46. 「お隣さんからでお願いします!」
一緒に暮らさないかというレジナルドの提案に、私は──。
「お隣さんからでっ! お願いします!!」
と、答えてしまった。
そして図書館を出て、人の気配がない裏庭のベンチに二人で座った。
レジナルドは、教員も利用できる学園寮に寝泊まりしているらしい。
もちろん、マーク先生として。
私は通いで、学園にしばらく来るつもりだった。
でも、近くにいた方がいいっていわれた。
なので、どうせなら同じ部屋で……って!!
「教師と生徒の同室は無理だと思いますっ!!」
「婚約者だろう、俺達は。何の問題がある?」
「貴方は今、マーク先生でしょっ!!」
「……ああ、そうだったな」
何ナチュラルに忘れてるのよ!!
「すぐにでも一つ屋根の下で暮らせると思ったら気が急いた」
「真顔でさらっといわないで!」
ただでさえ、婚礼を五ヶ月も早めたんだよ?
レジナルドは半年前、私は前世から想っていても。
出逢って、関係を深め始めて、まだ日は浅いんだよ?
もっとこう、恋人としての時間、とかさ。
「わかった。俺の使っている部屋の隣に、明日にでもお前が入れるようにする」
「っ! ほ、本当に隣でもいいの?」
自分からいっといて、あっさり認められると驚いてしまう。
レジナルドは、顎に手をついて笑った。
「お前、俺に壁は関係ないということを忘れていないか?」
「……あっ!?」
レジナルドの固有スキル『雲消霧散』!
ゲームでは物理回避するスキルだけど、実際は陰を伝って雲や霧のように消えて移動する術なんだよね。
家でも私の部屋にいきなり現れたわけだし。
「そう遠くまで移動はできないが、隣室ならすぐに出られる」
「うっ……」
「そうか。隣がいいんだな? これはお前の判断だぞ?」
わっっるい顔してる!!
じゃあ隣も却下! 私は通いで来る!!
ふいっとそっぽを向く。
すると、レジナルドが、そっと手を重ねてきた。
思わず手をずらすと、今度はしっかりと握られる。
おっきくて……温かい手。
「冗談だ。お前の嫌がることはしない」
「……本当に?」
「顔を見に行くぐらいは許してくれ。ちゃんとドアから入る」
……本気では、嫌がってないんですよ?
その気持ちだけは、察してほしい。
「だが、今夜だけは俺の部屋に泊まれ」
「えっ?!」
レジナルドを見ると、彼は当然だろうと顔で語っていた。
「まだ隣は使えん。安心しろ。お前が寝室を使え」
「……レジナルドは、どこで寝るの?」
「ソファーで構わない。それに、寝ないことも多い」
「ダメっ! 寝てくださいっ!」
「じゃあ、同じベッドで眠るか?」
うー……。ど、どうしよう。
「お前は可愛いな」
「へっ?! いきなりなんですか?」
「可愛くて、ついからかってしまう。だが安心しろ。何もしない」
胸が、ズキ、とした。
はっきりとそういわれるのも、複雑。
「おい。必死に堪えているんだ。物欲しげな顔をするな」
「し、してませんっ!」
「鏡をよく見てみるんだな」
見たってわかりません!
レジナルドを見ている時の顔なんてさ。
でも、こういう時に私を見るレジナルドは……。
とても、優しい顔をしている。
私が前世で、ゲーム画面で見続けてきたのとは全然違う。
それが嬉しい自分がいる。
あんなに、変わらないで、って思っていたのに。
でも強いし、声も最高で、格好良いし!
全部、好き。私、幸せだよ。
「明日からアニエス達と話をしなきゃ。レジナルドは、もう『夜の世界』には干渉していないって」
「……そうだな」
「そもそもね、私がここに来たのは……そのことをアニエス達に伝えるためだったの」
まさかレジナルドと鉢合わせするなんてね。
「お前。俺がもし干渉を続けていたら、どうするつもりだった? 先走るのにも程がある」
「その時は、まず貴方を説得する! やめなきゃ今すぐ泣くけど、いいの?! って」
「まったく。お前には敵わんな……」
レジナルドが、ふっ、と小さく笑った。
実際は、泣いただけで止められるものではないだろうけど。
でもレジナルドは私の思った通り、干渉をやめていたわけだし。
うん、理想通りに進んでいる。
……まさか私のために、魔獣と戦ってくれてたなんて。
「大変だけど、レジナルドはノアと一緒に異変の調査と、魔獣退治を続けてくれる?」
「わかった」
「私もなんとかアニエス達と話をしてみるから」
いったいなんで異変が起きたんだろう?
しかも魔獣が知恵を身につけたって?
