67. 再会の日
「ん……」
目を覚ますと、私は自室のベッドに横たわっていた。
「マリアンヌ様……大丈夫ですか?」
「アナベル……?」
ベッドの脇で、アナベルが椅子に腰掛けてこちらを見ていた。
「ああ、よかった。なかなかおいでにならないと思ったら、お倒れになったと聞いて」
「私……」
「お起きにならなくて大丈夫ですよ。あんな目に遭って、何もないはずがないですもの」
ほっとしたように微笑んでいるけど、まだ少し眉根を寄せている。よほど心配をかけちゃったみたい。
「ごめんね」
「何を仰います。私とマリアンヌ様はお友達。そう仰ってくださったのは、マリアンヌ様のほうでしょう?」
アナベルが優しく微笑む。
ベアトリスに比べると、彼女は控えめで大人しい。
多くを語らないミステリアスな子だったけど、私とベアトリスの二人には心を開いてくれている。
「……アナベルが運んでくれたの?」
「いいえ! 私はただ、マリアンヌ様は今、寮生活をなさっているとお聞きして……」
アナベル曰く、私が来るのが遅くて寮まで様子を見に来てくれたらしい。
すると寮母さんから、私が倒れて自室に運ばれたのを教えられた。それからずっとついていてくれたのだ。
「誰が運んでくれたの?」
「そ、それは存じ上げません。申し訳ありません……」
「ああ、いいの。謝らないで」
あの時、私を抱き留めたのはレジナルドだった。
間違えるはずがない。
(でも……あの時、レジナルドはなんて言ったの?)
意識を手放す直前だった。
レジナルドの甘い声が、耳に流れ込んできたのを覚えている。
『……そうか』
『お前が、俺の──』
『最愛の魂というもの、なのだな』
……?
思い返せば、実に奇妙な言葉だった。
レジナルドは、私が『最愛の魂』だと知っている。
なのに、どうして今更そんなことを言ったのだろう?
あの腕も声も、確かにレジナルドだった。
だけど、一度覚えてしまったこの違和感は、いったいなんだろう。
「マリアンヌ様?」
「えっ? あ、ごめん。ぼーっとしちゃった……」
「いえ。本当にお疲れなのですわ。ゆっくり養生なさってくださいね」
「うん……」
頭がまだちょっとくらくらする。
魔法を使ったから? それとも、あの惨状を目の当たりにしたから?
(ううん、目をそむけちゃだめだ)
あれは現実。
天下無双の剣豪皇帝。その妻になるのだから、あれぐらいで怯んでいてはいけない。
今でこそ各国と休戦しているけど、モグリッジ皇国は長年、戦の絶えない国だ。
『これから先、たとえ自室でも気を抜くな。モグリッジ皇国に、安全地帯はないと思え』
こんな時に甦るのは、あの人の警告。
後ろから突然抱き締められて、そのドキドキに気を取られてしまっていたけど……。
『お前一人ぐらい、俺が守ってやる』
ダメだよ、レジナルド。
そこまで甘えられない。
私だって、貴方を守れるようになりたい──。
「マリアンヌ様は、お変わりになられましたね」
「えっ」
アナベルの言葉に、私はドキッとした。
彼女はまだ、私が転生者だと知らない。
もっとも前世を鮮明に思い出したのは半年ほど前だから、その頃から性格は本来のマリアンヌとだいぶ変わったと思うけど。
「明るくなられました」
「あ、あはは……、そ、そう、かしら?」
そういえば口調もすっかり崩してしまっていた。
ベアトリスが芭蕉ちゃんだと分かってから、どうも繕いきれないようになってきた。
でも、何となく皆、その変化を受け入れてくれているんだよね。自然に。
「──嬉しい」
「アナベル?」
「だって、昔を思い出すから……」
「む……かし?」
聞き返すと、アナベルがこくりと頷いた。
その眼には、涙の粒が浮かんでいた。
いったいどうしたのだろう。私、何かしたのかな。
「はっきり思い出してあげられなくて、ごめん」
「ねえ、なんのこと?」
「私、マリアンヌ様のことを知っている気がする。お友達になった日よりも、ずっと前から」
「……!」
まさか。そんなことが、あるの。
ベアトリスが芭蕉ちゃんなら──アナベルは……。
「あいこ……ちゃん?」
アナベルは、首を縦にも横にも振らなかった。
代わりに涙を拭いながら、少し困ったように眉を寄せつつ微笑んでくれた。