07. 眼と眼が合う(オーガと)
まだしばらく、私が『めかぶ大好き娘』を思い出した頃の話をする。
何が問題だったかって、高熱を出した時期がちょうど、ラファエルの恋愛イベントが盛り上がり始める頃だった、ということね。
もしかしたら、『あのイベント』、起きちゃったかな……。
周りから侮られていたアニエスを、ラファエルが「君は駒鳥のようだね」と緊張を解してやったのが春の頃。というかほぼ初日。
そして、本編ではアニエスが攻略対象キャラ達が、実は、夜の世界で王国を危機から救う戦士だと気づく。
この時の選択肢で、アニエスの大まかな性格とか、誰と好感度が上がりやすいかが決まる。
ちなみにマリアンヌは、ラファエル達が選ばれた戦士だと知っている。
でも、同行はさせて貰えない。なのに、アニエスは同行するのだ。
マリアンヌの嫉妬は、単にラファエルを奪われたからではない。それだとラファエルルートだけの話になってしまう。
要は、選ばれた人間であるアニエスそのものに嫉妬して、色んなルートでも(主に昼間の学園パートの中で)妨害するのだ。
で、夜の戦場パートでの妨害役が、レジナルドを始めとしたモグリッジ帝国の人間。
つまり、マリアンヌとレジナルドは、パートこそ違えど、主人公達にとっては邪魔な存在なのだ。
だが、二人には直接の接点は殆どない。ホント、二回会っただけ。
学園は主にミニゲームと会話イベントだから、マリアンヌの邪魔も可愛いレベル。
だが、レジナルドはラスボス扱いではないものの、強敵として戦闘パートで多くのルートで登場する。そして、アニエス達によって倒される。
ごく一部だけ生き残るエンディングもあるんだけど、それもモグリッジ皇国を追われてしまって消息不明になったりとかで……うーん、そう、こういう大筋とかは覚えているんだけど、肝心のデータ部分がやっぱり曖昧なんだよなぁ。
死ぬ前に再プレイしとくべきだったな。
「……はぁ」
とりあえず、復帰一日目のこと。
アニエスを誘おうと思った学園内のカフェテリアで、私はため息をついた。
どこを捜しても彼女が見つからなかった。イベント中かな。
「まぁ、マリアンヌ様。どうなさったの?」
「お顔の色がよろしくないわ。まだお風邪が治っていらっしゃらないの?」
アナベルとベアトリス──マリアンヌの二人の友人。
いわゆる取り巻きのモブキャラとして扱われるのだが、二人とも良家の子女であり、マリアンヌにとっては古くからの付き合いだ。
どことなく、前世で仲良かった友達に似ている。
……ラファエル推しと、ノア推しの二人。
ノア・バーリフェルトは留学生で、魔法を使える占星師。もちろん攻略キャラ。
マリアンヌの一つ下の後輩。つまりアニエスから見ると一学年上の先輩だ。
ミステリアスで寡黙なんだけど、本来はとても明るい性格。でも占いによって大切な家族を失ってしまったトラウマから、誰とも関わらないようにしている。
ノアルートも泣いたなぁ……星詠みの力を全て捧げて、アニエスと生きていく未来を掴み取る展開だった。
『力すらなくなった僕でも、ずっと傍にいてくれますか?』
なんて「いるに決まっとるやろー!」って友人Bが作業通話中に叫んでいた。
あの時は鼓膜が破れるかと思った。てか作業しなよ。
もう会えない友達を思い出して泣きそうになってしまう。
「ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっと、色々と考え事が、ね」
何とか誤魔化すように、私は微笑んだ。
しっかし、アニエスとどうやって接近するかな。
なんだったらもっと早く『めかぶ大好き娘』の記憶をバーンと取り戻していれば、手の打ちようもあった気がするんだけど。
いやいや、嘆いても仕方ない。
……転生してしまったものは、仕方ないじゃん。
だって、あれでしょ。異世界転移なら戻れるかもしれないけど、転生しちゃったら、もうここが『現世』になってしまう。
