23話 行きはよくない帰りも怖い
というわけで、水の霊殿にはクロナとレジーナも同行することになり、エリックマスターが予め手配してくれていた船に乗り込み、いざ水の霊殿へ出港だ。
彼女ら二人も戦闘に参加してくれるそうなので、この船での移動中に、お互いの役割や武器、使用する魔法の特性などを示し合わせる。
まずは俺が率先して、戦闘におけるポジションを教えてしんぜよう。
「俺は見ての通り剣士だが、魔法も使えるから魔法剣士だな。まぁ、基本は前に出て身体を張るつもりだ」
俺の紹介はこんなもんでいいだろう。
次はエリンな、と目で合図すると、エリンはすぐに頷いた。
「えーっと、私もアヤトと同じで魔法剣士だけど、前に出て戦うね」
順番として決まったわけではないが、エリンの次はリザだ。
「わたしは魔法使いなので、攻撃魔法で火力支援します」
俺、エリン、リザの自己紹介が終わり、次はクロナとレジーナの番だ。
まずはクロナから。
「アヤト様は既にご存知ではありますが、私は法術や身体強化系の補助魔法で皆様を援護しますね」
「はいクロナさん、質問いいですか?」
すると、エリンが挙手して質問した。
「何でしょう?」
「クロナさん、武器とかはどうするんですか?何も持ってないように見えますけど……」
エリンがそう言ったように、クロナには剣や杖と言うような、目に見える得物が見当たらない。
徒手格闘なのかと思ったが、クロナは自分の腰から長方形状のソレを取り出してみせた。仕込刀だろうか?
「私の武具は、"これ"です」
すると、長方形状のそれがバサリと勢いよく"扇状に広がった"。
「あぁなるほど、"鉄扇"か」
鉄製のブレードを扇状に重ねて、開閉機構を組み込んだソレだ。
どちらかと言えば見た目に重きを置いた武器ではあるが、複数枚のブレードを重ねたそれは重く、面積の広さを活かして盾としても使えるし、非使用時にはコンパクトに折り畳めるため、取り回しも良い。
折り畳んだ状態でも打突武器としても使えるので、意外に実戦的な武器である。
確か日本だと、帯刀出来ない身分の者の護身用として開発されたのがルーツだったはずだ。
「もちろん、これで大型の魔物を討伐したこともありますよ」
クロナらしいと言えばクロナらしい武器だが、護身用として普通に持ってるんだなぁ。……大型の魔物を討伐するような武具が"護身用"と銘打っていいかは、甚だ疑問だけど。
そうだとすれば、レジーナもそうなのだろうか。
そして最後に、そのレジーナの自己紹介だが。
「私は近接攻撃、もしくは、目標の弱体化を引き起こす呪術で貢献致します」
ほぅ、弱体化――デバフを引き起こす呪術か、冒険者として見るには珍しいタイプだな。
近接攻撃も行うそうだが、武器は?
「武具は、こちらです」
レジーナは両手を懐に伸ばすと、ジャラジャラと金属が擦れるような音を鳴らしながら――双振りの鎖鎌を抜いてみせた。
「く、鎖鎌、ですか?」
予想外な武器を見せられてか、リザは目を見開いた。
「はい、普通に斬り付けることも出来ますし、対象に絡み付かせて足を拘束するということも可能です」
なるほど、姉妹どちらとも物は異なれど、"暗器"の使い手というわけだ。人は見かけによらないってのは本当だなぁ。
水の霊殿に入ったら、恐らく魔物との戦いは避けられないので、フォーメーションというか、基本的な役割分担はどうするのかと言うと。
俺、エリン、レジーナが前衛、リザ、クロナが後衛という形で問題ないはずだ。
相手によってはレジーナは後衛に回ってもらい、俺とエリンで肉迫する、というものだ。
「……と、皆様、そろそろ霊殿が見えてくる頃合いです」
水の霊殿が近くなってきたのか、クロナが通知してくれる。
辺り一帯は濃霧で見えにくいが、航行速度と時間で測っているのだろう。
――見えた。
いやに禍々しい邪気が支配する――あれが水の霊殿か。
霊殿の近くに船を留めてもらい、ここまで俺達を運んで来てくれた船員さん達には悪いが今しばらく停留だ。
