32. 二人だけで、お茶を。
お茶の時間を告げにきたレインは、私がブラウスとスカートに着替えていても、何もいわなかった。
着替えの間、レジナルドには反対を向いてもらった。
私の方がチラチラ見ちゃったけど、レジナルドが振り向くことは一度もなかった。
どーしても、背中のホックだけは外せなくて、手伝ってもらったけどさ。
『恋人の着替えを手伝うのは、男にとっては本来、名誉なことだ』
なーんて、レジナルドは笑っていたけど。
生着替えを見せる勇気は、まだありません。
だから、何もなかったってば!
キスより先は何もしてませーん!!
ちゃんと(途中寝たけど)ダンスもしましたし!!
なのにレインは、めちゃくちゃ良い笑顔をしている……。
……まぁ、さすがに……誤解はしてない、よね?
確認するのも怖い。
お茶とお菓子を用意してもらって、レインとメイドは退出した。
本当なら二人には、おかわりを淹れてもらったり、皿を下げてもらったりしてもらうため、残ってくれる方がいいんだけど。
私が、用事があれば呼びに行くといったのだ。
だからレインってば、親指をグッと立てないで……。
私のは、ダージリン。
レジナルドには、紅茶じゃなくてコーヒー。
ブラックのイメージだったけど、彼はミルクを少しだけ混ぜた。
砂糖は全く入れていない。
ちなみに私は、甘いお菓子がある時の紅茶はストレートで飲む。
「それで。側仕えを追い出して、また二人きりになったわけだが」
あ、はい。ちゃんと理由はあります。
「ベッドでの続きをしてもいいということか?」
「は?! 違います違います!」
私はぶんぶんと首を横に振った。
レジナルドは楽しそうに口角をあげている。
またわざとやったな……この人。
「聞かせてほしいことがあるんです」
「ほう?」
「どうして、婚礼を五ヶ月も早めたんですか?」
聞きそびれちゃったことね。
私に関係があるといっていたし、教えてくれるはずなんだけど。
「この国に留まるより、早めに皇国へ来てくれた方が、お前を守りやすい」
「……? それが理由なんですか?」
「そうだ。それ以外にはない」
え?
てっきり、私の知らないやばすぎる陰謀が! とか。
そういうのかとばかり。
ゲーム本編はどうだったかな。
……ダメだ。アニエス視点でしかわからない。
わかるのは、ここからレジナルドが本格的に戦い出すことだけど……。
でも、今のレジナルドではあり得ない。
(純粋に、私を守りたい……だけ?)
い、いや、嬉しいんだけどさ。
でもわざわざ五ヶ月も早める必要はないのでは?
第一、レジナルド自身がいったんじゃないの。
モグリッジ皇国に安全地帯はない、って。
……ま、まぁ、その時も守ってやるっていってくれたけどね。
「俺は一ヶ月後に、皇国へ戻らねばならん」
……あ、もしかして……!?
「つまり、帰国する時に、私を連れて帰りたいってこと?」
「まぁ、そうだな」
真意ってそれー?!
誰にも聞かせたくないっていってたくせに?!
(……花嫁を連れて帰りたいって我儘を、他の人に聞かれたくなかった、ってこと!?)
可愛い……。剣豪皇帝、可愛いぞ?
じゃなくて、これでも不安だったんだから!
何か、大変なことが裏で起きているんじゃないかって。
「しかし、お前にとってはその方がいい、というのは本当だ」
「え?」
「今のマルモンテル王国内において、お前の立場は微妙だ。王太子に婚約を破棄され、あろうことか奴は平民の娘を選んだ」
「あ……」
「俺がすかさず求婚したから、幾分かマシだろうが……今のお前は、貴族達の間で『王太子に捨てられた女』と認識されていると思え」
今は家で大人しくしているから知らなかったけど、レジナルドがいうなら本当なのだろう。
第二の王家ともいわれるアズナヴール家に対し、やっかむ人間は多い。
「……早めるのは、私の名誉回復のために……ってことですか?」
「そうだ。加えて、俺がしつこく熱烈に求めたことにすれば、求婚をすぐに受け入れたことも言い訳が立つだろう」
後先考えずに、元気よく返事しちゃったもんなぁ。
なのに全部、私のために。
こんなに、考えてくれてたんだ。
だって、婚約破棄された女を熱烈に求めるなんて、レジナルドの方こそ、名誉に傷がつかない?
それでも、いいってこと……?
身と心だけでなく、名誉まで守ってくれるの?
「私に、そこまでの価値があるんですか?」
思わず、聞いてしまった。
理由を聞かせろなんていったのが昨日なのに。
また、求めちゃった。欲ばりすぎ。
「ある」
レジナルドは即答してくれた。
そして、テーブルの上に置いたままだった私の手を取って、甲にキスをした。
「たとえお前に理解されることがなくとも」
「……っ」
「俺の中には確かに存在する。それさえ覚えておいてくれればいい」
理解、したい。
でも、教えてくれない。
私の存在価値は……。
貴方だけの、大事な秘密ということなのね。
私自身にさえ教えられないぐらい、大切なもの……。
「おい、泣くな」
「っ、だって、嬉しいから」
「嬉しいなら、笑え。……笑ってくれ」
嬉しい涙だってあるのになぁ。
でも、同じことなら、笑う方がいいよね。
私、ちゃんと笑えたかな。
レジナルドが微笑んでくれたから、たぶん、大丈夫。
……ここまで私を想ってくれる貴方なら。
絶対に悲劇へ向かうはずがない。
そうだよね?
涙を拭って、お茶を再開。
そこからは他愛のない会話ばかりだったけど。
「お前は美味しそうに食べるな」
「……レジナルドは食べないんですか?」
レジナルドは、お菓子に全然手をつけない。
……踊って寝て、ちょっと泣いたから、私はお腹空いたけど。
「んっ」
唇──ではなく、頬との境目あたりにキスをされる。
いや、キスじゃない。
ぺろりと舌先で舐められた。
あ、あ、これは……。
「これで充分だ」
食べかすつけたままだった恥ずかしさ。
好きな人に見られた恥ずかしさ。
ぺろりと舐め取られた恥ずかしさ。
……ミルク入りのコーヒーの匂いが、する。
あ、穴があったら入りたい……!!
紅茶とコーヒーを合わせた飲み物を『鴛鴦茶』と呼ぶそうです。