40. 謝罪と忠告
ラファエルから聞かされたのは、意外な事実だった。
アニエスが、マリアンヌから苛められた記憶はないといったのだ。
「彼女はまず、俺に謝罪してきたのだ。私を許せないなら、どうか別れてくださいとも……いわれた」
いったいどういうこと?
確かに、私にはマリアンヌを苛めた記憶はない。
ただ、たまに特待生の心得とかを指導したり、私の知らないところでベアトリス達が二人の仲を邪魔したりとか、そういうのはある。
「それ、本当にアニエスがいったのですか?」
「アニエスは体調を崩し、昨晩からは寝込んでいる。ここへ来たのは、彼女への見舞いだ」
「嘘……」
「よほど、心身に堪えたらしい。だから、虚偽だったという方が真実だと判断した」
ゲームでは、まず、苛めは事実。だから否定のしようがない。
アニエスはそれを、ラファエルに告発する。
私にはその意図はないけど、解釈次第では苛めたことになってもおかしくない。
でも、そもそも、接触すら阻まれることが多かったのに。
アニエスが嘘をついていた。
そしてそれを、後になってから認めた?
でも、マリアンヌが苛めたことにしないと、ラファエルが婚約破棄をするなんて行動、あんなに堂々ととることはない。
私が苛めなかったことで、今度はアニエスが嘘をつかないと、整合性がとれなくなった?
(まさか、あの【断罪イベント】を起こすためだけに……?)
この世界は、今もゲームシステムに支配されているということ?
……私のこの感情も、今起きていることの全ても……?
(違う! それは違う! だって、私は……レジナルドが好き。心から)
でも。
私がもし、さっき【選択肢】を間違えたのだとしたら?
ゲームでは、たった一度の失敗がバッドエンドに繋がることもある。
そんな選択肢を、さっき、選び取ったのでは?
「マリアンヌ、どうした? 黙り込んで……」
「い、いえっ。何でもありません」
「……お前にとっては、今更どう謝罪されても、怒りは治まらないだろう。現にお前の父君、アズナヴール公爵は、今後一切、俺と関わるつもりはないと宣言した」
そりゃそうだなぁ。
娘を一方的に悪者にして、婚約破棄までしたのだから。
しかも、ラファエルの立太子には、アズナヴール家も支援していた。
でも、ゲームのマリアンヌは悪役。
だから、断罪をすることは、ゲームの流れとしては正しい。
「だが一言、お前には、直接謝罪したかったのだ」
「……少し、よろしいですか?」
ちょっとね、せっかくだから。
引っかかったこと、いっちゃう。
「結局、この謝罪も、アニエスの言葉だけが根拠なのですね?」
「それは……すまない、その通りだ」
ラファエルは、認めた。
だってさ、私にはなーんにも事実確認してこなかったじゃん。
……お父様が拒否したから、後からは確認できなかったのかも。
うーん、恋と正義の暴走って怖い。
「今更だが、直接聞かせてくれ。お前はアニエスを害してはいないのだな」
「もちろんです。ただ、アニエスさんがそう感じた可能性は、完全には否定できません。首席として、厳しいこともいいましたので」
「……そうか。そうだな」
「殿下?」
「お前は、誰よりも己を厳しく律していた。そんなお前が他人を害するなんて、おかしな話だったのだ。本当に、申し訳なかった……」
彼は彼なりに、マリアンヌを理解していたんだなぁ。
なのに、恋は全てを見えなくしたんだね。
「全て俺の責任だ。死力を尽くし、お前の名誉回復をはかると約束する」
「……できるのですか?」
「王太子の座を返上すれば、皆も理解してくれるだろう。判断を誤った俺が、国王になることは許されない」
ん? それはちょっとまずくない?
だけど、ラファエルは、本気っぽい。
それはむしろ事態を悪化させるんじゃないかな。
「いいえ、それはおやめください」
「なぜだ」
「殿下が王太子の座をおりれば、我が家に反感を抱く者が喜ぶだけです」
「……俺の立太子に最も協力してくれたのが、公爵だからか」
「その通りです。過ちは過ちとお認めになった上で、殿下が良き国王となられることを、元婚約者としてお願い申し上げます」
ラファエルは正義心が暴走さえしなければなー。
でも真面目だし、過ちを正したい気持ちが強いから、いずれは良い王様になると思う。
そしたら、お父様だって態度を和らげるはず。
「……。お前はいつだって、最も厳しい道を、俺に指し示す。わかった。約束しよう」
ラファエルはため息をついたけど、とても良い笑顔だ。
もしかしたら、以前のマリアンヌの厳格さが、さすがの彼でも息苦しかったのかも?
でも、これはマリアンヌが断罪されて終わるより、ずっといい展開じゃない?
んで、もう一つ。いっちゃおう。
「虚偽を申告したアニエスを、どうなさるおつもりですか?」
「お前にとっては不愉快かもしれないが、俺は彼女と別れるつもりはない」
オッケーオッケー。それでよい。
アニエスも実はかなり悩んでいたのかもなぁ。
うーん、知らない間に私も、彼女を追い詰めたのかも。
私もさ、心の中でだけど、アニエスに……嫉妬したし。
だって……レジナルド、会ったとかいうし。
駒鳥『姫』って呼ぶし。
「でしたら、彼女の手をしっかり握って、離さないであげてください」
「マリアンヌ?」
「アニエスはこれから先、常に矢面に立たねばなりません。その時、殿下だけは味方になってください。でも、それで道を誤ってはなりません」
そう、手放しちゃダメだよ。絶対。
すると、ラファエルは私を真っ直ぐに見据えて、いった。
「もちろんだ。アニエスは、俺の『最愛の魂』なんだ。でも、お前の言葉通り、これからはお互いよく話し合っていくと誓おう」
ああ、よかった……。
うん。私、ラファエルと話し合えてよかった。
「あ、このハンカチ、洗ってお返ししますね」
「ただのハンカチだ。そのまま受け取っておいてくれ」
「いけません! 新しいものと一緒に必ずお渡しします」
うっかり受け取るとね、王族からのプレゼントになっちゃうからね。
私はひとまず、ハンカチをスカートのポケットに入れて……気づいた。
あれ?
ここに、あの金色のリボンを入れてた……よね?
ない……?
「どうした?」
「なんでもありません!」
レジナルドから貰ったリボン落としたかも、なんていえない。
どうしよう。
あんな態度とったうえに、贈り物までなくしちゃうなんて。
レジナルドは気まぐれの産物とかいっていたけど。
私には、お守りなんだよ。
「……マリアンヌ」
困惑を隠すために俯いていた私に、ラファエルが呼びかけてきた。
私は顔をあげた。
「謝罪とは別に、お前に告げるべきことがある」
「え?」
「レジナルドに嫁ぐのはやめるんだ。今からでも、婚約を破棄しろ」