29話 フオンノカゲ
体感時間でざっと二時間は魔物狩りをしただろうか。
資金、素材集めなら二手に分かれる方が効率的なのだが、未知の世界なので下手に離れて行動するより、五人固まった方が安全でいい、ということで少しずつ確実な方針を取った。
「そろそろ、宿代とか生活用品とかに必要なお金くらいは集まったかな?」
麻袋なども持っていないため、自分のマントで袋を作り、そこにお金や素材を詰め込んでいたエリンは、袋を解いてゴトゴトと地面に広げる。
「見た感じは結構集まったと思いますけど、この世界の物価や相場が分からないのが問題ですね」
リザはコインを手にとって、注意深く目を細めて見る。
前の世界では、リザが物価や相場についての知識があったから、俺とエリンが持っていた金貨は高く買い取ってもらえたが、今回はそうもいかない。
「信用出来る金融機関……銀行があるといいのですが」
レジーナがそう応じる。
同じハイファンタジー世界でも、銀行がある世界と無い世界があるしな。
ゲームであれば、預けておけばパーティが全滅して教会に戻されてもお金を減らされない、って奴だが。
「考え事をするのなら、一度町に戻りましょうか。ちょうどお腹も空いてきましたし、食事をしながらゆっくり考えましょうね」
クロナがニコニコと応じてくれる。
彼女も未知の世界に放り込まれて不安で心細いはずだが、きっと(俺はともかく)みんなを不安にさせないように、気丈に振る舞っているのだろう。
「よし、町に戻って腹ごしらえをしようか。腹が減っては考え事もできぬって言うしな」
ほんとは『腹が減っては戦ができぬ』だけど。
シュヴェルト王国の城下町に戻ったら、まずは素材を買い取ってくれる道具屋やよろず屋を探す。
幸いにもそういった店はすぐに見つかり、物価の相場を確かめたところ、今の俺達の手持ちの金額と比較しても安いものだった。(ちなみに、この世界での通貨は『リーン』と言うらしい)
相場と比較して、魔物素材や鉱物などはそれなりに高く買い取ってもらえたので、礼も兼ねて常備品をいくつか買わせてもらった。
ちょっとした小金持ちくらいの所持金は確保出来たので、今晩の宿代も問題なく支払えそうだ。
「アヤト、この後はどうするの?」
店主の「ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております」を背に、エリンはこの後をどうするのかと訊いてくる。
「まずは宿を先に確保しておこうか。出来るだけ安く済ませたいところだが……」
さすがに五人いっぺんに泊まれる部屋は無いだろう、最低でも二部屋は欲しいところか。
そう算段を考えていると、
「そこの者、少し良いだろうか」
ふと、目の前にフードで頭を隠した……男、少年だろうか、エリンと同い年くらいの少年が声を掛けてきた。
格好はちょっと怪しいが、立ち振る舞いや喋り口調はしっかりしている。貴族や王族のお忍びだろうか。
「ハローこんにちは、俺達は旅の者ですが、何か御用ですか?」
一歩前に出て、代表者として応じる。
「通りすがりで申し訳ないが、……いやすまんっ、匿ってくれ」
すると何かに気付いたか、少年はすぐに建物の陰へ駆け込んだ。
一歩遅れて、その少年が避けているだろう人陰がこちらへ歩み寄って来た。
礼装や帯剣をしている辺りは騎士のようだが、顔立ちや身体つき、(多分)明るめの色合いの長髪をポニーテールに束ねているところ、女性としては背の高い女騎士だろうか。
年齢も若く、クロナやレジーナと同じくらいか。
そして何より、見目麗しい美少女だ。オークやゴブリンに捕まったら「くっ、殺せ!」とか言いそうな感じの凛々しい系の。
「そこの方々、少々お尋ねしたいことがある」
「はい、なんでしょう」
即座に取り繕ってみせる。
「この辺りに、『アレックス王子』は見かけなかっただろうか?金髪碧眼の少年なのだが……」
アレックス王子?ついさっき物陰に隠れた人だろうか。
だが、その人には「匿ってくれ」と頼まれたのだ。
よって、『正直に答える』としよう。
「金髪碧眼の人?いえ、見当たらなかったですね」
こんなモノクロ世界では金髪なのか碧眼なのかも、ましてやあの格好では王子なのかも分からないからね、嘘はついてないよ。
「そうか。失礼した」
軽く会釈し、女騎士さんは足早に去っていった。
人混みの中へ見えなくなったのを見送ってから、
「そろそろ大丈夫ですよ、"殿下"」
目配せしながら、さっきの人を呼ぶ。
「……すまない、助かったぞ」
周囲を警戒しながら、アレックス王子らしい少年が出てきた。
さて、今度こそ要件を聞こう。
「お忍びでしょうか?」
「そんなところだ。僕は『アレックス』。……もう分かっているとは思うが、この国の第二王子だ」
やはりか。俺が"殿下"って呼んじゃったからね。
「すまぬが、旅の者である貴方達に、ひとつ頼みたいことがある」
「俺達に出来ることであれば、お聞きしましょう」
何だろう。俺達は流浪の旅人だから、あんまり無茶は聞けないよ?