──確か、黒幕は明かされないまま、ゲーム本編は終わる。
まさか、そこが関係している?
これじゃあ情報がないのと一緒。
うーん、役に立たない。
「しかし、バーリフェルトの小僧はともかく、あの王太子と協力は……気が進まん」
「せめて喧嘩しないで。私、殿下のこと、ぜーんぜん何とも思ってないから!」
謝罪も貰ったし、彼は今、アニエスの恋人だし。
むしろ何かあったらダメなんだよ。
「私には、レジナルドがいるもの。貴方と結婚できるんだから、婚約破棄してくれてよかったと思ってる」
ラファエルと結婚した後だったら、泥沼すぎる。
変な話だけど、婚約破棄に感謝すらしている。
「お前はまたそうやって、俺を喜ばせ、惑わす」
「まっ、まどわっ?!」
「知らずにやっているなら、お前には悪女の素質がある」
「もうっ! 私がこんなこというの、貴方にだけだから!」
いえばいうほど、墓穴を掘っちゃう。
恥ずかしくなって黙ると、頬にキスをされた。
「ダ、ダメ。私以外には先生に見えているんでしょ?」
「今更だろう。こんなにしっかりと手を握っている時点で」
「う、うぅ」
「大丈夫だ、気配はない。二人きりだ。……キスは嫌か?」
好きな人とのキス、嫌なわけないでしょ?
ただ、時と場所を、ですね?
……でも、二人きりだし。一回だけ……なら。
ぐうぅぅぎゅるるるるるる。
今の音……私の……お腹の虫の音?!
あまりにハッキリと響いたせいで、レジナルドも固まっちゃった。
唇が触れるまで、あともうちょっとだったのに?!
嘘っ!? こんなベタな展開ある?!
「わっ、私っ、朝に食べたきりで!! 今日色々あったから!!」
私は必死で言い訳した。
すると、レジナルドが顔と手を離して俯き、震えだした。
めちゃくちゃ笑いを押し殺してる!!
「お前、なんてタイミングで……っ、く、く」
「しょうがないじゃない! 生理現象なんだから!」
私はベンチから立ち上がった。
食堂やカフェの一般開放時間は過ぎていて、今は寮生しか利用できない。
でも売店なら誰でも買えるし、すぐに立ち去れる。
「売店で何か買ってくる。レジナルドは何かいる?」
「俺も行こう」
「ダメ! 何度もいうけど、今の貴方は先生なんだから。一人で行く!」
ベンチを離れると、レジナルドがぽいっと私に何かを投げた。
私はぱしっとキャッチした。
黒いカードだ。あれ、これって……。
「やる。学園でも使えるはずだ」
「い、いただけません!! せっかくのご厚意だけど?!」
お店でアイテムを無料で十個貰える、換金系のレアドロップ・アイテムだ。
ちなみに、上限個数を使い切ると消失する。実は売る方がお得。
なんちゅーもん放り投げるのだね?!
「厚意のうちに入らん。素直に受け取れ」
「う……じゃあ、いただきます。ありがとうございます」
私も財布は持っている。
でも、ありがたく使わせてもらおっと。
「じゃ、すぐに帰ってくるからね!」
手を振ると、レジナルドも振り返してくれた。
私は、ここから一番近い売店に向かって駆け出した。
幸いなことに、売店は他に学生もいなかった。
店員も、私の顔を知らないみたい。
こっちの世界にも、サンドイッチがあるんだよね。
おにぎりや缶ジュースはさすがにないけど。
あ、チョコレートあった。買う。
うーん、レジナルドの部屋って、湯沸かし器あるよね?
茶葉とかも、買っちゃおうかな。
余ったら置いといてもらえばいいし。
(なんだか、彼氏の部屋にお泊まりって感じがビンビンする)
前世で彼氏いたことなかったんだけどね?!
つまり前世含めて、レジナルドが私の初カレ……!!
(あれっ、そういえば着替えとかどーするの!?)
売店では、制服と体操服以外には売っていない。
下着は、生活用品のためか無地の一種類だけ、サイズ違いで売っている。
ショーツの替えだけ買っちゃう?
うう、デザイン可愛くない……けど、同じ下着を穿くのは……。
(替えを買ったの、レジナルドにバレないようにしよう)
なんか気恥ずかしいし!
というか、すっかり泊まる気満々の自分がいる……。
家にはちゃんと連絡しますよー!
「あ……」
私はふと、装飾品の中にリボンがあるのが眼についた。
レジナルドからもらった金色のリボン。
探す暇がなかったから、なくしたままだった。
「……あの、これもください」
私が店員にとってくれるよう頼んだのは、二種類のリボンだった。