51話 だからなんか嫌な予感がするって言ったんだよ
ナナミの冒険者登録も無事完了したところで、今日からは彼女も依頼を受けることになる。
と言っても、まだ一人で依頼を任せるには早い。
今のナナミが魔物を相手にどれほど戦えるのかを見定めてから、少しずつ、段階的に進めてもらうつもりだ。
というわけで、ナナミの冒険者デビューの依頼は……
「……まぁ、最初はこう言う地味なのだよね」
フローリアン森林の中、ナナミは薬草を見つけ出してはそれをむしり取っていく。
彼女に最初に受けてもらった依頼は、薬草採集だ。
初めての依頼と言うことで、念には念を入れて、俺、リザ、レジーナの三人が同行しているが、基本的な進行はナナミに一任させており、その俺達三人も、ナナミを監視するように遠巻きについているだけだ。
クインズの場合は最初から魔物と戦える力が備わっていたので、いきなり一人でも任せられたが、ナナミの場合はそうではない。
冒険者を志すと心に決めている以上、戦意ぐらいはいっちょ前にあるだろうが、殺るか殺られるかの"戦闘"は経験したことは無いだろう。
過保護と言えば過保護だが、ちゃんといっぱしの冒険者になるまでは、誰か一人でも付いていてやるべきだと思っている。
「えーと、これは致死性の毒草。こっちは火薬草か……」
逐一ちゃんと確認しながらだが、ナナミの薬草むしりは順調に進んでいるようだ。
ちなみに、今回エリンとクインズはそれぞれ別の依頼を単独で受けており、クロナはフローリアンのギルドのデスクワークの方に回っている。
ちょうど手が空いているのがリザとレジーナだったのだ。
「今のところは、問題ないようですね」
特に躓いたりもせずに、薬草を探して回っているナナミを遠巻きから見ているレジーナは、そう俺に報告してくれる。
「出来れば二、三回くらいは小型の魔物との戦闘を経験してほしいところだが、そっちはついででいい」
実戦形式のチュートリアルみたいなものだ。
依頼を受注した時点では、大型の魔物の存在は確認されていないが、もし未確認の大型の魔物がいれば、ナナミには下がってもらい、三人で対処する手筈だ。
「そう言えばアヤトさん。ナナミさんが着ている服って、なんだか変わってますよね」
ふとリザが、ナナミのブレザーの制服を見ながらそう言った。
「あぁ、あれはナナミが元いた世界での、学校で着用を義務付けられている制服だな」
この世界でも学舎はあるのだが、基本的に魔法学校のそれである上にその数は少なく、西暦日本のような義務教育制度も無いので、学舎に通うのは裕福な家庭の子どもくらいのものだ。
リザは家柄が貴族なので、幼年学校での就学経験がある、と本人から聞いた事があるが、私服で通っていたらしく、制服の概念は無かったそうだ。
「それも、学校ごとにデザインが色々と違っていてな。その見分けでどこの学校に所属しているかが分かるようになっているんだ」
「どうしてアヤトさんがそんなに詳しいんですか……いえ、似たような世界に転生したことがあるんですね」
「まぁな」
近年に異世界転生した西暦日本世界だと、ジェンダーレスの制服が採用されている学校もあるが……そんなところに無意味な男女平等を振り翳してる暇があるんなら、もっと別な部分を改善しろと声を大にして言いたい。
そもそも男女平等なんてものは、為政者の一方的な押し付けでもあるんだよな。
無理矢理に男女差を無くそうとするから、逆にカビ臭い男尊女卑を標榜する男が増えて、どこぞの無限の成層圏の世界ではないが、その真逆の女尊男卑みたいな風潮を生んだりもする。
なんだっけな?議会で「女は子どもを産むための機械だ」なんて、お茶の飲み過ぎで酔っ払っていたとしか思えない妄言をやらかした議員もいたが、強引なジェンダーレスを推し進め続ければ、その逆の「男は女に子どもを産ませるためのAIだ」みたいなことを言い出す女性議員もいずれ出てくるよ、間違いなくね。
……とまぁ、話が脇道に逸れまくったが。
それに……どう言うわけなのか、ナナミが着ているブレザーの制服を鑑定してみると、めちゃくちゃ魔法耐性が高い。
加えて、優れた耐久性と衝撃吸収性もあるらしく、下手な鉄の鎧よりもよっぽど軽くて丈夫な、レア防具みたいな性能だ。
なんだろうな、普通のポリエステル素材で出来ているはずなのに……この世界の魔力に触れることで性質が変化したのだろうか?何そのマジックアイテム。
まぁ……見た目は下着くらいの厚さと面積しか無いのに、防御力と耐性はトップクラス、みたいな防具もあるくらいだし、細かいことは気にしない方がいいな。
「……あっ」
ふと、ナナミが木々の向こうから現れた存在――魔物に気付いた。
遠目に見てもゴブリン、それも二体だ。
