47. 二人きりの夜1〜愛しい歌声〜
私は明日から、聴講生としてしばらくの間、学園に再び通うことになった。
寮室の使用申請の前に、レジナルドが手配してくれたみたい。
だから変装する必要はない。私服でオッケー。
「色々ありがとうございました」
「簡単な書類だけだ。大した手間ではない」
家に連絡すると、明日早朝に全て必要なものを運んでくれるって。
ただ、目的が目的だから、レインについてもらうのはなし。
全部自分でやる。
まぁ、さっそく荷物、持ってもらっちゃってるけど。
……どういうやりとりがあったか謎だけど。
今夜だけ、レジナルドと同室する許可が下りてしまった。
いいの? 生徒と先生ですよ??
学園の風紀、大丈夫?
「失礼しまーす……」
レジナルドに促されて、私は先に入った。
なんと自動で明かりがついた。すごい!
意外と部屋は広かった。
というより、家具が最低限だ。
まぁ、まだ来て一週間ほどらしいし。
でも、ここが(仮の住まいでも)レジナルドの部屋かぁ……。
私の部屋には来てもらってたけどね。
鍵を掛ける音がした。
しかも、ロック魔法を発動させた気配も……。
私が来たから、入念にかけたんじゃないよね……?
ドキドキしながら、私は部屋に上がって、棚の上を見た。
琥珀色の液体が入った瓶に、グラス。
これ、お酒だ。
銘柄しか書いてないから、種類はよくわからない。
(ウイスキー? ブランデー? 結構減ってる)
不眠は珍しくないっていってたから、もしかして寝酒?
身体に良くないよ……。
無理やり眠ってくれているのかな。
私が寝てっていったから……?
「マリアンヌ」
「はっ、はい?」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、レジナルドは白衣とジャケットを脱ぎ、眼鏡も外していた。
緩められたネクタイに、ドキッとしちゃった。
「シャワーを浴びてこい」
「へっ、あ、えっと」
「今日は色々あっただろう。腹が減って動かなくなる前にいっておけ」
「う、動かなくなりませんからっ!」
たぶん。まだ大丈夫。
だいぶ空腹だけどね。
「んっ」
「女物の着替えはない。これで我慢しろ」
頭を撫でられた。
うーん、髪もまだ少し乱れてるし。
お言葉に甘えることにしよう。
それに女物の服があったら、すっっっごく複雑な気分。
渡されたのは、黒いワイシャツ……大きい。
……ん? つまりこれは……?
彼シャツをしろってこと?!
「……あああ、ありがと……いいいっ、行ってきます!!」
恥ずかしくなって、私は二つの内一つの袋を持って脱衣場に駆け込んだ。
こっちには替えの下着(デザインが可愛くないけど背に腹はかえられず)とか、食料以外のものを入れてある。
間違えて持ってきてないか、ドアを閉めてから確認したけど、大丈夫だった。
タオルは置いてある。使ってもいいよね?
(うー、恥ずかしい……恥ずかしい)
そりゃ、どのみち借りるしかなかったけどさ。
でも、やっぱり体操着でもいいから買っとくべきだった?
制服は新しいの買ったってなぁ……。
それにしても、シャツ一枚で、レジナルドの前に出る?
う、ううぅ、今は考えないようにしよう。
私は全て脱いで、シャワールームに入った。
お風呂はないみたい。
うーん、ファンタジー世界だけど、不思議な文明レベル。
それにしても。
ここで毎日、レジナルドもシャワー浴びてるのね……。
(はっ!? 想像しちゃダメ! 意識しちゃう!!)
もわわんと浮かんできた妄想を打ち消すように、私はぶんぶんと首を横に振った。
……はぁ。
キスで、だいぶ慣れたつもりでいたけど。
私の心臓、持たないかも。
う、歌でもうたって誤魔化そう。
(随分買ったな。そんなに腹が空いていたのか)
あいにくと俺の部屋に、食料はない。
酒と水、あとは氷のみ。
こんなことなら、何か用意しておけばよかった。
とりあえず、マリアンヌが買ってきたものをテーブルに並べる。
──水の流れる音が聞こえてきた。
(馬鹿か。何を意識している)
……不思議なものだ。
手を出さないなど、あんな戯言のような約束を、律儀に守ろうとしている自分が滑稽だ。
だがこんな甘さも、悪くはない。
ふと、鏡が視界に入った。
いつもは布を被せているが、今日は忘れていたらしい。
テーブルを離れて、布を下ろしにいく──。
『早く、全てを手に入れてしまえ』
俺は、鏡を凝視した。声はそこからした。
だが、そこには不機嫌に顔を顰めた自分しかいなかった。
ふと、シャワールームから歌声が聞こえてきた。
楽しげで、柔らかで、優しく、そして美しい。
(ああ、今、音を外したな)
思わず声を殺して、笑った。
聞こえているとも知らずに、彼女は色々な歌を口ずさむ。
俺は鏡を布で覆ってからソファーに座った。
いつまでも、耳を傾けていたい。微睡むのが惜しいほどだ。
(もっと歌ってくれ。……お前の声だけを、ずっと聞いていたい)
──心地よい歌声は、冷えた心を愛しさで温めていく。
どんな美酒も、敵わない。