49話 熊おじさんを捕まえろ
時刻は夜も更けた丑三つ時。
みんなが寝静まっている頃を見計らって、リビングのソファーから俺は一人起きる。
予め部屋から引っ張り出しておいた最低限の手荷物と道具、装備を整える。
それと、顔の上半分を隠すような黒衣を羽織る。可視光を反射しない特殊な素材で作られたこれは、月明かりのの中でさえも闇に紛れることが出来る特注品だ。
何故俺がこうして出立準備を整えているのかと言えば、とある依頼を受け、それを遂行するためだ。
当たり前と言えば当たり前だが、SSランクの冒険者が必要になるような魔物は、大袈裟に言えば災害そのものだ。
ただ歩くだけで人の営みを破壊するような巨大な魔物や、有害物質を撒き散らして環境や生態系を破壊する魔物、とにかくただただ凶暴極まりない魔物など、色々いるが……ぶっちゃけると、そんなやべーやつ――SSランクの冒険者が表立って必要な魔物がゴキブリのようにホイホイと出て来たりはしない。
では俺は一体何の依頼を受けたのかと言えば……一応、オルコットマスターから直接受けた、――"裏の依頼"だ。
裏の依頼と言っても、オルコットマスターの私利私欲私怨で誰かを殺すわけじゃない。
このような裏の依頼のターゲットは、基本的に犯罪者――特に、ギルドから正式に認められていない非合法な組織――『闇ギルド』の冒険者達だ。
非合法と言うこともあり、連中は正式な依頼を受けることが出来ず、ギルドを通さない不正な依頼を請け負うことで報酬を得ている。
当然、このような不正が裏で罷り通っているのはギルドとしても面白くないし、表沙汰になれば取り締まりも行うが、相手はその道のプロだ、一斉摘発もそうそう出来るものではない。
故に、アトランティカ行きから帰還してから、このようなアングラな仕事を時折頼まれることがある。
不正は裁かねばならぬと言うギルドの思惑は理解できる……だが、どう言い繕っても『汚れ仕事』には違いない。
オルコットマスターは断ってくれても構わないと言ったが、もっとも適任なのは俺だ。それが分かっていて依頼してくるのだ。
それに……闇ギルドの連中の魔の手が、エリン達に及ばないとも限らない。
だから俺はこんなクソみたいな依頼だって受ける。
俺という抑止力が、闇ギルドに身を窶す者を"駆除"し、そしてそれ以上増やさない。
そうした先にあるのは……『憂いなく休暇を過ごせる』と言うことだ。
失敗すれば即座にトカゲの尻尾切りのように切り捨てられるような話だが……まぁ、俺なら『できる』。容赦なく、徹底的に。
俺の、俺による、俺とエリン達のハッピーエンドのためだ、出る杭は根っこから引き抜いて、その地面をガッチガチに舗装してやろう。
みんなを起こさないように気配を遮断しつつ、そっと家を出る。
今回の俺のターゲットは、『黒龍団』とか言う……ププッ、もうちょっとまともな名前を考えつかなかったのかよwww
気を取り直して……
†黒龍団†の首魁である『ゴート』と言う、指名手配書の似顔絵では後漢時代末期の山賊みたいな……おい、まさかこいつが俺の名を騙っていたんじゃないだろうな?
ピオンに「フローリアンの英雄・アヤトと言えば、全身毛むくじゃらで熊のような大男」って誤解されていたし……
まぁ、手前のネーミングセンスがこんな調子なので、組織としての程度はたかが知れている。どれだけ高く見積もっても、俺より強い奴がいるなんてことはまず無いだろう。必要最低限の警戒は忘れないけどね。
メインターゲットは、ゴートの捕縛、ないしは抹殺。
事前情報によると、奴ら†黒龍団†はフローリアンの町から見て遥か東の方――ヨルムガンド湿地帯よりももっと向こう側の、荒廃した渓谷地帯にあり、馬車でも丸一日はかかる距離だと言う。
場所が場所なので、ギルドの方も対応に手をこまねいていたようだが、それも今夜でおしまい。
それでは、東の渓谷地帯に向かって……長距離ジャンプぴょーーーーーーーーーーん。
………………
…………
……
俺、着地。
例の渓谷地帯、地勢図上ではこの辺りにあるとマークされているが……†黒龍団†のアジトらしいものは見当たらない。
まぁ当然だろう、「ここが我らの本拠でござい」と主張するようなアウトロー連中は、アトランティカ周辺にいたバーロックスぐらいのものだ。
さてと……ミッションスタート!
端から見れば、何もないただの渓谷にしか見えないが……しかしよく見れば、ごく一部の岩肌が少し不自然だ。ここに誰かが出入りしていると思っていなければ気付かないくらいだが、カモフラージュとしてはむしろ上出来な方だろう。
相手が俺で無ければ良かったんだけどな!
