57. 鎧騎士・ジークハルト登場
レジナルドに抱きついてキスをしようとした。
そしたら、人に見つかった。
1 私は変装していない
2 私に婚約者がいることは割と有名
3 レジナルドは現在マーク先生
詰んだ。
すると、レジナルドがすっと身体を離した。私もそれに従う。
「シュタインマイヤー先生、私ですよ」
レジナルドが振り返ってそういった。
私はちょうど、彼の背中に隠れる形になる。
(シュタインマイヤー……ジークハルト先生だ!)
姓の方で呼ぶことはあまりなかったから、すぐに結びつかなかった。
でもこんな状況で会ってしまうなんて。
「ああ、マーク先生か。話し声がして、てっきり、いつまでも喋って残っている生徒かと思って。……おや? 後ろにいるのは?」
あ、ダメだ、さすがに気づかれた。
でも、この様子だと、キスしていたところは見てない?
顔を出していいのかな? と、レジナルドを見ると、大丈夫だと、アイコンタクトを送ってきた。
「お久しぶりです、ジークハルト先生」
「おお、マリアンヌ君か! 聴講生になったと聞いたが、元気そうで何よりだ」
ああ、懐かしいな。
ジークハルト・フォン・シュタインマイヤー先生。
いつだって、生徒の一人として気にかけてくれた。
そして、アニエス達とともに戦う戦士でもある。職業は鎧騎士。
「ラファエル君とのことは、残念、というのも少しおかしいが。あれは俺も納得できず、二人に問いただしたんだ」
「そう、だったのですね」
「君にとっては愉快な話ではないだろうが、反省している様子だった。しかし君も、新たな婚約を結んだと聞いて安心した」
すごいな。国の王太子に対して詰問とか。
ちなみにジークハルト先生は、誰に対しても、君づけ。
身分も性別も関係ない。
「すごいな、今度は皇妃様とは! そうなればさすがに、こんな口の聞き方はできんな」
「いえ、先生は先生です。お気になさらず」
すると、ジークハルト先生が、すっと眼を細めた。
「君は、随分明るくなったな」
「えっ」
「いや、以前の君は、いつも「大丈夫です」としかいわなかった。それがオレには、強がっているように見えてなぁ」
マリアンヌと、今の私の、違いを見抜いている?
いや、当然といえば当然なんだけど。
でも、周りはみんなすんなり受け入れていたから、あまり気にしてなかった。
レジナルドは気づいていたわけだけど……。
「まっ、なんにせよ良かった、良かった!」
「……あの、一つお聞きしてもいいですか?」
「ん?」
「本当に、私の新しい婚約を祝福してくれるのですか?」
私はある違和感に気づいた。
ジークハルト先生は、戦士だ。
戦士なら、そんな簡単に、私の新たな婚約を祝える?
相手は、敵であるレジナルドなのだから。
「……。そうだったな。君はラファエル君の婚約者。オレ達の事情は知っているか」
もしかして、私が『夜の世界』でのことを知らないと思ったから、あえて祝ってくれただけ?
でもつっこんで聞こうにも、レジナルドの前でしていいのかな。先生には、彼は『マーク先生』にしか見えてないはず。
「ま、複雑ではあるんだが。ちょっといいかい?」
耳打ちを促されたので、レジナルドに気遣いつつも、私はそっと先生に近づいた。
「実はな、あの皇帝が、君にぞっこんだと噂がもちきりでな」
「うえぇ?!」
「卒業祝いの夜に、君に一目惚れをして、婚約破棄の瞬間にすかさず求婚した。衆人をはばからず、自らかしずいて懇願するほど、実に熱烈だったと。オレはその場にいなかったが」
「ええ……?」
「武名を轟かせる若き皇帝にあそこまでされたら、受け入れるしかないってな」
うーん、大筋の流れは間違っていないんだけど。
あれはレジナルドが懇願したんじゃなくて、私が即オッケーしてしまったんだよね。
レジナルドの方が、私に一方的に惚れたことになってる?
