12話 俺の戦闘力は900000です
「さて、それじゃぁ本題に入ろうか」
あのセプターが自我を持っていたことに驚いて忘れそうになっていたが、ここへ訪れた目的の本題。
恐らく、リザの魔力循環の快復はまだだ。
「魔力循環についてだが……二種類の方法があるんだ」
「二種類ですか?」
これから始まるのは自身に密接に関係することだ、リザは真剣に聞いている。
「さっきも言ったように、基本的なプロセスは人の血液循環と同じだ。一つは、魔力を含んだ泉に長時間浸かること」
この場合は、温泉に浸かるようなものだな。
最大の懸念としては、魔力を含んだ泉がごく限られた場所にしか無い――この世界にはそもそも存在しない可能性もあるので、人工的にそういったものを作るしかないかもしれない。
「そしてもう一つは、他者に魔力を送り込んでもらい、人為的に活性化させること」
こちらは、接骨院で低周波を当ててもらうようなものに近い。
こっちのほうがコストがかからないし、場合によっては早く済むけど、個人差に合わせて慎重にやらないと、被施術者の魔力が周波の変化に耐えきれずに暴走し、『身体の内側から破裂する』恐れもある。茹で過ぎて爆発したゆで卵みたいにな。
「これからリザに施術するのは、後者の方だ」
「えぇと、つまり、アヤトさんがわたしに魔力を送り込む……ということですか?」
不安がられないように、失敗に関する懸念は意図的に隠しておく。
「そう。これから俺がリザに少しずつ魔力を送り込む。体感的には、身体の内側がむず痒くなるが、我慢すること。それと……もしも痛みを感じたら、それは我慢しないですぐに教えてくれ」
俺の方からも、リザの魔力固有周波に異常を感知出来ればすぐに停止するつもりだが、彼女の口から異常を伝えてもらう方が、確実に失敗を防げる。
「わ、分かりました……!」
緊張に背筋を伸ばしながら、毅然と頷くリザ。
エリンはこれから何が始まるのかと、固唾をのんで見守ってくれている。
「それじゃぁ、始めるぞ」
「よろしくお願いします……!」
掌にごく微弱な回復系の魔力を纏わせると、そっとリザの両肩に手を乗せる。これからキスでもするかのような様相だが、真面目に行くぞ。失敗したらリザは爆発したゆで卵になるから。
イメージとしては、点滴のそれだ。
リザの肩に小さな孔を開けて、その孔から魔力を少しずつ注入していく。
「お、わ、わっ……アヤトさんのから、わたしの中に何かが、入ってきます……」
ポワ、とリザの身体が淡く発光する。
これは、リザの魔力が俺の魔力を受け付けて、浸透を開始した反応だ。
よし、第一段階は成功。
限りなく低い可能性として、彼女の魔力が拒絶反応を起こす場合も無くはなかったから。
魔力量はこのまま、あとはリザの全身に行き渡らせるように……
「ん、んんっ……ぁっ、ゃっ、ふっ、ぅっ……」
むず痒さを堪えるように、リザの身体が小刻みに震える。
「あ、あぁっ……あんっ……くふっ、はぁっ……」
……性的に官能しているとか思わないように俺だって真面目にやってるんだよ。
「な、なんか、えっちなことしてるみたい……」
こらエリン、そんなこと言っちゃいけません。
俺だって施術に託けてドクハラをしてるわけじゃないぞ。
「やぁんっ、あっ、そんなっ、そこはダメっ、んぁっ、うあぁっ……!」
リザもリザだよ!?
なんでそんな反応が一々エッッッなんだよ、おませさんか!?
