42. 仲直りのキスは図書館で
「……熱烈だな」
レジナルドの低く笑う声がした。
だって、頷くよりこっちのが伝わるかなって。
あ、待って。
屈んでおいてもらわないと足が浮いちゃいそう。
「このまま攫いたくなる……」
「え、ちょっと」
あのですね!
まだ話さないといけないことあるんだよー!
そもそもレジナルドがここにいるの? とか。
あと、私がここに来た理由もね。
レジナルド、話してくれるかなぁ。
とりあえず、アニエス達と戦わないでっていわなきゃ。
リボンなくしたことも……ね。
私は腕の力を緩めて、足をしっかり地につけた。
すると、また唇を重ねられた。
啄むように何度もキスをしてから、レジナルドが私の伊達眼鏡を外す。
視線が合って、彼が微笑む。
あ、可愛い顔してる。
……機嫌がなおったなら、いいんだけど。
うー……。
でも、こういう顔は私しか……見てないよね?
そして、今度は頬にキス。
受け止めると、レジナルドは私の耳に唇を寄せた。
「それとも、俺達も個室に行くか?」
「ふぇっ?! えーとっ! 話し合いのため、ですよね?!」
「お前次第だな」
なーーーにが、「調子を狂わせる」よーっ?!
私の恋人、通常運転ですよ?!
あんな拒否したから、もっと怒ってるのかと思ったけど。
ものすごく立ち直り早くない?!
何だか、嫉妬したのがばかみたい……。
でも、取られたくなかったの。
私の知らないこの人を、誰にも見せたくない。
……私、レジナルドより独占欲強い?
「仕置きも必要だしな」
「し、仕置き?」
「俺に隠れて、元婚約者と逢引きしていただろう」
「あーっ!? 違います! あれは破棄の件を謝られただけでっ」
「──お前の肩の辺りに、あの男の気配が残っている」
「えええっ?! 嘘!!」
気配ってなに?
肩を掴まれた時、魔法を使われたってこと?
ラファエルは聖属性だけど……。
そういうのって残るの?
私は感じなかったけど!
「……おい。なんだ、その慌てようは」
レジナルドがワントーン低い声でいった。
待って。
まさかまさか?
「……カマを、かけた……?!」
「引っかかったということは、本当に触らせたな?」
「違いますっ! ちょーっと、揉めただけで……」
「ほおー? 元婚約者とどう揉めたのか、包み隠さず聞かせてもらおうか?」
「ああっ、ちょっと、おっ」
「個室でなく、ここでも構わんぞ?」
抵抗してもびくともしない。
あーもうっ、私も鍛えなきゃ!
捕まえられたら、逃げられない。
レジナルドの指先が、いたずらっぽく私の耳をくすぐる。
もう一方には吐息がかかって……。
おおおおい!
ここは図書館ですよー!! 公共の場ー!!
今は無人だけど、いつ誰か来るかわからないよ!?
こういうシチュエーション、嫌いじゃないけど!
自分で経験するのと読むのとは……。
なんか、ドキドキ度が全然違う!!
「教えろ。俺はあの男を、一切許してはいないのだからな」
「う、だから……誤解です」
「あれが王位を継いだ時が楽しみだ……」
「ダ、ダメ、仲良くして。喧嘩はダメ、絶対」
やっばい。
王国と皇国の戦いなんて、めちゃくちゃ回避事項だよ!
私がその原因になるのはまずい!
美女連環の計みたいになっちゃう!
三国志に詳しかった友人が教えてくれたアレ!!
二人の英雄が一人の美女を巡って大変なことになったやつ!
あ、ナチュラルに自分を美女に喩えたな……私。
「俺の最愛の恋人を弄んだ、不埒な男を許せと?」
レジナルドが笑う。
「お前の心を俺で上書きさせてくれるなら、考えてやらんでもないが」
うああぁぁ……。
恥ずかしくて死んじゃいそう。
上書きって、何?
肩を掴まれただけだよ?
あんなの、触られたうちに入らない。
「……レジナルドだけ、だから」
こんな風に、熱く包んでくれるのは貴方だけ。
嫉妬する必要もなかったよね。
おかしな話だけど、どうしても許せなかった。
レジナルドも同じ気持ちになったの?
「もうとっくに、上書きされてるから、大丈夫」
恋が何も見えなくするって、私もそうだね。
私が小さな声で囁くと、小さいため息が聞こえた。
そして、首筋を吸われる。
ああ、今──新しい跡、つけてくれてるんだな。
約束を守ろうとしてくれてる。
いってくれたもんね。
『お前の肌のどこかに、俺の痕跡が残る』って……。
レジナルドが、唇を離す。
「お前は俺を煽るのが上手いな。残酷なほどに」
そ、そんなこといわれても!
でも、こうして抱き締められるぐらいは……。
もうちょっとだけ、許して。
どうか、今は誰も来ませんように……。
「あ、マ、マーク……先生、でズよね?」
あぎゃああーーーーーーーー!!??
き、来たぁーーーーーーーー!!!!
バッチリ見られてるーーーー!?!?
聞こえたのは弱々しい、女子の声。
私が知らない子のものだ。
でも、一瞬ノイズがかかったような感じがした。
顔を見ようとしたら、レジナルドに頭を胸に押しつけられた。
伊達眼鏡を外されてなかったら危険だった。
「ち……」
あ、今、舌打ちが聞こえた──。
だけど直後、フォン……と、空気の震える音がした。
この音って、レジナルドが剣を召喚する時の……。
「見るな」
それが、女生徒ではなく私にいったのだと理解したのは──。
「GYAAAAAAAAAAAAA!!」
レジナルドが振り向くことなく、後ろへ剣を投げた音した直後、醜い断末魔が聞こえた時だった。
「えっ、いったい何がっ!?」
「しっかり掴まってろ」
「ええっ?!」
有無をいわさずに、レジナルドが私をお姫様抱っこした。
その時にウイッグがずれて床に落ち、私の金髪がふわりと広がる。
とっさにしっかりとしがみついた瞬間、ふわっと身体が浮く。
レジナルドが跳躍するとほぼ同時。
何かが飛来して、ドォオンと、床に穴をあける。
レジナルドは私を抱きかかえたまま、吹き抜けになった二階の通路の手すりに降り立った。
そして、私は見た。
緑色の血に染まった、王立ミシェル学園の制服。
それをまとって倒れていたのは、女生徒ではなかった。
頭にレジナルドの剣が刺さった、毛むくじゃらの魔獣だった。