68. 本当に甘いものは何?
私はあの後、眠っちゃったみたい。
起きたら、アナベルは帰ってしまっていた。
結局、彼女があいこちゃんなのかは、はっきり分からないままだった。
起き上がってテーブルを見ると、キャンディの入った可愛らしいボトルと、手紙が置かれていた。
『ぐっすりお眠りでしたので、今日はおいとまいたします。甘い物は疲労に効きますので、どうぞ召し上がってください』
アナベルは学校に用事があったみたいで、今日一日で終わらなかったのでまた来るとも書かれていた。
(せっかく会えたのにな。でも、今生の別れじゃないんだし! うん、もしアナベルがあいこちゃんなら……私達、また三人で楽しく過ごせそう)
もちろん、ベアトリスは仕事があるし、アナベルだって母親のそばにいなくちゃいけない。
どうせ記憶が戻るなら、それこそ友達になった時でもよかったかも。
今のマリアンヌとして、二人と過ごした時間だって楽しかったけども。
──ズキッ……。
「んっ……」
突然、頭に痛みが走る。
(なんだろう、最近体調が変な気がする。おかしな夢を見たり、幻覚も……)
そもそも、おかしいことばかり。
ジークハルト先生が魔獣だった。周りにいた生徒もそう。レジナルドがいなければ死んでいた。
学園全体には、ノアの結界が張られているし、レジナルドだけでなくアラスターも見回りをしている。にもかかわらず、あれだけの数の魔獣が人の姿をとって一カ所に集まっていたなんて……。
(第一、私、アニエスの手紙であそこに行ったのよ……)
じゃあ、アニエスも……魔獣?
(……ダメだ、考え込むとよくない方向にいっちゃう)
今日は休んで、明日から行動しよう。
やらなきゃいけないことはたくさんあるけど。
──体育館でのこと、さすがにレジナルドが気づいてくれるはず。
そうだ。
ここに来てくれないのは、そのせいだよ。
後始末に、追われているだけ。
(……来てほしいんだ。私、不安なんだ)
ああ、ダメ。ダメ。
レジナルド本人が駆けつけてくれなかったことも。
今、ここにいないことも。
寂しさや不安を通り越して、憎んでしまいかねない。
私は、アナベルのくれたキャンディを一つ取り出して、口に放り込んだ。
甘い。たった一粒で、舌どころか頭の中で絡みつくような味が広がる。
でも、不味いとは思わない。
それだけ疲れているんだろうな、私。
どれぐらい眠ったのだろう。
ひやりと、額が冷たい。
気持ちいい……。
ゆっくりと眼を開けると、そこにはレジナルドがいた。
彼の大きな手が、私の額にそっと置かれていた。
「マリアンヌ……すまない、起こしたか」
「ううん……あ、離さないで……」
ああ、聞きたかった優しい声だ。
どんな不安も消えていく。
ずっとその声を聞いていたい、あなたを見つめていたい。
「……撫でててほしい」
静かにお願いすると、レジナルドが柔らかく微笑んだ。
それが返事だったらしい。彼の手が優しく、額と頭を撫でる。
まるで宝物に触れるような──愛しさが伝わってくる手つきに、私は再び眠りに就いた。
何も考えないでいたい。
私、ずっとあなたと一緒にいられるなら、それでいいや……。
だから、私は気づこうとしなかった。
これがつかの間の平穏だったことを。
永遠に続くものはないのだと──。