48話 歓迎の晩餐
「アヤトさん」
少し離れた位置から、ナナミの魔力が暴走したりしないか見守っていた俺に、リザが声をかけてきた。
「リザか、どうした?」
「あの人……ナナミさんはどうですか?」
「魔力は十分な量を持っているから、まずは魔力そのものに慣れることから始めさせているよ」
「それがいいと思います。わたしも最初はよく失敗して、家の壁を焦がしたりしたこともあったので……」
たはは、と苦笑するリザ。
うん、やっぱり最初はみんなそうだよな。
リザの場合は遺伝的に魔力循環が滞っていたが、俺がそれを改善するよりも前からずっと努力と勉強をしていたのだろう。
あ、そうだ(唐突な思い出し)
「そう言えばリザ、実家への手紙の返信は届いたのか?」
アトランティカ行きからずっとバタバタしていて忘れかけていたが、リザの実家にご挨拶をしに行かなくてはならないのだ。
「えぇと、一応届いてはいるんですけど……前に手紙を出した時は、わたしとアヤトさん、エリンさんの三人だけでしたから、……今のことをどう伝えるべきかと思いまして……」
「あぁ、気が付いたら大所帯になったからなぁ」
クロナとレジーナ、クインズ、ナナミ、それとピオンも引っ越してくる予定だからな。俺を含めて八人か。
……ナナミが増えた分、新しい家の図面を書き直すか。
「それで、俺のことは何だって?」
「『フローリアンの英雄なら何も文句はない、どうぞ娘をよろしく頼む』とのことです。……下手に断ったら、『英雄からの縁談を蹴った』と言う不名誉で、他の貴族達から批判のオンパレードになるからでしょうけど」
おいおい、それじゃぁまるで俺が外堀を埋めたみたいな言い方じゃないか。
まぁ、何も文句は無いというのなら、遠慮なくリザをお嫁にもらうだけだが。
しばらくナナミが魔力の放出とその停止を繰り返している内に。
「さて……問題はナナミの部屋をどうするかだな」
スプリングスの里の温泉で、ピオンと二人きりで混浴していた時もそうだったが、本当に部屋が足りないのである。
最終手段としては俺がこの町の宿屋で外泊するか、家の近くにテントを張るかのどちらかだが……それはきっとみんなが許してくれないし、ナナミも居た堪れなくなるだろう。
「アヤトさん?まさかとは思いますが、自分は宿屋で外泊すれば済むとか考えてませんよね?」
すると俺の思考を読んだのか、リザがすんごいジト目で睨んできた。
「はっはっはっ、滅相もないぞぅ?」
「考えてたんですね、分かります」
「何故バレたし」
「アヤトさんがそう言う笑い方をする時って、大体言っている事と考えていることが逆なことが多いので」
……やだ、鋭すぎてちょっと怖いわ。
「まぁ、それはどうしようも無くなった時の、本当に最後の手段だよ。何も最初からそうするつもりだったわけじゃない」
「それならいいんですけど……エリンさんと相談してみて、もし良いのであればわたしとエリンさんが同じ部屋で寝ます。アヤトさんと三人で一緒に住んでいた最初の頃も、エリンさんと同じ部屋で過ごしていましたから、わたしは大丈夫です。エリンさんは、……まぁ、断らないとは思いますけど」
そうか、一応まだその手があったか。
エリンならむしろ「リザちゃんと一緒に寝れる」って喜んで快諾しそうだけど。
「手間かけて悪いな」
「いえ、アヤトさんが後先考えずに女の子を迎え入れて後で困ることくらい、もう慣れっこですから」
こらこらリザ、ニッコリしながら言うことじゃないぞ。
リザの提案により、彼女とエリンの二人が部屋を共有することが決定し、俺もナナミの様子を見ながら一戸建ての図面作成をしたりしていると、もう夕方前頃だ。
「よし、そこまで」
慣れない魔力の放出に、疲労が見え始めたナナミに声をかける。
魔物と戦えるくらいになったら、彼女にも模擬戦をしてやろう。そしてポイポイ投げまくって鍛えてやろう(転生者特有のスパルタ思考)。
「ふぅー……ちょっと疲れたかも」
手の甲で目をこするナナミ。魔力を長時間使うと脳が疲れるんだよな。
「お疲れさん」
「うん。えーっと、この筆は……」
魔筆を俺に返そうとするナナミ。
「それはナナミのこれからの武器、身体の一部になるものだ。君がきちんと管理してくれ」
「あ、これ私のものになるんだ」
「女神様も、そのつもりで送り付けてくれただろうしな」
それで、と間を置いてから。