少しずつ思い出した影響からか、それともマリアンヌとしての記憶もちゃんと残っているため、自分でも意外とすんなり現状を受け入れた。
──でも、今日アナベルとベアトリスと会ったら、ちょっと寂しくなった。
「あの……考え事って、殿下のことですか?」
ひそっと、アナベルが眉を寄せて囁くように訊ねた。
「噂になっておりますのよ。あの特待生の子と……!」
ベアトリスが続けた。
二人は周囲を憚るように、ちらちらと視線を動かす。
だが、こちらを見てくる人間はいない。聞き耳はわからないが。
「あの子、昨日は校舎裏で殿下の胸に顔を埋めていましたわ」
「殿下も抱き返して……! 人目がないと思っていらしたのかしら」
「もちろん、邪魔をしておきましたわ!」
あ、それはあれですね。
ラファエルの恋愛イベントです。
『俺には婚約者がいる、でも、今この一瞬を、永遠にしたい……』
夕暮れ時の校舎裏で、切なく囁いてアニエスを抱き締める。
どちらともなく唇を近づけるけど、そこにアナベルとベアトリス、そしてマリアンヌが通りかかるのだ。木陰に隠れた二人は、ふふっと笑い合う。
が、私は寝込んでいたので、当然いなかった。でも一応イベント起きたんだね。
しかも、それ結構進んでる。固有ルートまであと少しじゃん。
ラファエル完全陥落まで、もうカウント10のうち3ぐらいじゃん。
ということはこれ、ラファエルルートいくか?
まだちょっとわからない。固有突入時期はまだ少し先だしな。
「二人が気にすることないのよ。でも、教えてくれてありがとう」
逆に邪魔をしなかった場合、どうなっていたんだろう。
そんな疑問はありつつ、二人ともマリアンヌを想って行動してくれたのだ。
感謝の言葉を告げると、二人はきゅっと泣きそうな顔になった。
「本当にマリアンヌ様はお優しい方ですわ」
「何でも仰ってくださいね。私達は、マリアンヌ様の味方です」
アニエスサイドから見ていたから、意識してなかったけど。
マリアンヌ、実際はかなり有能で、気遣いができる女性なのだ。
家族も友人も身の回りの人も優しい。恵まれていて、私自身も羨ましく思う。
(なのに、アニエスに嫉妬して破滅してしまうなんて……どのルートでもそう)
そのままで、貴女はとても素敵なのに。
ねえ、マリアンヌ。
変な話だけど、転生してから私(=めかぶ大好き娘)、貴女が好きになったよ。
「嬉しいわ。貴女達は、私の大切なお友達よ」
これは本心。マリアンヌもそう思うだろうし、私もシンクロしている。
お茶も和やかに終わって、二人と分かれた。
「えーと、ラファエルの校舎裏イベントが昨日なら……今日は、ノアの図書館イベントを起こせた……はず」
アニエスがノアとも親しくしているのも、アナベルとベアトリスから情報をゲットした。
邪魔をするつもりではなく、とりあえず把握しておきたいのだ。
アニエスの、恋の行く末を。
それ次第で、とるべき行動が変わってくる。
全股プレイの内容を必死で思い出しながら、私は別棟の図書館を目指す。
夜になる直前じゃないと発生しないイベントだ。
だが、夜が近づく頃、基本的に図書館に立ち入ることはできない。
できるだけ、誰にも見つからないように、そーっと、そっと……。
「ん?」
だが、もう日が暮れようとする直前の、図書館の裏口。
私が発見したのは、ノアでもアニエスでもなく──でかいオーガ一匹だった。
眼と眼が、合う。
「は、はぁぁぁーー?!?!」
公爵令嬢にあるまじき大声をぶっ放してしまった。が、誰も来ない!
倒れなかっただけ胆力あるよ、マリアンヌ。
夜の世界からこうして稀にモンスターがやってくることは、ある。
いや、でも、ノアのイベント、こんなんだったっけ??
違う。
二人きりの図書館で、戦場に行く前にノアが過去を初めて話す切ない神イベだ。
モンスターなんて出てこなかったよ。
もしかして、アニエス、貴女……。
ノアのイベント……起こしていなかったの?
20日(本日)更新予定です。