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52. 魔法の目覚めと鍵

「気のせい……だよね?」


 ふるふると首を横に振ってから、私は顔を洗って髪をといた。

 どうしよう。

 制服、置いてくれてあるから、着替えておく?

 でも今日からの授業、私服でもいいっていってたし。

 隣の部屋に私服も持ち込んでくれているはずだし、誰もいなくなってから着替えに行こう。




 脱衣場から出ると、レジナルドもちょうど着替えを終えたところだったみたい。


 ──スーツの上に白衣、そして眼鏡。


 私にはレジナルド(が変装しているよう)に見えるけど、もう術をかけてあるのかな?


「制服に着替えないのか?」

「うーん、部屋に戻ってから、私服に着替えようと思って。だから、まだしばらく、このシャツ借りていてもいい?」

「やる」

「えっ?」


 ちょっと! 私が袖通したものはもう着たくないってこと?

 心配しなくても、綺麗に洗って返すし!!


「それを見るたびに、お前は俺を思い出す。そんなお前に思いを馳せる……(くら)い悦びだが、許せよ」


 つまり、悪趣味だってこと?

 うーん。


「じゃあ、私の制服のシャツ、要ります?」

「……ん?」

「そしたらおあいこかなって……あれ? なんか間違ってます?」


 どうせ制服、もう着ないし。

 いや、でもレジナルドのシャツはまだまだ使えるものだし。

 不要品を押しつけただけだ、これ! 無礼の極み!


「ごめんなさい、今のなし!!」

「なぜ謝る? 俺は心が沸き立つぐらいに嬉しいんだが」

「ええ?」

「独臥を(かこ)つ夜のこの上ない慰めとなる」


 ん? なんていった?

 翻訳して!


「……。独りで眠る夜でも、お前がそばにいると感じられる、という意味だ。ここまでいえばさすがに、わかるな?」

「う……あう……わかります」

「お前も同じ気持ちであれば、なおのこと喜ばしいが」


 ひぇぇ……。

 う、いまさら「やっぱりダメ」は通じない、かな。



「……そ、そんなことしなくても」



 少し声が震えるのは、恥ずかしいから。


「もう少ししたら、ずっと一緒にいられるのに」

「マリアンヌ……」

「独りで夜を過ごさなくったって、いいでしょう?」



 結婚って、つまり、そういうことだもんね。

 寂しいこと、いわないでよ。



「お前は本当に、俺に対して熱烈だな」

「そ、そんなつもりは」

「ないとはいわせない。……来い」



 手招かれるまま、私は近づく。

 抱き締められて──瞼にキスを落とされる。



「あ、あのね……今後のことで話があるって、いってたけど」

「ん?」

「あ、あのっ、話を、んっ……」


 瞼だけじゃない。鼻先も、頬も、そして唇にも。

 このままだとキスに溺れそう。

 レジナルドの方がずっと熱烈だよ!


「──今が夜なら、やめずに済んだものを」


 そ、そうですね! 爽やかな朝ですからね!

 というか、出勤しなくていいの……?

 ご飯だって食べてないよね? 大丈夫かな。




「話というのは、お前が受ける講義のことだ。俺は、魔法実技を受けに行くのを勧める。概論は在学中に取ってあったな?」


 レジナルドが、私も抱き締めたまま告げた。


「あれって、素質がある人でも、すでに何らかの形で発現できている人間しか受けられないはずじゃ……」


 だから必修単位ではない。

 でも、一種のステータスみたいなものになっている。

 素質があっても、魔法を使えなかったマリアンヌが取ることのできなかった単位だ。


「気づいていないかもしれないが、お前はすでに一度、魔法を使っている」

「ええっ?! 嘘!」

「本当だ。お前が発現させた属性は、氷だ」

「氷……」



 本編で、マリアンヌが破滅に向かう時に発現した属性も、同じく氷だ。

 ルートによっては炎だったりもしたけど。


 ……待って。

 じゃあ私……破滅の道に、知らないうちに進んでいる、なんてことない?


 ……怖い……。



「氷は攻守ともに優れた属性だ。基礎だけでも学んでおけば、必ずお前の身を助ける」

「じゃあ私も……戦えるようになるってこと?」

「できれば、俺はお前には戦ってほしくない。だが、力を持つなと押さえつけるつもりもない」


 レジナルドは、あくまで私を守ってくれようとしている。

 でも、選ばせてくれるんだね。私に。


「強要はしないが、無意識に使ったということは、放っておけば暴走の可能性があるともいえる。それは、できれば避けたいところだ」


 本当に、いつ使ったんだろう。

 そしてレジナルドがどうして知っているの?

