59. ニセモノとホンモノ
誰かが泣いている。
でも姿は見えない。
『私は、なんて、罪深いことを』
ねぇ、どうしたの?
罪ってなんなの?
泣かないで。
『許されるはずがありません。だから、消えなくては』
そんなことないよ。
消えなくてもいいんだよ。
教えて。貴女の罪ってなんなの?
どうして泣いているの?
『お願い、あの方を……助けて……!』
あの方? 助ける?
『どうか……貴女は、貴女の望む貴女で……』
ねぇ、待って。お願い、行かないで。
「……っ! あ……夢?」
また、あの声を聞いた。
泣いてた。自分は許されないって。
あの方を助けて、って。
やっぱり、あの声って。
(……私……だよ、ね?)
私が、私の声を聞いている?
ううん、違う。
あれは──悪役令嬢の『マリアンヌ』?
じゃあ、助けてっていうのは、ラファエル?
ラファエルの身にも危険が迫っているの?
それに罪って何?
(──ダメ。何も、わからない)
自分に呼びかけても、何も返ってこない。
それとも、環境の変化による疲れで見た夢にすぎないのかな?
それはそうと。
私、部屋のデスクで居眠りしちゃってたみたい。
食堂でご飯を食べて、シャワーを浴びて、宿題を片づけて次のことをしていたら、ついウトウトと。
やっぱり魔法の練習で疲れてたのかも。
(レジナルド、まだ帰ってないみたい)
隣から物音は、何も聞こえない。
まだ日付は変わっていないけど、いい時間だよ。
背伸びをする。
うーん、短時間でも変な体勢で寝ると、身体が痛い!
(きっと疲れてるよね。魔獣は夜はあまり動かないのかな。それなら、ちゃんと寝てほしい)
気まずい雰囲気で別れたのが気になって仕方なかった。
なので、ごめんなさいと告げたくて、プレゼントをレジナルドの部屋のドアノブに引っかけてきた。
本当は、ちょっとした軽食を作ってあげたかった。
でも、食堂のキッチンはなかなか使わせてくれなかったし、材料も買ってなかったから、売店に行くしかなかった。
こちらも軽食は殆ど残ってなかったけど、いいものを見つけた。
(今度は材料も揃えて、何か作ってあげたいな。レジナルド、何が好きなんだろう?)
チョコは食べていたけど、結局ほかの好みは謎。
好きな飲み物はミルク入りの無糖コーヒー、あとお酒。部屋にあったのはたぶん、ウイスキーだ。
プレゼント、気に入ってくれるといいな。
手紙も入れてきたけど。
……ちょっと恥ずかしいこと書いちゃったかも。
(よかった、私、またちゃんと笑えてる。朝、起きたらごめんなさい……ううん、ありがとうっていわなきゃ)
さて、やること終わらせて、ベッドで寝ないと。
宿題をすませて取りかかったのは、手紙の返信。
ベアトリスには、ノアは元気にしていることと、研修頑張ってね、と書いた。もちろん、ノアに差し入れしたいなら学園寮に送って、ということも。
私とレジナルドのラブラブ話をノアにしていた件については、まぁ、不問ってことで!
アナベルには、まずお母様の病状回復を祈るということ、相談したいことがあったら何でもいってほしい、そして……。
『いつでも遊びにきてください。嫁いだ後は、ぜひ皇国へお越し下さいね』
私が書けるのは、これぐらいかな。
愛する人と結ばれて羨ましいっていわれたことは、さらりと返した。何を書いても惚気になる。
あくまで「遊びにきてね」としか返せない。
ベアトリスの前世を考えると、アナベルだってきっと──。
でも、そのことは直接、彼女に聞かなきゃ。
(よくよく考えたらすごいな、前世からの友達だなんて)
なのに、私は彼女達のことを、実はよく知らない。
でも大丈夫、やり直せる。
せっかく、また巡り会ったんだもの。
(さて、これは明日の朝出すとして、そろそろ寝よっと)
明日はレジナルドの講義もとってる。
学校の先生やってるレジナルドって、どんな感じなんだろ。
「あ、そういえば」
私は、鞄からノートの切れ端を取り出した。
『明日の放課後、体育準備室に一人で来てください。誰にもいってはダメです』
差出人の名前はないけど、筆蹟からしてアニエスが書いたもの。
本来なら、誰かに相談すべきなんだろうけど。
でも、アニエスが話をしてくれるなら──信頼を裏切っちゃダメだと思う。
一人で行こう。
そう決めたのは、いいんだけど。
「……やっぱりこの紙、なんか変」
一部に触れると、なんか、引っかかるような感触がある。
んん? これってもしかして、上に重ねた紙に文字の跡が写ってるのかな。
ものすごい筆圧だな?!
……私は目を凝らした。
結局、鉛筆を取り出して、しゃーって塗っちゃったけど。
「ん?? なにこれ??」
浮かび上がってきた文字は、ちょっと読みにくい。
走り書きみたいな感じだったから。
でも、確かにこう書かれていた。
【ニセモノ、チュウイ】
【エランダホウガ、ホンモノニナル】
「偽物、注意? 選んだ方が、本物になる?」
……アニエス?
貴女は、何かを知っているの?
明日、教えてくれるのかな……?
『アニエスにも少し注意しておけ』
一方で私は、レジナルドの言葉を思い出していた。