向こうの二体もナナミが縄張りに踏み入っていると思ったのか、ギャーギャーと喚いて威嚇している。
リザとレジーナはそれぞれセプターと鎖鎌に手を伸ばそうとして、それを制止させた。
「お手並み拝見だ。もし危なくなったら俺が処理する」
幸いにも、ゴブリン二体は俺達三人のことには気付いていないようで、ナナミだけに注意を向けている。
さぁ、やってみせてくれ。
ナナミは背負っていた魔筆を抜くと、すぐにその筆先に緑色――風属性の魔力を纏わせる。
シュバババッと魔筆を空間に滑らせ、緑色の渦巻き模様を三つほど描きあげると、渦巻き模様が小さな三つの竜巻となって勢いよく放たれ、威嚇していたゴブリンの一体に殺到、全身を斬り裂いてみせた。
「やれた……!」
攻撃に成功し、ついでに撃破して喜ぶナナミだが、まだ一体残っている。
仲間を殺られた恨みとばかり、手にした棍棒を振り回しながら走り出すゴブリン。
射貫くような明確な"殺意"に、ナナミは一瞬身を竦ませかけ、すぐに魔筆を握り締めて怯えを隠す。
敵を恐れることは臆病ではない、『むしろ臆病でちょうどいい』。
有史以来、ヒトは臆病であり続けたから、今の人類があるのだ。
尤も、臆病であり過ぎればそれは"戦争"にもなりかねないのが難しいところではあるのだが。
人は強者たらんとするよりも、弱さを認める方が強くて、強かなのだ。
再び魔筆に魔力を送り込むと、今度は筆先が槍のように鋭く硬質化した。
空間に描いたものを実体化させるだけではない、あのように近接武器としても使えることは、訓練中にナナミが発見したものだ。
「どりゃーッ!!」
気合のこもった叫びと共に、上段からおもっくそ魔筆を振り下ろすナナミ。
技量とか全く考えていない力任せな攻撃だが……棍棒もろともゴブリンに勢いよく叩き込まれ、硬い筆先に脳を破壊されたか、ゴブリンは弱々しい断末魔を上げて斃れる。
ゴブリン二体、撃破だ。
「…………倒せた」
はふぅ、と安堵に息をつくナナミ。
が、すぐに「あ、剥ぎ取りしなきゃ」と、剥ぎ取り用のナイフを抜いて、斃したゴブリンに取り付く。
剥ぎ取りについても勉強させているが、実際に剥ぎ取るのは初めてだ。
事前に、無理にどこかを剥ぎ取らずに、体内の魔石だけで良いと伝えているし、ゴブリンの魔石が体内のどの辺にあるかも覚えさせている。
ゴブリンにナイフを突き入れているナナミは、嫌悪感を隠せないながらも頑張ってゴブリンの魔石を引っ張り出す。よくできました。
ナナミの薬草採集はゆっくりながらだが、順調だ。
ゴブリンの他、猪型の魔物のギルファンゴや、キノコ型の魔物のマッドマッシュなども現れたが、ナナミはいずれも危なげなく倒していく。
最初のゴブリンとの戦闘で慣れたのもあるだろう、距離がある内は火球や稲妻、竜巻などを実体化、射出して遠距離攻撃、近付かれたら魔筆を硬質化させて近接攻撃。
描いた物の実体化に関しては、まだ攻撃目的以外の活用手段が確認出来ていないが、それは追々でいいだろう。
今回の目的は、ナナミが依頼を受注して、任務を達成し、報酬を受け取るまでの、冒険者としての一連の流れを覚えてもらうためだ、あれもこれもと一度に詰め込むことはない。
一休みしつつ地勢図を確認してから、ナナミは再び歩き始め、森の奥の方に向かって行くので、俺達三人もそれを追跡する。
森の奥は、外に比べると魔物の数も多いが、ナナミは慌てずに対処していく。
薬草もそろそろ目標採集数に到達するはずだが……
なんかまぁたやーな予感がするんだよなぁ……、勘と言うか虫の知らせと言うか、例の新しいタイプと言うか。
こう……楽勝だと思っていたらエリアの奥で危険な魔物と遭遇する、みたいなトラウマクエストの匂いがすると言うか……
どうも俺は主人公っぽいので、行く先々で新たなヒロインと面倒事がお得なハッピーセットで付いてくるのは避けられない。テメーの頭はハッピーセットかよ。
そこは頑張って避けようぜ主人公補正。
「魔物との戦いも、慣れてきましたね」
あ、こらリザ、そんなフラグを立てるようなことを言わないの。
「今日の森は比較的静かですね。この分なら、これ以上戦闘することなく、帰還出来るでしょう」
おいこらレジーナ、そんなこと言ってたら(何の脈絡や物語性も無く取ってつけたように)ヒットマンがやって来るぞ。ほんとにやって来たら俺が銃弾を全部掴み取って投げ返して全員射殺してやるだけだが。
「気を抜くなよ二人とも、安全だと思った時が一番危け……」
楽観的になっている二人を戒めるように視線を向けた、
その瞬間だった。
「ッ!?」
途端、時空の歪みの反応が俺の感覚を逆撫でした。
ムルタが起こしたのだろう津波とは違う、なんだこの……強烈な歪みの反応は!?
