49. 二人きりの夜3〜リボンに綴ったラブレター〜
「……ん?」
すると、レジナルドが何かに気づいたような声を出した。
視線の先を私も辿ると、スカートのポケットから、白いものが覗いていた。
しかもマルモンテル王家の紋章までちらりと見えている。
わ、忘れてたーー?!
涙を拭くようにと渡されて、洗って新品と一緒に返す予定のやつ!!
「あ、これはっ」
抑え込む前に、しゅるりとレジナルドが引っ張ってしまった。
はい。
バッチリ、元婚約者の名前が刺繍してありますね。
ラファエル・ド・マルモンテルってね。紋章つき!
言い訳不可能!
……私、今日は実は厄日なの?
「なぜお前があの王太子のハンカチを……?」
レジナルド、口角は上がっているけど眼が笑ってない。
ひーっ、さっきまでの甘い空気はどこ?!
「……図書館の個室で」
「図書館の個室で?」
「私に涙を拭くようにと……それで、貸していただきました」
「……ほー……?」
うっ、怖い怖い怖い。破かないでね?
今の立場でそれ貰っちゃうと、下賜だとか何だとかで面倒なのよ。
レジナルドが、白いハンカチにじっと視線を落とした。
そして、ゆっくりと親指の腹で、ラファエルの名前を一度だけなぞった。
その時、一瞬だけどレジナルドの紅い眼が鈍く光った気がした。
なになに? 怖いんだけど。
「……丁寧に洗ってから返してやれ」
「へ?」
「俺からも返礼で何か贈ってやろうか。俺の婚約者が大変世話になったと」
「いっ、いいですいいです!! お気遣いなく!!」
レジナルドが、にっと笑った。
そしてあっさりと、ハンカチを返された。
なに? なんなの? 怒ってないの?
「口惜しいな」
「え?」
「俺が泣かせて、あの男が……お前を慰めたことになるのが」
レジナルドが、眉間に皺を寄せた。
(……私を泣かせる奴は許さないって、いってたもんね)
私はひとまず、脇に置いていた袋の中にハンカチを仕舞った。
そして、二種類のリボンを取り出して、レジナルドに見せた。
「なんだ? それは」
色は、赤と緑。
これだけ見るとクリスマスカラーだけど、実はお互いの瞳の色。
「あのね、謝らなくちゃいけないことがあるの」
「……あの男のことでか」
「違う違う! レジナルドがくれた金色のリボン、落としたみたいで……ねぇ、見てない?」
「……知らんな」
「そっか。ごめんなさい。金色のリボンはまた探すから……」
できれば明日、探しに行きたいな。
見つかるといいんだけど。
「でね、今度は私がプレゼントしたいなーって。まぁ、リボンだけなんて、変かもしれないけど。あ、これはカード使わずに買ったからね!」
私はさらに袋から、ペンも取り出した。
緑のリボンをテーブルをしいて、文字を書く。
【貴方とずっと一緒に生きていきたいです】
ちょっと緊張して文字が震えちゃったけどね。
メッセージを見せてから、私は緑のリボンを手渡した。
「嬉しかったの。あんな風に、リボンにこっそり書いてくれたのが。できれば、レジナルドにも持っててほしいのと……お揃いで欲しいな、なんて」
赤いリボンの方は、私が持っていたい。
だから、何か書いてほしいんだけど……。
ペンを差し出すけど、レジナルドは緑のリボンに目線を落としたままだ。
「お前はどうして……」
「ん?」
「……俺の求婚を受け入れた?」
「えっ、今それ聞きます? ……前世から、好きだからです」
いったよね? 確か。
レイナルドは、前髪を掻き上げるようにしてから、小さく笑った。
「俺が先日いった、愛は瞠目。意味は調べてきたか?」
「……辞書、開いたんですけど、載ってなかったので……」
「……。こちらであまり知られていないのかもな」
レジナルドがペンを受け取ってくれた。
赤いリボンを、テーブルの上でのばす。
「恋は全てを見えなくするが、愛は眼を見開かせるという意味だ」
へー、なるほどね。
言い得て妙な感じ。
