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38. 嫉妬にふりまわされて

 人が来る気配がった。

 レジナルド(仮)が、パッと私から手を離した。


「マークせんせーだ!」

「あのー歴史でわからないところがあるんですけどー!」


 駆け寄ってきたのは、二人の女生徒。

 リボンの色からして、どちらも高等部二年だ。

 推測ではあるが、平民クラスの子だろう。


(まままま、まずい! って、マーク先生って何!?)


 ……あ。

 ミドルネームがマクシミリアンだから……?!

 あ、安直ぅ……。

 でも名前を呼ばれているから、先生として在籍しているってこと?



 いや、そんな設定、ゲームにはなかった。

 絶対になかった。



「……先客だ。後でな」

「えーっ! まいっか、じゃあ今度お願いしまーす!」

「またねー! じゃあいこーっ」

「走ってこけるなよ」

「はーい!」


 女生徒達は私を気に留めることなく、そのまま通り過ぎていった。

 モブ化、完全に成功している。対モブには。


 てか、レジナルド(仮)も軽く手を振ってんじゃないわよ。

 どう見てもごくごく普通の、優しい教師ムーヴじゃん。

 剣豪皇帝(仮)、どうしたのよ。



「お前、いったい何故ここにいる」

「何のことですか、マーク先生?」


 しらばっくれてやる。

 無駄かもしれないけど。

 でも、なんか……ムカムカしてくる。


 すると、レジナルド(仮)が苛立たしげにため息をついた。

 そして右手で自分の顔を覆い、すぐに下ろす。

 すると、いつも通りの銀髪紅眼のレジナルドになった。

 眼鏡と白衣はそのままだけど。


「ちょっと! 素顔出していいの?!」

「お前にだけ見えるようにした。ところで、ここで何をしているんだ」

「……貴方こそ何してるのよ?」


 声も、元の通りに聞こえている。

 そっちも魔法だったのね。


 じとり。

 レジナルドを睨みつける。


 ……眼鏡に白衣のレジナルド、格好良いな。

 身につけているものは本物なのかな。

 歴史の先生なの? 白衣なのに?

 でも、似合ってる。補習、いくらでも受けたい。




 って、そうじゃない!




「野暮用だ。お前が気にかける必要はない」


 ははーん、そうですか。

 いいよ。別に教えてくれなくても。

 私だって本人を前にすると、今はまだいいにくいし。


 ただ……なんだろう……。

 腹の底が、ふつふつとするこの感じ。

 なのに、心はすごく冷たくなるような……。


 いやいや、落ち着け。

 こんな時ほど、クール・ダウンよ!



「なんで私だとわかったの?」

「わからないとでも?」


 即答された。


「いかにお前が姿形を変えても、俺にはわかる」

「レジナルド……」

「が、それは変装といわん。せいぜい仮装だ」

「なっ!?」


 一瞬、嬉しかったけど、撤回する!


「こんな作り物の髪と多少の化粧で、俺の眼を誤魔化せるとでも思ったか?」

「レジナルドだって、魔法なのに私に見抜かれたじゃない!」

「見抜いたのはお前だけだ。他の奴は『マーク先生』としか認識していない。お前の元婚約者を奪った、あの駒鳥姫もな」


 私は、ぴくりと震えた。

 は? いきなり、何? 駒鳥姫って……。


「アニエスに会ったの……?」

「なんだお前、駒鳥姫に用事があったのか? 今あいつは……」


 私の知らないところで?


 私の知らない姿で?


 アニエスにも会っていた?


 ……駒鳥姫って、今でも呼ぶんだ?




(知らなかったの、私だけ?)




「なんで……? 私には手紙一つ送らないで……」

「マリアンヌ?」

「……私の肌に、いつも跡つけるとかいったのに、嘘つき」



 レジナルドがつけてくれたキスマークは、もう消えちゃった。

 ……寂しいけど、考えないようにしてた。

 きっと、レジナルドも忙しいんだろうなって思った。

 なのに。



「じゃあね。私、行かなきゃいけないところがあるから」





 私は無言で踵を返した。

 ノアに──会わなきゃ。




 あれ……何のために?