「アヤトさん、どうし……」
「リザッ、レジーナッ、周囲を警戒しろ!」
早口で捲し立てるように、二人にも周囲を警戒するよう呼びかける。
俺の様子からただ事では無いと察してくれたらしく、リザとレジーナは気を引き締めて、セプターと鎖鎌に手を添える。
次にナナミの無事を確認し……
「えっ、えっ!?何これっ、なんか地面に穴が!?」
慌てて後退ろうとするナナミの足元には、澱んだ瘴気を発する穴が広がりつつある。
あれは――ダンジョンか?
だがいずれにせよ、
「ナナミ、それに近付くな!」
彼女が穴に落ちないように呼びかけるが、ナナミが逃げるよりもダンジョンの穴の広がる速度の方が速く、
「き、きゃあぁぁぁぁぁーーーーー!?」
「ナナミッ!!」
縮地と無影脚で接近し、ナナミの腕を掴もうとしたが、僅かに間に合わず、彼女はダンジョンの中に落っこちてしまった。
「アヤトさん!」
「アヤト様!」
リザとレジーナも慌てて駆け寄って来てくれたが……
「なんてこった、まさかこんなことになるとは……!」
自分の迂闊さに舌打ちと歯軋りする。
「まさか、この中に……っ?」
レジーナは瘴気を発するダンジョンの入口に目を細める。
「すぐにギルドに連絡を……」
そう提案してくれるが、却下する。
「そんな余裕はない、ここは俺が一人で入ってナナミを連れ帰る」
「アヤト様っ、なりません!中はどうなっているか……!」
一人で入ろうとする俺を留めてくれるレジーナ。
心配なのは分かるけど。
「俺が一人で入って、パッとナナミを連れ帰ってくるだけだ、心配ない」
「心配ないのなら、わたし達が一緒でも問題ないですよね?」
……しまった、リザに揚げ足を取られた。
「それに、これは監督していたわたし達全員の責任です」
「……そうですね、リザさんの言う通りです」
一瞬躊躇ったが、冷静になったレジーナまで同調した。
中がどうなっているか分からんし、危険と言えば危険だが、まぁ最悪俺が本気を出せばどうにでもなるだろう!その後で女神様に土下座かまさにゃならんが、いざとなりゃー背に腹は代えられん。
「仕方ない、行くぞ二人とも!」
「「はいっ!」」
いざ意を決して、ダンジョン内部へぴょーーーーーーーーーーん!!
〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜
〜〜
俺、着地。
……リザとレジーナがいない?
ちっ、どうやらダンジョンに入った時点で転移魔法が発動して、バラバラにされてしまう仕様らしいな。ちょっとめんどくさい。
だが慌てるな俺、同じ時空にいるならば気配探知でおよその位置は把握可能だ。
探知の範囲を拡散させて……
一番近くにいるのがレジーナ、その次にリザ、ここから一番遠くにいるのがナナミか。
小型、中型の魔物の反応も散見されているが、大型の反応は無さそうだ。
万が一大型の魔物にナナミが遭遇してしまったらまずい(中型でも危険かもしれない)ので、ナナミが慌てずに落ち着いた行動を心掛けてくれることを期待するしか無い。
続いて、ダンジョンの内部環境を視認する。
暗いのでとりあえずライトアップで周囲を照らすが、ライトアップを使っても先を見通せないほどに暗い。
洞窟の中に、ところどころに水溜まりが出来ており、ピチョン……ピチョン……と水の跳ねる音が反響する。
……スカルリザードがいた、船の墓場に雰囲気が似ているな。いや、明確に地上と繋がっていないぶん、こっちの方が質が悪い。
こんな薄気味悪いところだ、レジーナは怖がっていないだろうか。
ただのアンデッド系の魔物なら彼女も怖がったりしないが、レイスのような霊体が出てきたらおしまいだ。
そういった意味では、レジーナが一番近くにいるのは幸いと言うべきか。
まずはレジーナの反応がある方向へ急ごうとするが……くそっ、随分と入り組んだ地形だな、まるでリアル迷路ゲームだ。
アヤトパンチで強引に突き進もうとかと考えたが、下手に壁を壊すとこのダンジョンが崩落する恐れもある。
しかもその迷路のような道中には、リザードマンの亜種――赤い鱗の『リザードルージュ』や、帯電した黄色いスライムの『エレキスライム』、毒の鱗粉を撒き散らしてくる紫色の毒蝶の『バタフライハザード』まで出てくる。
炎を吐いて火傷させてきたり、感電で麻痺させてきたり、致死毒をばら撒いたりめんどくせぇ奴ばっかだな!?水系のダンジョンの割には状態異常属性のバリエーションが豊富だ。
まぁ俺なら問題なく処理出来るが、他のみんなが心配だ、急いで合流しなければ。
結局大回りにはなったが、どうにかレジーナのいる小部屋のような空間まで来られた。
彼女の周りには小型の魔物が何体かが斃されており、そのレジーナと対しているのは……なんだ、ピンク色のでっかいクラゲ?