崖から飛び降りて、岩肌――厳密には、それにカモフラージュした扉に近付く。
正面からアヤトパンチでぶっ壊してもいいんだけど、それだと大きな音を立ててしまうから、逃げられる可能性もある。
岩扉に触れて、魔力を通して調べてみる。
ふむふむ……どうやら何らかのマジックアイテムがこの扉の認証システムになっているらしい、なかなかいいもん使ってんな。
でもそんなの持ってないので……ハッキングします。
マジックアイテムを受け付ける認証の魔力波長をこちらから合わせて……カチャッ。
ついでに認証の魔力波長も書き換えて、俺以外では開け閉め出来ないようにしてやろう。とは言え複数の脱出経路くらい用意してあるだろうから、あまり意味は無いと思うが。
岩扉も開いたところで、お邪魔しまー……
「……ッ!」
――中に入った途端、血の臭いが鼻を突いた。
心の中の警戒レベルを四段階くらい上げて、気配を探る。
最奥部に、やけに強い波長を持った魔力と、それと比べればあまりに弱い気配が三つ。
とりあえず最奥部に向かうべく、アジトの廊下を歩くが……
その道行く先に、夥しい量の血を流して斃れている人間を何人も見かけた。
生体反応が無いため、既に絶命している。
なんだ、内ゲバでも起こしたのか?
しかし、それにしてはあまりにも過激で、死人が多過ぎる。
それとも……"同業者"か?
元々非合法に片足突っ込んだような依頼だ、どこかのギルドの裏の依頼とダブルブッキングしてしまったのかもしれない。
アジトに踏み入るに連れて、物音や声が聞こえてくる。
反響してよく聞き取れないが……生体反応の位置から察するに最奥部だ。
足音を殺しながら忍び足で廊下を駆け、アジトの最奥部のドアの前に到着。
踏み込む前に聴力を強化して耳を傾ける。
「ぐぎゃっ!?」
「あがぁぁぁっ……!」
断末魔と思しき声が二つ。同時に生体反応が二つ消えた。
「ヒッ……!?」
野太い声で、息を呑むような悲鳴。
そして、
「さぁ、ゴートよ。汝の生気を捧げよ」
この声は……ヴィラムか?話し相手はゴートのようだが。
だとしたらどう言うことだ、何故奴がここにいて、何故†黒龍団†を襲っている?
「いっ、嫌だ嫌だ嫌だ!い、命だけ、命だけは勘弁してくれ!!」
おーおー、みっともなく命乞いしてら。
ゴートのマヌケ面を拝んでおきたいところだけど、もう少し聞いていよう。
「愚か者か、汝は」
「へ?」
間抜けな声を上げるゴートに、ヴィラムは淡々と物を言う。
「我の望みは、汝らの生気――つまりは命だと言ったはずだろう。命が欲しいと言っている相手に、命だけは勘弁してくれ?冗句にしては笑えんな」
「な、なっ……」
わぉ、欲望に忠実な上に理不尽だ。
「それに、そうして命乞いをした者らを、汝らはどれだけ殺してきた?自分たちの番だけ飛ばそうなど、筋が通らぬと言うものだ」
あー、分からんでもない。
自分が今まで散々人を殺しておきながら、いざ自分の身が危うくなればすぐに命乞いをするとか、どの口がほざいてんだって言いたくなるよね。
「いいい嫌だ!死にたくない死にたくない!し"に"た"く"な"い"!"!"」
もう何言ってるか分かんねぇな。
「なに、案ずるな。汝らの生気が我らの力となり、ひいてはエタられた者達を救うことに繋がるのだ。光栄に思うが良い」
……さて、そろそろ介入させてもらおうかな。
「良い子は寝る時間だオラァ!!」
力任せにドアを蹴っ飛ばして土足で踏み込む。
「ひいぃっ!?」
「む?汝は……アヤトか」
死の間際に変な奴がやって来て怯え切ったゴートに、俺の参上に対して冷静に受け入れるヴィラム。
前に出会った時よりも魔力の波長が強いな、レベルアップしたんだろうか。
「グッドイブニングこんばんは、ヴィラム。せっかくのところ申し訳ないが、そこのゴートとか言う熊みたいなおじさんを俺に譲ってくれないか?」
「だ、誰が熊だこの……ぼびっ」
ピーピーやかましい熊おじさんを部屋の片隅に蹴り飛ばして黙らせる。
「ほう、譲れと申すか。理由を聞かせてもらおう」
「実はこれもギルドからの依頼でね、そこの熊おじさんを"捕獲"して来いって頼まれているんだ」
"確保"ではなく、アナグラムで"捕獲"だ。
つまり、これは対人戦闘ではなく、単なる猟だ。今の俺はマタギってわけやな!
