表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/74

41. お前一人ぐらい、俺が守ってやる

 レジナルドとの結婚をやめろと、ラファエルはいいきった。

 え、この流れで、いうの?

 これだと、破棄の二枚重ね(?)になっちゃいますが?!



「あいつのもとにだけは、絶対に行くな」

「なぜでしょう。モグリッジ皇国との縁は、王国にとって何よりも欲しいものではありませんか?」


 その線からつついてみると、ラファエルは眉間に皺を刻んだ。


「あの男は……ダメだ。危険すぎる」

「他国へ嫁ぐ以上、あらゆる危険は覚悟のうえです」

「そんなレベルの話ではない!!」


 ラファエルは立ち上がった。

 そして腕を伸ばし、テーブルを挟んで私の両肩をいきなり掴んだ。


「痛っ……!」

「お前は知らないのだ。あの男が……裏で企んでいるのか」

「……っ……『夜の世界』でのこと、ですか?」



 ラファエル達がアニエスとともに『夜の世界』で戦っていることは、ゲームでのマリアンヌも知っている。

 だからこそ、選ばれたアニエスに嫉妬して、妨害を行ったのだ。

 でも、レジナルドが暗躍していることは知らない。


 私は、前世の記憶があるから知っている。

 でも、今の彼は──戦わないはず。



「……そうだ。俺達は、『夜の世界』であいつと戦っている」

「でもそれは、もう……」

「今もだ! あいつは干渉の手を緩めてすらいない!」




 え……?

 どういうこと?

 ……今も?