すると、アレックス王子は懐から一通の封筒を取り出した。密書だろうか?
「どうかこの手紙を、隣国の『エスパーダ』の王女、『クリスティーヌ』姫へ届けてほしいのだ」
ふむ、隣国の王女への密書……これはもしや、"求婚状"?
いや、求婚状だとしたら、行きすがりの旅人に託さずとも間者に送り届けさせればいいはずだが。
「王女殿下への手紙?それをわざわざ、素性も知れぬ者達に届けさせると?」
何か訳ありなのですか、と勘繰ってみると。
「詳しいことは言えぬ。だが、シュヴェルトとエスパーダの"戦争"を回避するには、これしか手はないのだ」
……戦争だと?
それを聞いて、エリン達も顔を強張らせている。
だが、詳しいことは聞かせてもらえない……そんな余裕も無いのだろう。
「……なるほど、承知致しました。アレックス殿下、俺はアヤトと言う者です。必ずや、これをクリスティーヌ姫の元へお届けしましょう」
「どうか、頼む」
アレックス王子はそれだけ告げると、パッとその場から駆け出してしまった。
さて、と。
「一も二もなく引き受けてしまったが……どうやらこの国は、近い内に隣国と戦争するようだな」
武具屋が閉まっているのも、武具の提供や生産を軍事に回す必要があるからだな。
「隣国と言っても、この国からどれほどの距離があるか……そもそもどの方角にあるのかも分かりませんよ?」
リザがそう懸念する。
「隣国のことなら、町民にでも訊けば分かるだろう。みんなは先に宿を取っておいてほしい」
「アヤト様、お一人で行かれるのですか?」
クロナが俺の身を案じてくれるが、火急の要件なら俺一人が長距離ジャンプで飛んで行った方が早いし速い。
「隣国と言うからにはそう遠くない位置にあるはずだ。遅くても、日付が変わる前には帰ってこれるだろう。必要なものがあれば、お金を使ってもいい」
「では、私達で先に五人分の宿を確保しておく、ということでよろしいでしょうか」
レジーナが頷くのを見て、エリンも頷く。
「アヤトなら何があっても平気だと思うけど、気を付けてね」
「あぁ、行って来る」
まぁ確かに俺一人で動く分には、"何か"あっても力尽くでどうにでもなるだろうけど、(体感時間的には)さっきの津波のこともあるし、気を抜き過ぎない程度には気を付けていこう。
その辺にいる町民からさり気なく隣国エスパーダのことについて聞くと、ここから徒歩で約一日ほどの距離を南下したところにあるという。
隣国、というには目と鼻の先同然じゃないか。馬を走らせれば半日もいらない。
シュヴェルトとエスパーダ、どっちが先手を打つのかは知らないが、足の速い部隊で速攻をかけたら一瞬で交戦状態になるな。
まぁ近い分にはいいとしよう、俺ならすぐに到着出来る。
門番さんには先程と同じ理由で門を出て、人目の付きにくい場所まで移動して。
確か、南にあるんだったな……トントンと靴の爪先を鳴らして、脚に魔力を込めて、
ドンッ、と。
………………
…………
……
大体二十分くらい長距離ジャンプと着地を繰り返していると、エスパーダ王国らしい城壁が見えてきたので、一旦少し離れた位置で着陸する。
いきなり城門前に着地したら、門番さんに何事かと思われるからな。
身なりを整えてから、堂々と門に近付いて、ご挨拶しておく。
特に警戒されることもなく、緩い感じで門を通してもらい、城下町の中へ。
小国のシュヴェルトと違って、このエスパーダはまさに大国だ。
国の規模が大きいだけあって、シュヴェルトと比べても多くの人々が行き交い、活気に満ちているな。
……大国のエスパーダが、小国のシュヴェルトに侵攻して隷下に取り込むとか、そう言う狙いがあるのかもしれないな。
案内板を見て、王宮のある位置を確認したら、真っ直ぐそこへ向かう。エリン達も待ってるから、ちゃっちゃと済ませて帰るぜ。
王宮前にはもちろん門番さんがいるが、こちらにやましいことは何も無いので、堂々と近付きます。
「ハローこんにちは、ご機嫌いかがですか?」
「はい?……あぁ、今日もいい天気だな」
ちょっとだけ虚を突くような形になったけど、すぐに応じてくれた。いい天気なのかは分からんな、一面のモノクロ風景なので。
「コホン……それで君、何か御用かな?」
もう一人が咳払いをして、用件を訊いてきた。
「実は、シュヴェルト王国の第二王子、アレックス殿下から、こちらに居られるクリスティーヌ姫への、信書を預かっております」
「姫様への信書?少し待ってくれ」
すると、門番さんの一人が城内に入り、
