55話 ピオンとの再会
第七章始まりました。
馬車の車輪がカラコロと軽快な音を立てながら、平原街道を往く。
「フローリアンの町が見えてきたぞー」
馬車の御者がそう告げると、幌の中で寝転んでいた、水色の髪をサイドテールにした少女が起き上がり、御者の背中越しに前方を見やる。
「んっと……思ったより大きな町なのね」
少女は、遠くに見える町――フローリアンの町を見て、率直な感想を口にする。
「この二ヶ月くらいで急激に経済が回るようになったそうだ。なんでも、『フローリアンの英雄』とか言う青年のおかげとか言うらしい」
「へぇー……」
相変わらず彼――フローリアンの英雄は、デタラメなことをしまくっているらしい。
「そういやぁ、お嬢ちゃんはスプリングスの里から、フローリアンに引っ越すって言ってたが……」
「えぇ、愛する人に会いに行くためにね」
「ほほぉ、男のためにか。いいねぇ、若いなぁ」
馬車が外門を潜り抜けたところで、少女は大荷物を担いで馬車を降りた。
「ありがとう、助かったわ」
「おぅ、お嬢ちゃんも気を付けてな」
互いに会釈し合って、馬車は厩舎の車庫へと入っていく。
その様子を見送ってから、少女――ピオンはフローリアンの町並みに向き直る。
「ふふっ、待ち切れなくて来ちゃったけど……びっくりするかしら」
「あぁ、まさかそっちから来るなんて思わなかったよ、ピオン」
「でしょ?アヤトをびっくりさせたくて、……え?」
ギギギ、と恐る恐る後ろに振り向けば……
「俺の方から迎えに行くって手紙に書いてあったろ?」
そのフローリアンの英雄――アヤトが呆れていた。
「ぎゃーーーーー!?!?!?」
昼間のフローリアンの町に、ピオンの悲鳴が響き渡った。
昨夜になって、ようやく俺達の新居が完成したと、土竜人族の皆さんから報告を受けた。
俺は一足先に新居の視察をさせてもらったが、貴族が住むような豪邸とまではいかないが、普通の民家よりもずっと大きくて広い。
フローリアンの町の集会所くらいはあるな。
一階にリビングやキッチン、浴室と言った生活空間を集中させ、二階に宿屋のように十人分の個室を並べている。
ピオンも含めれば八人で、二部屋余っているが、そっちは予備として基本は倉庫にしている。
広さと利便性を兼ね備え、魔法による防犯面も万全、まさに俺のオーダー通りに立て上げてくれていた。ありがとうございます。
そんなわけで、この日は朝から引っ越し。
前もって荷造りは少しずつ済ませていたので、土竜人族の皆さんも引越作業を手伝ってくれたおかげもあって、お昼前には引越作業が済み、今日の昼食は集会所で食べようかと思った時、外門の方からピオンの気配がしたのだ。
俺の方から迎えに行くと手紙で伝えておいたはずだが……待ち切れなかったらしい。
「こんなに大荷物担いで来て、大変だっただろ?」
「だからって気配消して、後ろからしれっと独り言に合わせることないでしょうが!?」
しかしピオンは大変ご立腹で、罰として俺は彼女の大荷物を持たされている。解せぬ。
「…………久しぶりね、アヤト」
ようやく落ち着いたらしいピオンが、ちょっと気まずそうに頷く。
「あぁ、あの日ピオンと混浴していたのが、随分前のことみたいだ」
「ちょっ、なんでそれを真っ先に思い出すのよ!?」
「俺にとっては、ピオンの"初めて"を捧げてもらった大事な日だからな」
「っっっっっ、バカ!エッチ!スケベ!変態!」
あの日のコトを思い出してか、ピオンが急にツンツンしだした。かわいい。
「だ、だったら……あたしのこと、ちゃんと愛してよ?他の女の子も大勢いるのは知ってるけど、蔑ろにしたりしたら、許さないんだから」
「あ、先月にもう一人増えた」
「どんだけ節操無いのよ!?」
「そうそう、その子、異世界からの転生者で、ちょっと常識がズレてるところがあるから、その辺よろしくな」
「なっ、いっ、てっ、ズっ……ツ、ツッコミが追いつかないわ……!?」
エリンとかリザはともかく、クロナとレジーナも、もうすっかり「あぁまたなんかやらかしたんだな」って慣れているし、ナナミもすぐ慣れそうだからなぁ、まともにツッコミ入れてくれるのはクインズだけだから、貴重なツッコミ要員だ。
そんなわけで。
「ここが、俺達の新しい家だ」
「随分大きな家ね……いいえ、七人……じゃなくて、八人?が不便なく過ごそうと思ったら、これくらいはいるかもしれないわね」
あ、そういえばナナミとピオンはまだ会ったこと無かったな。ナナミには、スプリングスの里にもう一人婚約者がいる、とは伝えているけど、実質知らないも同然だ。
さて、早速入るとしよう。
ドアに埋め込まれている魔石に手をかざし――魔石が反応、ドアが静かにオートで開けられる。
