65. 飛び込んできたのは……
「レジナルド……!」
私を守るように、背を向けて立ち塞がったのは、間違いなくレジナルドだった。
教師としての格好ではなく、戦衣装──ゲーム本編では『夜の世界』にいる時の姿だ。
黒を基調にした黒い鎧に、きらりと白く輝く対の両刃剣。
でも、どこか現実感がないような気がする。
銀色の光をまとっているせい?
そんなことを考えた瞬間、レジナルドが跳躍した。
双剣を同時に空中で薙ぐだけで、真空が生じて、複数人いた生徒達は一瞬で消し飛んだ。
全員、緑色の血を撒き散らした。
(普通の色じゃない……っ、みんな、魔獣?!)
私には返り血がいっさいかからなかったけど、辺り一面はどす黒い緑で染まっている。
そして制服はそのままに、毛むくじゃらの骸が転がる。
顔を前に向けると、レジナルドは、ジークハルト先生に、右手に持つ剣の先を突きつけていた。
じり、じり、と、ジークハルト先生が後退する。
「ま、待って、レジナルド」
生徒達は魔獣だった。
でも、私は気づかずにレジナルドを呼んでしまった。
──もし、彼らが本物の人間だったら?
今対峙しているジークハルト先生だけは、本物なら?
でも、レジナルドが聞き入れてくれることはなかった。
ジークハルト先生のかかとがついに壁に当たった時、一瞬で勝負がついてしまった。
レジナルドは右の剣と、下ろしていた左の剣を同時に薙いだ。
躊躇いはなかった。
そして、ジークハルト先生もまた、緑色の血を噴いて地面に伏した。
体育館に静けさが戻る。
「……っ、レジナルド!」
私は彼に駆け寄った。
緑色の血の海を走って、靴とくつ下が汚れる。
彼の目の前まで来ると、ようやく振り向いてくれた。
「っ、んっ」
そして彼の顔をしっかりと見る前に、私はキスをされた。
その唇は、驚くほど冷たかった。
な、なに? え、えっと。
でも、恐怖から解放された安堵が、一瞬でぶわっと広がってきて、私はキスしながら彼に抱きついた。
怖かった。私一人じゃ、殺されていた。
でも、唇が離れた瞬間。
レジナルドの姿が、まるで煙のように消失した。
(っ、……どういうこと……?)
スキルの『雲消霧散』と違う。
あの唇の温度といい、なんだか現実感がない。
(……そういえば私、返り血が……)
自分にはかからなかったけど、レジナルドは浴びているはず。
そんな彼に抱きついたはずなのに、血で汚れているのは足だけだった。
でも、どうしよう。
──助かった、けど……。
(全員が魔獣だったから、よかった。もし、これがみんな人間だったら……私は……)
二次元と三次元に分かたれていた頃──端的にいうと前世。
私は、レジナルドの非情さに惹かれた。
少なくとも私の生きる世界において、近くにいるタイプの人間ではなかったから。
でも、今はここが私の生きる世界。
モグリッジ皇国は、今でこそ争いから手を引いている。
でもそれは一時的なもの。
好きという感情だけで、私は……本当に、彼の妻になっていいの?
(ああ、ダメ、色んなことが起きすぎた……)
その場にへたり込みそうになった時だった。
ガンガンッと、体育館の出入り口が叩かれたかと思うと、バンッと勢いよく開かれた。
そして、髪の長い人物が飛び込んできた。
「マリアンヌ様!? マリアンヌ様ーっ!!」
「……えっ?!」
私は、驚かざるを得なかった。
血だまりを意に介さずに私に駆け寄って、ひしっと抱きついてきたのは──。
「アナベル……?! どうして、貴女が、ここに……」
卒業祝いの夜以来会うこともなく、そして今は母親に付き添って田舎にいるはずの友人、アナベルその人だったからだ。