62. モーニングティーを二人で2~私を見て、抱き締めて~
後ろから視線は感じたけど、無事に紅茶を淹れ終えた。
どうぞとレジナルドに差し出して、私も椅子に腰掛ける。
椅子は向かい合うんじゃなくて、斜めに隣り合う位置にある。
一口含むと、ほっと、ひと心地ついた。
「お前の淹れたものは、美味いな」
「本当ですかっ?」
「ああ。自分で淹れたら、不味かった」
「カモミールティーですか?」
レジナルドが頷く。
飲んでくれたんだ。嬉しい。
でも、淹れるの失敗しちゃったんだ?
なんだかかわいい。
「なんだ、笑わなくても……」
「あ、ごめんなさい。たぶん、淹れた茶葉が多かったのかも? スプーンでちゃんとはかった?」
「はかっていない」
原因はそれかー。
思わず、また笑っちゃった。
「お前は、表情がころころ変わるな」
「う。慎みがなくてすみません」
「違う。見ていて飽きない、ということだ」
それって褒めてる?
なんか、子どもっぽいっていわれた気分なんですけど。
「愛は瞠目。覚えているか?」
「昨日よりも今日、今日よりも明日、愛しくなる?」
「そうだ。お前は確かに、令嬢らしからぬ言動ばかりだが……」
一言よけいです!
「俺は、そんなお前に救われている」
「本当に?」
「ああ。お互いを知っていても、隔たりの日々の方が、ずっと長かった。婚約してまだ日が浅いのに、俺はもう、お前と離れがたいと思っている」
……レジナルド、どうしたんだろう。
そりゃ、甘い言葉はたくさんかけてくれるし、キスだっていっぱいしてくれるけどさ。
今はなんだか、あえてそう私に告げることで、言い知れない不安や寂しさを紛らわせているような。
私の考えすぎ? あんな夢を見ちゃったせいかな?
「ねえ、レジナルド」
「ん?」
「貴方は、『私』を、本当にずっと見てくれる?」
レジナルドが固まっちゃった。
あれっ、そうだ、この言葉、夢のこと話してないと意味がわからないよね?!
私、これじゃ唐突に甘えだした女だよ!
違うのそういう意図じゃないの。
不安そうな貴方を見て、私も不安に……。
「俺は、お前しか見ていない」
でも、優しく微笑んで、即答してくれた。
胸が、きゅうっと締めつけられる。
「もしかして、夢の中の俺が、お前に何かをしたのか?」
「ええっ?! わかるの? ……あっ」
図書館の時みたいに、またカマかけられた?!
そして引っかかる私!! 間抜け!!
「違うの。あんなの、ただの夢だから」
「何をしたんだ、夢の中の俺は」
「……『私』じゃない私を見てた。それだけ」
たったそれだけなんだけど。
私にとっては、あまりに苦しかった。
「忘れろ」
「え?」
「そんな男のことは忘れろ。お前も、俺だけを見ていればいい」
その言葉。
なくした金色のリボンに書かれていたのと、同じだ。
結局、合間をみて探してみたけど、見つからなかった。
おかしいな。誰か持っていったのかな。
「どうすれば、夢の中でもお前に触れられるんだろうな」
「……あの、前はね、触れてくれたこともありましたよ?」
「ほう?」
「あ、でも、詳しいことは忘れたの! それに、いつも望んだ夢を見れるとは、限らないし」
だから人は、願いをかけるんだよね。
前世では、きっとそこまで誰かを想わなかった。
今は──違う。
この世界で生きている貴方と、夢でも逢いたいと願ってる。
「同床異夢、という言葉がある」
「どうしょういむ?」
「夫婦が同じベッドで眠りながら、違う夢を見る──心が離れている、という意味だ」
「あまり、いい言葉じゃないですね」
「お前とは異床同夢でありたい。ゆくゆくは同床同夢、だな」
うううぅぅ。
突然、四字熟語を使ったと思ったら恥ずかしいことを。
でも、そうなりたいな。私も。
「だが、仮に違う夢を見たとしても、現実でこうして逢えばいいだけだ。言葉を交わすことも、見つめ合うこともできる」
「……はい」
「とはいえ……こんな、俺の服を着てまで願ってくれたのに、不甲斐なくてすまないな」
あーーーーーーっ!?