 でも……こういう時に、嘘をいう人ではないから。


「私、受けます。自分の身ぐらいは守れるようになりたい!」

「……無理はするなよ」

「大丈夫! 頑張りたいの。そしたら、足手まといにならずに済む、って」


 レジナルドに魔獣退治を任せちゃったんだもの。

 アニエスと話をしに行くしか、できることがなかった。

 でも、魔法が使えるようになれば、一緒に戦える!



「頑張らせてね。私も、貴方を守れるようになりたいの」



 私は、レジナルドの胸に顔を埋めた。

 遠すぎる道のりかもしれないけど。

 でも、何もできないって悩むより、ずっといい!

 よっし! やることが増えると、やる気も倍になる!



「……もう充分、俺は守られている」

「え? なにかいった?」

「いや。なんでもない。……マリアンヌ。お前に実技を勧める理由はもう一つある」


 私は、顔をあげた。


「魔法そのものを教えるだけなら、俺でもできる。だがこの実技は、アニエスも取っている」

「……あっ、そうか。彼女も発現者……」

「そうだ。他の講義も出席を被せることはできるだろうが、座学よりは話す機会を作れるだろう」

「ありがとう。そこまで、考えてくれて!」


 戦士達と一緒に戦うことができれば、『夜の世界』の秩序も取り戻せる。

 そしたら──誰も、傷つかずに済む。

 レジナルドも、私も、生き残る。幸せになれる。



「レジナルド!」

「ん?」

「大好き。世界で一番好き! 私、貴方と幸せになりたい!」

「……知ってるさ、とっくに」


 レジナルドが呟いて、笑った。

 私だって知ってる。

 レジナルドは、私のこと──すごく好きだよね。




 結局、魔法実技を受けろって話だけなのに盛り上がっちゃって。

 レジナルドからのキスを受け止めていたら、いい時間になっちゃった。


 ……レジナルドは、キス魔だ。本当に。

 結局、制服のシャツも渡すことになったし。


 気づいたら、隣室も静かになっていた。

 レジナルドが、廊下の様子を見てくれた。誰もいない。

 この隙にと、私はレジナルドの部屋を出る。

 私に宛がわれた部屋は、鍵がかかっていなかった。



「じゃあ、着替えてから学園に行くね」

「ああ。俺もそろそろ『マーク先生』になる時間だ」


 そのいい方に、私はくすっと笑った。

 中に入ろうとすると、レジナルドに「待て」と呼び止められた。

 なんだろ?

 レジナルドが近づいてきて、ポケットから何かを取り出した。


「手を出せ」

「は、はい」


 いわれるまま両手を出すと、その上に、レジナルドは握っていたものをそっと置いた。


 それは、二本の鍵だった。

 一つは見覚えがある。


「こっちの鍵、もしかして……」

「そうだ。バーリフェルトの小僧が張った結界に通じる、あの書庫のドアを開けられる。いざという時は、あそこに逃げ込め」

「こ、これっ、持ち出し禁止なんじゃないの? そもそもなんでレジナルドが持っているの?」

「俺の人徳ゆえ、とでもいっておこうか」


 ……怪しいなぁ。


「安心しろ。タネを明かすと、これは書庫ではなく、あの小僧が作った結界に通じる扉を開ける魔法の鍵。お前の思っているものとは別物だ」

「な、なるほど? ……で、こっちのは?」


 訊ねると、レジナルドが口角をあげた。

 悪い笑みだ。


「周りの眼にさえ気をつけてくれればいい。ここは角部屋だから簡単だろう?」

「……ちょっとっ、まさかこれ」

「夜は、いつでも歓迎する。それじゃ、いってくる」

「へっ!? あ、あ、いってらっしゃい?!」


 レジナルドはひらひらと手を振って、私の前を通っていった。



(合鍵を……貰ってしまった。しかも夜って、それって!)



 しませんしません! そんなこと!!

 あ、でもこれ、私も……部屋の合鍵、渡すべき?

 いや待て待てっ!


「……うぅぅ、もー……心臓もたないぃ……」


 いちいち私の心を振り回すんだから。

 ……それでも、好きだけどね。



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