11話 選ばれた魔法少女
冒険者登録を終えたあとは、リザにこのフローリアンの町を案内してもらっている。
俺にとって意外だったのは、エリンも冒険者登録を希望したことだった。
半ば嫌々で魔王討伐のために剣を手に取った彼女だ、「早く魔王を倒して、もう二度と剣なんて持って戦わなくてもいいように」と願っていたのに。
その理由を訊いてみると。
「これからずっとアヤトに頼りっきりってわけにもいかないし、私も自分に出来ることをしたいから」と。
出来ることをしたいから。
つまりそれはエリンにとっての『やりたいこと』、望んで剣を手に取ったということだ。
であれば俺にそれを止める権利はない。
ちなみにエリンも同じように、受付嬢さんの鑑定魔法によって読み取られたら、Bランクと認定され、これまたリザに驚かれた。
俺のような例外中の例外はさておくとして、エリンのような女の子すらもいきなりBランクだ(ちなみにBランクのギルドカードは緑色だった)。
最低位のランクはFであり、冒険者を志すほとんどの者がこのランクから始まるというのに。
まぁ、別世界とは言え、魔物を統べる魔王を実質一人で倒したようなものだからなぁ。やはりこの世界に来ても、勇者の素質と才覚はそのままということらしい。
「ここから南に降りていくと、商業区です。見て回りますか?」
リザはどこか居心地悪そうだ。
ある意味当然と言えば当然か、SSランクとBランク――その内のエリンとは歳の差も無く、性別も同じなのに――の冒険者に町を案内しているなど、烏滸がましいとか思っているんだろう。
「出来ればお願いしたいな」
「うんうん」
そこまで気にすることも無いんだけどなぁ、道案内にランクも歳の差も関係無いのだし。
「分かりました」
リザは頷くと、商業区について周りながら説明してくれる。
実際、彼女の説明は分かりやすく丁寧で、どこがどういう施設で、どういった目的で利用されるのかも添えてくれる。
町案内も一区切りがついた頃には、もう夕暮れ時だ。
「あっ、もう夕方ですね……ごめんなさい、お時間を使わせてしましました」
「いいや、有意義な時間だったよ。リザのおかげでこの町も把握出来たしな」
実際、リザの案内は本当に助かった。
俺達が持っていた、向こうの世界で手に入れた金貨が、この世界ではどのくらいの価値なのかが分からないから、異国の通貨や貴金属類などを換金してくれる質屋がこの町にあったのは幸運だ。
そこで換金してもらうと、軽く十年は遊んで暮らせるくらいの、相当な額の、ちょっとした資産レベルのお金になった。(ちなみにこの世界の通貨はゴールドではなく、『ゼニー』というらしい)
「リザちゃんのおかげでお金も出来たし。アヤト、今日の晩ごはんはご馳走してあげてもいいよね?」
「そうだな。リザ、集会所に戻ったらそこでお礼も兼ねて夕食にしようか」
町を案内してもらったお礼として、今日の夕食を奢らせてもらおうと誘ったが、リザは慌てて首を横に振った。
「い、いえっ、道案内をしたくらいで……それに、SSランクのアヤトさんに奢ってもらうなんて、恐れ多いと言いますか……」
「ランクは確かにそうかもしれないが、この町に関しては言えばリザの方がずっと先輩なんだ。もしリザに説明とかしてもらえなかったら、俺達は何も知らない内に騙されていたかもしれないんだ」
特にあの質屋だ、ひょっとするともっと安く買い叩かれた可能性もあったかもしれないし。
「私達がリザちゃんにご馳走してあげたいから、じゃダメかな?」
エリンがアプローチの方向を変えてきた。
SSランク(らしい)俺よりも、エリンの方が歳も近いから、話に乗ってくれるだろうか。
「うっ……わ、分かりました。そこまで言われて断ったら、罰が当たりそうです……」
躊躇いがちながらも、リザは頷いてくれた。
謙虚さとは違う、なんかこう、自分の言うこと為すことに今ひとつ自信が感じられないな。
まぁいいか、とりあえずは一緒に飯を食べよう。
リザと一緒に集会所に戻って来たら、席の一角を占拠して注文だ。
エリンとリザは野菜が中心の料理だ。エリンは知っていたけど、リザも少食だな。そんな食が細いと俺はちょっと心配だよ。
でも無理強いに食べさせるつもりもない、食事は楽しんでこそだからな。
俺の注文?ステーキとかシチューとか、ボリュームのあるものを、軽く三人前くらい。もちろんそれと釣り合うように野菜とか魚介類も食べるよ。
「ア、アヤトさん、そんなに食べられるんですか……?」
俺の向かいの席にいるリザは顔を引きつらせている。
エリンが俺の食事を初めて見た時もそんな感じの顔をしてたなぁ。
「大丈夫だよ。私も最初はびっくりしたから」
隣席にいるエリンは何事も無いようにスープを啜っている。
「これでも今日は軽めだな。普段はもう少し食べるんだが」
レッドボアとの戦闘もあったからな、使った体力・筋力は食事でしっかり回復だ。
「……それにしてもアヤトさん、食事の所作が綺麗ですね?」
するとリザは、ナイフとフォークでステーキを切り分けている俺の手付きを見て、目を見張る。
「あ、私もそれ思ったの。すごい勢いで料理は減ってるのに、音は全くしないっていうか」
エリンも頷いている。
「テーブルマナーは基本だからな」
いくら雑多な食事処とは言え、周囲の目もあるからね。見苦しくない程度にはきっちりするさ。
それにしてもステーキ美味しいです、こんなに肉々しい食事は『アヤト』として転生してから初めてだ。
シチューも美味しいし、サラダもムニエルもそれに合わせて食が進む進む。
トン、トン、トン、と空の皿が積まれていく。
さて最後にスープをいただくとしよう、というところで。
……なんか、悪意を向けられている気がするな。
正確には俺に対してというよりは、リザにか?