いやまぁ、確かに魔力循環は身体の"内側"を巡らせるから、"色んなトコ"にも反応はあるだろうが……いやいや、そうじゃなくてだな。
痛いのかそれとも単に感じるだけなのかの判断が俺にはつかないんだよ……一応訊いてみよう。
「リザ、もしかして痛いか?」
「い、痛くはないです、けどっ、とにかくなんかこう、身体中を弄られて……っ!」
痛みが無いならいいんだ、このまま続行するから。
……それからもう数分間、リザから発される甲高い嬌声に"イケナイコト"をしてるような気分になりつつも、無事に施術は完了だ。
「はぁっ、はぁ、ん……っ、お、終わり、ましたか……?」
火照った顔で小刻みな呼吸をするリザの顔が艶かしくて大変理性に悪いです、はい。
「魔力の循環を体感出来ているということは、施術自体は成功しているはずだ」
さぁ、あとは実践あるのみだ。
「リザ、俺に向かって中級魔法を使ってみてくれ。今の君なら難なく使えるはずだ」
「えっ、アヤトさんに向かって、ですか?」
「俺以外に誰がいるんだ。あ、間違ってエリンに撃つなよ?全力出して止めないとならないから」
それはつまり、俺に魔法攻撃をしてみろということだ。
――万が一、リザが魔法の制御に失敗してエリンに流れ弾が及びそうなら、俺がほんのちょっとだけ全力を出して止めるまでだ。……まぁ、ちょっと時空に罅が入るかもしれないけど、女神様に丸投げしとけばなんとかしてくれるやろ。多分。
当然リザは躊躇うものの、エリンがフォローしてくれる。
「アヤトなら大丈夫だよ。……多分、何やっても通じないから」
俺と鍛錬していた時を思い出しているのだろう、なんだかひとく実感のこもった目をしている。
……何やっても通じないからって、微妙にひどい信頼だな?そんな鍛錬をさせていたのは俺だけど。
「え、えぇと……では、行きます、ね?」
互いの間合いを10mほど保ってから、リザはセプターを掲げて火属性の赤い魔法陣を顕現する。
「――『ヘルファイア』!」
数秒の詠唱の後、リザのセプター先端の魔石が赤く輝き、激しい火炎放射が放たれる。
おぉ、これはなかなかの火力だ。下手な上級魔法より強いかもしれないぞ。
だが、俺は問題ない。
パッと掌をかざし、それを中心に光波防御帯を発振させ、ヘルファイアの火炎放射を受けた端からかき消していく。
この光波防御帯は、術者が放出する魔力量を上回る攻撃魔法で無ければ突破出来ないし、物理攻撃すらも弾き返す、優れた防御魔法だ。
その上、この光波防御帯は指向性なため、展開している内側からこっちは一方的に魔法攻撃を行えるというものだ。
――別名、ビームシールドだ。
ただし、攻防にそれぞれ別の魔法を使うため魔力の消耗が激しく、同系統の防御魔法で干渉されると減衰し、貫通される恐れもあるため、完璧に無敵とは言い難かったりする。
「で、出来た……!」
リザの顔が喜色に満ちる。
中級以上の魔法がずっと使えなくて悩んでいただけあって、その喜びも一入といったところか。
「うん、成功したようで何よりだ」
「うんうん。良かったね、リザちゃん」
光波防御帯を消失させて、リザの元に歩み寄る。
「はい!アヤトさんのおかげで、わたしも、わたし、も……っ、ひっ、くっ……ぐすっ……」
っておいおい、そこで泣かないでくれよ。
「良かった……諦めなくて、ひぐっ……嬉し、っく…、嬉しいですぅ……っ!」
……あぁ、初級魔法しか使えないからってバッカス達に疎まれて、追い出された後も擦れ違う度にバカにされ続けて、ずっと悔しくて辛かったんだろう。
嬉し泣きじゃくるリザの頭にそっと手を乗せて、エリンにするのと同じようになでなでする。なでなで。
「ふあ……?」
「よしよし、好きなだけ泣いて喜んでいいからな」
「こ、子ども扱いしないくださ……ぅぅっ、涙が、止まりませ……っ!」
子ども扱いしないくださいと言いかけた端からまた泣きじゃくるリザ。なでなで。
別にいいんだよ、今は子どもで。なでなで。
「よしよーし、リザちゃん、いい子いい子」
すると、俺の隣からエリンもリザの頭をなでなでする。なでなで。
なでなで。なでなで。なでなで。なでなで。
一頻りリザが泣き終えて、なでなでの手も止めると。
「アヤトさん、エリンさん、お願いがあります」
襟と姿勢を正して、リザは俺とエリンに向き直る。
「お二人の元で色々なことを学ばせてください!」
バッと上半身を直角45度に曲げて頭を下げるリザ。
「SSランクのアヤトさんに、Dランクのわたしがお役に立てるとは思えませんけど、どうか!」
つまり、仲間にしてくださいってことか。
「あぁ、俺は構わないよ。エリンはどうだ?」
「私も大丈夫だよ」
リザ自身はDランクだが、俺の見立てが正しければ、魔法の扱いに関して言えばエリンよりもずっと上、少なく見積もってもAランクに相当するだろう。
役に立てるかどうかなどもはや問題ではない。
将来を見越した上でも、リザのような後衛は是が非でも欲しい。
よし、いいだろう女神様。
あなたの言う通り、ハーレムやってやろうじゃないか。
「ほ……本当ですか?」
「もちろん。これからよろしくな、リザ」
歓迎の証として右手を差し出せば、
「よ、よろしくお願いしますっ……!」
リザも恐る恐る恭しく手を取ってくれた。
リザ が仲間になった!
