43. 星を辿る道を、貴方と往く
魔獣の頭を貫いた剣が消えた。
レジナルドが、術で回収したみたい。
どこででも剣を出し入れできるって、便利よね。
……そうじゃなくて!!
「ななななっ、なにあれ?! どういうこと?!」
「黙っていろ。音を聞きつけて、そろそろ誰かが来るだろう」
パニックになりそうな私を抱えたまま、レジナルドが通路を駆ける。
(あれは……魔獣よね。レジナルド、気づいて倒したの?)
確かに私も、なんか変な声だなぁ、と思ったんだけど。
でも、たったそれだけであそこまでの判断はできなかった。
(私の恋人、強っ。振り向くことなく魔獣倒しちゃった)
格好良……っ!!
オーガの時は姿が見えなかったけど、あれも一撃だった。
さっそく、私を守ってくれたってこと、だよね……。
(でも、本来魔獣を従えているのはレジナルドのはず? 自分の配下を倒したってこと?)
『夜の世界』は、神々の領域。
そこの秩序が乱れたのに乗じて、『神』にならんとするのがレジナルド。
本編のレジナルドは自国の兵だけでなく、魔獣達を大勢従えている。
アニエス達は、魔神になる力を得た彼を倒し、さらにその奥へ進む。
それがゲーム本編における、終盤の流れ。
もしかして、彼の味方ではない魔獣もいるってこと?
よく考えたら、オーガだってそもそも魔獣だし。
(もしかしたら、ファンディスクに違う展開があった……?)
ここはもう、今世における現実だと思うべきだけど。
でも、せめてもう少し詳しい情報を持ったまま転生していれば……。
(悔やんでも仕方ないってば! 私は私の意思で頑張るしかない!)
レジナルドが向かう先。
そっちには、閲覧不可の禁書を保管した書庫があったような。
ってことは、行き止まりなんですけど?!
その扉の前でレジナルドが私を下ろした。
「バーリフェルトの小僧の結界、意外に脆かったな」
「……え?」
バーリフェルトの小僧って、ノアのこと?
そういえばノア、結局会いに行ってないけど……。
待ってたら悪いけど、どこにいるかわからないのよね。
でも、レジナルド……結界のことを知っている?
ラファエルがいっていた。
秩序が乱れた『夜の世界』に対して、ノアが結界を張って凌いでいる。
アニエスが体調不良で、魔獣達を倒しに行けないから。
……その結界は長くもたない、とも。
(でも、それって、レジナルドが裏で糸を引いているからって話だったような?)
上手くつながらなくて困惑していると、レジナルドがポケットから古めかしい鍵を取り出した。
そして躊躇うことなく、書庫のドアの鍵穴に突っ込んだ。
カチャリと、簡単に開いた。
「えっ?! なんでレジナルドが鍵を持っ──」
「静かにしろ」
手で口を塞がれて、私はこくこくと頷いた。
レジナルドはすぐに手を離してくれた。
すると、レジナルドが静かに扉を開けた。
中は暗い。
「ね、ねぇ? 外に出た方がいいんじゃないの?」
「ここの結界はまだ生きている。目眩しにちょうどいい」
……レジナルドって、固有スキルに結界系はなかったよね?
「それに、今後行動をともにする以上、会わせたい奴がいる。ついてこい」
会わせたい奴って?
うー、頭がぐるぐるする。
「ところで……。マリアンヌ」
「はい?」
「お前はやはり、その輝くような金色の髪の方が似合っている」
「っ?!」
「隠すのはもったいない。乱れていても、美しい」
ちょー?!
脈絡なくそんなこといわないで?!
また大声出しそうになる!
ぐぐっと恥ずかしさを堪えつつ髪を梳くと、レジナルドが低く笑う。
……あ、でも、なんか少し緊張解けたかも。
中は薄暗いけど、よく見ると床に蛍光塗料のようなものが鈍く光っていた。
これって、魔法?
……ん? これってもしかして?
暗闇ダンジョンで、マッピングが可能になる光魔法では?
これが使えるのは……。
すると、レジナルドが私の手を握ってきた。
ドキッとして彼を見る。
「ドアを閉めると殆ど何も見えん。俺の手を離すな」
「お、大袈裟だよ。あの光見えてるし」
「ここには禁書が大量に保管されている。奴らに隙を見せると迷うぞ」
「ほ、本に意思がある、ってこと……?」
さすが剣と魔法と恋の世界。
恋は関係ないけどさ。
いわゆる魔道書ってやつですね。
「だが怖がる必要はない。俺のことでも考えてろ」
「ふえっ?!」
「行くぞ」
そ、そんなこといわれたら、色々思い出しちゃう。
これこそ隙になってしまうのでは?!
……禁書の書庫、薄暗い中ではすごく狭く見えたのに。
なんだか、真っ暗だと広い。寒気すら感じる。
でも、レジナルドの手の温もりが──とても、心強い。
私が思わずきゅっと力を込めると、彼もその分だけ強く握り返してくれた。
……大丈夫。
(貴方がいてくれるだけで、何も怖くないよ)
だから、私にとっての貴方のような、私になりたい。
どれぐらい歩いただろう?
私達の目の前に、ぼんやりと光る木製のドアが現れた。
この世界の古代文字で、魔法陣が書かれている。
古代文字はかつてマリアンヌが、教養として学んでいた。
そして私自身も、この魔法陣を知っている。
「どうして……この結界が……?!」
レジナルドは答えることなく、魔法陣に手をかざした。
すると、ドアが消失して、いきなり周囲が明るくなった。
四方が本棚に囲まれた、窓もドアもない部屋。
でも、頭上にはいくつもの光が浮かんでいる。
──これは、とても小さな星だ。
そして、部屋の真ん中には二人の男がいた。
片方は全く知らない。あまり特徴を感じない顔の青年。
ん?
一瞬すっごい目つきで睨まれた気がした。
でも、もう一人は──。
流れるような、水色の長い髪。透き通る白い肌。
整った顔立ちは、とても繊細そうな雰囲気を漂わせる。
こちらを見る眼は、まるで夜の闇。
でも、一筋の星明かりを感じさせる輝きを宿す。
私にとっては、見覚えしかない。
「まさか……ノア、なの?」
私が声をあげると、ノアはふわりと微笑んだ。
「はい。ノア・バーリフェルトでございます」
間違いない。
この落ち着いた声、静かに語りかけるような話し方。
最初の頃は殆ど無口だけど、恋愛イベントが進むとよく喋ってくれるようになる。
「マリアンヌ・ド・ラ・アズナヴール様ですね。お待ちしておりました。いつも、ベアトリスがお世話になっています」
ノア・バーリフェルト。
学園の留学生であり、世界を守る戦士の一人で、職業は占星師。
光と闇という、世にも珍しい二重属性の持ち主で、魔力は戦士の中でも群を抜く。
本来は、アニエスの攻略対象キャラだ。
でも今は、ベアトリスの(公表前の)婚約者。
あの床にあった鈍い光も、ドアの結界も──全て彼のもの。
黒塗りになった地図に、歩いた道を表示する魔法に、低級魔族を一定時間寄せつけない結界。
『夜の世界』の暗闇ダンジョンで、毎回毎回、お世話になった。
でも、なんで?
ノアがいる場所に、レジナルドが案内してくれたの?
二人は、敵同士じゃないの?!