すると、リザの後ろを通り過ぎようとしていた冒険者らしき男が、明らかに不自然な動きで、彼女の後頭部に腕をぶつけた。
「痛っ……」
「あー、わりーわりー、チビ過ぎて見えなかったわ」
チビ過ぎて見えなかった、というのはただの建前だろう。
こいつ、明確にリザに害を与えたぞ?
「ってか、クソザコのリザじゃねぇか?こんなところで何してるわけ?」
しかも、クソザコと来た。この娘がリザだと分かってわざとやったな。
さて、こいつどうやって"処分"してやろうかね。
「ちょっと、いきなり何なの?」
それよりも先に、声に険を帯びせたエリンが席を立ってそいつを睨む。
相手は一人だけじゃない、男と女がもう一人ずつ。
「なんだお前、知らねぇのか?そのチビはな、魔法使いのくせにロクな魔法も使えねぇクソザコだぞ?しかもアタマいいフリでもしてんのか、あれこれ口出しするっつぅ、口先だけの奴だぜ?」
「ッ……」
リザは悔しげに顔を歪ませて押し黙る。
言い返す気もないというよりも、本当に言い返せないのだろう。
だからといってそれで「はいそうですか」と引き下がるエリンではない。
「それとこれとは話が違うよ。リザちゃんに謝りなさい」
「ふーん、君けっこうかわいいね?俺に抱かれてくれるならこのゴミチビに謝ってやってもいいけど?」
うわ、しかも下品だわ。クッソやないか。
性的な目で見られてか、エリンは汚物でも見るような目をして一歩後退る。
控えている二人も、俺達を格下だと思っているのか、明らかに見下すような目で嘲笑っている。
あーもー、めんどっちぃなぁ……
「喧嘩ならよそでやってくれるか?こっちは食事の途中なんだ、せっかくの飯がボソボソして不味くなる」
「はぁ?何いってんのお前」
「人が嫌がるようなことをするなと言っている。お前だって嫌がらせをされたら嫌だろう?そんなことも分からないような頭しか持ってないのか?それならリザの方がよほど生き賢くて利口だ、好感が持てる」
正論で力押ししつつ、リザのことも擁護してやれば。
「てめぇ何を偉そうに……!?」
ほーら、簡単に逆ギレだ。人間、自分が否定したいものを誰かに肯定されると、ものすごく苛立つんだよな。
そいつが動くよりも先に縮地して目の前に移動すると、頭を掴んで床に叩き付ける。
「ごぶっ!?」
天下よ刮目せよ!
これぞ我が神算鬼謀、『強制土下座の計』である!!
「リザ、こいつはこの通り頭を下げた。心の中ではどう思っているか知らないが、対外的なポーズとしては正しい。これでいいか?」
頭蓋骨を潰さない程度に握力を加えながら、リザの返答を待つ。
ちなみに俺が四割ほど本気を出せば、こいつの頭は潰したリンゴみたいに『ぐしゃぁっ』てなるよ。見てみたい?