しかしここは水中ではないので、クラゲっぽく見える魔物……中ボスってところか。
赤い発光体をチカチカさせながら、レジーナを絡め取ろうと触手を伸ばしてくるが、レジーナは冷静に鎖鎌をぶんぶん振り回し、触手をバッサバッサと斬り飛ばしていく。
しかしそれだけでは対処しきれなかったか、何本かの触手がレジーナの足首や脇と言った素肌を晒している部分に絡み付く。ははーん、さてはオメーえっちないたずらをするクラゲだな?
「んんっ、ふっ、くっ……!」
肌を弄るような触手の不快感に顔を顰めるレジーナだが、すぐに両手の鎖鎌を短く持ち直して、触手を断ち斬って振りほどく。
レジーナなら一人でも倒せるだろうが、他の二人が待っているんだ、ここは早急に倒そう。
「レジーナ、無事か!」
「アヤト様!」
少し息が上がっているところ、長時間戦闘していたらしい。
「お手を煩わせ、申し訳ありません」
「気にするな、無事で何よりだ」
新たに現れた外敵である俺にも触手を伸ばしてくるクラゲだが、ソハヤノツルギを抜刀様に火属性エネルギーを通熱させて一閃。
斬撃波に炎を纏った一撃が、クラゲを一瞬で蒸発させた。うむ、さすがはアルゴ氏、いい仕事してくれたよ。
カキン、とソハヤノツルギを納刀して。
「リザさんとナナミさんはどちらへ?」
「バラバラになってしまったようだが、およその位置は分かる。次はリザを助けに行くぞ」
「かしこまりました」
レジーナも鎖鎌のチェーンを回収し、リザとの合流を急ぐ。
リザがいるだろう小部屋にたどり着くにも、だいぶ迂回しなければならなかった。
彼女なら複数の魔物と戦うことになっても一人で切り抜けられると信じているし、そう出来るように俺が手ずから鍛えたものだが、心配は心配だ。
リザのいる小部屋に突入すると、レジーナと同じように小型の魔物がいくつも斃されており、残る中型の魔物との戦いに集中している。
相手は水の霊殿にもいたマーマンのようだが、体躯は二周りほど大きく、手にしたトライデントもより大型で、体表の魚鱗は高貴さを思わせるような紫色をしているところ、『マーマンキング』だな。
リザは防御魔法であるフォースフィールドを展開し、マーマンキングの振るうトライデントを弾き返しているが、マーマンキングはそこで攻撃の手を止めず、何度も執拗にフォースフィールドにトライデントを突き立てている。
彼女のフォースフィールドもそう容易く破られるものでは無いが、同じ方向から何度も攻撃されて、僅かずつながら減衰している。
この分だと、マーマンキングが一度イニシアティブを取ろうとするまで、リザはフォースフィールドを展開したまま動けないだろう。
尤も、マーマンキングもそれを分かっているからこそ、接近戦が出来ないだろうリザに張り付いているのだ。
「アヤト様、私にお任せを」
レジーナは鎖鎌を抜いて駆け出し、マーマンキングの死角に回り込むと、右の鎖鎌を投げ放ってマーマンキングの右腕に絡み付かせると、
「『スロウリィ』!」
即座に呪術を送り込み、途端にマーマンキングの挙動が目に見えて鈍くなる。
鈍足化の呪術のようだな。
マーマンキングはのろのろとした動きで、レジーナに向き直ろうとしており、その間にリザはフォースフィールドを解除した。
「リザ、無事だな?」
「アヤトさん!わたしは大丈夫です」
「すまん、無理をさせたな」
「いえ、これくらい何とも無いですから」
と、リザは言っているが、それなりに魔力を使ったらしく、少し疲労が見えている。
ともあれ、怪我とかもしてなさそうで良かった。