「待て。こちらの質問に答えろ。お前はここで何を──」

「触らないで!!」


 レジナルドが手首を掴んできたけど、私は思いきり振り払った。

 それであっさりと解けてしまう。

 何よ、捕まえるんだったら、しっかり掴んでてよ。


 ダメ。

 なんだか、気持ちがぐちゃぐちゃ。

 レジナルドからすれば、お前何いってんだ、ってなるよね。

 なんで、私、こんなに動揺しているの。



 レジナルドの方を振り向くと──。

 心底驚いて、戸惑っているような顔をしていた。

 でも、私はもっと酷いことを口走ってしまいそうで。

 前を向いて、駆け出した。


「──マリアンヌ!」


 レジナルドの声がした直後だった。

 ピシッ、と、背後で何か鋭い音が聞こえた。

 でも私は確かめることもなく、裏庭を駆け抜けた。



 レジナルドが先生をしてくれるのは、私にだけ。

 勉強もダンスも、私だけに教えてくれる。

 別れ際に手を振ってくれるのも、私にだけ。


 でも、そうじゃなかった。


 理由は聞けなかったけど、あんな格好で学園の先生をしていたなんて。

 マリアンヌとしても、マーク先生なんて全く記憶にないけど。

 もしかして、連絡のなかった間、ずっと学園にいたの?

 何のため?


 ショックだった。

 女生徒に手を振り返すのが、嫌。

 アニエスに会っていたのは、もっともっと嫌。


 あの子は正ヒロインだよ。

 大勢の仲間と、自由に恋ができる子なんだよ。

 あの子には、たくさんの選択肢がある。



 私には──マリアンヌには、貴方だけなのに。

 レジナルドしかいないのに!

 もしも、万が一、貴方まで奪われたら……!




 ああ、私。

 とてもとても──身勝手で、醜い!

 でも、なんで、あれ? 私、レジナルドを突き放したの?

 私、レジナルドが心から好きなのに。

 なんで? 選択肢なんて関係ないのに、もうわかんない。


 ああ、苛立ちで、全身が煮立っていくみたい。

 なのに、どこまでも凍てついていくようにも感じる。







「──マリアンヌ!」


 手を振り払われた俺は、どうするべきだったのか。

 振り向いた彼女の涙を見た時、それ以上手を伸ばせなかった。


 いや、術で移動すればいい。

 そうすれば一瞬で追いつく。

 後ろから抱き締めれば、きっともう逃すことはない──。



 ピシッ……!



「!?」


 だが、俺は動けなかった。

 下を見やると、俺の周りだけ薄氷が生じて、両足が地に貼り付いていた。

 まるで、その場に踏みとどまれといわんばかりに。


 大したものではない。

 僅かに力を込めれば、あっさりと砕けて散るだろう。

 ──だが。


(この氷は、マリアンヌの力か……?)


 ならば、俺は──彼女に、心から拒まれたということだ。

 来るな、と。

 抱き締めるなどありえない。追いかける資格もない。




「……あれは」


 氷が溶けて自由になった時、俺はキラリと光るものを見つけた。

 マリアンヌへ、薔薇に添えて贈った、金色のリボンだ。

 近づいて拾い上げると、自分の字が視界に飛び込んできた。



【夢に現れなかった男は忘れろ。俺だけを見ていればいい】



 馬鹿馬鹿しい戯れ言だ。

 それでも、マリアンヌは大切に持ってくれていた。



(これさえも落としていったのなら、決定的だな)



 俺は、自らの手でリボンを引き裂く──が、途中でやめた。

 その辺に捨てるわけにもいかず、左の胸ポケットに仕舞った。





 僅かにでも残る、彼女の温もりに縋るような行為だと、自覚しながら。



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