彼らには、今から一晩経っても俺達が戻って来なければ、俺達が"全滅"したと判断してもらうことになっている。
さて、みんなの準備も出来たところで、早速水の霊殿へノックしてもしもーしだ。
水の霊殿は普段は閉ざされているため、海巫女――クロナかレジーナのアクセスが必要になる。
「では皆様、参りますよ」
クロナは霊殿の扉の前に立ち、祈祷を始める。
彼女の祈祷に反応し、扉は一人でにゆっくりと開き始める。
水の霊殿は、ヨルムガンド湿地帯の神殿の時のように毒臭が蔓延しているようなことにはなっていないが、やはり禍々しい邪気が立ち込めている。
これはひどいな、これもマオークの仕業なのかはわからないが、相当質の悪いことをしてくれやがったらしい。
「――ライトアップ」
兎にも角にも、とりあえずライトアップだ。これで暗い霊殿も少しは明るくなる。
「数日前よりも邪気が強まっていますね……皆様、ご注意を」
レジーナもそう感じているらしいので、俺の過敏では無いようだな。
扉をくぐってしばらく進むと、途端に広い大部屋に出た。
この出入口を含め、周囲八方……俺達から見て、七つの扉がある。
魔物の気配はいくつか感じるが、向こうはこちらに気付いていないようだ。
「この水の霊殿は、侵入者を防ぐために、海巫女の祈祷の他、いくつかの仕掛けを解かなければ、ウィンディーネ様の祀られる祭壇の間へは入れません」
クロナがそう説明してくれる。RPGみたいだな。
「ん?でもそれなら、どうやって精霊様を封印したんだろ?」
ふと、エリンが疑問を口にした。
仕掛けが施されていて、それが解除された形跡が無いと言うことは、誰も祭壇の間に辿り着けていないということになる。
「仕掛けを無視して通ることが出来る手段を使ったか、あるいは霊殿の外から間接的に封印を行ったか、でしょうか」
エリンの疑問に、リザが仮説を立てて応じる。
やはりそうなるか。
あのアリスAちゃんはパッと出てきたり消えたりするから、外から中へ直接ワープしたとかも出来るかもしれん。
というかそれしか考えられないな、昨日だって普通に高級宿の客室に入って来てたし。
「……とか、言っている内に歓迎会のようだぞ」
俺達の進入に気付いたか、魔物の群れが近付いて来た。
魚人の『マーマン』が二体と、水竜の『ガルグイユ』が一頭か。
マーマンは下腹で滑るように、ガルグイユは四本の脚を地につけてのしのし歩いてくる。
「ガルグイユ……あの水竜は俺がやる。エリンとレジーナはマーマンを頼む」
ロングソードを抜きつつ、前衛二人に指示を与える。
「うん、分かった」
「分かりました」
二人とも素直に聞いてくれて了解してくれる。
クロナはともかく、レジーナが我の強い人じゃなくて良かった、「姉上の指示以外は聞けません」とか言うかもしれなかったし。
「行くぞ」
と同時に縮地と無影脚、ガルグイユの左側面に回り込みつつ、すれ違い様に一撃。
ガルグイユの鱗もろとも深く斬り裂いたが、身体がデカい分致命傷は与えられなかったか。
するとガルグイユは苦しげに暴れながらも俺に向き直り、長い首を伸ばして俺を噛み砕こうとしてくるが、慌てずに飛び下がって回避。
ガルグイユを苦しませた俺を脅威と見て、マーマン二体も手にしたトライデントで襲い掛かってくるものの、そこへエリンとレジーナが攻めかかる。
「たあぁっ!」
アラクネとの戦いの時よりもさらに速い、まさに電光石火の速度でマーマンへ迫るエリン。
その速さにマーマンも反応が遅れ、横合いからエリンのショートソードに斬り込まれる。
先手を取られたマーマン、しかしすぐに反撃でトライデントをエリンに突き刺そうとするが、エリンは盾で裏拳するようにトライデントを弾き返し、裏拳から流れるようにショートソードで一撃。
エリンの方は手出ししなくて良さそうだな。
もう一方のレジーナの方は……
「せぇいっ!」
エリンに一歩遅れて、レジーナは右の鎖鎌を投げ付けて、もう一体のマーマンのトライデントに絡み付かせる。
すると、トライデントを離したくないマーマンはレジーナの鎖鎌に足を止めざるを得なくなる。