「がっ、あぁがぁぁぁぁぁ!?あっ、がっ、あたまがっ、割れっるぅ……!?」
「お、おいお前!?」
「何を……!?」
腰巾着二人が俺を止めようとしてくる。よし、こいつら二人には……
「ア、アヤトさん!もう十分っ、十分ですから!もういいです!やめてください!」
っと、他ならぬリザの鶴の一声だ。
「うん、そうか」
パッとそいつの手を離してやる。
「リザが寛大で良かったな、感謝するんだぞ」
「くっ、うぐっ……クソっ、このバケモンが……!」
鼻血を垂れ流し、腰巾着二人に支えられながら、集会所を出ていくザコ君。
バケモンとは失礼だな、"悪魔"の方がまだカッコいいから納得出来るよ。
「全く、実に無意義な時間だった。スープが冷めてたら弁償してもらおうかね」
何事も無かったかのように席につく。
全く、こっちはお金払って食事を用意してもらってるんだぞ。
どうしてあんなバカチンのために飯を不味くしてやらにゃならんのだ、解せぬ。
「アヤト……今のはちょっと、脅かし過ぎじゃない?」
エリンが顔を引き攣らせる。
「そうかねぇ、正当防衛の範疇だと思うし、何より相手は頭を下げて謝罪の意を示した(というか俺がそうさせた)し、リザもそれを許した。丸く収まったんだから、めでたしめでたし。ありがとうございました、だ」
丸くは収まった。後腐れが無いかどうかはまた別の話だが。
それよりも、と俺は、ものすごく申し訳無さそうに縮こまっているリザに向き直る。
「リザ、あの連中とは知り合いか?」
「…………はい」
数秒の後に、リザは頷いてその事について話してくれた。
「あの人達は、冒険者になりたてだったわたしをパーティに誘ってくれたんです。魔法使いと言うか、後衛が欲しいからと」
つまり、バックアッパーが欲しかったわけか。
彼らはパーティの欠点を補える、リザはパーティに加入させてもらえる。なるほど理に適っているし、それは納得出来る。
「最初の頃はわたしも、攻撃魔法や補助魔法でそれなりに援護が出来ていたと思うんです。そうして、順調にランクも上がり始めた頃……そこでもう限界だったんです」
「限界?」
何に限界が来たのかとエリンが訊ねれば。
「わたしは……初級の魔法しか使えなかったんです」
絞り出すように、自嘲するように、リザは答えた。
「どうしてか上手く魔力が使えなくて、結局は扱いやすい初級魔法しか使えなくて、Dランクに上がる頃にはもう、わたしの魔法は通じなくなりました。それを見てから、リーダー……『バッカス』はわたしに対してきつく当たるようになって……」
「何となく話が見えてきたな。そこで頭打ちになって、役立たず扱いされてパーティを追い出された……ってところか」
よくある『追放系』だよ。追放する側のパーティのリーダーがDQN(どうしようもない・クズで・能無し)なのもよくあることでな。
「はい……わたし一人ではFかEの小さな依頼を受けて、なんとか生計を立てるのが精一杯で……結局、わたしは冒険者に向いてなかったんです」
俯いて、ローブの裾を握り締めるリザ。
「これじゃ……わたしを送り出してくれたお父さんやお母さんに、合わせる顔が無いです……っ」
「っ」
『お父さんやお母さん』という部分に、エリンが反応した。
両親が健在で、しかも冒険者なんて危険な職業にも理解を示してくれたのだ、どちらかと言えば恵まれていると言えるだろう。
物心つくよりも先に両親が先立ってしまったエリンにとって、血の繋がった家族というのは、知ることが出来なかった暖かさだ。
家族を失っても生きる力に恵まれたエリンに、家族に恵まれても生きる力に難があるリザ。
この二人、ある意味で正反対なのだ。
なんとかしてやりたいなぁ……いや、なんとかしてみせる。
上手くいけば、リザはもっと高ランクの冒険者になれるはずだ。
「なぁリザ、話を聞いていた限りでは、中級魔法を使おうとしたけど、『何故か魔力を上手く使えなかった』のであって、『魔力の量そのものは足りている』んだろう?」
「……はい、それは間違いないはずなんですけど」
よし、概ね俺の想像通りのパターンだ。
後はいくつかの不確定要素を一つずつ解消し、もし予想外のことが起きてもすぐに対処出来るように心構えをするだけだ。
「そうだな……俺が思うにリザは、魔力循環が上手く出来てないんだろう」
「「魔力循環?」」
エリンとリザの声が重なる。
「ようは、人体の血流低下と同じだ。本来正常なはずの機能に何らかの異常があるから、その異常を取り除く、あるいは状態を改善することで、正常な状態に戻るはずだ」
『追放系』に出てくる、追放する側の典型的な短絡思考だよ。