「そろそろ夕食を作り始める時間帯だが……ナナミはその前に、自分の分の衣類や日用品の買い出しに行ってくれ。町の案内は、誰か手の空いているのに任せよう」
俺が案内すればいいって言いたいところなんだが、下着とかも買うからさすがに男の俺がそこまで同行は出来ない。ダメではないんだが、周りの方々からの視線がひどいことになるので。
「あー、その……私、無一文です……」
「俺のポケットマネーで先行投資するから問題ない」
俺のポケットマネーに限らず、エリンやリザはもうSランクの依頼を一人でこなせる程度の実力はあるし、クロナとレジーナはギルド職員と冒険者を兼業しているし、クインズはまだBランクだが、実力そのものはAランクに匹敵するため、飛び級でSランクに上がる可能性もあるのだとか。
うんうん、俺が鍛えてやった甲斐があったと言うものだ。
このように、俺達の月額収入を合計すると、数えずとも億単位にもなる。
なので、スプリングスの里のアルゴ氏に仕立て上げてもらった武具代に数千万使ったり、一戸建てを建てるための土地の買い取りに数千万使ったり、建築業者に家を建ててもらうために先払いで数千万使ったり……
……うん、結構使ったな?まぁそれでももういくつか土地を買っても問題ない程度には財産に余裕はある。
「遠慮はそんなにしなくていいぞ。必要なら多少は買い込んでもいい」
「遠慮はそんなにしなくていいぞって、少しは考えてくれってことだよね?」
「さすがに何でもかんでも好き放題買わせるわけにはいかないしな」
オシャレは大事なのでそこにお金はかけていいけど、衝動任せにあれもこれもと買うのは、ちょっと認められない。
いくら俺のポケットマネーが潤沢にあるとは言え、お金が当たり前のようにあると思われるのは良くないからな、ちゃんと考えて買い物をしてほしい。
ナナミの買い物にはクロナが付き添うことになり、エリンは自分の部屋からリザの部屋にお引っ越しの準備、リザとレジーナは夕食作り、クインズは風呂場の掃除をそれぞれしてもらっている。
俺は何してるのって?財政管理とか、一戸建ての図面の修正とか、"俺宛の書類"の確認とか色々やっているのだよ、一人だけ何もせずに踏ん反り返っているわけじゃない。
……尤も、エリンとかからは「アヤトはちょっとくらい何もしなくていいと思うよ?正直、働き過ぎだし」と言われたりするのだが。
いや、でもね。これでもかなり楽してる方だぞ?
過去の異世界転生だと、一週間フル徹で働き続けるとか普通にあったし(その度に倒れては睡眠導入剤と栄養剤ぶち込まれて三日間病室に軟禁されるまでがワンセット)。
夜になったら寝て、朝になったら起きる(コトによっては昼前くらいまで寝ていることはあるけど)と言う当たり前のことが出来るなら、俺にとっては楽ちんだ。
クロナとナナミが帰って来た頃には、エリンの引っ越しも一段落つき、クインズも風呂場の掃除を終え、リザとレジーナもそろそろ夕食が出来上がるといったところ。
今日はナナミと言う新しい仲間が加わった記念と歓迎会も兼ねて、今晩はちょっとだけ豪華にしてほしい、と主な炊事担当のリザとレジーナにお願いしたのだ。
……それでも俺の量だけ他のみんなの三倍はあるのは変わらないと言うか。
食費もそれなりにかかっていると自覚しているが、必要で無い限りは食事は惜しまないのが俺のスタンスだ。
美味いメシが待っているから、人は明日を頑張ろうと思えるのだから。
みんな食卓についたら。
「それでは、新しい仲間との出会いを祝して――乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
俺の音頭に合わせて、カチンカチンとグラスが打ち鳴らされる。
まぁ、グラスの中身はワインじゃなくてただのソフトドリンクだが。
本当なら果実のワインとかビールが良いんだけどなぁ……この世界の成人年齢は、男女ともに18歳らしいからしゃーない。
小綺麗に盛り付けられたサラダやチーズ、よく煮込まれたシカ肉のシチューなど、このスタイルはリザが主導で作ったようだな。
恐る恐る、ナナミはシチューのシカ肉を口に運ぶと。
「ん〜っ、美味しいっ!鹿の肉って初めて食べたけど、こんなに美味しいんだぁ……柔らかくて、口の中でとろけるぅ……」
シカ肉よりもナナミの顔の方がとろけてる。かわいい。