今日はもう夜も遅いので、また明日の朝に集会所で会おうということで、俺とエリンはフローリアンの町の宿に向かい、リザは借りている集合住宅に帰っていった。
ある程度この町での生活基盤も安定してきたら、エリンと二人でシェアハウスするのもいいかもなぁ。
「今日一日からいきなり色んなことがあったね……」
俺とエリンでそれぞれ別の部屋を借りて、入浴を済ませた後、エリンの部屋で過ごしていた。
「さすがの俺も、異世界からまた別の異世界に直接飛ばされるのは初めての経験だったなぁ」
以前までは、転生先の世界で死亡するまではその世界で一生を過ごしていたから、肉体や手持ちの武具、道具も持ち越して次の異世界へ、なんてことは前例が無かった。
まぁアレだ、長編RPGで言うところの『二周目』みたいなものだ。
アイテム引き継ぎとか、スキル引き継ぎとか、所持金引き継ぎとか、そういうアレだと思えば、まだ分かりやすいか。
「アヤトってさ、その……さっき言ってた、四億年以上も色んな異世界に行ってたって言うのが本当だとしたら、今はどのくらい強いの?って聞いたら、答えてくれる?」
「どのくらい……今、どのくらいか?」
どこぞの超野菜人がいる龍玉世界みたいに、戦闘力を数値化出来るようなスカウターがあるなら……まぁ、530000は余裕で超えてると思う。ヤ無茶しやがって……
でもあの世界の基準が意味不明だしなぁ、数値化してもすぐにポンポン戦闘力が千万単位で上がったりするし、エリンにそんなことを話しても「全然分からないけどその世界が色々おかしいのは分かったかな?」と真顔で言われるのは火を見るよりも明らかだ。
いざこうして、どのくらいの強さなのかと訊かれると、ものっそい返答に困るな……
「そうだな……数値に例えるなら、前の世界で戦った魔王が100として、それを余裕で倒せたエリンが大体300くらいだと仮定しよう」
「ブタさん……うん、ブタさんだったね」
「それらと比較して、今ここにいる俺は……本気を出して、900000くらい、かな?」
おおよそもおおよそ、あやふやでいい加減な比較だ。本当はもっと差があるかもしれない。
ちなみにエリンと一緒に戦ってる時は9000くらいに留めている。
「きゅうじゅうまん……つまり、私が3000人いたとして、それらが束になってもアヤトには勝てないってこと?」
「数値の上ではそうなるな。仮にエリンを3000人並べても、300が3000個あるだけで、900000の単体とぶつかっても、『300対900000』の勝負を三千回繰り返すだけになるから、実際には勝負にすらならないが……」
あくまでも数値の上では、と繰り返しておく。
「……とりあえず、今の私とアヤトにはそれくらいの差があるって言うのは分かったかなぁ」
とは言うものの、エリンは悲観的になっているわけでもないし、一周回って悟りを開いたわけでもない。
「でも、だからって私は諦めないよ。いつか必ず、アヤトに一撃入れられるくらいには、強くなるから」
あれから鍛錬はしていないが、この世界に来てからまた続きをするのもいいな。
「ははっ、そりゃ楽しみだ。俺もうかうかしてられないかもな。……さて、そろそろ寝るか」
「うん、おやすみアヤト」
「おやすみ、エリン」
エリンに見送られて、俺は自分が借りた部屋に戻る。
明日からはまた冒険者生活だ、しっかり休んでおこう。
グッドモーニングおはようございます、新転生生活一日半目、休暇開始からは大体八日目辺りのアヤトです。
起きてきたエリンと一緒に宿を引き払った後は、リザとの約束通り集会所へ向かう。
集会所に入ってざっと辺りを見回しても、リザの姿は見当たらない。
「リザちゃん、まだ来てないのかな?」
「俺達が少し早かったかもしれないな。リザが来るまで席に座って待つとしようか」
朝食は宿の方で済ませているので、紅茶かコーヒーを頼めるなら少しの間お茶でも楽しもうかと思ったが、
「あっ……アヤトさん、エリンさん、おはようございます」
俺達二人が集会所に入ってすぐに、リザもやって来た。
「おはよう、リザ」
「リザちゃん、おはよう」
「す、すみません、お待たせしましたか?」
少し息が上がっているところ、かなり急いできたようだ。
「いや、俺達も今来たところだ。少し休んでからでもいいぞ」
「だ、大丈夫です。お二人さえ良ければ、すぐに依頼を受けて出立しようと思います」
なんだかリザはやる気満々だ。
意気消沈しているよりは、やる気がある方がいい。
三人揃ったところで、クエストカウンターへ。
「冒険者ギルド・フローリアン支部へようこそ。ご依頼をお受けになられますか?」