個人認証式の魔法ロックだ。登録した者以外が手をかざしても魔石は反応しないし、不正な方法でロックを解除しようとしたら鼓膜を傷付ける(当社比)ほどの警報を発するのだ。
ピオンの魔力周波も後で登録しておかないとな。
「高度な鍵を使っているのね」
「いくら高ランクの冒険者揃いとは言え、女の子ばかりの家だからな。良からぬことを考えるバカタレの百人や二百人はいるだろうと思って、セキュリティ面には出来るだけ金をかけた」
前にクロナが、領主の子爵貴族を自称するド三下オーク以下野郎(クロナ談)に目を付けられたと聞いたのもある。
この町の一般人なら、『泣く子が黙ったと思ったら目を開けたまま気絶していた』と言うらしい (ひでぇ!?)、フローリアンの英雄の婚約者に手を出そうなんて考えはしないだろうが、金持ちが私兵をけしかけて来たり、野盗が家に侵入してこないとも限らない。
俺がいれば、何かされる前に隠滅(意味深)させられるが、そうでない時も当然あるので、保険はかけておきたい。
「ば、万全ね……」
俺の金の使い方に、ピオンが顔を引き攣らせている。
「あ、アヤトくんおかえりー。ちょっと訊きたいことあるんだけど……、?」
俺の帰宅に気付いて、ナナミが出迎えに来てくれた。
そのナナミの視線が、俺の一歩後ろにいるピオンに向けられる。
「あっ、さっき言ってた、引っ越して来た人かな?」
普通のラブコメなら「ねぇ……その娘、誰……?」って修羅場って主人公が「ま、待て!待ってくれ!こ、これには!これには深い理由があるんだ!話せば分かる!だから……」って慌てて言い訳しようとしたら、「ふぅぅぅぅぅん?へぇぇぇぇぇ?ほぉぉぉぉぉ?深い理由ってどんな理由ゥ?じ〜〜〜〜〜っくり聞かせてもらおうかなァ?」って感じでヒロインが目の笑ってない笑顔で覇王色の闘気を放ちながら仁王立ちするところだが、残念ながらここはハーレムが罷り通る異世界ハイファンタジーなので、ナナミも普通に受け入れている。
慣れって怖いなぁ(他人事)
するとピオンは襟を正してナナミに向き直り、一歩前に出た。
「初めまして。二ヶ月前ほどにアヤトの家族の一員になった、ピオンと申します。不慣れなことも多く、お見苦しいところはあるかと思いますが、今日からここでお世話になります」
「え、あぁっ!はいはいっ、えーと……こちらこそ初めまして。つい最近にアヤトくんの家族になりました、ナナミです」
ピオンの礼儀に対して、ナナミも慌てて礼儀を合わせる。
「と、なると、アヤトくんはその人……ピオンちゃんの相手をしないといけない感じかな?」
「聞きそびれたが、訊きたいことってなんだ?」
「あ、えっとね、お昼ごはんってまだでしょ?みんな揃った方がいいか、もうそれぞれみんなで好きにしていいか、どっちにしようかって話してたの」
「ピオンもちょうど来たところだしな。荷物だけ部屋に置いたら、引っ越し祝いとピオンの歓迎会を含めて、集会所の一席を貸し切らせてもらおうか」
「そっか、オッケオッケー。みんなに伝えとくね」
それを確認したナナミは踵を返して、みんながいるだろうリビングに向かっていくのを見送ってから、ピオンがちょっと気まずそうに声を濁らせた。
「あー、その……あたしが急に来たから、お昼がズレちゃった?」
「正直に言っていいなら、そうなるな」
さっきから腹の中に棲息する食欲蟲『ハヨメシヨコーセ』の群れが、爆音のジャズを奏でまくっているのだ。
今日は食べるぞ、十人前くらい。
ピオン用の部屋に彼女の大荷物を置いてから、集会所に赴き、大テーブル席をどかっと使わせてもらい、各々が食べたいものをオーダーしていく (クインズにはもちろんサラダを追加させて)。普段はギルド職員であるクロナとレジーナも、今日は一般客としてご利用だ。
みんな揃ってノンアルコールドリンクのジョッキを持ったら、
「それじゃぁ、俺達の引っ越しと、ピオンの歓迎を兼ねて……乾杯!」
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」
俺の音頭に合わせて、カチンカチンとジョッキを打ち鳴らす。
くいーっと一杯。
うーん、ノンアルコールじゃなくて普通のビールがいいなぁ、まだ成人じゃないのが悔やまれる。
この中で唯一成人に達しているのは、クインズがちょうど18歳なのだが、さすがに一人だけアルコールを頼むのは気が引けたのだろう。
このパーティー内では最年少のリザが14歳だから……みんなで一緒に酒を飲めるようになるまであと四年か、一瞬だけど長いなぁ。
「温泉旅行から帰ってきて、まだ二ヶ月しか経ってないのに、ピオンちゃんと会うのがすごく久しぶりな感じだよ」
