08. > 戦う
これ、めちゃくちゃやばい状況では。
待って待って。マリアンヌは魔法の素質はあっても、何も顕現できないんだよ。
ルートによっては使えるんだけど、少なくともそれは今ではない!
「がう……?」
オーガ、つまり鬼。でも日本の鬼のイメージよりも、でかくてずんぐりとしていて、肌は緑色をしている。腰蓑だけなのは共通か?
その手には、私の身長ぐらいはある棍棒が握られている。
──夜の世界の戦場にいたわ。そうそう、こいつ結構強かった。
最初のプレイではうっかりして、ラファエルが戦闘不能になって好感度下がったな。
ちなみにラファエルは聖剣士です。レジナルドに対抗意識を燃やす理由もそこにあるのかもね。
いやだから、なんでそんなことばかり思い出すんだ。
「ひ、ひぇ……」
うーん、ちょっとまだ公爵令嬢らしくない声だ。
でもどうしようもない。
え、嘘。悪役令嬢マリアンヌ、学園にて死す?!
「こ、こんなところで……!?」
もう眼と眼が合っちゃったからね。
完全にロックオンされている。
いやいや、でもここで死んだらエンディングまで矛盾起きまくるのでは?
(でも、ラファエルのイベントは、私がいなくても進んだ……)
ただ、正直なところあれは、マリアンヌの存在が重要なのではなく、邪魔が入ったことが大事なので、いてもいなくても一緒だったはずだ。
それに、オーガが学園に登場するイベントはなかった。
(いや、でも、もしかして……バッドエンドルート?)
だが、バッドエンドはどれも一回しか見ていない。
しかもセーブとロードを駆使して高速スキップしながら、とにかく間違った選択肢を選んだだけで、殆ど忘れている。
でも、それでもさすがにオーガと出会うのは……いや、モンスターに襲撃されるエンディングはあったな。その中にオーガがいたとか?
いやいやいやいや、かといって大人しくやられるものか。
どうする。
今はまだ、オーガはこちらを認識しただけ。今はそこそこ距離がある。
向こうがこちらを敵と見なすまでの間に、全てを決めなくては。
> 走って逃げる
ダメだ。歩幅ですぐ追いつかれる。
> 助けを呼ぶ
さっき叫んでも誰も来ませんでした。
> 戦う
……もしかしてこれが最適解?
(だって、もし逃げ切ったとしても……オーガが校庭や校舎に向かって、他の人を襲うかも!)
さすがに放課後とはいえ、教師だけでなく残っている生徒もいる。
それに、敷地内には学園寮もある。
マリアンヌは公爵邸からの通いだが、寮にはアナベルとベアトリスがいるのだ。あとアニエスやノアも寮生(ラファエルは通いなのでもう校内にいないはず)。
彼女らが、彼らが、殺されてしまうかもしれない。
(そんなこと、できない! やるのよ、立ち向かえ、めかぶ大好き娘!!)
火事場の馬鹿力で炎でも氷でも出せ!
無理なら棍棒を奪い取れ!
蹴りの一発、急所にかませ!
「う、うあああああああっ!!!!」
だがどれも勝算がない。
せめて、せめて誰か通りかかって、この事態を察してすぐに戦士達を呼んで!
あ、でも誰が戦士かは、表では知られていないんだった。
じゃあとりあえずアニエスとノア辺りを呼んで! あと前衛も一人欲しい!
それまでは食い止めるから!
そんな望みを託して、私は思い切り突進した。
急所に蹴りor頭突き! 今できるのはそれだけ!
頼む、運良くクリティカルヒットで沈んでくれ!
もし効かなくても、私が少しでも長く生きていれば、オーガの注意はこっちに向く!
棍棒を振り回されたら、逆に抱きついてしがみつけ!
あと呪文だけはこっそり準備しとく! 発動してくれたら御の字!
「この私がしばらく相手だーーー!! お覚悟ーーーっ!!」
死を覚悟したのは、私の方だ。
本当は、こんなところで死にたくない。
「誰か今のうちにめちゃくちゃ強い人来てーーっ!! こいつを倒してぇぇ!!」
でも、ここがバッドエンドの世界なら──全滅してしまう。
そう、忘れていたのよ。バッドエンドの存在を。恋愛エンドばかり気にしていた。
ならば、せめて……大事な友人達だけは、死なせたくない!
アニエスだって、ノアだって、ラファエルだって……!
それに私は、最推し以外には……博愛主義だし!
「──お望み通り、俺が倒してやろう。勇ましいお嬢さん」
え?
今、なんか、ぼそっと声がしなかった?
思わず立ち止まってしまった。
ぶっしゃああああああっ!
すると、赤いものが、私の視界で柱をあげた。
血だ。オーガの血も赤い。
いや、何よりも驚いたのは、目の前のオーガが真っ二つに割れたことだ。
オーガは断末魔をあげることなく、左右に肉体を分かって轟音とともに絶命した。
「ほへ……?」
直接はかからなかったが、辺り一帯は血の海になった。
あ、あれ……? 私、魔法を使っちゃったりした……?
切り裂き魔法なら、属性は風?
でも、マリアンヌが顕現したのは……確か、炎か氷のどちらか。
そんな記憶がある。なにせ、固有ルートでの重要な局面だったから覚えている。
ならばなぜ、オーガは勝手に真っ二つになったのか。
……皆目見当がつかない。
「ど、どうしたのかねー?!」
「うわっ、なんだぁ?!」
ぼんやりとしていると、私の大声がやっと届いたのか、モブ先生とモブ男子生徒が駆けつけてくれた。
「せ、先生! これは……オーガです! でも死んでる……?」
「なんということだ。マ、マリアンヌ君、まさか君が倒したのか?」
「え……いえ、あの……な、なんか急に裂けちゃって……ぶしゃあっと」
どう説明すべきか。そもそもオーガが学園に入り込んだ時点で大変なことなのだ。
というか、マリアンヌを見て「君が倒したのか」って聞く辺り、先生も混乱していません?
とりあえず、先生は男子生徒に、他の先生を呼んでくるようにいった。
先生は、怪我はないかと、私の身を案じてくれた。
だがそれでも、私の意識は「なぜ?」という疑問に囚われていた。
それに、オーガが二つになる直前に、何か声が聞こえたような。
ふと、視界に何かが揺れて、私はそちらを見やった。
黒い影が、すうっと壁に消えた。
(──あの影は……立ち絵のシルエット?)
モンスターではなく、そう判断したのは、影の輪郭のせいだ。
(……まさか、ね?)
それは、かつて毎日見つめ続けてきた、最推しの立ち絵と全く同じだった。
不敵に笑う、あの横顔と。
▼人物紹介▼
【ノア・バーリフェルト】
王立ミシェル学園の二年で、北の国からの留学生。
ミステリアスで寡黙。占いの腕は一流で、非常に稀な二重属性の持ち主。
かつて自分のせいで家族を失い、人と距離をとるように。
職業 : 占星師 射程:遠 属性 : 闇/光(二重属性) 武器 : 星針
HP : D 筋力 : F+ 器用 : B 守備 : B 速度 : A 魔力 : S- 幸運 : C
▼固有スキル
『二十八宿の加護』……事前に結界が張ってある状態で戦闘を開始する。