10話 ある日森の中ブタさんに出会った
第二章始まりました。
イマドキの異世界ってあの (ダ)女神様は言ってたけど……
『誰がダ女神様ですか!誰が!これはあなたのためを思っての緊急処置ですよ!何のために私が創造神様に土下座をキメたと……』
余計なお世話じゃい、ばかたれ。
『さぁさぁ、今度こそ楽しい休暇ですよ!レッツハーレム!!』
レッツハーレム!!じゃねぇわアホ。
………………
…………
……
「知らない天井だ」
「当たり前でしょ、天井なんて無いんだから」
気が付いたら、見知らぬ森の中の、切り株の上で目覚めた俺とエリン。
とりあえず異世界転生のテンプレ台詞を口にして、エリンにマジレスツッコミされてから起き上がる。
一人ぼっちじゃないだけで、こんなに心が楽になるなんて、俺感動で泣いちゃうよ。感動してる暇はないけど。
「状況を整理しようか」
「うん」
まず、ここはどこなのかという疑問については答えられないのでひとまずスルーする。
「あのダ女神様がナニを期待しているのかは知らんが、あの人はどうやら俺にハーレムをしてほしいらしい」
レッツハーレム!!とか言ってたくらいだし。
「いや……あー……その前にエリンに、『信じられないくらい大事な話』をしなくちゃならないな」
「信じられないくらい大事な話?」
オウム返しに訊き返すエリンに、俺は"俺"の正体を明かした。
"俺,は普通の人間ではなく、女神様に仕えている、天使のような存在であること。
四億年以上もの永い刻の中、ありとあらゆる世界を渡り、転生しては死に戻りを繰り返していること。
何故そんなことをしているのかと言えば、女神様は"転生特典ポイント"なるものを持っており、転生人に通常では有り得ない力や能力を与えるのだが、多くの転生人はそれを持ちっぱなしにして還しにに来ないこと。
" 俺"は女神様の指示の下、その持ちっぱなしにされている世界に介入し、その"物語"を完結することで特典ポイントを回収していること。
ある時、"俺"は女神様に休暇をお願いし、適当な異世界でのんびり過ごそうと考えていた時に、『少女勇者エリンの冒険譚』の世界に転生して、エリンと出逢ったこと。
エリンと共に旅をして、魔王討伐を成し遂げて、マイセン王国から国外逃亡をして、さてこれからどうするかと言う時に、女神様がいらんことをしてきやがったということ。
「えっ……と……ごめん、アヤトの言うこと、全然分からないんだけど。つまり、どういうこと?」
当然、エリンはそんな反応をする。
つまりどういうことだってばよ?
「国外逃亡をしたと思ったら、勢い余って別の世界に来ちゃった。テヘッ♪ってこと」
「うん、これっぽっちも理解出来なかった」
あかん、エリンの瞳のハイライトが消えてる。ヤン化するのはやめてよ、なまじ簡単に死ねないぶん、何回殺されるか分かったもんじゃないから。
「だよなぁ……」
さて、現実逃避もそろそろやめにするか。
辺り一面の木々、どこに向かったらどこへ出るのかもサッパリだ。
「とりあえずこの森を抜けて、町を探そうか。何をするにしても、文明のあるところじゃないと」
「そうしよっか」
エリンも瞳のハイライトを取り戻したところで、いざ人生リスタートのリスタートだ。
とはいえノーヒントである。
しかしなんとかこの森を出て、町を見つけなければ。
最悪でも日が沈む前に町に着いておきたい、何の備えもなく野宿なんて出来ないからな。
まずは辺りを見回して……ん?
ふと遠くから、ヴモォォォォォ、という獣の咆哮が聴こえた。
「アヤト、今のって……」
エリンにも聴こえたのなら気のせいではないな。
人差し指を唇を添えて、「静かに」とジェスチャー。
聴力を強化して、少し集中……
「あっちだな」
魔物との戦闘になる可能性もあるが、まずはヒントを掴むためのきっかけが欲しいところだ。
獣の咆哮が聴こえた方向へ向かってみると、徐々に足音も聞こえてくる。
ドスドスという重々しい足音と、タッタッタッという軽快な足音が入り混じっているな。
森の中にいくつもの獣道が出来ているということは、もうここは魔物のテリトリーだろう。
「ん、魔力の放出?」
小規模だが、攻撃魔法の発生を感じ取れた。
「人がいるのかな?」
「あるいは、魔物と戦闘中の冒険者かもしれないな」
「冒険者って……えぇと、アヤトが言ってた、依頼を受けて魔物と戦う職業だっけ?」
「だが、魔物と戦っているにしては戦闘音があまりにも少ない……少し急ごうか」
魔物に襲われていて、抵抗しているのかもしれない。間に合えばいいんだが。
駆け足――と言ってもエリンの足に合わせてだが、物音の根源の元へ急ぐ。
「アヤトッ、あれ!」
エリンが指を差した先。
真っ先に見えたのは赤い体躯の巨大な猪――レッドボア。
豚の次はまた豚かよ!猪だけどさ。
そのレッドボアが鼻息荒く追い掛けているのは……杖を握り、ローブを纏った人間――エリンよりも歳下だろう、小柄な少女か。
魔法使いの冒険者か?