「うんうん、リザちゃんのシチューは何が入ってても美味しいね」
普段はあまり肉を食べないエリンも、リザが仕立てた肉類なら喜んで食べている。
「昼食の時もそうでしたが、ナナミさんはこの世界の食べ物に慣れてないと思って、いつもよりも長く煮込んで、全体的に柔らかくしてみましたが、お口に合ったようで何よりです」
ほほぅ、ナナミを考慮してのことなのか。
お昼頃にナナミの分の食事を作ったのもリザなので、気になっていたらしい。
するとその反対側では、クインズが緊張しながらサラダを頬張っていると。
「む?今日のサラダはいつもより食べやすいな?」
「サラダは今回は私が担当致しました。リザさんのご意見により、ナナミさんのことを考慮し、少しだけ茹でた上でご用意しております」
今日のサラダはレジーナが担当したのか。
こちらもナナミのことを考慮しているらしい、二人とも気遣い上手だな。
「チーズもとろとろ、温野菜サラダも柔らかシャキシャキぃ……歯が豆腐になっちゃいそぉ……」
美味しいあまり、なんか変なことを口走りだしたナナミ。
歯が豆腐になるのか、歯みがきも出来なくなるなぁ……
ナナミの歓迎会も兼ねた夕食も、緩やかに終わったところで。
みんながそれぞれ交代で風呂に入っている間に、俺は今後のナナミについて彼女と二人で話し合う。
「さて、今後のナナミについてだが……明日から何日かかけて、魔力の出し入れや、魔筆を使った魔法の練習、それに加えて体力作りと、冒険者の基本的な知識の勉強もしてもらう。さすがに、素人に冒険者の依頼を任せるわけにはいかないからな」
「まぁ、それはそうだよね。私も、無責任なことはしたくないし」
ある程度自信がつき始めた冒険者の中には、緊急性や重要度の高い依頼ではなく、自分の選り好みだけで依頼を選んだり、手に負えないからと言って無断で依頼を放棄する者が少なからず存在する。
冒険者ギルドに依頼をする者は、報酬金と言う高額な金銭を対価にして冒険者に実行代理をお願いするのだ。
それを、道楽半分――いい加減な心持ちの冒険者が依頼を受けては、達成されないまま放置されてしまい、契約期間が切れて無効にされては、依頼をお願いした側からすればたまったものではない。
冒険者個人としては些細な事かもしれないが、ギルドにとっては顧客の信用を裏切ると言う、単なる金銭よりもよほど価値のあるものを失う。
安心と実績があっての企業だ。その実働役である冒険者がいい加減では、ギルドに依頼が入ってこない――ひいてはその他大勢の冒険者稼業の弊害にも繋がる。
特に……ナナミのような西暦日本からの転生者は、「チートスキルで無双」が出来ると本気で考えている者が多く、そのチートスキルとやらで大成するならいいが、理想と現実のギャップが違い過ぎて断念した奴を何人も見てきたことがある。
……まぁその内の断念した奴の二割くらいは、俺の"習うより慣れろ"鍛錬で音を上げて逃げ出して、中途半端なまま依頼を受け、実力不足で大怪我して引退するか、死んでいったかのどちらかだったんだが。
「なので、はいこれ」
予め用意していた一冊のくたびれたノートをテーブルの上に置く。
「何これ?」
ナナミに読んでみるように促すと、彼女はページをめくる。
「リザが冒険者になる上で勉強に使っていたノートだ。既に全ページが埋まっているから、まずはこれに書かれていることを全部覚えてもらう」
俺も目を通させてもらったが、とても読みやすく分かりやすい。
下手な冒険者の育成学校で訓練を受けるよりも、これをしっかり読む方がよほど良いと思えるくらいだ。
冒険者は身体が資本とは言え、勉強知識を疎かにしていいはずがないからな。
リザは元々魔法使いになる前提で勉強していたので、内容が魔法に寄っているところはあるが、ナナミの固有スキルや魔筆の特性を考えれば、この内容はむしろちょうどいいくらいだ。
「頃合いを見て、抜き打ちで小テストもするからな」
「うへー、せっかく異世界転生したのにまた勉強ぉ?」
ナナミの顔が完全に"テストを間近にして絶望している学生"のそれになっている。
「なんて言うの?そう言うのって、ゲームみたいに実践しながらフィーリングで覚えた方が早いんじゃないの?」
言わんとすることは分かる。
が、この世界はフルダイブ型VRMMOではない、生きた現実世界そのものだ。
