70. ノアの過去
「ノアっ!!」
「嫌だ……死にたくない死にたくない死にたくない……僕は、まだ……ベアトリス……君と……」
そういって、ノアは瞼を閉じた。
はぁ、と、レジナルドがため息をついた。
「レジナルド……ノアは大丈夫なの?」
「大袈裟だ。魔力を普段より消耗しているにすぎん。二、三日休めば、問題はない」
「そ、そうなの……?」
「ああ。ノア・バーリフェルトほどの魔力量を持つ者はそういない。純粋な魔法勝負となれば──俺も歯が立たんだろうな」
実際、レジナルドは複数人がかりじゃないと絶対倒せないと思うけどね。
前世では、うっかり強化サボって挑んで速攻ボコられたし……ゲーム内でだけど。
レジナルドはノアの身体を、軽々と肩に担いだ。
「純然たる魔法勝負で負けるのは、こいつにとって屈辱をこえて、もはや尊厳を奪われる行為なのだろうな。バーリフェルト家の始祖の再来と称され、始祖を顕現させるためだけに生かされてきた男だ」
「……ノアって、確か……家族に、軟禁されてたんだよね」
「お前も知っているのか。この小僧が、およそ人らしく扱われてこなかったことを」
「レジナルドは知っているの?」
「この手の話は、すぐに耳に入るようにしているからな」
ドラマCDで明らかになった過去だ。
ゲーム本編では匂わせるだけで終わったけど、ノアは幼少期、封印が施された部屋に閉じ込められて過ごした。
最低限の食事、最低限の会話、最低限の日光。
代わりに与えられる、膨大な魔法の知識と夜の静寂。
抑圧され続けて限界を迎えたノアは、魔力を暴発させた。
死者は出なかったけど、たくさんの負傷者が出て、屋敷は全壊してしまった。
それ以降、ノアは別荘で比較的自由に過ごすことになった。
でもそれは、新しい地獄の始まりだった。
誰もが恭しく接するも、その顔は恐怖に満ちていて、絶対にノアに触れようとしない。両親は一度も顔を見せに来なかった。
これならば暗い部屋で閉じ込められて生きているほうがよかった、誰の迷惑もかけずにいられた。
自分さえ、我慢していたらよかったのだ──と、ノアは自分を責め続けた。
屋敷は建て直されたが、ノアは住まわされることなく、留学を命じられた。
(何度思い出しても酷い話。こうして生身で存在する人間の過去としては、あまりに悲惨……)
ノアが真に魔法というものから解放されるためには、魔力を一度に使い切るしかない。
でも、使い切れない。そんなことをしたら、国一つは確実に滅ぶ。
ノアの全魔力を受けきれるような存在は滅多にないからだ。
それが可能なのは、ラスボス戦だけ。
(……この世界のノアはどうなるんだろう)
ふと浮かんだ疑問。
ベアトリスには「最推しと結ばれてよかったね!」だったけど、バーリフェルトの始祖再来の件を何とかしないといけないのでは……?
うーん、つくづく情報が足りない。せめて一部キャラだけでも、ファンディスクでのルートに関することが分かっていればなぁ。
……いやいや、今はそれどころじゃない。
「こいつと俺は、存外、似ている」
「レジナルドも……?」
「……俺の話は、皇国でしてやる。今はこいつを俺の部屋に運ぶ。お前は後ろからついてこい」
「はいっ」
でも、ノアが助かるんだったらよかった。
……ずっと緊張していたんだろうな。
ごめん。もっとちゃんと気づいてあげるべきだった。
こんな暗い場所で一人で頑張るなんて、辛かったはず。
ノアは笑って、私達を助けてくれていたのに。
「しかし厄介だな。こいつの結界を組み替えるほどの力を持つ奴がいるとは」
「それってもはや『神』じゃない?」
「充分にあり得る。となると、俺は『神』と戦うことになる」
レジナルドが、寂しく笑う。
「……俺、じゃないよ」
「マリアンヌ?」
「俺達でしょ! ……わ、私じゃ、何の役に立たないかもしれないけど、できることする。……何も、できて、いないけど!」
「レジナルド……『神』と戦うために、『神』になりたい?」