「ふむ、ギルドからの依頼……なるほど、表沙汰に出来ぬ依頼か。我はこやつらを殲滅するつもりでここを訪れたのだが……他ならぬアヤトの頼みだ、ここは汝に譲るとしよう」
「……前の時もそうだったが、俺が絡むと随分あっさり退いてくれるんだな?」
まさかこいつ、本当に俺と敵対するつもりがないのか?
「ハハハハハッ、これは面白いことを言う!冷静に見れば、我が汝に敵うと思うか?」
普通、逆じゃない?
「汝が我に敵うと思うか?」じゃなくて、「我が汝に敵うと思うか?」って……カッコいいこと言ってそうに見えて実はめちゃくちゃカッコ悪くね?
「これっぽっちも」
殺ろうと思えば、0.5秒で分子レベルで後腐れなく土に還してやれるよ。
「そうだろう。故に、我は汝と立ち合うつもりは無い」
少なくとも、敵意は感じられないし、それを隠している様子もない。本当に俺と事を構えるつもりは無いらしい。
「そうか、ならいいんだ」
ヴィラムに背を向けて、先程部屋の片隅に蹴っ飛ばしておいた熊おじさんに近付く。
俺に蹴っ飛ばされた拍子に壁に頭をぶつけたのか、白目をむいて気絶している。
まぁ下手に抵抗されるよりは遥かに楽でいいし、抵抗するならぶん殴って気絶させるだけだが。
持ってきた、魔封じ効果のある縄で、熊おじさんの両手の小指同士を背中で拘束し、さらに両足首を足枷で縛る。魔法で抵抗されても困るからね。
猿轡を噛ませ、小指同士を縛る縄と、両足首を縛る縄を結んで寿司折りにしたら……はい、容疑者確保。
さて、あとはこいつをフローリアンのギルドまでお届けするだけだ。鮮度が落ちる (意味深)前にね。
でも、帰る前に訊きたいことがあるんだった。
「あぁそうだヴィラム、ここに来るまでに随分と人を殺していたようだが……お前はこいつらの生気を糧にしていたのか?」
「うむ。我らをエタらせる無責任な神々は強大。どれだけ力を持っても足りぬし、その力を持った者らをどれだけ集めても足りぬ。故に、億千の力を持つ汝を引き込みたかったのだ」
何言ってんのお前、バカかよ。
「確かに、異世界転生を司る神々は強大だ。……けど、一世界の一存在が束になってもどうこう出来るような存在じゃないぞ?」
俺がガチ中のガチで本気、全身全霊全力全開全知全能を以て、時空の歪みとか崩壊とか一切気にせず戦っても、女神様には正面からぶつかっても勝てる気がしない。せいぜい、周りの時空をちょっと崩壊させて女神様をめんどくさがらせるのが精一杯だ。
「無論、我らが武威を示したところで、神々によって塵芥のように消されるのは目に見えている」
んじゃなんでそんな無意味なことするんだよ、俺ちょっと理解出来ない。
「だが……我らにも"切り札"がある。その"切り札"のために、こうして闇ギルドの犯罪者どもを狩り、生気を集めているのだ」
「人間を手当たり次第にじゃなくて、反社会的な人間だけを狙っているのか?」
「我らとて、人類に敵対したいわけではない。我らにとっての目の上の瘤は、無責任な神々と作者どもだけだ。数多のチート転生者達と神々の両方から挟み撃ちにされたくは無いのでな」
ふーん、敵はあくまでも神々だけであって、その他大勢の人間の相手までは出来ないということか。
「で、その"切り札"って言うのは何なんだ?」
「それは教えられん。が、我らの同志となるのなら教えよう」
「そっか、んじゃいいや。変なこと訊いて悪かったな」
同志にはならないけど教えてよ、ケチ。
「うむ。そろそろ我はここで失礼する。ではな」
そう言って、ヴィラムは再び空間を開いてその中へ入っていく。
"切り札"、ねぇ……大したことは無いだろうけど、多分きっとロクなもんじゃないだろう。
「俺も帰るか……」
寿司折りにした熊おじさんを担いで、部屋を出る。
あとでギルドが捜査に来てもいいように、出入り口の認証システムを全解除して開けっ放しにしておく。
ヴィラムが引き起こした虐殺の痕、ギルドにはどう説明しようかな……うん、最初に思った、内ゲバ――『内乱の最中だった』ってことにしよう。
熊おじさんがヴィラムや俺のことを何か言ったとしても、「精神錯乱か、薬物によって正常な判断力を失っている」と言うことにしておこう。
都合の悪いことは全部敗者に押し付ける、これ勝者の特権ね。
さて、長距離ジャンプぴょーーーーーーーーーーん。
