53. 友人からの手紙
私の部屋は、綺麗に調えられていた。
レジナルドの部屋は角だからか、寝室とリビングで分かれていたけど、ここはワンルーム。
貴族専用棟ならもっと豪華なんだけど(ベアトリスやアナベルが入寮していたので何度か行った)、短い間だし、全く問題なし。
ベッドの上には、今日の着替え。
テーブルには、筆記具とノート、この部屋の鍵。
そして手紙が二通。家に届いたものみたい。
私はまず、レジナルドから借りた(もとい貰っちゃった)シャツも、制服のスカートも脱いで、下着も替えて、白いブラウスと青色のロングスカートに着替えた。
それから、手紙を手に取った。
返信を書く時間はないけど、読む分にはまだ大丈夫そう。
一通はベアトリスからだ。
ノアに会えたかどうかが主な内容だった。
そして、恋人である彼のことが心配だと書かれていた。
うーん、元気ではあるけど、結界を維持するために身動きが取れない状況なんだよね。
手紙に『夜の世界』やレジナルドの名前を出すと、うっかり他の人に見られた時にややこしくなりそうだし。
心配いらない、ノアは頑張っているよ、と書いとこう。
もし彼に渡したいものがあれば、学園寮に送っておいて。私が渡しておく、って追伸もね。
たぶんベアトリスなら、それで察してくれるはず。
もう一通は……。
「えっ、アナベル……?!」
学園に潜入する前に手紙を送ったけど、どうやら私がいなかった昨日に返事が届いたみたい。
アナベルは今、都を離れている。
父親であるフォートリエ公爵が、アナベルの母である奥方に別居を命じたから、彼女はそれについていった。
母方の田舎にいると聞いたから、そちらに届くように送ったのだけど。
ベアトリスの前世が、私の友人だったことから、いつも一緒にいた彼女もそうなのでは──と思った。
でも、そんなこといきなりは聞けない。
だから、まずは家の事情を知らなかったことを詫びて、いつでも気兼ねなく遊びに来てね、と書いた。
『親愛なるマリアンヌ様』
『ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。私は大丈夫です。両親の関係について、少々誤解があるようですが、父が命じたのは母の静養でございます』
どうやら不仲での別居ではなく、母親が病気となったため、里帰りさせたというのが真相らしい。
でも、アナベルまで同行するってことは、病状が重いのかも。
今度はそっちが心配。
(そういえば、卒業したらアナベルはどうするっていってたかな。記憶にない)
婚約していたとも、さらに進学するとも聞いていない。
早い段階で、母親についていくことを決めていたのかな。
(ベアトリスの婚約もだけど、私、友達のこと……あまりよく知らない)
知ろうとしなかったのかもしれない。
ベアトリスとノアの場合は、きっと二人だけの事情があったんだと思うけど。
もっと、彼女達の顔を見て、声に耳を傾けなきゃいけなかった。
(ゲーム知識は参考にしても、彼女達だって今はこの世界に生きている人間……戦士達だって、レジナルドだって……私だって)
今からでも、遅くないかな。
アナベルにとって、私は何でも話せる友人になれる?
『そして最愛なる御方とのご婚約、誠にお慶び申し上げます』
唐突に文面が、レジナルドとの婚約祝いの話になって、私は思わず顔が真っ赤になった。
あ、あはは。最愛なる御方、か。
そう……です。
間違いなく、レジナルドは私の最愛の人。
『お羨ましい限りです。貴族の娘として生まれた以上、想いを寄せた殿方と結ばれることは稀有なものですから』
そうだよね。
私は、恵まれすぎている。
だから、やれることをやらないと。あの人のためにも。
アナベルも、そういう人に巡り逢ってほしい。
「って、もうこんな時間?!」
時計を見て、そろそろ出ないといけないことに気づいた。
まずは、聴講する予定の授業の登録申請で、学生課に行く必要がある。教科書はその際に借りることができて、購入は任意。
だから鞄に詰め込むのは、ノートと筆記具で充分。
そして、部屋の鍵を手にしたんだけど。
あれ、一個だけ?
学生にはスペアキーはないのかな?
レジナルドに渡す分がないとか思ったけど、冷静に考えて人にあげたらダメだよね。
もしかして、そういうことがあるから……鍵は一個なの?
(夜はいつでも歓迎、だなんて。……本気?)
レジナルドからは合鍵を貰っちゃった。
夜に自分から行くなんて、勇気がいるけど。
返したくない。
「……そうだ!」
私は、鞄に入れ直していた、赤色のリボンを取り出した。
なくしてしまった金色のリボン代わりに、メッセージを書いてもらった。赤は、レジナルドの眼と同じ色。
これは、私のお守り。
効果は教えてくれなかったけど、レジナルドが魔法をかけてくれた。
そして、私の眼と同じ緑色のリボンはレジナルドが持っている。
私は、鍵の持ち手にあいた穴に、リボンを通した。
ノアの結界に通じる鍵、自分の部屋の鍵。
そして、レジナルドの部屋の鍵。
キーホルダーを売店で買おうかな、と思っていたけど。
これなら、なくさないよね。
【俺が見つめるのは、永遠にお前だけ】
赤いリボンに書かれた、レジナルドのメッセージ。
……うん。
私は、貴方の想いに応えられる、私であり続けたい。
今は誰も、見ていない。
私は、リボンの端に、そっと軽くキスをした。
じんわりと温もりを感じたのは、気のせい……かな?