俺の右隣にいるエリンがにっこにっことピオンに話しかける。彼女にとっては、孤児院にいた時から、いっしょに暮らす人が何人いたって、"家族"って認識なんだろうな。
……けど、その"家族"って認識は、少なくともリザや、恐らく核家族世帯だったであろうナナミにとっては、複雑かもしれない。
「そうね。でも、こうしてみんなと再会したら、この二ヶ月が一瞬だったとも思えるわ」
ほんとは待ち切れなかったのにな。
「……アヤト。今なんか良くないこと考えていたわね?」
「はっはっはっ、滅相もないぞぅ?」
こっわ、ピオンもリザ並みに鋭い。
「つまり、ピオンさんに対して何か失礼なことを考えていたんですね?」
左隣にいるリザのジト目いただきました。
「何故バレたし」
「前にも似たようなやり取りしましたよね、アヤトさんが「はっはっはっ、〜〜だぞぅ?」って言った時は、考えていることと言葉が逆なことが多いって」
しかもさらに具体的になってる。
「まぁそれは今後の課題にしとこうか」
誤魔化し誤魔化し。
「ピオンは確か、今Bランクだったか?」
これは単なる露骨な話題逸らしだけじゃないぞ、今後のためにも必要な内容だ。
「誤魔化したわね……うぅん、この間Aランクに上がったわ」
はいこれ、とピオンは懐からギルドカードを取り出して、テーブルに置いて見せる。確かにAランクの証である、赤いカードだ。
「む、同じBランクだと思っていたのだが……置いていかれてしまったな」
それを見たクインズは、ちょっと悔しそうな顔する。悔しいというよりは、感心の方が近いだろうが。
「あら、クインズさんはもうすぐ飛び級でSランクに昇進するでしょう?」
横からクロナが、クインズのランクについて補足する。
(この世界の)冒険者ギルドのランクの昇進制度は、一定以上の実力をギルドに認められたタイミングで、現時点のランクよりも一段階上の依頼をギルドから提示され、これを達成することでランクが上がる。
一方で、その『一定以上の実力』がランク不相応なほどに高い場合にのみ、ギルドとSSランクの冒険者が立ち合い、推挙を受けた上で飛び級試験を兼ねた依頼を受けることが出来るのだ。
エリンがこれに当てはまり、彼女はAランクに上がることなく、初期のBランクからすぐにSランクに上がってしまったのだ。
リザもSランクだが、エリンとは異なって一般的な段階――一度Aランクに昇進してから、間もなくSランクの昇進依頼を受け、達成している。
「飛び級って、すごいじゃない!しかも、Sランクってことは、マスタークラスの依頼をいきなり受けるんでしょう?」
ピオンが驚いたようにクインズに向き直る。
「まぁ、そうなるが」
クインズは「そこまで称賛されるようなことだろうか?」と言うような顔をしている。
エリンって言う生きた前例がこの場にいるから、クインズにとってこの飛び級制度は『決して容易くは無いが十分可能である、妥当なシステム』と言ったところなのだろう。慣れって怖いね。
「えっと、それでそっちの……ナナミ、さん?」
するとピオンの視線が、今度はナナミに向けられる。
「ナナミでいいよ、そっちの方が呼ばれ慣れてるし」
「じゃぁ、ナナミで。ナナミは、その……ちょっと特殊なタイプってアヤトに聞かされたんだけど」
「特殊なタイプ?」
どう言うこと?とナナミの視線が俺に向けられる。
「あぁ、ナナミは異世界転生者だから、それをどう言い換えればいいか分からなかったようだな」
「ちょっ、異世界転生者とか、普通に言っていいの?」
普通に考えたら「なんじゃそりゃー」って笑われるだろうけどな。
「ピオンも俺のことは知っているからな。だから、ナナミのことも驚きはしたけど、信じられないってことはない」
「……前から気になってたんだけど。アヤトくんは、現代日本からの転生者なんだよね?」
ニホン?と俺とナナミ以外の六人が目を丸くする。
「ん?違うぞ?……あ、そう言えば、ナナミにはちゃんと話してなかったか」
"俺"は普通の転生者ではない、ナナミも知っている女神様によって生み出された、天使のような存在であることを。
その事を簡潔に話すと。
「えーーーーーっと……ようするに、何百万回も周回プレイしてて、その分の経験値とかは全部持ち越してるってこと?」
「ナナミの想像に合わせるなら、そう言うことになるな」
より細かいところは、転生先の世界に合わせて補正や修正とかが掛かったりするから、まるっきり全部持ち越しと言うわけにはいかないが。
「はーーーーー……なるほどねぇ。ただのテンプレチーレム無双主人公じゃないとは思ってたけど、これは想像以上だった」
そりゃあんな頭おかしいくらい強いのも納得、とナナミはぐいっとドリンクを呷る。頭おかしいとは失礼だな、俺がおかしいのは頭だけじゃないぞぅ?