故にこのアヤト、妥協はしても容赦はせん。
「0.5秒後には自分が死ぬか仲間が死ぬかの修羅場瀬戸際の真っ最中、反射神経任せの取捨選択をするのか?俺はそんなの怖すぎて出来っこないな」
「そ、それは大袈裟なんじゃ……」
「大袈裟なものか。例えば毒を受けた時、体調の変化に応じて必要な薬を飲まないと意味がないし、場合によっては悪化する恐れもある。それも魔物にいつ攻撃されるか分からない状態でだ。そして本物の魔物は、ゲームのプログラミングと違って、ヘイト値によって狙う相手を変えたりしない、毒で弱っていると思った相手から優先的に殺しに来るぞ」
「えっ」
「それだけじゃない。もしも何かしらのトラブルで食料を失った時は、現地で調達しなければならない。でも、食べても大丈夫なものか分からなかったらどうする?手当たり次第に食べるのか?運が良くても死ぬぞ?」
「その……」
「しかも、冒険者って言う職業は意外と『限りなく黒に近いグレー』なところがあってな、依頼人や同業者に騙されて非合法なことをさせられ、それによってギルドに捕まる奴だっている。相手は証拠隠滅して知らぬ存ぜぬを貫いたら、その責任は自分だけに降りかかる。思考もせずにただ黙って確実に依頼を遂行するだけじゃ、大きな間違いに繋がることだってあるんだ。敵は魔物だけじゃないぞ?」
「………………」
「けれど、この世界の仕組みやルール、自然や魔法の知識をちゃんと身に付けていれば、危険を回避することだって出来るし、困難な状況だって打破することが出来る。その点踏まえた上でもう一度訊くぞ?ゲームみたいに実践しながらフィーリングで覚えたほうが、なんだって?」
「……ごめんなさい、今日からちゃんと勉強します」
俺の言うことの恐ろしさが少しでも理解出来たならよろしい。
現実は、ゲームみたいに細かい法や規則が明確化されていないわけじゃないんだ。
これでもなお、「勉強なんてしなくてもいい」なんて言うのなら、今から模擬戦百連戦して身体で教えてやるところだったよ。
ちなみに、クインズもリザのノートを読ませて勉強させ、小テストもちゃんと合格している。以前の世界で、騎士になるにあたって教養はしっかりしていたらしく、彼女自身の地頭力も良いので、勉強を面倒くさがるようなことは無かった。
「そうそう、勉強熱心なのはいいが、夜はちゃんと寝るんだぞ。明日からは体力作りも並行してやっていくからな」
「ふえぇ〜いぃ……」
……少し脅かし過ぎたか?
まぁいい、恐れ知らずの蛮勇よりも、少しくらい臆病になってくれた方が勉強にも身が入るだろう。
ちゃんと覚えないと死に直結すると言うのは、強ち大袈裟では無いのだから。
みんなが風呂から上がってから、俺が最後に入る。
「ふぅ」
やれやれ、今日は朝から色々あったぜ。
まさか空から転生者が降って来て、ダイビングロケットずつきを顔面から受け止めることになるとは思わなかった。実はちょっと首が痛かったりするから、ナナミと模擬戦百連戦 (物理)しなくて良かったよ。
ナナミのスキルやステータスを鑑定したところ、彼女は空間に描いたものを実体化する力を持つと言うが、一体どのくらいのものかはまだ未知数だ。
あのスキルが魔法の一種だとしたら……魔力を込めた状態で、思考に思い描いたものをイメージしながら空間に魔筆を振るえば、何でもかんでもでは無いだろうが、多少のものであれば実体化出来るだろう。
過去の異世界転生でも、キャンバスに描いたものを実体化させる力 (具体的には食べ物とか便利なアイテムとか)を持った者もいたにはいたし、あれは世界感がちょっとメルヘンチックなところもあるので、参考にはなるがアテにはならないか。
この世界に置き換えるなら、例えば火球を描けば、魔法のファイアボールとは異なる、特殊なファイアボールを放つが、魔法のファイアボールと比較しても威力は落ちる……のかもしれない。
ナナミが自分自身を鍛え、魔力を自在に使いこなせるようになればその限りではないし、あるいは、自身のレベルが上がることでスキルも成長し、最初はFランクでも、努力次第で高ランクにまで上がるかもしれない。
……かもしれない、の連続になったが、これを活かせるか否かは、彼女の頑張り次第だ、勉強も体力作りも面倒くさがらずに頑張ってほしいものだ。
ざばんと風呂から上がって。
さて――"夜勤"に備えるか。