全然ツッコまないからスルーされてると思ってたのに!
油断した!!
そ、そりゃそうですよね。どう見ても彼シャツです。
ハッキリと私の意思による彼シャツです!
「だが、お前だってもう少し頑張ってくれないか」
「え? なにを?」
「俺も、お前と同じようにしたってことだ」
彼女シャツ(?)ってやつ?
でも私のシャツ、レジナルドは入らないんじゃない?
「……妙な想像をしているところ悪いが、さすがに着ていないぞ」
「えっ!? なんでわかったの?!」
「お前ほどわかりやすい顔はない」
うぐぐ。
じゃあどうしたっていうのよ。
「お前の肌に触れた衣を掻き抱き、温もりの残滓に縋り、甘やかな香りの中で眠りについたということだ」
だからーー!! 言い方ーー!!
「お前の服を抱いて寝た」だけで充分通じるよ!!
それでも恥ずかしいけど!!
温もりとか香りとか、必要ですかね?!
レジナルド、なんだか勝手に元の調子に戻ってるし。
私だけ振り回されてる。なんかずるい。
「お前は可愛いな、マリアンヌ」
「うぅうぅ、複雑です……」
「褒め言葉だ。素直に受け取ってくれ」
素直に受け取れないのは貴方のせいですけどね。
「……これも受け取ってくれるか?」
そういって、レジナルドは私の右手を左手でとると、懐から何かを取り出して、そっと手の平に置いた。
「……あ……!」
金色のリボンだ!!
嘘っ! あったんだ!!
半分裂けちゃっているけど……。
「すまない、実は」
「ありがとうございます……っ! 見つけてくれて!」
最初に聞いた時は知らないっていってたけど、その後で見つけてくれたのかな。
私はぎゅっとリボンを握りしめた。
「どうしてこんなもので、そこまで喜ぶんだ」
「え?」
「変哲のないただのリボンだ。それに、今は裂けている」
なんでそんなこというの?
喜ぶ理由なんて、決まってるでしょ?
「レジナルドがくれたメッセージだからだよ?」
「……」
「これを貰った時もね、私、貴方の夢を見れなかったの。偶然だったと思うけど、俺だけを見ていればいいって書いてあって……すごく、すっごく嬉しかったの」
そんな大事なものを、なくしてしまった私が悪い。
裂けてしまったのは、きっと落としたせいだよね。
「お前はどこまで、純粋なんだ」
レジナルドが、小さくため息をついた。
どういうこと? 素直に喜ぶのはダメなの?
「真っ直ぐで、どんな悪意も好意に置き換えようとする。俺には、とても眩しく映る」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、そんなイイヒトじゃないよ」
「お前がどう思おうと、俺の認識はそうなんだ」
うーん。『単純』って言葉が一番しっくりくるんだけどなぁ。
でも、レジナルドの気持ちを否定したくない。
「ありがとう、レジナルド。リボンは裂けちゃったけど、頑張って直してみるね」
「できるのか?」
「うん。刺繍すればいけるかなって。貴方のメッセージは見えなくなるかもしれないけど、私が覚えてるから」
「……」
「だから、もうこんなものっていわないでね。今度こそ、大事にするから……、わっ」
すると、レジナルドが急に抱き締めてきた。
ぎゅっと力強くて、ちょっと苦しい。
でも、すごく温かくて、安心する。
抱き返したいけど、腕までホールドされているから、頬を寄せることしかできない。
ちょっとだけ、もどかしい。
そう思っていたら、キスをされた。何度も。
紅茶の味がしたけど、どっちが飲んだものなのか、私にはわからなかった。
──でも、自分が今、幸せなことだけはわかるよ。
更新は明日以降の予定です。