すぐに数名の兵士を連れて戻って来た。
「許可が降りた。姫様がぜひとも会わせてほしいと言うのだが、よろしいか?」
おや?クリスティーヌ姫のお付きの侍女さんか執事辺りが出てきて、手紙を渡してはいおしまい、のつもりだったんだが。
「分かりました。……あぁ、こちらをお預けしておきます。婚約者からいただいた大事な剣なので、無くさないでくださいね」
俺はベルトからロングソードを鞘ごと切り離すと、門番さんに差し出した。俺は客人だから、武器を持ってちゃいけないだろうからね。
「あぁ、これは責任を持って預かっておこう」
「では、こちらへ」
ロングソードを門番さんに預けると、案内役の兵士に先導されて入城する。
無駄に広い廊下を連れ回されて、応接室の前まで来る。
「姫様、アレックス第二王子の信書を預かっている者をお連れしました」
「どうぞ、お入りください」
ドアの向こうから、キーの高い女性の声が聴こえてきて、入室許可が降りた。
「それでは、姫様に失礼の無いように」
「ありがとうございます」
会釈してから応接室のドアを開けて、ゆるりとよどみなく入室。
豪奢なテーブル席に着いているのは、多分茶色系だろう色合いをした髪の長い少女で、飾り気の控えめなドレスを纏っている。年齢はやはりアレックス王子と同じくらいだ。
モノクロなせいで色合いが分からないが、まぁ良かろうて。
「拝見致します。自分は旅の者の、アヤトと申します」
手を組んで深々と頭を下げて、敬意を払う。
「ようこそいらっしゃいました。わたくしはクリスティーヌ。アヤトさま、どうぞお掛けになってください」
クリスティーヌ姫が侍女さんに目配せすると、侍女さんはすぐに椅子を引いてくれた。
席について、と。
「アヤトさま、早速ですが、アレク……こほん、アレックス第二王子から、信書を預かっていると聞いています。わたくしに見せていただいてよろしいでしょうか」
ほうほう、愛称呼びを許されているのか。仲は良さそうだな。
「はい、こちらを」
懐に納めていた、アレックス王子から受け取った便箋をクリスティーヌ姫の手元へ差し出す。
彼女がそれを受け取ると、これまた侍女さんがペーパーナイフを用意していた。有能な方だ。
するりと封を切られ、クリスティーヌ姫はその中の手紙を取りだし、内容を目に通していく。
「これは……」
目を細め、険しい顔付きになるクリスティーヌ姫。
アレックス王子は「戦争を回避するにはこれしかないのだ」と言っていた。
手紙の内容は果たして。
「アヤトさま。こちらの手紙は、どのような経緯でアレックス第二王子からお預かりしたのですか?」
「はい。自分は、外の大陸からシュヴェルトへ入国し、腰を下ろそうと考えていたところに、お忍び中のアレックス王子に見掛けられ、そちらの信書をクリスティーヌ姫へ届けてほしいと託されました。自分は信書の内容には目を通しておりませんが、アレックス王子は「シュヴェルトとエスパーダの戦争を回避するにはこれしかない」とも申されておりました」
「やはり、ですか……アヤトさまも、目を通してください」
クリスティーヌ姫が手紙を返してきたので「よろしいので?」と一度断りを入れてから、俺もその内容を読む。
ふむふむ。
要約すると、
「つまり、アレックス第二王子の兄君……『ゴーマン』第一王子はエスパーダへ侵略戦争を仕掛けたいと。そして、それを回避するために、アレックス第二王子は貴女様と婚姻を結び、ご自分がエスパーダの次期国王になる。それはご理解に及びました。もちろん、アレックス第二王子が、貴女様のことをお想いになっていることも」
ようするに。
アレックス王子の実兄のゴーマン王子は、自分の王位を盤石なものにすべく、戦功という分かりやすい形で実績を作りたいようだ。
加えて言えば、ゴーマン王子は既に多くの私兵を従えており、彼らの父親たる現シュヴェルト王に対する発言力も日増しになっている。
戦争になれば、多くの人々が犠牲になるのは避けられない。
アレックス王子はそれを阻止すべく、こうして秘密裏に求婚状をクリスティーヌ姫に送り、自分がエスパーダの次期国王候補の座に就くことで、戦争を回避する……というのが彼のシナリオだろう。
一方で、アレックス王子はクリスティーヌ姫との婚姻は、政略を抜きにした純愛によるものであることも認めており、恐らくはクリスティーヌ姫もアレックス王子には好い感情を抱いている。
だが、問題なのは……
「問題なのは、両国の戦争を回避すると、ゴーマン第一王子がどう暴走するか……でしょうか」