間髪無くレジーナは詠唱を開始、灰色のルーンを顕現する。
「――『ダウナー』」
ルーンと同じ灰色の魔力光がレジーナを通じて鎖鎌へ、鎖鎌を通じてマーマンへ伝達すると、マーマンは突然脱力したように動きを鈍らせる。
――なるほど、鎖鎌で敵を拘束して、その上から弱体化の呪術か。なかなか性格の悪……ゲフンゲフン容赦の無い攻めだな。
マーマンの動きが鈍るのを確かめた上で、レジーナはもう片方、左の鎖鎌による攻撃を仕掛けている。
そうこうしている内に、ガルグイユは圧縮した水のブレスを吐き出して来たので、サッと回避しつつ無影脚で最接近し、
「吹っ飛べ」
左の拳に魔力を纏わせ、ガルグイユの腹部へボディブロウ。
炸裂、と同時にガルグイユが吹っ飛び、石壁に激突して絶命した。
ガルグイユ、撃破。
「――サンダーボルト!」
エリンの攻撃に合わせて、リザもサンダーボルトで援護射撃だ、マーマンの魚鱗を稲妻が貫く。
そうして弱ったところをエリンがトドメを刺す。
マーマン、撃破。
もう一方のレジーナは、マーマンを弱体化させたとは言え、それでも強く抵抗されて攻めきれないでいた。
ギルドが派遣した冒険者ですら消耗を避けられないくらいの魔物だ、素人では無いにせよ本業ではないレジーナには荷が重いか。
すると、
「――『パワーエクステンド』」
後方に陣取っていたクロナから、補助魔法――恐らくは一時的な筋力強化だろうそれを受け、やや苦戦していたレジーナが巻き返す。
「これ、でっ!」
振り抜いた鎖鎌の切っ先がマーマンを深く斬り裂き、ようやく力尽きた。
マーマン、撃破。
「ふぅ……」
マーマンの撃破に安堵して息をつくレジーナは、絡み付かせた鎖鎌を瞬時に回収している。コード付き掃除機のコードを巻き戻しているみたいだなwww
「皆様、お怪我はありませんか?」
リザと並んで後方にいたクロナは、怪我をしている者はいないかと声をかけてくる。気配り上手な人だ。
「俺は問題ない」
「私も大丈夫ですよ」
「心配ご無用です、姉上」
俺とエリンはともかく、レジーナも無事……
「もう、あなたは大丈夫じゃないでしょう、レジーナ」
……じゃないのか、クロナはつかつかとレジーナに歩み寄ると、彼女の左腕を掴んで引き寄せた。
よく見ると、マーマンのヒレに切られたのか、レジーナの腕が少し血に濡れていた。
「あ、姉上、この程度など怪我の内に入りません」
「だーめ。治せる内に治さないと、あとで酷いことになるのよ」
クロナは水の魔法を詠唱し、清潔な水でレジーナの傷口を洗い流してから、治癒魔法で傷口を塞ぐ。
「申し訳ありません、姉上」
「いいのよ。あなたは前に出て戦ってくれるもの、その分の怪我は、お姉ちゃんに任せなさい」
「はい……」
姉妹仲いいなぁ、微笑ましい。
堅物で無理しがちな妹と、大らかでも気配り上手な姉。
……『クロレジ』の双子姉妹百合本まった無しか?
余計なことを考えつつも、倒したマーマンやガルグイユから素材や魔石を剥ぎ取ってから、霊殿の攻略再開だ。
クロナの案内により、まずは正面出入口のすぐ左脇にある分岐路――正面出入口を"南"として、"南西"から進む。
「霊殿の仕掛けは、決まった順に封印を解かなかければ、侵入者は閉じ込められる、あるいは罠によって死亡する、というものです」
堅牢堅固で、もしひとつを破って内に入っても罠が満載……けれどそのからくりさえ知っていれば簡単に解けてしまう、というものか。
まるで『八卦の陣(八門金鎖の陣)』だな、なかなか物騒だ。
「これは、私達海巫女の一族が代々相伝されてきたものであり、本来ならば第三者にこうして案内などしてはならないのですが……」
一つの都市という多くの人命の危機を前に、血筋やら伝統やらは何の意味も成さない。
いくらその相伝が厳かで犯すべからずと言えども、死ねばそれで終わりだからな。
「まぁ、俺達がそれを知ったところで悪用する理由も予定もないわけだからな」
そんなことをする意味は、万の一つも無い。
俺は"無駄なこと"は大好きだが、"無意味なこと"は好まないんでな。
どう違うって?