レッドボアの突進攻撃をどうにか避けて、しかし体力に余裕がないのか、反撃もせずに逃げようとするが、その足取りも重く遅い。
あのままじゃ追い付かれるし、突進攻撃だっていつまで避けられるか分からない。
って、逃げようとした端から転んじゃったよ。
当然、レッドボアがそんな隙を見逃すはずなく、数度地面を蹴ると、咆哮を上げながら突進攻撃を繰り出す。
「っ……!」
魔法使いちゃんも逃げることを諦めてしまったか、腕で顔を覆う。
もはや形振り構わぬ。――縮地。
「破ッ!!」
距離を詰めると同時に、右掌底を突き出して、レッドボアの巨体を横から吹っ飛ばす。
これは、練り上げた気功――不可視の自然エネルギー、あるいは内丹術――を右の掌底に集中・集束させて、レッドボアに接触すると同時に練気功を解放、これを標的の"内部"へ流し込むことで、身体の内側からダメージを与えるというものだ。
やろうと思えばレッドボアがミンチよりひでぇことになるが、もしかすると突進を止められない可能性も微レ存あるので、肉体の破壊よりも、単一方向へ押し飛ばすようにして気功を打ち込んだのだ。
ダンプカーくらいあるレッドボアの巨体が、森林を薙ぎ倒しながらゴロンゴロンと横転していく様は、ちょっとした(?)交通事故だ。尤も、人とダンプカーの衝突事故において、『ダンプカーが人にぶつかって横転した』という、とんでもない事実だが。
「え」
起き上がろうとしていた魔法使いちゃんは、自分を踏み潰そうと迫っていたレッドボアが、面白いくらいすっ飛んでいくんだ、ポカーン顔をしてらっしゃる。
交通事故発生の直後を間近で見た人の顔って多分あんな感じだろう。
「エリン!その娘を頼む!」
「うんっ!」
エリンが魔法使いちゃんへ駆け寄るのを尻目で確認しつつ、俺は起き上がろうとするレッドボアを見据える。
――豚の生姜焼き、食べたいなぁ。
なんて余計なことを考えてたら、食われると思ったのか、レッドボアは矛先を俺に向け直して突進してくる。
ポークとジンジャーが手に入ったらエリンと一緒に食べようとか密かに企てつつ、ロングソードを抜き、居合の構え。
「あ、危な……!」
「彼なら大丈夫!」
魔法使いちゃんが注意喚起をしてくれるが、エリンがそれを遮った。
エリンもすっかり俺のことに慣れたよなぁ……と、レッドボアの赤い巨躯が視界いっぱいに広がる。
イメージは、一滴が水面に広がる波紋。
広がる波紋を頭の上から足の裏まで行き届かせ、暴れる気功を留め整え、内にて練り上げ、それらをロングソードに馳せ――一閃!!
キン、とロングソードを鞘に納めれば。
俺の背後で、レッドボアが鼻先から横に真っ二つ、二枚卸しになると、ズズゥンッ……と二つの巨肉が地面を転がる。
つまらぬものを斬ってしまった。ドヤァ。
「す、すごい……」
魔法使いちゃんが目を見開いている一方で、エリンは「なんかまたアヤトがとんでもないことやってる」とでも言いたげな顔をしている。
「無事か?」
「あ、ありがとうございます……」
尻もちをついていた魔法使いちゃんはエリンに助け起こされ、礼のために頭を下げて、藍色のツインテールが揺れる。
ってかこの娘、小学生くらいか?