………………
…………
……
はい、到着。
夜のフローリアンの町に人気は無いので、町中に堂々着地だ。
集会所に入って、夜勤の受付嬢さんに話しかけたら、ぎょっとした顔をされた。
「ぼ、冒険者ギルド・フローリアン支部へようこそ……その、アヤトさん……そちらの方は?」
ぎょっとした理由は、もちろん寿司折り土産(意味深)だ。
「†黒龍団†とか言う闇ギルドの首魁だ。実はオルコットマスターに"コレ"の確保を頼まれていてね、錯乱状態だったから、眠らせて身柄を拘束させてもらった。すまないんだが、"コレ"を朝まで預かって欲しい」
魔封じの縄で寿司折りにしてるから、ほっといても抵抗の心配は無いことを説明すると。
「は、はぁ……では、また朝に引き取りに来る、と言うことでよろしいので?」
「引き取りにと言うか、オルコットマスターに依頼の達成を報告するだけだ。"コレ"をどうするのかは、依頼の範疇に含まれていない。俺はとりあえず、言う通りに取っ捕まえてきただけだ。……預かってもらっていいな?」
「か、かしこまりました……」
受付嬢さんは、もう一人夜勤の方を呼ぶと、寿司折りにした熊おじさんを二人がかりで引っ張っていく。
「こんな夜遅くですまなかった。特別手当はオルコットマスターの方に頼んでくれるか」
「い、いえ、闇ギルドグループの首魁の捕縛、お見事です……」
なんとか営業スタイルを保とうとする受付嬢さんだけど、顔の引き攣りが隠せてないぞぅ?
熊おじさんの留置を夜勤の方に任せて、俺はさっさと帰宅だ。明日も早いし、少しでも寝たいからね。
さて、出来るだけ音を立てないように鍵を開けて、ただいまー。
夜明けまであと三時間くらいしかない、簡単に荷物を元の場所に戻したら寝よう……と思ったのだが、
リビングに明かりがついている?
もしや泥棒?いや、泥棒なら明かりをつけるなんてマヌケはするまい。
泥棒だったら……うん、普通に捕まえて、骨の二、三本は折ってから、さっきの熊おじさんみたいに寿司折りにしてギルドに突き出せば済む話だな。
ドアを開けて、
「こんばんはグッドイブニング、金目のもの置いていけば見逃してやるぞ?殺さないとは言ってないけどな」
「家主が自分の家に強盗に入ると言うのはどうなのだろうな?」
明かりのついたリビングでエレガントに紅茶を啜りながら本を読んでいたのは、クインズだった。
「なんだクインズか、てっきり泥棒か転売ヤーかと思ったよ」
「泥棒はともかく、テンバイ、ヤァ?と言うのは分からんが……おかえり、アヤト」
「あ、うん、ただいま」
クインズが起きていたのは偶然か?
「それで……こんな夜遅くにどこに行っていたのだ?」
彼女の視線が疑わしげに細められる。
「んー、散歩?」
「武装が必要な散歩とは果たして散歩と呼んでいいものだろうか?」
やばい、めっちゃ疑ってる。
「散歩はさすがに嘘だよ。……ちょっと、表沙汰にしにくい依頼をオルコットマスターから頼まれていたんだ」
「表沙汰にしにくい依頼だと?」
「別に犯罪行為だとか、不正を働いてわけじゃない。むしろ、そういう犯罪者や反社組織の人間――闇ギルドの連中を捕まえてくれってな。内容が内容だから、極秘の依頼だったんだ」
正直に言ったことで、クインズの疑いの眼差しは少し緩むが、やはり全てを全て鵜呑みにはしないようだ。
「不正や犯罪の取り締まりは、ギルドの仕事ではないのか?」
「ギルドが動くのは、あくまでも事が起きてからだ。能動的に犯罪者を取り締まる……と言うか、白か黒かは後回しにして、疑わしいからとりあえず力尽くで捕獲してくるのは、SSランクの特殊な冒険者の仕事だ。決して胸を張って誇れるようなことじゃない、……"汚れ仕事"だしな」
曲解すれば、拉致そのものだ。
相手が犯罪者だから大義名分で拘束は出来るが、一歩間違えたら本当に犯罪になってしまいかねない、ギリギリのグレーライン。
「それは、断ることは出来なかったのか?」
まぁそう思うのは当然だよな。
「オルコットマスターは断ってくれても構わないと言った。けど……闇ギルドの連中の手が、俺達に及ぶ可能性もあった。憂いの芽を摘んでおきたかったんだ。でも、みんなに俺がこんなことをしているって知られたくなかった」
「……」
クインズは黙って聞いてくれているが、軽蔑されても否定は出来ないな……