「それで、ナナミのランクは……アヤトと同じSSランク?」
異世界転生者はみんな存在概念がぶっ壊れていると思っているのか、ピオンがそんなことをナナミに訊いてきた。
「いやいやっ、私はまだEランク。最初からSSランクって転生者は、アヤトくんぐらいだって。多分」
おいナナミ、多分ってなんだ多分って。俺みたいなのが何人もいたら、この世界の因果調律が乱れて、時空が崩壊するぞ。
ナナミは、Eランクを示す薄紫色のギルドカードをピオンに見せる。
「なるほど、まだまだこれからってことね」
ありがと、とピオンはギルドカードをナナミに返す。
っと、注文した料理がいくつか来たな。俺の分はまだ全部揃ってないが、全部揃えたらこのテーブルに並びきれないので、来た順番から食べていきます。
いただきます。
「アヤト……それ、何人前目……?」
「うん?まだ六人分だな」
もぐもぐとビフテキを頬張る俺に、ピオンは化け物でも見るような目をしている。ひどい。
「いや、そうじゃなくて……なに?アヤトって胃袋だけトロールのそれで出来てるの?」
「失礼な、ちゃんと人間の胃袋と消化器だ」
テーブルマナーだってちゃんとしてるし、文句言われる筋合いは無いはずだが。
「アヤト、今日はお腹空いてたもんね」
隣で追加のアップルジュースを飲んでいるエリンが、そう頷いてくれる。
「まぁな」
はい、六人分目おしまい。次はガーリックトマトソースのパスタだ。音を立てずにずるずる。
「アヤトくんって、『制限時間以内に食べ切れたら賞金ゲット』ってイベントやってるお店いくつも潰してそう」
ナナミはおかしそうに笑っているが、瞳のハイライトが死んでることに自覚はあるんだろうか。
「過去の異世界転生で何度かやってたなぁ、やり過ぎて警察に通報されて出禁になったこともあったし」
おかげさまで、ついた渾名は『賞金イーター』だ。
もぐもぐごっくん。七人分目おしまい。次は……おや?
「フゥ、ごちそうさま。たまには下界の食事も悪くないですね」
なんかいつの間にか金髪金眼の女の子が、そこで俺の注文した料理を食べ終えているではありませんか。
リザよりも歳下だろうか。
その声を聞いてようやく気付いたのか、その場にいた全員がぎょっとして振り向いた。
誰だこの娘。
「ハローこんにちは。いい食べっぷりだけど、それは俺が食べるつもりだった料理なんだ。お金は払ってくれるのかい?」
ってか、片付けられている皿の枚数を見たところ、三人分は食べているが……どうやってこの場の誰にも――無論、俺にも気付かれずに全部平らげたんだ?
「それよりもですね、アヤトくん。あなたに大事な話があるのです」
やかましい、食事よりも大事な話はありません。
相手が大人なら強制土下座の刑にしてお金をむしり取り、払うモンがねぇなら身体 (物理)で払ってもらおうかってジャパニーズマフィアボイスでドスを効かせても良かったんだが、相手はお子様なので紳士的に行くぜ。
「はっはっはっ、いくらお嬢さんが可愛くても、やっていいこととやっちゃいけないことの区別はしなきゃダメだぞぅ?」
「誰がお嬢さんですかッ!少なくともあなたよりも桁数が二つ違うくらいには存在しています!」
プンスカー!と頬を膨らませるお嬢さんだが、背伸びしたいお年頃にしては……って、
「この声色、この神性、何よりこのアホの子っぽさ……」
「こら!誰がアホの子ですか!」
「まさか………………女 神 様 !?!?!?」
おいィ!?こんなところで何やってんだこのダ女神様!?