「あいつは、多くの兵と魔獣を従えて『夜の世界』の秩序を乱している。アニエスが倒れたので今は行けないが……代わりにノアが強固な結界で、何とか凌いでくれている」

「……」

「だが、それも長くはもたないだろう。結界はじきに破られる……お前、まさか、レジナルドの側についたのか?!」


 ギリッと、ラファエルの指が肩に食い込む。


「っ、痛いですっ、殿下!」

「あいつにとって、自分以外は人間ではない。いや、自分すら人間と思っていない。眼を覚ませ!!」

「貴方にあの人の何がわかるの!!」


 私は思いきりラファエルを押し返した。

 さすがに不意を突かれたのか、ラファエルは手を離した。


「また、そうやって、決めつけるのですか」

「マリアンヌ……アニエスの件は俺の早合点だったが、レジナルドは違う」

「いいえ。あの人は、血の通った人間です。私の、大切な人なんです」


 ラファエルが、苦虫を噛みつぶしたような顔をする。


 ……人と思っていない、なんて、違う。

 あの人は、やり方を考えるっていった。

 ……でも。

 私、大切な人を突き放した。


「泣いていたのは、レジナルドに何かをされたからか?」

「違います。私が、あの人に酷いことをしてしまって……」



 また泣きそうになる。

 私にだけ先生をしてくれると思ったら、そうじゃなくて。

 私に逢わずに、アニエスに会っていて。

 ──あだ名とわかっていても、姫なんて呼んで。


 私、こんな女じゃなかったはず。

 独占欲にまみれて、醜くて……苦しい。



「もしレジナルドが裏で何かをしているなら、私が真意を確かめます。そして手を引くように説得します」

「マリアンヌ……お前……」

「私だって、破滅するあの人を見たくない! 好きな人には生きていてほしい!」


 ラファエルは当惑したように、首を僅かに振った。

 何をいっているのだ、と。


 そっか。そうだった。

 レジナルドが破滅するなんて、ラファエルは知らない。

 ラファエル達にとっては、現在進行形の出来事。


「あいつの何が……お前をそこまで変えたのだ?」


 マリアンヌが変わったのは、前世の人格が混ざったからだけど。

 最推しだから、という感情から、すでに私はもう……。

 一人の男性として、レジナルドのことが好き。


 私が言葉を返さないでいると、ラファエルが一つため息をついた。



「わかった……。お前がそこまでいうんだ。ひとまず、信用する」

「っ! ではっ」

「しかし信用するのはお前であって、あの男ではない。そこは覚えておいてくれ」


 レジナルドが手を引けば、『夜の世界』の秩序を戻すことに集中できる。

 だが、説得の猶予はあまりない。


 ラファエルはそういって、個室を出ようと促した。

 私達は連れ立って、出入り口に向かって通路を歩く──。




 ──前方から歩いてくる男が一人。




 私は、立ち止まって息を呑んだ。

 名を呼びそうになって、唇を噛んでぐっと堪えた。


「貴方は確か……マーク先生、でしたね」


 ラファエルが立ち止まり、頭を下げた。


 ああ、そうか。

 ラファエルには、彼が歴史教師のマークに見えているんだ。

 とても冷ややかな顔をしている──このレジナルドが。


「個室から二人で出てくるのが見えた。軽率な行為は、感心しない」

「彼女とは誓って、何もありません。ですが、以後気をつけます」

「反省したなら、さっさと行くといい。そこの彼女には、資料探しを手伝ってもらいたい」

「ですが……」

「さすがに卒業生、それも王太子殿下に手伝わすのは気が引ける」


 ラファエルは結局折れて「すまない」と私に小声で告げ、図書館を出て行った。

 レジナルドは、その背中が見えなくなるまで睨みつけていた。

 ──射殺さんばかりの、絶対零度の視線で。



「さて。()はいったい、王太子殿下と個室で何をしていた? 彼の婚約はさすがに知っているだろう?」

「やめてよ……私には、貴方の術がかかっていないんだから」

「答えるんだ」

「……嫌っ!」


 私は思わず、後ろへ振り返って駆け出した。

 だけど、本棚に挟まれた行き止まりに入り込んでしまった。


 方向転換した直後、レジナルドが目の前に現れた。


 一瞬で移動する術だ──と思った瞬間、私の脚の間に足をいれてきた。

 私には僅かにも触れないけど、これじゃ動けない。

 私は壁にもたれざるを得なかった。


「──捕まえた」


 低い声が頭上からして、私は観念してゆっくりと顔をあげた。

 レジナルドの紅眼が、眼鏡越しに私を静かに見下ろしていた。

 捕まえたって、何よ。

 ……怖いよ。


 レジナルドがため息をつく。


「……まったく。お前に拒まれるのは……想像以上に、堪える」

「レジナルド……?」

「こんな感情は、経験がない。初めて味わう。……くそ……」


 ……レジナルド、苦しそう。

 私に怒っているんでしょ? なんでそんな顔するの?


「家で大人しくしていろといったのを覚えていないのか」

「……覚えてたけど。こっちも事情がね?」

「またそれか。……いや、俺ももっとはっきりいうべきだったな」



 レジナルドが足を引き、身を屈めて壁に手をついた。

 顔が近づく。


 これ、ファーストキスの時と同じ体勢だ……。



「学園内は危険だ。お前を巻き込みたくない。今すぐ帰れ」

「……何か、大変なことでも起きているの?」

「知ればお前は、絶対に「放っとけない」とか言い出すだろう」


 私の性格、よく知ってるよね。


(……あ、なんだか、普通に話できている?)


 レジナルドが、そういう雰囲気にしてくれているんだと思う。

 怒っていて、怖いなんて思ったけど、今はそれを抑えてくれている。



「そうね、放っとけない」

「おい……」

「それって、レジナルドの身にも危険が及ぶってことでしょ?」

「……俺を案じているのか?」

「? そうだけど?」


 レジナルドが、眉根を寄せ、視線をわずかにそらした。

 ……私が貴方を心配するの、そんなに意外なの?!


「お前はこうも容易く、俺の調子を狂わせる……」


 一瞬、またしっかりと眼が合ってから、私は抱き締められた。

 温かい──。

 なんだか、すごく久しぶり。


「帰れ。俺と結婚するまでは、家からも出るな」


 耳元で囁かれたけど、私は首を横に振る。


「嫌よ。貴方といます」

「……いうことを聞け」

「貴方だけに危ないことをさせるのなら、一緒になれなくてもいい」


 レジナルドが、私の肩に埋めていた顔を上げた。

 いってはいけないことだったけど、いわなきゃ伝わらない。


「何の役に立たないかもしれない。でも、そばにいさせて……」

「……お前」

「お願い。せめて近くにいたい……んっ」



 言葉は、重ねられた唇に呑み込まれてしまう。

 熱く優しいのに、どこか貪るような激しさがあって。

 離れた時、私は壁ではなくレジナルドの方にもたれた。



「触るなと逃げて、一緒になれなくてもいいといい……なのに、そばにいさせろ? 我儘が過ぎる」

「……ごめん、なさい」

「俺はただ、お前のために……」

「でもね、貴方が独りで戦おうとしなくなるなら、私は何でもする。貴方が私のためと、いってくれるように、どんな手でも使う」


 私にできることは、あまりないかもしれない。

 足手まといかもしれない。


 でも──嫌なの。


 私の知らないところで、この人がもし破滅の道を進んで……。

 ううん、進まされていたとしたら。



 私は、永遠に後悔する。




 ふと、ため息が聞こえた。何度目かな。


「──約束、だったな」

「レジナルド……?」

「お前一人ぐらい、俺が守ってやる、と。なら、せめて俺の眼の届く場所にいろ」

「それって……」

「ったく。俺に、こんなにも譲歩させる女は……お前だけだ」




 呆れたように、レジナルドがいう。

 私は、そんな彼の首筋に、自分から思いきり腕を回して抱きついた──。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