37. 学園潜入大作戦!〜私、モブ子です〜
レインに協力してもらって、アリバイを作った。
色々整えるのに時間がかかって、ベアトリスと会って五日後になっちゃったけど。
その間に、アナベルにも手紙を出した(返事は来ていないけど)。
ちなみにベアトリスのお兄さんも、あれ以上詳しいことは知らなかったみたい。
ノアは、オッケーだったみたい。来たら会いますって。
両親にはベアトリスの家に行くと告げた。
レジナルドが万が一やってきたら「家の都合」と、レインに誤魔化してもらう。
その間、レジナルドは一度も来なかった。
手紙さえもくれなかった。
(私が、次は直接プレゼントしてっていったから?)
こちらから手紙を出そうか悩んだけど、迷惑がられたら嫌だな。
なんて、思っているうちに出しそびれてしまった。
夢にも出てこないから、心配だったけど……。
アニエス達と対話の機会さえ持てれば、後日改めて公爵邸に招けばいい。
うーん、ちょっと勢い任せの作戦ではあるけども。
ただ、いきなり呼んでも警戒させるだけだから、相手のホームに飛び込んだ方が絶対にいいのよね。こういう時。
ボブカットのウイッグ、目尻を下げるアイライン、伊達眼鏡。
学園の制服に、二年生の時に使っていたリボン。
スカートのポケットには、レジナルドからもらった金色のリボン。
私のお守り。
完璧。
どこからどう見ても、影の薄いモブ子よ!
変装魔法がねー……使えたらね。
便利なんだけども、ま、しゃーない。
マリアンヌは素質だけで、今もなお顕現していない。
でも、それでいいんだと思う。
マリアンヌの魔法が開花するのって、大抵、暴走して破滅へ向かう道を辿っている時だから。
一般の学生だから、徒歩登校。
そういえば、マリアンヌはずっと馬車だったな。
でもアズナヴール家からは、学園って結構近いんだよね。
歩いてもたかがしれている。
王立ミシェル学園。
王家が運営している教育機関で、幼稚舎から大学院まで同じ敷地内に存在する。
だがこの国で大学以上へ進むのは、学者や役人を志望する、ごく限られた学生だけだ。
貴族ほど大学への進学率は低い。
むしろ十八で学生を卒業して、家を継いだり結婚したりするのが一般的だ。
さらに、平民と貴族で校舎やクラスが区切られている。
貴族は家でも別途教育が施されるのが通例で、平民とは基本的に習熟速度が違う。
そのために、ざっくりと二分している。でも合同授業もあるし、部活動は原則制限がないので、完全に分断されているわけでもない。
例外は特待生。
親が国に貢献しただとか、優秀な成績で試験を突破したとか。あとはアニエスのように、魔法の素質があることとか。
将来爵位を叙される可能性があるとして、最初から貴族クラスに入るのだ。
……で、幼稚舎から院まであるわけだから。
敷地が、とんでもなく広いのである。
構内では、巡回用の大型の馬車がいくつも走っているし、自転車を持ち込んでいる者も少なくない。
とはいえ、基本的に学年ごとに使う施設は固まっているので、端から端まで大移動することは滅多にない。
私は、高等部の校舎を、ゆっくり静かに目指す。
ああ、懐かしい……。
まだ卒業してそんなに日も経っていないのに。
それに友達と一緒にいること以外、大して楽しいとは思えなかった。
……まぁ、うん、かつて隅から隅まで歩き回ったから懐かしいのかな。
前世のゲーム画面でだけどね。
私に声をかけてくる者はいない。
それどころか、視線を向ける者すらいない。
(よし、この調子……あれ、でも……一般人過ぎて……私、貴族クラスには近寄れないわね)
ま、まぁ、ノアには話が通っているし。
それにジークハルト先生は、貴族出身だが平民クラスも請け負っている。
この二人に会うには支障はないはず。
……さて。
ゲームだと、ここで「どこへ行きますか?」って選択肢が出る。
一日に三回、自由に移動できるのだ。
寮に戻ったり売店に行ったりできるけど、基本はキャラとの交流だ。
キャラにはそれぞれ好きな場所があって、そこへ行くと高い確率で遭遇する。
でも、そこへマリアンヌが通りかかるイベントが発生すると、逢いに行くことはできなくなってしまう。
一人二人を狙うなら問題ないが、全員同時攻略となると、セーブとロードを駆使しないと効率的に進めることは不可能。
恋愛イベントだと、顔アイコンが表示されるので確実に会えるし、日によっては強制発生もある。
今回なんて一日だけだから、ゲームでいうと行動チャンスは三回。
(まずはノアに会って、ジークハルト先生を探す。それでアニエス達と会う。よし、充分いける!)
そうなると目指すは学生寮……だけど……。
あれ。ノア、どこにいるんだっけ……。
この学園、春休みはそこまで長くない上に、里帰りする人も少ない。
ノアだって母国へ帰っていない。
(ま、まずは学生寮! それがダメなら図書館へ行こう。ノアは図書館での遭遇率が高いから!)
ここはもうゲームじゃないと言い聞かせても、やっぱり学園パートを思い出しちゃうんだよなぁ……。
学生寮へは裏庭を通る方が早い。
ゲーム画面だったら、コマンド選ぶだけで行けるのになー!
「……?」
ふと、遠目に見えた渡り廊下に、白衣を着た男性教師の姿があった。
少し長めの黒髪に、眼鏡をかけている。身長は高め。
その手には教科書を持っているが、文字までは見えない。
(あんな先生いたっけ……?)
いや、幼稚舎まである学園だ。
教員同士だって、せいぜい自分の受け持つ校舎内の職員しか知らないのが普通だろう。
私──マリアンヌも、全員を覚えてはいない。
でも変なの。
あの人、どこかで……見たことが。
「あれ?」
数回瞬きをした後。
男性教師の姿が忽然と消えてしまった。
え、え……?
どうして?
廊下を渡りきるにも、そんな一瞬では無理だ。
私は、ごしごしと両目を擦った──。
「お前、どうして」
「──っ?!」
「ここで何をしている!」
突然、後ろからかかった声に、私は飛び上がらん勢いで振り返った。
そこに立っていたのは、渡り廊下にいたはずの教師。
声だって、少し違う。
でも、一瞬で移動し、いきなりこんなことをいうなんて……。
「な、な、まさか、レ、レジナ──!?」
私の絶叫は、大きな手で口を覆われかき消えてしまった。
ごくりと、私は声を呑み込む。
(ど、どうして……レジナルドが?!)
髪型も、髪色も全く違う。
カラコンがないはずなのに、眼鏡の奥、瞳の色も──。
まとう雰囲気さえも。
でもこの人は……間違いなく、レジナルドだ。
いったいどういうこと?!