
「受け身取れよ」
俺の接近に狼狽えるナナミにすれ違いざまに足払いを引っ掛けると、駒みたいにクルクル回転しながら転、
ん、上からか?
「ぅるあァァァァァッ!!」
エリンが俺の視界の斜め上から、乙女が出しちゃいけないような殺意の咆哮を上げながらエクスカリバーを両手に握って振り下ろしながら降ってきた。
これは回避して、
泡沫の地面にエクスカリバーがズドガァンッ!!と轟音を上げながら叩き込まれる。本物の地面だったらクレーター作ってるか地割れ起こしてるな。
イニシアティブを取り直して、と。
「ほらみんなどうした、まだ掠めてすらいないぞ?どんどんかかって来なさい」
本当の地獄はここからだぞ。




