72. 神殺しの戦、祝福の宴
第五章、最終話です。
──夜。
「おや、我が君。まだ夜明け前です。お休みにならずによろしいのですか?」
「アラスター、か。首尾はどうだ」
「ええ、魔獣は今のところは……如何なさいましたか、我が君?」
「そうか。ならば十全。俺の統率がきいている証だ」
「わ、我が君……っ?! いったい、何をっ!!」
「そろそろ頃合いだ。喜べ、アラスター。お前の悲鳴が、祝宴の合図となる」
「我が君っ、っ」
我が君が私の目の前に手をかざす。
直後、視界が鮮やかな赤に染まった。
「いぃぎあああああああぁぁぁぁああぁっ!!」
身体が、焼ける。
だが、これが幻覚だということはすぐに見破った。
しかししかし、しかし……。
『お前、存外いい声で啼くじゃないか……』
なにも きこえない。
私が焼かれたのは肉体ではない。
この身に宿る、魔力を焼かれたのだ。
「っ、ああぁ、ああぁぁ」
『命までは奪わん。万物は全て、生きるも死ぬも俺の手の内。お前の真の絶望を、知っているからな』
「っ、っ、ぅ、おお、音が……っ、わが、きみ、なんとおっしゃって、みえないみえないみえないきこえないきこえないきこえない……」
『音の魔力を失い、俺に見捨てられる。虐げられ、罵られることを切望するその真意は──お前への関心が消えることへの恐れ』
「……あぁ、あああ、ぁぁ……。……! ……!」
『運がよければ回復するんじゃないか? ま、望み薄な上に、そうなったところで、俺はもう、お前を視ない。永遠にな』
「……ぁ」
『せいぜい祈れ。お前が心底嫌っていたあの女と、お前の愛する俺の『代用品』に、早く見つけてもらうことを』
「……」
『そいつらも、お前を見限るだろうがな。……ははっ、すまん。喋りすぎた』
伝えなくては。
我が君に。
──我が君?
今目の前にいる御方こそ、真なる我が君なのでは?
ああ、最愛なる我が君。白銀の神気を纏う漆黒の王。
全てを蹂躙して、『神』にならんと欲した至高の存在。
初めてお目に掛かった時から、私は貴方の虜囚だったのでしょう。
我が全てを捧げると誓った御方。
そして、その半分も受け取ってくださらなかった御方。
捨て置いてくれれば、死を与えてくれれば、諦めもついたのに。
慈愛に満ちた貴方は、私に生き場所をお与えになった。
けれど、受け取って下さったのが、忠節と能力のみでも。
私には、無上の悦びで久遠の幸福なのです。
貴方に斬られるなら、本望。
死の瞬間、僅かにでもその紅い瞳に私を映してくだされば、それだけで、私は地獄という名の極楽浄土を踏める。
貴方による甘美な死が欲しい。今こそ、その時だ。
なのになぜ。
私は──貴方から、貴方を守ろうとしている?
そのために、惨めに足掻こうとしている……?
貴方の幸いを、願ってしまい始めた自分がいる。
そう、あの方が望むなら。
あの方が、人であることを望むなら。
ならば今、目の前にいるのは──誰、だ?
「さて。ノア・バーリフェルトの結界か……」
「多少はできるようだが、所詮は児戯。ここまでしてやっと俺に気づくとは」
「壊すより、蝕んでやるか……」
「さあ、始めよう。貴様らは神殺しの戦を、我らは祝福の宴を」
銀色の髪がかかった紅の眼が、月明かりを返してぎらりと光った──。
【アラスター】
レジナルドの従者。ゲーム本編ではモブの一人。黒髪黒目。26歳。
音=振動を操り、伝達・探査能力に優れる。
モグリッジ皇国の生まれではなく、かつてレジナルドを暗殺しようとした過去を持つ。
今はレジナルドを信奉し『神』にせんと奔走するが、それには彼なりの理由がある模様。
天涯孤独の身の上だが、かつて妹がいた……らしい。
戦闘パラメータはなし。