66. 全てはヒロインのために
どうして、田舎にいるはずのアナベルが学園に?
すると、私に抱きついていたアナベルが顔を上げた。
「よかったですっ! ご無事でっ!」
「えっと……あの……」
「すごい物音がして、駆けつけたら……すみません、ドアがなかなか開かなくて」
アナベルが涙ながらに訴えた。
う、うーん……。
なんで、アナベルが学園にいるのか。
そっちが気になって仕方ない。
「とにかく、外へ出ましょう」
「えっ?」
「えっ、じゃありませんわ。この惨状を周りになんと説明なさるのです?」
「でも」
「マリアンヌ様は何も見なかった、何も知らなかった……そういうことにしなくては、後々厄介なことになりますわ」
さあ早く! と、アナベルに手を引かれて、私は困惑したまま体育館を出た。
だけど、すぐ近くにある人物がいて、私とアナベルは足を止めた。
アニエスだ。
信じられないものを見たような顔で、彼女は立ち尽くしていた。
アニエスの視線が動く──私の足元だ。緑色の血がついた靴下を、見た。
そしてピンク色の唇を震わせて、ぽつりと彼女が呟いた。
「まさか……なんで……」
「アニエス、さん……」
元を正せば、私は彼女が書いたと思しき手紙によってここへ来た。
だったら、あの魔獣達を招いたのは……。
「嘘。なんで……の、に」
「……?」
「あれが起きたのは、だって……」
いったいどうしたの?
だけど、私が訊ねようとした時だった。
「アニエス・アーベル!」
突然の大声に、私とアニエスは同時にびくんっと全身を震わせた。
アニエスに怒鳴ったのは、アナベルだ。
「そこをどいてくださいませ」
アナベルの言葉に、アニエスが目を見開く。
だけど、戸惑いや怯えとは少し違うような──そんな表情に、アニエスはなっていた。
「どいてくださいませと申し上げましたの。聞こえませんでしたか?」
「っ……」
「本来なら、あなたの身分では、マリアンヌ様や私と話をすることすらできませんのよ? それを、道をあけずにぼうっとして……」
「~~っ、っと! アナベル!」
ストップストップ!
いけない。それ以上の悪役令嬢ムーブはダメだ!
わからないことだらけだけど、とにかくこの場で揉めるのは良くない。
「……アニエスさん、私、あなたとちゃんとお話がしたい」
「マリアンヌ……様」
「でもごめんなさい、それはまた後で……あっ! 体育館行ったら危険ですから! 行ってはいけません!」
仮にアニエスが何かを知っているとしても、あの惨状を目の当たりにしたらさすがにショックだと思う。
とりあえず、どうしよう。
やっぱり、レジナルドに伝えた方がいいかな……怒られると思うけど。
「ところで、アニエスさん。……マーク先生がどこにいるかご存知ですか?」
「……社会準備室か、教務室ではないかと」
そっか。そうだよね。そのどっちかだよね。
たぶんまだ帰っていないはず。
でも、ノアの結界内で起きたのに、レジナルドもアラスターも来なかったな。
まぁ、レジナルドの魔力がこもった護符が助けてくれたけど。
あれって発動したらレジナルドに伝わったりしないのかな。
「ありがとうございます! アナベル、えーと、とりあえずいつも行っていたカフェテラスに行っててもらえますか?」
「マリアンヌ様?」
「……すぐ! すぐに向かいますからっ! あ、アニエスさん。もう行っていただいて大丈夫です! 引き止めてごめんなさいね!」
そう言い残して、私は駆け出した。
うーん、どうもまだ──落ち着かない。
アナベルが来てホッとしたのは事実。でも、ジークハルト先生のニセモノに襲われるなんて。今更、また嫌な汗が出てきた。
とにかく、伝えなきゃ。
おかしなことが起きている、って。
でも、マーク先生、もといレジナルドの姿は見つからなかった。
社会準備室にも教務室にも。教室もいくつか見てきたけど、どこにもいない。
ノアのところかな。
行ってみようと思ったけど、アナベルをあまり待たせるわけにもいかない。
──あれ。
なんだか……身体が、重い。
なにこれ。
倒れそうになった時、私は抱き止められた。
この匂い……腕の強さ……レジナルド?
「……そうか」
声もレジナルドそのもの。
言わなきゃ。学園で変なことが起きているって。
「お前が、俺の……、なのだな」
何? もう一回言って。
聞こえなかったよ、レジナルド……。
レジナルド?
「……あんたがやったんでしょ……」
「なんのことでしょうか」
「とぼけないでください! め……マリアンヌ様に手は出さないといっていたのに!」
「私は何も知りませんことよ」
「よくもそんなことを、いけしゃあしゃあと……わかってるんだからね!」
「証拠なんてどこにもありませんわ」
「……っ」
「邪魔なのよ、あの女。あーあ、早く死んでくれないかなぁ!」
「……今度手を出したら、ただで済まさないから」
「だーかーら、この程度ですましてあげてんのよ。わっかんないかな。きゃはは!」
高笑いの後、ふっ、と表情を消した。
「そう、むかつくのよね。……だって、ズルくない?」
「なにがよ」
「ヒロインで隠しキャラを攻略できないなんて、乙女ゲームとして邪道でしょ」
あー、むかつくむかつくむかつく。
乙女ゲームの恋愛はね、全てヒロインのためにあるべきなのよ。
そう、この世界はおかしいのよ。最初から。
だったら……変えてもいいはずだわ。私の好きなようにね。
「バラしたら、私、あの女に何するかわからないわよ」
「……っ」
「せいぜいあんたなりのやり方で、あの女を守りなさいな。でも勝つのは私よ」
「勝つとか……そんなんじゃないから!」
「負け犬の遠吠え〜! じゃあね〜ん」
ア■■■は笑って立ち去った。
ア□□□は、歯噛みするしかなかった。