何故リザは初級魔法しか使えないのか、それには何か原因があるのではないか、自分達でそれを解決出来ないだろうか、と言う考えに至らないんだよな。
「え、えぇと……なんとなくは分かりました。けど、それはどうやって、循環させ直すんですか?」
仕組みは理解出来たらしいリザ。
さて、問題はここからだな……
あっ、そうだ(名案)。
こんな時こそ、"アレ"の出番じゃないか。
「集会所じゃ目立つな。外に出ようか」
注文した料理全てをしっかり平らげてから、集会所を後にする。
辺りはもうすっかり暗いが、昼間にリザに案内してもらった『修練場』へ移動する。
修練場と言っても、柵で仕切られた単なる空き地のような場所だが、武器を振り回したり魔法を使ったりしても、周囲に害を齎さないからこう呼ばれているらしい。
「リザ、まずはこれを持ってみてくれ」
そう前置きを置いてから、前の世界の海底洞窟で手に入れたセプターをベルトの金具から引き抜く。
これこれ、スカルリザードとの決闘でも、海賊船での迎撃戦でも、ブラックドラゴンとの戦闘でも使わなかったから、すっかり忘れそうになってたよ。
「どうやらこのセプターは、持ち手に対して反応するタイプの、何らかのリミッターが掛けられていて、俺やエリンじゃ解除出来なかった。君ならどうだ?」
俺は存在前提が色々とおかしいし、エリンは神託を受けて選ばれた勇者。
ならば、純然な魔法使いや僧侶、賢者ならどうか。
「わ、わたしなんかじゃ……」
「いいからほら、俺が今から君を騙して悪いことをするから、持ってみるんだ」
「騙して悪いことをするから、ってアヤトが最初から自分で言ってるし……」
横合いからエリンが苦笑している。詐欺師が「今から私はあなたに嘘をついて騙します」って言ってるようなもんだな。
「わ、分かりました……」
俺が押し付けようとしているセプターに、恐る恐る手を伸ばすリザ。
そっとセプターを両手に握ると。
………………
…………
……
「な、何も起きないですね……?」
ぱちくりぱちくりと瞬きを繰り返すリザだが、恐らくそうではないはずだ。
「いや……セプターの魔力の波長が変わっている。リザを使い手に相応しいと認めたのか?」
「えっ、わたし何もしてませんけど……」
確かにリザはこのセプターを持っただけで、魔力波長が変化したことに関しても自覚はない。
ふむ、波長が変化したことは分かるが、リザの魔力循環の変化までは分からないな。
「よし、一旦それを俺に返してくれ」
「はい」
今度はリザが差し出したセプターを俺が受け取ろうとすると、
「あ、あれ?杖が、手から離れません……?」
リザの手は、セプターを掴んだまま動かない。傍から見れば演技かもしれないが、彼女にとってここで嘘をつくメリットは無い。
無理矢理彼女の手からセプターを奪い取るように力を加えると、
「おっと」
「きゃっ!?」
瞬間、セプターがバヂヂヂッ!と放電したかのように発光し、俺の手を弾いた。
軽い電気ショックみたいなものだな。
俺からすれば静電気に触れたようなものだが、普通の人間ならジャリジャリしたような不快感がしばらく続くだろう。
「えっ、待って?もしかして今、杖が勝手に放電した?」
エリンが目を見開いている。
「アヤトさん、大丈夫ですか!?」
「俺は平気だよ。リザ……は、何ともなさそうだな」
「は、はい……どうして杖が勝手に……」
俺だけじゃ判断が難しいな。
「よし、次はエリンの番だ」
「えっ、私も?ビリビリするの嫌だよ?」
所有者の意志に関係無く勝手に放電するようなセプターなど、触れたくもないだろうけど、確認のためにも我慢してもらおう。
「麻痺したら俺が治すから。頼む」
「うーん……分かった」
エリンは渋々と俺と入れ替わり、リザから杖を受け取ろうとすると。
「わっ」
今度はリザの手から勝手にセプターが飛び出した。
そして、意志を持ったかのように勝手に動き出すと、エリンの頭をピコピコと叩き始めた。
……いや、本当に『ピコッピコッ』と音がしている。ピコピコハンマーみたいだな!?
「えっ、ちょっ、あうっ、きゃんっ、あぁんっ、ごめんなさいごめんなさい!?」
エリンが慌ててリザから後退ると、セプターは自然とリザの手元に戻って行く。
あんまり痛くなさそうだが、エリンを遠ざけるには十分か。
「え、えぇと……」
リザもリザで、何がなんだかサッパリだろう。
唯一分かることがあるとすれば。
「自我を持ったセプターか。しかも、リザ以外には厳しいと来た」
ついでにいうと、俺には放電攻撃を仕掛けたのに、エリンにはピコピコハンマー(?)攻撃という手加減までするらしい。
それはともかくとして、このセプターは自身に相応しい使い手として、リザを選んだようだ。
評価・いいね!を押し忘れの方は下部へどうぞ↓