小柄なエリンよりもさらに一回り小柄、身長も多分150cmも無いだろう。
耳も丸いからハーフエルフでは無いようだし、恐らく普通の人間だ。
だが、ローブや杖を装備しているということは、やはり冒険者か。
大きな怪我こそしていないようだが、よく見るとあちこちに擦り傷や打撲傷が出来ている――ちょうど、俺との鍛錬を終えた直後のエリンに似た状態だ。
ふむ、オールリジェネレイションを使っておくか。
「――オールリジェ……」
「アヤト、それ連発出来ないんだから、いざって時だけに使って」
と思ったらエリンに遮られてしまった。
「私がやるから」
俺の代わりに治癒魔法のルーンを展開したエリンは、自前の回復魔法を魔法使いちゃんに掛ける。
「――『ヒーリング』」
エリンの指先から優しい光が溢れ、魔法使いちゃんの身体を包むと、彼女の緊張が和らぎ、傷が止血され、腫れが引いていく。
「大丈夫?痛くない?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございました……」
治癒魔法のヒーリングを受けた魔法使いちゃんは、申し訳無さそうに再度頭を下げる。
「いきなり状況に介入してしまってすまないが、レッドボアは倒してしまってよかったんだよな?」
落ち着いた頃合いを見計らって、俺からも話しかける。
「あ、はい。えぇと……わたしと同じ、冒険者の方ですか?」
やはりこの娘は冒険者だったか。
となると、この森は冒険者の"狩り場"であり、そう遠くない距離に町や集落があるはずだ。
「いや、俺と彼女は旅の者でね。この近くに町があれば、そこでひとまず腰を落ち着けたいと考えている。良ければ町まで案内してもらえないか?無理なら、町のある方角だけでも教えてほしい」
「はい、わたしもちょうど今、納品の品を集め終えたところですから、帰還ついでに案内します」
あぁ良かった、下手すると数日をこの森で過ごす可能性もあったからな、すぐに町へ行けるのは本当にありがたい。
あ、でも、と魔法使いちゃんは、レッドボアの死骸を見やる。
「レッドボアを討伐したことの証が必要になりますね……」
「あぁ、討伐依頼の無い魔物をフリーハントしたから、その報告か。ちょっと待っててくれよ」
俺は懐からナイフを抜くと、レッドボアの死骸に取り付いて、毛皮や牙、体内の魔石を剥ぎ取っていく。
「アヤト、なんか手慣れてるね?」
横からエリンが俺の解体作業を覗いてくる。
「こういう剥ぎ取りは得意だからな」
魔物に限らず、草食動物や魚の解体とかもな。
レッドボアの毛皮いくつかと、状態のいい牙一本と魔石を回収したところで。
「っと、そう言えばまだ名乗ってなかったか。俺はアヤト、剣士だ」
「私はエリン。……今はもう、普通の剣士でいいのかな」
もうエリンは勇者じゃなくなったんだよな。剣技や魔法に関する才覚はそのままだけど。
「わたしは、『リザ』と申します。冒険者……の、……魔法使いです」
リザか。
だが、冒険者の魔法使いと言う辺り、何故か躊躇うような間があったな。
まぁ、とりあえず町に案内してもらおう。
森を抜けて歩くこと数時間。
俺とエリンは旅の者ということでこの辺り(というかこの世界そのもの)にあまり詳しくないので、道すがらリザに質問をしつつ徒歩の時間を潰す。
分かったことと言えば、この世界の冒険者という職業は概ね俺が想像していた通りで、魔法や魔術の概念はあるものの、話を聞く限りアイテムボックス――虚数空間(物質として存在しない概念)に物質を閉じ込める魔術――の類などは無いらしい。
それがあるなら、俺は丸太くらいあるバカでっかいレッドボアの牙なんて担いでいないわけだが。
「見えてきました。あそこが、『フローリアンの町』です」
リザが指す方向に、町並みが見えて来た。
俺も冒険者ギルドの方に冒険者登録をしておきたいので、そのままリザに連れて行ってもらう。
ちなみに、俺はこれまでの異世界転生で何千回も登録したことはあるから慣れてるし、世界ごとのちょっとした差異さえ理解出来ればすぐにでも依頼を受けられるつもりだ。
フローリアンの町の中央部に、冒険者ギルドの出張機関を兼ねた集会所がある。
集会所内は、昼間から冒険者達が豪勢な食事や酒を片手に和気藹々と思い思いに過ごしている。
それら喧騒をスルーしつつ、リザは受付カウンターへ向かい、受付嬢さんに本来の受けた依頼である薬草の納品依頼の達成を確認してもらい、依頼状の半券に依頼達成の判を押してもらう。
「あとそれから、途中でレッドボアを討伐してというか、討伐してもらいまして……」
リザがそう告げると、後ろに控えていた俺に目配せする。素材を見せてくれってね。
「レッドボアの毛皮と牙、魔石です」
カウンターに素材を乗せると、受付嬢さんは「少々お待ちくださいませ」と一言断ってから、自分の周囲にホロスコープのような魔力帯を形成、素材をスキャニングしていく。
あれは鑑定の魔法だな。
「……はい、確かにレッドボアの素材ですね。確認致しましたので、追加の報酬をご用意致します」
そう頷いた受付嬢さんはレッドボアの牙を持ち上げて、ってそれ結構重いんだけどしれっと運んでいったなおい?