クリスティーヌ姫もそれに気付いていた。
当然といえば当然であり、両国の戦争を阻止したという功績を立てたアレックス王子は、民衆からは英雄視されるだろう。
反対に、武力侵攻を企てていたにも関わらず、何も成せずに終わったゴーマン王子には"無能"の誹りは避けられまい。
"愚兄賢弟"とはまさにこれ。
そうなれば、下手をするとゴーマン王子が暴走し、私兵と共に反乱を起こす可能性もある。
「……ですがわたくしには、今回の一件はどこか不自然に思います」
「不自然、ですか?」
俺個人の考えとしては、『武力で実績を立てたい血気盛んな兄と、それを阻止すべく和平の道を探る弟』……という、分かりやすい感じのラブストーリーだと思ったのだが、クリスティーヌ姫はこの件を不自然に感じるとな。
「確かにゴーマン第一王子は少し粗暴なところがありますが、根は優しい方で、王位にはあまり興味を持っていないはずでした」
ふむ、これもよくあるパターンだな。
国内の政は弟に任せて、自分は将軍として前線に出る兄君。
「けれど、この手紙の文面から見るに、ここ近日で急に王位に執着するようになったように思われます」
今まで王位に興味が無かった長兄が、ある日いきなり王位を求めるようになった、か。
過去の異世界転生の数々から、似たようなケースを数百パターンほど思い返すが、どれに当てはまるかは分からないな。
「その近日中に何かが起きていた、と見るべきでしょう。何分、自分もあまり詳しいことは聞かされておりませんが、必要であれば、アレックス第二王子への返信くらいは、承りましょう」
「いえ……アヤトさま、これからお父さまにお会いしていただき、あなたのお考えを聞かせてほしいのです」
えー、まだなんか俺に用があるんスか。
「この手紙の内容が真実なら、アレックス第二王子の和平交渉を押し退けるような形で、シュヴェルトはエスパーダに攻め込んできます。お父さまはまだこの事を知らないはず……」
早く帰りたいんだけど、アレックス王子の信用を裏切るわけにもいかないしなぁ……というのは顔を出さずに。
「分かりました」
しゃーない、もうちょいだけ付き合ってあげますか。
アヤトがエスパーダへ向かっていたその一方、シュヴェルト王国では。
「兄上!どうかお考え直しを!武力侵攻などせずとも、エスパーダとは良好な関係を築けるはずてす!」
アレックスは実兄たるゴーマンに再三再四に嘆願していた。
エスパーダへの武力侵攻をやめてほしいと。
「何度も言わせんな、アレックス!初代シュヴェルト王の悲願を忘れたのか!」
しかし、ゴーマンは聞く耳を持たなかった。
「何故……何故今になってそんなことを引き合いに出すのですか!父上も、エスパーダへの武力侵攻は容認できないと……」
「これは俺の使命だ!俺が、初代シュヴェルト王の悲願、エスパーダの国を手に入れる!そうすることで、このシュヴェルト王国は唯一無二の豊国になるんだ!」
「シュヴェルトが唯一無二の豊国になったとして、そこに至るまでに一体何人が戦火に巻き込まれて犠牲になると思うのですか!僕はそんなこと絶対に認めません!」
兄弟で話が平行線を辿るばかりと思われたが、
「お兄さんの情熱に水を差すようなことはダメだよー、ぼっちゃん♪」
いつの間にか、アレックスの背後には人陰がいた。
「『ムルタ』……!」
アレックスは振り返って、下卑た笑みを浮かべた美少年――ムルタに怒りの矛先を向ける。
ムルタは、ごく最近になって王宮に出入りするようになり、ゴーマンに私的に仕えている少年だった。
人を小馬鹿にしたような態度と発言、加えて何故かゴーマンの武力侵攻を囃し立てるように推していることから、ゴーマンとごく一部の人間以外は関わろうとしない。
「確かに戦争になったら人は死ぬ、それは分かるよー。でもそれは"必要な犠牲"だからさー、『仕方ない』んじゃないかな?」
「仕方ないだと!?人の命を、そんな言葉ひとつで片付けていいものか!」
「やめろ、アレックス」
ニタニタ笑うムルタへ激昂するアレックスを、熱くなっていたゴーマンは途端に冷静になって制止する。
まるで『ムルタの存在によって冷静になったように』。
「お前がどう言おうと、俺は考えを変えねぇ。行くぞ、ムルタ」
「はーい♪」
そう言い捨てて、ゴーマンはムルタを連れてその場を後にする。
それを見送ってしまうアレックスは。
「ムルタ……獅子身中の虫めッ!」
評価・いいね!を押し忘れの方は広告下へどうぞ↓




