04. 望みを叶える女
レジナルドに手を引かれて、夜のバラ園まで辿り着いた。
むせ返るほどの甘い匂い。夜の寒さが、いっそう香りを強く感じさせる。
四阿まで来て、ようやくレジナルドが足を止めた。
「あ、あのっ」
「ん?」
「ほ、本当に……いいんですか? ……私、なんかで」
一年前。
最初に思い出したのは、私には大事に想う人がいる、ということだった。
それは当初、ラファエルのことだと感じていた。
確かに、ラファエルのことは嫌いではない。
彼の視線がアニエスを追うようになったことも、少しは腹立たしく感じたほどだ。
でも、それは嫉妬とは少し違う。
仮にも婚約者がいるのに、どうして? という疑問からだ。
アニエスは、健気で優しい子だと、と、むしろ好ましく思っていた。
彼女のことを殆ど知らなかったのに、初めて見た時にそう直感した。
平民ゆえに貴族クラスの慣例に馴染めないのを、何度かそれとなく指導したことがある。
だが決して、彼女にマイナス感情は抱かなかった。
まるで、もっと前から彼女を知っていたような──。
アニエスだけではない。
何人かの生徒や教師にも、同じ感覚を抱いたのだ。
──そして、私は思い出した。
前世の記憶と人格。
この世界が、ゲーム中であることも。
私は、『めかぶ大好き娘』。
このゲームの大ファン。
「愚問だな」
レジナルドが、眉根を寄せて笑う。
立ち絵の微笑顔そのものだ。ほぼデフォルトの絵。好きな顔。
「マリアンヌ嬢だからこそ求婚したのだ」
「え、あ、求婚?」
あ、そうか。そうだな。そうなるな。
何となく、キャー! 新規イベントよー! な感覚でいたけど、あれはプロポーズだ。
生身(?)では、人生初だ。
「……マリアンヌ嬢。確認したいのだが」
「はい?」
「俺の話をきちんと聞いていたか?」
「き、聞いていました……わ!」
とってつけたように「わ」をつけてから、扇子をひろげて口元を隠し笑う。
(……もうここはゲームの世界じゃなくて……やっぱり現実?)
そう思うと、ぶわっと全身から汗がふき出そうになる。
あ、手を離していただけません?
手袋の下で手汗がやばいことになってる。
「──くっ」
レジナルドが喉を鳴らす。
「く、くく、やっぱり、面白いご令嬢だ。俺の眼に狂いはなかった」
「……?」
「半年前、初めて『お前』を見た時──」
半年前?
ちょうどマリアンヌの中に、記憶だけでなく『めかぶ大好き娘』としての人格が目覚め始めた頃だ。
レジナルドが親指の腹で、そっと布越しに私の手の甲を撫ぜる。
「俺の望みを叶える女だ、と直感した」
さあっ、と、風が吹いた。
薔薇の匂いで、むせそうになった。
「ありがとう……ございます」
決めた。
私、最推しと生きる。
生きることが許される世界なんだと、私は確信した。
「貴方こそ、私の望みを叶えてくれますか?」