まぁ……世の中には子どものポケットからポンと大人用の鎧が出てきたりするから、深くは考えまい。
薬草納品の依頼の上から大幅に上乗せされた報酬を受け取り、リザの用事が済んだところで、次は俺の冒険者登録だ。
受付嬢さんは俺を登録済みの冒険者だと思っていたようだが、実は違うんだよな。
……そう言えば冒険者登録もしていない人間がフリーハントしちゃったけど、密猟扱いになったりしない?町に来た瞬間逮捕とか嫌だよ俺。
事情を説明したところ、薬草納品の依頼を受けたのはリザ個人であり、レッドボアのフリーハントに関しては彼女の功績だけになる。
俺とエリンは無関係なので報酬は出ませんよ、ということになるわけだ。
そもそも、冒険者登録をしていない者が自衛のために魔物を討伐することもあるため、後日にでもギルドの方に討伐した旨さえしっかり報告すれば密猟にはならない、とのことだ。あーよかった。
というわけで。
身分証明書を兼ねたギルドカードの記入欄に、自分の名前とか年齢とかを書いたら、用意された水晶玉にカードをかざす。
魔法式の生体認証か。
電子ロックみたいに、ハック技術があれば解錠出来るものじゃないから、ある意味現実世界よりもセキュリティは楽で安全なんだよな。
とかなんとか思ってたら、なんかピシピシと音が聞こえ……っておい?
「あの、すみません。なんか水晶玉がピシピシ言ってるんですけど、これ大丈夫ですか?」
「えっ?」
受付嬢さんが意外そうに目を見開くと、次の瞬間、
パリンッ!カタカタカタカタ……
と甲高い音を立てて水晶玉が粉々に砕け散った。
「えーっと、俺、何もしてませんよ?……してないよな?」
思わず一歩後ろにいたエリンとリザに目を向ければ。
「さっきのレッドボアみたいに、うっかり手のひらで壊したんじゃないの?」
エリンは真顔でそんなことを言っているので「してません」と即答しておく。"うっかり"で練気功術なんて使えませんよ。
「あの、今のは一体……?」
リザも信じられない目で見ている。俺だって信じられないよ。
「これはあくまでも、冒険者様の生体情報や魔力波を読み取るためのものですが……SSランクの大賢者の方でもこんなことにはなりませんし、物理的に破壊することも出来ません」
「普通なら何が起きても、水晶玉が割れるようなことは有り得ない、と?」
「はい……仕方ありません、私が直接書き込みします」
受付嬢さんは先程と同じ鑑定の魔力帯を展開し、俺をスキャニングし、スキャンされた情報をギルドカードに書き込んでいく……が、その顔が驚いたり引き攣ったりと百面相を繰り返している。
「………………こ、こちらが、アヤト様のギルドカードになります」
受付嬢さんが恐る恐るそれを差し出すと、白一色だったギルドカードが、銀色……いや、銀白色に輝くようになってる。メッキみたいにキラキラしてます。
「プラチナ色……つまりはSSランクです」
「え、SSランク!?」
隣から見ていたリザが目を見開いて驚き、
「そんなにすごいの?」
リザの反対側にいるエリンは、きょとんとしている。
要領を得ていない俺とエリンのために、受付嬢さんは冷や汗を流しながら説明してくれる。
「えぇと……SSランクは、最高位の冒険者でして。このランクに達される冒険者様は、千人に一人いるかどうかの割合でしか存在せず、実際にSSランクとなった方も、数十年間Sランクでい続けて、引退間近になってようやくSSランクになったというものでして……今回のような、冒険者登録の段階からいきなりSSランクというのは、過去に例がなく……あの、大変失礼なのですが、アヤト様は一体何者でしょうか……?」
何者って言われたけど。
「ただの剣士……いや、魔法も使えるから、魔法剣士か。ただの魔法剣士です」
エリンとリザが俺の両脇から「解せぬ」みたいな顔をしてるけど、少なくとも『今世では』ただの魔法剣士なんだよ。素手でレッドボアを事故らせたけど。
「まぁ、ランクだけ高くて実際は"ゆうた"でした、なんてことも珍しくありませんし。とりあえず、これで登録完了ですか?」
たまにいるんだよな、即席でパーティを組むって時に他の仲間の意見も聞かずに依頼を勝手に受注したり、何故だが知らんが「ハチミツください」とか強請ってくる奴。
そんなわがまま放題の上から、極めつけは一人だけ安全なところで何もせずに依頼達成を待ってたりもするんだ。
そういう奴らは何故か揃って『ゆうた』とかいう名前らしい。名前というよりは通称、そういう人種というか何と言うか。
「ユータ?あ、はい、登録完了致しました。あなた様のご活躍を期待しています」
一悶着……いや、五悶着くらいあったけど、無事に登録完了だ。
しかし、いきなり最高ランクとは思わなんだ。
評価・いいね!を押し忘れの方は下部へどうぞ↓