45. 「俺と一緒に暮らさないか?」
アラスターは、レジナルドに見回りを命じられて出て行った。
彼は探査・伝達の魔法に優れていて、重宝するらしい。
「僕はしばらくここにいます。破れた結界は遠隔で張り直しますよ」
「ご飯とかは?」
「大丈夫です。アラスターさんが、色々と運んできてくれますから」
仕事はできる人なのね。
そりゃそうか。レジナルドの従者なんだし。
多分、普通にしていたら……問題ないんだよ、きっと。
「僕が倒されると全ての結界が破れるので、籠もる方がいいんです。なので、お迎えに上がれず申し訳ありません」
「いいのよ。レジナルドに連れてきてもらえたし」
「しかしマリアンヌ様お一人でも、目印を伝ってすぐ来られるはずなんですけどね」
あれは魔法の素質さえあれば見えるものらしい。
ただ、ベアトリスには素質がないので、見ることはできない。
下手に禁書の書庫に近づけたくもなくて、普段の居場所を告げられなかったそうだ。
タイミングを見て出て行こうとした時に、ちょうどレジナルドがマリアンヌを連れて来たのだという。
レジナルドを見やると、彼は僅かに口角をあげた。
あ、その顔。知ってたな……?!
じゃあ手を繋がなくても……レジナルドのことで頭いっぱいにしなくても、よかったってわけ?!
「ということで、マリアンヌ様」
「はい?」
「ベアトリスから大筋は聞いております。皇帝の前ですが、お話して構わないのでしょうか?」
「あ……」
そうだ。
レジナルドの真意をまだ、確かめていない。
「レジナルド」
「なんだ?」
「どうしてノアと協力しあっているの? 貴方の本来の目的を考えると、おかしい話だと思うのだけど」
「俺を『神』にしろ、といった件のことだな」
忘れてなかったのね。
ノアの前だけど、大丈夫かな。
「お前にいった通り、やり方は考える。しかし必要があれば、俺は『神』になるつもりでいる」
「……っ!」
待ってよ。
それって、結局つまり敵対するってことじゃない?!
「そんな顔をせず、よく聞け。必要があれば、だ。それに今は、非常事態だ」
「非常事態って?」
「この学園に『夜の世界』から魔獣らが、次々と現れ始めた」
「え……」
「正直にいう。俺は以前、一部の魔獣と契約し、使役していた。『夜の世界』の秩序を乱したことも認める。だが、今は全て手を引いている」
だよね?
やっぱりレジナルド、アニエス達と戦うのをやめている!
よかった……。
でも、じゃあ魔獣達は勝手に暴れているってわけ?
しかも『夜の世界』からこちら側へやってきている?
「僕も、皇帝は嘘をいっていないと判断したのです。現れた魔獣を全て始末してくれていますし。主従契約した魔獣は主を襲いませんし、また契約主も魔獣を殺せないのです」
「……そうなの?」
「はい。ラファエル殿下は今も皇帝を疑っていますが、利用価値のあるものを活用する方が、貴重な戦力を捨てるとも思えません。やるならもっと上手くやるはずです」
「なんだ、俺のことをよく理解しているじゃないか」
うーん、レジナルドとノアの間にぴりっと緊張が走る。
「それに、僕はベアトリスを心から愛しています。彼女が信じる御方の恋人なら、僕も信頼に足ると思っているんですよ」
おおっと! すっっごい惚気ですね!
でもおかげで共闘できるってことね。
「それで、どうしてレジナルドが魔獣を倒しているの?」
そうよ。レジナルドの意図をちゃんと確かめなきゃ。
別にそれ、貴方がやらなくてもいいんじゃないの?
……私にも黙ってさ……。
「図書館の魔獣を見ただろう。誰の入れ知恵かわからんが、人間に紛れ込むのが上手くなっている」
「……そうね。ちょっと声が変だったけど、私は女生徒だと思った」
「そんな奴らがはびこれば、いずれ、お前と、お前の周りに危害が及ぶかもしれない」
……ん?
「……そ、それってつまり?」
「お前のためだが? 何をぽかんとしている?」
あ、あっさり認めた、だ、と……?!
つまり、私に逢わず、わざわざ学園の中に入り込んで、ノアと協力して魔獣を倒して、異変を調査しているのは……。
全部、魔獣から、私やその家族を守るため?
「だから、必要があれば『神』になる、といったのだ」
「レジナルド?」
「『最愛の魂』のお前を守るために、俺は手段を選ばん。だが、人としてお前と愛し合えなくなるのは、正直堪える。だからやり方を考えることにした」
レジナルドの微笑みが、優しい。
「あの夜、私に『神』にしろっていったのは……」
「お前には、特殊な力が宿っているのは気づいていた。だが、全ては──」
レジナルドの紅い眼が、私を見つめる。
「お前のためだった。俺の全てを捧げても構わないと思っている」
おう。私、ここは鼻血を出す場面ではないかね?
……ダメ。キャパがオーバーしきってショート。
レジナルドは、私に前世の記憶があることを知っている。
詳細は教えていないけど、特殊な存在だってことは知っている。
彼自身も、それを理解してあっさり受け入れている。
元々、プロポーズの時点で察してたったことだよね。
でも、それでも、私を好きでいてくれる。
一人の女性として、最愛の魂として。
ここまで想われて、いいの?
私、何を貴方に返せるの?
私は、何もできないのに?
「……えーと。僕、しばらくドアの外側に出ておきましょうか?」
「うえええっ?! 大丈夫! 大丈夫よ!!」
「実に気が利くじゃないか。バーリフェルトの小僧」
「ちょっとぉ!?」
今のレジナルドにアニエス達と戦う意思はないこと、異変について調査の協力をすること。
その辺りを意思確認して、今日のところは、私達はノアと別れた。
もちろん、ノアには少しも出て行ってもらってないよ!!
「気をつけてください。ひずみは見つけ次第、塞いでいるんですが……マリアンヌ様は、できるだけ皇帝のそばにいてください」
ノアはまだレジナルドとの共闘を、アニエス達にはいっていないらしい。
伝えているのは『夜の世界』の異変が起きていることと、結界を張っていることだけ。
共闘の理解は、ラファエルが最難関らしいけど、最近、ノア自身も彼とちょっと距離があるのは本当みたい。
うーん、やっぱり相談するならジークハルト先生かな。
ノアは今、籠もっているから積極的に動くのは無理なんだろうな。
アニエスも体調不良だし。
私から接触してみるしかない。
となると、しばらく通学だなー! 学園生活、再び!
結界の中から出て、さらに書庫(帰りも結局、手を繋いだ)を離れた。
窓の外は、もう夜になっていた。
騒ぎになっていたとしても、人は引いたのかもね。今は静かだ。
死んだ魔獣の様子は見なかったけど、レジナルドがまた確認しておくって。
「さて、マリアンヌ」
「はい?」
非常階段から外へ出て行く最中、先に進むレジナルドが踊り場で立ち止まった。
「これから、俺と一緒に暮らさないか?」
「はい……はいぃぃ?!」
動揺して私は、下りる階段をすっ飛ばして宙に浮いた。
もちろん、すかさずレジナルドに抱き上げられたのは、いうまでもなく。
本日二度目のお姫様抱っこ、いただきました。