その皇帝、今、目の前にいますけど。
「オレはな、愛は人を変えると思っているんだよ」
「先生?」
「ま、オレもお人好しなんだろうね。あの皇帝が人を愛することを知ったなら、きっと……悪いことじゃないってな」
──そうだった。
ジークハルト先生は、かつて別の国の騎士団に所属していた。
彼には、大切な女性がいた。
彼女はジークハルト先生の『最愛の魂』だった。
でも、不慮の事故で命を落としてしまう。
その事故にはジークハルト先生が関わっていて、彼は、失意のまま騎士団から、そして故国からも去った。
もちろんこのことは、誰も知らない。
ジークハルトと恋をした場合の、アニエス以外は。
彼との恋愛で描かれるのは、亡き人への忘れえぬ愛、そして最愛の魂を再び求めることへの葛藤だ。
ジークハルト先生は、愛の力を信じてやまない人。
だからこそ、レジナルドが愛を知ったなら──と、考えているのだろう。
「で、こいつぁノアからつい最近聞いたんだが」
「ノアから?」
「今じゃ皇帝と君は、相思相愛なんだってな。それはもう、見ていてこっちが真っ赤になってタジタジになるぐらいに」
「え、ええっ!?」
「もうとーっくに結婚したんだと勘違いしたってさ、ハハハ」
ノアーーーー?!?!
やだーーー!! 尾ヒレがつきまくってる?!
まままま、まさか、こっちもベアトリスが情報源?!
「……ふっ」
ちょ。
後ろでレジナルド(=マーク先生)が噴きだす声がした。
待って待って貴方のことですよ?!
なに笑ってんの?!
「そんで、マーク先生。マリアンヌ君とここで何を?」
「モグリッジ皇国の歴史についての質問を受けていたのですよ。あまり人の多いところでだと、「皇妃になるのにそんなことも知らないのか」と思われるのが嫌だ、と。……そうだったね?」
「あ、はい」
そうだったね、なんて聞き方、新鮮だな。
顔はレジナルドだからなぁ。あくまで私の視界では、だけど。
それに、魔法の特別授業なんていえないし。
マーク先生は歴史教師だから。
「はーっ、マリアンヌ君は本当に熱心だな。ま、オレは身体動かすことしか教えられないけど、いつでも頼ってくれよ」
「はいっ」
「じゃあ、オレ行くな。マーク先生、マリアンヌ君を部屋に送ってってやってくれ。もう遅い時間だ」
「……わかりました」
「どうせ方向は同じなんだろ、周りに誤解されないようにな」
そういって、ジークハルト先生は去って行った。
うん。
やっぱり戦士達と話をするには、ジークハルト先生を通した方がいいと思う。
なんだったら、レジナルドに変装を解いてもらって、ここで話をしてもよかったかも。
「……?」
レジナルドの方を見ると、彼は、ジークハルト先生の去った方向を冷たい眼で睨んでいた。
どうしたの?
なにか、先生が気の障ることでもいったのかな?
「マリアンヌ」
「はい」
「ジークハルトには、念のため用心した方がいい」
「えっ?! どうして?!」
私が思わず詰め寄ると、レジナルドは眉根を寄せた。
「あいつ、なぜノアから聞いたといったのだ?」
▼人物紹介▼
【ジークハルト・フォン・シュタインマイヤー】
王立ミシェル学園の体育教師。28歳。
豪放磊落で生徒思い。元は西国の騎士団員だったが、三年前に引退。
誰かを守ることに命を燃やすのには、守れなかった過去があるかららしい。
職業 : 鎧騎士 射程:近 属性 : 土 武器 : メイス&盾
HP : A+ 筋力 : A+ 器用 : C+ 守備 : A++ 速度 : F 魔力 : D- 幸運 : B+
▼固有スキル
『ダイヤモンド・プライド』……自身の防御力上昇+ヘイト集中。重ねがけ可。
(重ねがけが上限に達した時、守備がS+++になる)