受付嬢さんの営業スマイルを見流しつつ、ギルドカードを提示し、依頼状の束を受け取る。
リザが取ったのは、Dランクの依頼だ。
これも昨日に彼女から説明を受けたが、低ランクの冒険者が高ランクの冒険者についていくことで、自身のランクよりも高い依頼を受けることは可能ではあるが、あまりにもランク差が開きすぎないように、三グループごとに分割される。
F〜Dまでのランク帯を『下位』、C〜Aまでのランク帯を『上位』、それより上のSランク以上は『マスター』と、それぞれ区切られる。
つまり、Dランクのリザは、俺やエリンが同行していても、Cランク以上の依頼を受けることが出来ないのだ。
なので、リザがCランクに上がるまでは、俺とエリンは下位の依頼についていく形を取る。
「えぇと……これ、受けてもいいでしょうか?」
リザは依頼の束からその内の一枚を抜き取ると、それを俺とエリンにも見せてくる。
その内容は、『オーガ』二体の討伐だ。
オーガというと……体表色は世界によって異なるが、赤や青、緑色の皮膚を持ち、鬼のような頭角が生えた、ヒトに近い大型の魔物……というのが大凡の共通点だ。
人型の魔物の中でも特にずば抜けた怪力を誇るが、その反面と言うか、知性は残念だ。
俺の認識上ではあるが、同じ鬼人型の魔物でも、目と角が一ずつしか無いのが『サイクロプス』で、二つあるのが『オーガ』だ。
「オーガか。低級のものなら、そこまで大した相手でもないはずだ。エリンもいいか?」
「アヤトの口から「強くない」って言うなら、大丈夫そうかな。私はこれでいいよ」
エリン……俺を判断基準にされても困るんだが。というか、俺を基準にしたら、現存するほとんどの魔物は「強くない」扱いだぞ?
「じゃぁ、これにしますね」
異論は無いということで、リザはオーガの討伐依頼を受注、承諾されると、受注者として彼女が半券を受け取る。
場所は……『グランツ渓谷』?
昨日にレッドボアがいた森――『フローリアン森林』とは違う狩り場か。
フローリアンの町から北西へ向かって、徒歩でざっと四時間ほどの距離にある渓谷地帯だと、リザが教えてくれる。
準備の確認だけしたら、早速出立だ。
俺とエリンの二人だけなら、長距離ジャンプで大体三十分くらいで着いたかもしれないが、リザもいるので普通に徒歩で行く。
出立して道すがら、三人で自分達のことを話し合う。
俺とエリンは、(女神様のいらんことによって)よその時空からやって来た異世界人であることを隠しておく。
昨日に俺の口からエリンにこの事を話した時、エリンは『信じられないけど、アヤトが言うからには本当らしいのでとりあえず納得した』風だったからなぁ。
というわけで、俺とエリンは旅の魔法剣士ということで通しておく。
次にリザについてだが。
「わたしの家は高名な魔法使いの家系で、人よりも優れた魔力と、魔法に関する才覚があるとされる家でした」
なるほど、リザはお嬢様なわけだ。
しかしそんなお嬢様が、何故冒険者という(悪く言えば)野蛮な職業で生計を立てようと考えたのか。
「高名な家なのに、どうして冒険者になろうと思ったんだ?」
深窓の貴族令嬢として、もっと安定した一生を送ることも出来たろうに。
「それが……ある代になって急に魔法関係の力が弱まり、そこから代を重ねるごとに弱体化の一途を辿っていました。今となってはわたしの家は弱小家に成り下がり、貴族社会の中では肩身の狭い思いをしていました」
ふむ、代を重ねるにつれてその"血"が持つ力や才覚が鈍りつつあると。
「それもあって、わたしの家は貴族の中で『呪われた家』として見下され、軽蔑の対象とされていました」
呪われた家、ねぇ。
だが、リザの魔力量を見ても、ろくに魔法も使えないようなことは……あ、まさか?
「まさか……力が弱まった原因が、魔力循環の低下だと分からないままに代を重ねて、ということか?」
「はい、恐らくはそうではないかと」
なるほど答えは単純だった。
魔力循環の低下を代々遺伝的に受け継いでしまったから、リザは初級魔法しかまともに使えなかったのか。
魔力循環が低下し始めた代の人間も、何もせずに没落するのを座して見ていたわけではないだろうが、単純であるが故に一周回って余計に分からなくなっていたというわけか。
「そこでわたしが、冒険者になって確かな功績を挙げてみせれば、家の威信も回復すると思ったのですが……思うようにいかずに悩んでいて、パーティを追い出されたところで、アヤトさんとエリンさんに助けてもらえたんです」
色々と合点が入った。
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