「ともに過ごし、見つめ続けていれば、昨日よりも今日、今日よりも明日、いっそう愛しくなる。そういう言葉だと、俺は解釈している」
「……私のこと、そう思ってくれてるの?」
「お前以外に誰がいる?」
うぅ……レジナルドってさ。
ストレートすぎる。溢れんばかりだよ。
こういうキャラなんだなぁ。恋愛だと。
私は、魔道へ堕ちていく貴方の姿しか、知らなかったから。
人でなくなっても、倒されても、高らかに笑って死ぬ貴方しか……。
私は、レジナルドが流れるように綴った文字を見た。
【俺が見つめるのは、永遠にお前だけ】
「お前は簡単に俺を喜ばせるが、俺には難しいな……」
「……ううん。……嬉しい、とっても」
貴方の眼の色に書いてくれた。
この上ない言葉だよ。
貴方はすぐ私が喜ばせるっていうけど。
貴方だって、私を幸せにしてくれるんだよ。
──生きてくれているだけで幸せなのに。
その何倍も、ずっとずっと、温かく満たされるの。
「少し待ってろ」
そういって、レジナルドが指先で文字をなぞった。
なんだろう、その仕草? さっきもしてたような。
そして、軽くリボンにキスをした。
「まじないだ」
「……おまじない?」
「持っていればいいことがあるだろう」
お守りってことかな?
「じゃあ、殿下のハンカチに……?」
「……なんだ、見てたのか?」
おそるおそる訊ねると、レジナルドが悪い顔をした。
……待って? 何したの?
絶対それ、いいことの逆よね??
「気にする必要はない」
「で、でも」
「お前の心配するようなことはしていない。それより、こんな時に他の男の名前を出すな」
「……」
「せっかく俺のことばかり考えていたのにな?」
こくりと頷いた。
うん、聞かなかったことにする。
だ、大丈夫だと思う……たぶん。
「お前もしてくれ」
「え?」
「こちらのリボンに口づけてくれ。それから交換といこう」
「でも私、魔法は使えないですよ?」
あの仕草。レジナルド、何かの魔法使ったんだよね?
一応、素質はあるんだけど。
おまじないをかけられるようなことは、全然できない。
「お前の口づけは、何にも勝る加護になる」
「っ……」
「どうかこの身を守ってくれないか。俺の愛しい戦女神」
ふあああ……。
この人、なんでこんなポンポン口説き文句思いつくんだろ。
様になるのが、悔しくなるぐらい。
……こんなに想われると、嬉しいけど、怖くなる。
私はまだ、何もしていないから。
貴方のためにできることを。
ここにいるのも、私の我儘にすぎない。
むしろ、貴方の思いやりを無下にした──。
私は眼を閉じて、レジナルドの手のひらにある緑のリボンに、唇を寄せた。
布越しに感じる。彼の体温──。
こんなことで貴方を守れるなら、いくらでもしてあげる。
唇を離して、そっとお互いのリボンを交換する。
今度こそなくさない。大事にしよう。
握りしめると、ほんのりと熱を持っているみたいに温かい。
安心する──おまじないの効果なのかな。
「あ……っ」
レジナルドに肩を抱かれ、引き寄せられた。
「お前がそばにいるといってくれて、嬉しく思っている」
「レジナルド……?」
「できれば家にいてほしい。だが、俺の眼の届く場所にいてくれることを、お前がそれを望んでくれたことを……喜んでいる」
「……ごめんなさい、私……我儘だったよね」
「どうして謝る? いっただろう。お前一人ぐらい、俺が守ってやる」
命を懸けて、と、囁き終えるのと同時に唇を重ねられる。
お酒と甘いチョコの味が、ちょっとだけ、する。
くらりと眩暈を起こしそう。
──私だって、貴方を守りたい。
できることは、するつもりだけど。
前世の記憶も、結局役に立たない。魔法も使えない。
何かを引き換えにしても、力を得られたらいいのに。
……わたしは、なにも、できないから。
私は──レジナルドの逞しい背中に、そっと腕を回した。
貴方が、大好きよ。レジナルド。
なんでもしてあげたい。