50. 二人きりの夜4~レジナルドの独り言~
唇が僅かに離され、頭を撫でられる。
そして今度は、軽いキスをされる。
「夜も更けてきた。そろそろ眠るといい」
「でも……っ、私」
「俺もきちんと睡眠をとる。心配するな」
そんなこといわれたら、もう何もいえないよ。
勇気、すっごく出したんだけどな。
「今夜、お前の夢の中に往きたい。もし現れなかったら、朝、俺の頬を思いきり殴れ」
「そっ、そんなことできませんっ!」
「はは、お前は優しいな」
うー……。
緊張を保てない。
こういうところ、すごくズルい。
さくっと片付けをしてから、私は寝室に案内された。
リビング以上に何もない。
ベッドはシングル。書き物用のデスクと椅子、サイドテーブルとその上にあるライト。あと数冊の分厚い本。教材かな?
うーん、シンプル。
「鍵は内側からしかかからない。安心しろ」
かけないよ。
だって、手を出さないんでしょう?
第一かけたって、術で入ってこられるわけだし。
でも……。
「……レジナルド。今夜は、あの、やっぱり一緒に」
わななく唇を、レジナルドの人差し指の先がそっと押さえてきた。
私が言葉を飲み込むと、すぐに離れた。
「今は、その気持ちだけを受け取っておく」
「……。はい」
「おやすみ。愛しいマリアンヌ」
「……おやすみなさい。私も大好きよ、レジナルド」
夢で、待ってるからね。
微笑むことで伝えると、キスをされた。
軽く重ねるだけだったけど、とても優しかった。
ドアが閉まる。
私は、鍵をかけなかった。
──はぁ。
さっきの私、大胆すぎたかも。
改めて、慎みがないって思われたんだろうな。
地味に凹む。
……マリアンヌだったら、どうだったかな。
私の中には彼女の記憶や知識がある。
前世のより、こっちのが現状、役立っている。
ただ、記憶に伴う彼女の感情を、いまいち思い出せない。
今だって意識すら、感じられない。
もう完全に一体化しているってこと?
「……うん、寝る前に考え事はダメ!」
このままだといつまでもズルズル引きずりそう。
明日から、頑張らなきゃいけないんだから。
といっても、ノアが味方だし、ラファエルと話したから、もうかなりアニエス達を説得できる状況になっているんだけどね。
……他にできることはないかな。それも考えないと。
「寝よう! 今日のところはね!」
ポジティブ・シンキング、大事!
楽観的といわれればそれまでだけどね。
寝たらきっと、良いアイディアが思いつくはず!
「よし!」
私は覚悟を決めて、ベッドへと潜り込んだ。
ひんやりとしているけど、くるまっているうちに暖まるはず。
(当たり前だけど……レジナルドの匂いがする)
シーツは替えてあるみたいだし、まだ使い始めて間もないはずなのに。
最初は、それが嬉しかった。
安心するなぁ、と思ったから。
でも、甘かったと痛感した。
(まずい。眠れないかも)
シャツもレジナルドのだし!
お酒とチョコの味がする、キスの余韻だって……。
ドキドキする心臓が落ち着くまで、羊でも数えておこう。
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……。十匹……。
百三……あれ? 百二だっけ?
…………。
…………。
レジナルド、逢いにきて。
貴方自身がいないと、寂しいよ。
寝る間も惜しいぐらい、貴方と一緒にいたい。
ああ、夢を見れないなら、早く朝になってほしい。
……私って、我儘。
「マリアンヌ」
「……寝たか?」
返事はない。さすがに寝息までは聞こえない。
静かに、俺は壁にもたれかかった。
「眠りに誘われるまでの、少しの間だけ。独り言だ」
「お前のいう前世とは、どんな世界だ? お前が好きといった前世の俺は、どんな姿をしていた……? ……いや、独り言といったばかりだったな」
「……今のお前は、明らかに昔のお前とは違う」
「今のお前とは半年前に初めて出逢った。昔のお前とは、それより前に、この国の城で逢った」
「俺が何をいっても、お前は眉一つ動かさなかった。思うことは色々あっただろうが、氷で覆い隠すことに慣れきったような、彫像の女だった」
「そのお前が、今はどうだ。俺の一挙一動で、めまぐるしく表情を変える。それが俺の心を弾ませもすれば、時に不安にさせ、どこまでも振り回す……」
グラスに入れた氷を、爪の先で弾いて回す。
もう随分溶けてしまっている。
「今ならわかる。無限に繰り返す運命の中で聞いた声は、確かにお前のものだった」
「だから、俺はお前を求めた。ともに生きることを切望した」
「愛している。その魂も、前世も。『お前』の全てを」
「悪酔いだな。饒舌になるわりに、考えが上手くまとまらん」
「おやすみ。俺の最愛の魂」
「どうかお前は、お前の望むままの、お前でいてくれ」
──レジナルドが、行ってしまう。
なのにこんな時に、やっと、夢の通い路が開くなんて……。
レジナルド……。
夢の中にも、来て……。
逢いたい。もっと、貴方に。
これで第四章は終幕です。
作品タイトルを第五章以降、変更予定です。