"無駄なこと"は、確かに"無駄"なことだが、それが話のネタにでもなればきっと楽しい。
"無意味なこと"は、話のネタにもならない、本当に"無意味"なことだ。
"無意味なこと"をするくらいなら、"無駄なこと"をする方がずっと有意義だ。
「アヤトがほんとにここで悪いことをするなら、仕掛けなんか正面から壊していくよね」
「さすがエリン、よく分かってるじゃないか」
「えへへ」
褒めてないけどなぁ。
すると、何かを考えていたリザが、意を決したようにクロナとレジーナに向き直った。
「海巫女の一族……と言いましたけど、もし一族の中で女の子が生まれなくて、男の子ばかりが生まれた時はどうするのですか?」
あぁ、確かにそれはそうだ。
巫"女"と言うからには、一族の相伝者は女性で無ければならない。
こういう時、創作物なら女装男子を巫女として扱って、婚約者のイケメンと絡ませてあーんなことやこーんなことをスるのはBLの基本だが……
「いえ、それは問題では無いのです」
リザの疑問に、レジーナが答えてくれる。
「海巫女の一族が子を産む際は、必ず女の子として生まれます。生態的な証明はされていませんが、海巫女の伝統が始まって以来、海巫女から男の子が産まれたことは無いのです」
「生態的な証明が無い……となると、海巫女の遺伝子が強い、あるいは海巫女の霊力が遺伝子に影響を与える、というところでしょうか?」
「恐らくそうであろう、というのが私達の認識です」
逆に言えば、もし海巫女から男の子が産まれた時、それは一族の衰退を意味するんだろう。
その時産まれた男の子はきっと……(言葉を慎重に選んだ上で)大変かもな。
海巫女の一族についてあれこれ話している内に、最初の仕掛けだ。
行き止まりの小部屋、石壁の中に分かりやすいくらい出っ張ったスイッチ。
まずはこれを押すようだ。
「少々お待ち下さいね」
クロナがそう言うとスイッチに近付き、身体で押すようにスイッチが押し込まれる。けっこう重いスイッチなんだな、次は俺が押してやろう。
しっかり奥までスイッチが押し込まれると、仕掛けが作動したらしく、霊殿がゴゴゴゴゴ……と揺れて、すぐ収まる。ますますRPGのダンジョンっぽいな。
「これで最初の仕掛けは解けました。さぁ、次に参りましょう」
来た道を辿って、最初の大部屋へ戻る。
南西の次は北東、北東の次は南東。
道中に現れるマーマンやガルグイユの他、海に適応進化したスライムである『アクアスライム』や、異常発達した鮟鱇の『マッドアングラー』、海蛇の『シーサーペント』と言った水棲の魔物を排除しつつ、霊殿の攻略は順調に進んでいる。
さて南東の通路の行き止まりの小部屋に着いたところで。
「……なんか、寝てるね」
エリンは、小部屋のスイッチの前に陣取っている黄土色の巨躯――固太りした腹に、申し訳程度の腰蓑、尖った耳に裂けた口……バカでかい棍棒がすぐ手元に置いてあるところ、『トロール』だろうか。
ぐーすかぴーといびきをかきながら、腕を枕代わりにして眠っていると、ただの中年太りした休日のおっさんだなwww
眠っているなら、大きくてGなタル爆弾を並べて爆弾目覚まし……といきたいところだが、生憎そんなものは用意していない。
「何故トロールが霊殿の中に……やはりこれも、ウィンディーネ様のお力が弱まっていると」
レジーナは懐に手を伸ばして、臨戦態勢を整える。
「寝ているなら、寝ている内に倒してしまいましょう」
リザはセプターを構え、氷属性のルーンを顕現し、
「――フリーズハンマー!」
トロールの真上に氷塊を生み出し、思い切り叩き込む。
突然の衝撃と凍結にトロールは目をかっ開き、泡を食って暴れ回る。
ある意味爆弾目覚しより心臓に悪いが、さすがにこの一発でトロールは倒れないか。
だが、先制攻撃としては上々。
ゼェゼェ言いながらも、トロールは起き上がって、気持ちよくお昼寝していたところを盛大に邪魔した俺達に怒りを向けてくる。
「行くぞエリン」
「うんっ」
俺とエリンは抜刀し、左右から挟むようにトロールへ接近。
トロールはどちらを狙うべきかと視線を左右させ――俺と比べれば弱いと判断したのか、エリンに向けて棍棒を勢いよく振り下ろす。
ズガン、と棍棒が床に叩き込まれ、エリンの姿が消える。
しかしトロールは「?」な顔をしている。
当然だろうな、だって『確かに叩き潰したはずなのに手応えが軽すぎる』んだから。
「でぇりゃぁぁぁぁぁッ!」
瞬間、棍棒が振り下ろされる寸前に回避して、その棍棒を足場に飛び掛かってきていたエリンが、落下の勢いと共に盾で思い切り殴り――けれど殴り付けた部分がトロールの腹だったせいで、ぼよよ~んと弾力で跳ね返されてしまった。
「……っあ、そっか。おデブだから、っと」
跳ね返されたエリンは、トロールの腹部には打撃が通りにくいと読み取りながらくるんっと着地した。
「トロールの肉なんて売り払っても良い値つかないだろうなぁ。無駄に脂身多いし、何食ってるか分からないから絶対臭いだろうし」
多分、魔石と骨ぐらいしか剥げるものは無いな。
「生々しい話やめて、やりにくくなるから」
トロールの肉は使えるか使えないかを真面目に考えていたら、エリンに怒られた。すまんな。
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