表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/74

63. 最強のお守りは惚気の塊

「ぅわぁァ……っと、失礼しました」


 結界の奥に足を踏み入れるなり、籠もっていたノアが私を見て、開口一番で小さな悲鳴を出した。

 理由はわからない。

 なによもう、せっかくベアトリスから「ノア元気?」って手紙きたこと、教えてあげようと思ったのに。あとついでに軽食も。


「私、なんか変?」

「いえ、マリアンヌ様にドンび……じゃない、驚いたのではないのです」


 今、ドン引きっていおうとしたよね?!


「一つお聞きしますが、皇帝と何かありました?」

「へっ?! な、なにもないです!!」


 キスと抱擁より先は何も!!

 結局、あの後だってキスを何度かしただけです!!


「では、皇帝から何か……マジックアイテムとかいただいてませんか?」

「マジックアイテム? うーん。それっぽいのは、これかも?」


 私は鞄から、鍵を取り出した。

 厳密には鍵をまとめているリボン。文字を読まれると恥ずかしいから、端だけ見せた。


「うっ」


 ノアが呻いた。こ、これが原因?!

 でもすぐに、ノアは笑い出した。


「ははは、マリアンヌ様はとことん愛されていますね」

「えっえっ、どういうこと?」

「それ、最強のお守りですよ」

「彼はまじない、っていってたんだけど」

「はい。とっても強いまじないです」


 え、マジでいったいなんなのこれ……?

 戦士の中でも屈指の魔法使いのノアが断言するほどだよ?


「マリアンヌ様には感じられませんか?」

「えーと……触るとなんかちょっとあったかいな、ぐらいは」

「なるほど。普通の人とか、魔法が苦手な人は逆に全く感じないかもしれないですね。でも、僕には“視”えますよ」


 ノアはすっと眼を細めた。


「神々しいまでの『気』です。形でいうなら……銀色の美しい毛並みの、紅い眼をした狼の姿をとっている」


 銀の毛に紅い眼……レジナルドと一緒だ!


「まぁ、護符と一緒です。低級の魔獣や霊なら、貴女に近づこうとしないでしょう」

「そ、そんな力がこのリボンに込められているの?」

「ええ。術そのものは簡易なものです。僕が驚いたのは、込められている術者の念ですよ。……わかりやすくいうと「俺のマリアンヌに手を出すやつ、覚悟はできているんだろうな?」ですかね」


 ぎょわーー?!

 ノアの口からなんか物騒な台詞が飛び出した。

 見ただけでそこまでわかるの……?

 ……ノア、恐ろしい……。


「はは、驚きました?」

「……レジナルドにもだし、ノアの発言にもちょっと」

「うーん。言い換えるなら、マリアンヌ様のことが誰よりも愛しいってことですよ。なんというか、惚気のオーラがすごくて……目の当たりにして、呻いてしまいました。今は平気ですよ」


 う、うぅぅぅ。

 レジナルド、なんてまじないをかけてんの……!


「具体的に何が起きるか、僕もそこまではわかりませんが、肌身離さず持っているのが正解だと思います」

「そ、そっか。元々、ずっと持っているつもりだったけど」

「仲睦まじくて、大変よろしいじゃないですか」


 うー。

 自分だってベアトリスとのこと惚気てたくせに。


 差し入れの軽食を、ノアは喜んでくれた。

 アラスターが持っては来てくれるけど、さすがに連日続けて結界を維持するのは、かなり体力を消耗するらしい。

 今も、やはりアラスターが監視しつつ、侵入を抑えきれなかった魔獣をレジナルドが倒してくれないと、相当厳しいそうだ。

 でも、そんなに危険な状況なのに、他の戦士は……?

 それ以外の人も気づいていないの?

 うーん、なんか、変。


「一番の悩みは、話ができる人が限られることなんです。皇帝やアラスターさんでは、世間話に花が咲くことはないですし」


 ノア、世間話するんだなぁ……。

 ゲーム中では寡黙で、アニエスとのイベントで心を開いていったから、対面して最初から明るいノアは新鮮だ。

 確かにベアトリスの性格に感化されたなら、こうなるよなぁ。

 ちなみにベアトリスからの伝言を伝えると、すごく嬉しそうだった。



「ところで、午後は何の授業をお取りになっているのですか?」

「歴史……だったんだけど」


 私は、ある事実を思い出して、ずぅんと沈んだ。


「レジナルド、ううん、マーク先生の授業ね。隔週、なんだね……今週は休講だった……」


 そう告げると、ノアは「あー……」と返してきた。




 今朝、出勤する直前のレジナルドにいわれたのだ。


『お前、俺の講義を履修届に書いただろう?』

『ええ!? なんで知ってるの?!』

『担当教師が俺だからに決まっている。聴講生も例外なく名簿に記されるのだから』


 考えれば当然なんだけどね……。


『だが、惜しいな』

『? 何が?』

『俺の授業は隔週だ。そこまで重要な単元でもないからな。そして今日は休講』

『……え?』

『え、ってお前。知らなかったのか?』


 し、し、知らなかったよ?!

 いやでも、もしかしたら履修表に書いてあったかも!!


『……そう残念がるな』

『でも』

『お前になら、いくらでも俺が特別授業をしてやる。みっちりと、二人きりで』


 あああああああもう!!

 耳元で囁かれて、私は思わずペチン! と、レジナルドの胸板を叩いたのだった。

 レジナルドからすれば、蚊に刺された程度にしか感じなかっただろうけどね。

 そして彼は、私の耳にキスしてから、部屋を出て行った。




 思い出しちゃって、顔が熱くなる。

 色々と恥ずかしくて。


「ベアトリスがいってましたよ」

「え? 何をいってたの?」

「マリアンヌ様には幸せになってほしい。きっとあの皇帝なら、そうしてくれるはずだって」

「……ベアトリスが……」

「僕でもわかりますよ。マリアンヌ様も、大好きなんですね」


 私はこくりと頷いた。


「正直、皇帝の様変わりに驚くばかりでした。恋だけでここまで変わるのか、ともね。なにせ、少なくとも半年前までは、確かに皇帝は僕達と敵対していた」

「『夜の世界』で、だよね」

「ええ。でも、ある時期、魔獣が統率を失ったのです。同時に皇帝の姿も見なくなりましたが……それからまたしばらくして、今度は魔獣が、以前よりも知恵を身につけ始めた」

「……」

「今は、皇帝ではない別の誰かが、『夜の世界』を支配しようとしています。僕達の使命は『夜の世界』を正して、こちらの世界の平和を守ること。皇帝と積極的に戦いたいわけじゃないんです」


 だからこそ、手を組むことにしたんだね。

 でも戦士達全員が同じ意見でもない、ということ。

 ラファエルは未だレジナルドを敵視しているし、レジナルド自身が暗躍していると思っているけど。


 私は、気になっていたことをノアに聞いた。


「……ねぇ、ノア。最近、ジークハルト先生に会った?」

「ジークハルト先生ですか? いえ。ここに籠もってからは、一度も……それが、いったいなにか?」






 放課後。

 私は、アニエスの指定通り、体育館にある準備室に向かった。

 普段は鍵がかかっているから、その前で待とう思ったの。

 でも──鍵は、あいていた。


(もしかして、中にいるのかな?)


 アニエス。貴女は何を知っているの?

 あの手紙の『選んだ方が本物になる』ってどういうこと?

 それを教えてくれる、よね?




 だけど、扉を開いた中で待っていたのは──。



「よお、マリアンヌ君! よく来てくれた」



 笑顔のジークハルト先生と、数名の生徒達だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